14話 ゲームちゃうんちゃう?㊦
残酷な描写があります。ご注意下さい。
「どけぇぇ〜! ぶっ殺すぞガキ共!」
大剣を振り上げた巨漢が迫る。
地面に落ちた松明に照らされた、垢と無精ひげにまみれた汚い顔。鬼気迫るものがあった。逃げたいと思う強い意志が感じられた。悪辣で残虐で自己中心的なおっさんの迫力は、未熟な冒険者達には猛毒となった。
「ひいっ! 来ないで!」
盗賊団の首領が狙ったのはミリアだ。たまたま正面にいた。女の子だから目に付いた。理由はその程度。
「おがぁぁぁ〜! 邪魔だぁぁ〜!」
「ひぃっ!」
首領の大剣がミリアを襲う。彼女は父親に買って貰ったミスリルのロングソードを構えているが、人殺しに慣れた鬼畜の勢いの前に、恐怖で体が硬直していた。このままでは死ぬ。誰もが確信したその時。
「赤毛さん! 逃げて!」
ホープが飛び出してミリアの盾となった。振り下ろされた大剣を、木の盾を使ったシールドバッシュで弾き返そうと試みる。
(盾術レベルは5なんだ。相手の剣は見えているし、タイミングも合わせられる。問題ない!)
やれると自信があった。そしてドガン!と、闇夜に衝突音が鳴った。
「うぬぅっ!」
「うわぁ!」
「ホープ!」
首領の大剣は弾いた。代償としてホープは2〜3メートル吹き飛ばされた。スキルで補正しても身体能力の差が大き過ぎるからだ。
「ぶはぁっ〜!」
地面に叩き付けられる。体をしたたかに打ち、横隔膜が痙攣して、肺から空気が抜ける。呼吸困難だ。
「うぐぐ、赤毛さん」
無理矢理に上半身を起こしてミリアを案じる。
「きゃあっ! きゃあっ! きゃあっ!」
「畜生ガキ共! 失せやがれ!」
「皆んな囲め! ミリアを援護しろ!」
「突っ込むな! 槍で牽制しろ!」
「マーガレットさん! こいつです!」
ミリアは無事であった。ホープの捨て身の防御を見て、首領の威圧から立ち直った仲間達と共に防戦に徹している。マーガレットの言いつけを守り、集団で取り囲んで足止めに専念していた。
「ぐふ。マーガレットさん達は?」
ホープは離れた場所の乱戦に目を向けた。そちらは今だに戦いが続いている。想定よりも強い盗賊が数名いるようで、マーガレットが救援に来る気配はない。
(自分を吹き飛ばしたアイツは高レベルに違いない。早く戦線に復帰しないと)
深呼吸を3つ。立ち上がって軽く体を動かして確認。
(骨は折れていない。良し)
ホープは首領目掛けて突進した。
「どりゃあ〜!」
ドン!
「ぬぐぉっ〜!」
背後からシールドバッシュの要領で全力の体当たりを決める。よろめく首領はそれでも踏ん張る。そして振り向きざまに大剣でホープを薙ぐ。
「なんの! ぐはぁ!」
「死んどけ小僧!」
シールドバッシュで防ぎ、再度吹き飛ばされて地面に転がるホープ。だが今回は受け身を取った。くるりと体を回して即座に立ち上がる。
「ホープ大丈夫! こいつよくも!」
ミリアが斬りつける。首領が大剣で防ぐ。
横から少年が槍で刺す。首領は躱す。
別の少年が剣で脚を斬りつける。首領は大剣で止める。
少女が小さな炎の魔法で攻め立てる。首領が驚いてのけ反る。
そこに背後からホープが体当たり。
「うごっ! またてめぇか!」
「何度でもやってやる! 降伏しろ!」
「ガキがふざけんな!」
頭に血の昇った首領が大振りでホープを斬ろうと振りかぶった。いわゆるテレフォンアタックだ。意識はホープにだけに向いて隙だらけ。
レベルと経験の差があるとは言え、こうも四方八方から攻められれば隙も生まれる。その隙に攻撃するのは卑怯でも何でもなく、むしろ常識と言えた。
ズブリ。
「ぐぬぅっ!」
「やった! 俺の槍が刺さったぞ!」
ある少年の槍が首領の左太腿に深く刺さった。
苦悶の表情を浮かべ、一瞬だけ動きを止める首領。
ミリアもホープも少年少女達も、好機だと思った。勝てると考えてしまった。
「やれる! 皆んないまっ……!」
血飛沫が舞う。同時に肉片と、生臭い悪臭も飛び散る。
少年は最後まで言葉を発することを許されなかった。
「舐めんな糞が!」
少年の槍は柄が真ん中で断ち切られていた。
少年の体も鳩尾の辺りで上下に分かれてしまった。
大剣で斬り飛ばされた上半身が音を立てて地面に落ちる。少し間をおいて下半身もしゃがむ様に崩れ落ちた。
「き、きゃぁぁぁ〜〜〜!!!」
ミリアが金切り声で叫ぶ。
残酷な死と、吐き気を催す匂い。少年少女達は慄いて後退り、包囲網が半ば崩壊した。全滅しかねない危機だ。
(うえ〜。ゲームとは言えグロテクス過ぎる。これは責任問題だぞ)
ホープだけはこの世界をゲームだと勘違いしている。だから目の前の光景に嫌悪感はあっても現実感がない。
(死んだ彼はプレイヤーだろうか? それともNPCだろうか? リトライペナルティは? NPCはリスポーンするのか?)
ホープはショートソードを握り直す。丹田に力を込めて、目を血走らせて涎を垂らす首領の背後に忍び寄る。狙いは腰の少し上。左の脇腹。丁度鉄の胸甲が途切れた場所。
(人殺しは嫌だがゲームだし、イベントだから仕方ない。NPCだろう、迷わず死にさらせ)
右手で剣の柄を握り、左手の平を柄頭に添える。刀身を出来るだけ体に寄せて、体ごと刺した。
スー。と刃が吸い込まれる。まるで包丁で豆腐を刺した感触。抵抗はなく、刀身の6割が脇腹から心臓に向かって吸い込まれる。剣術レベル5の補正は、ホープをそれなりの剣士に仕立て上げていた。
「うっぐっ。お、おま、え。……ぐばぁ!」
「な、なんで?」
首領が痛みを堪えて体を捻り、ホープの肩を掴んで苦痛と恨みに歪んだ顔を向ける。
口から血が溢れていた。剣先が肺を斬り裂いて心臓に届いたからだ。
刺し口からは血が零れている。それが剣の柄を伝わって、ホープの手を濡らしていた。
(血が生温かい。それにこの顔、見覚えがある)
「あばぁっ! げはぁっ! はぁ、はぁ、はぁ〜」
首領の吐いた血がホープの顔にかかる。怨念の籠った目で最後まで睨み、やがて膝から崩れ落ちて地面へと横たわった。
(死ぬ人間の顔だった。昔に事故現場で見た顔だった)
呆然と立ち尽くすホープに心配したミリアが近寄る。
「す、凄いじゃないホープ。見直したわ」
その言葉は耳に届いていない。ホープは上下に別れた少年の死体に目を向ける。
(血も内臓も匂いも、全部本物と変わらないぞ!)
食品製造業を長く続けたホープには分かる。間違いなく生き物の死体である。
「ねぇ、ホープ?」
「……赤毛さん」
「ん?」
「貴女はプレイヤーですか?」
「え? なに?」
「これ、おかしくないですか? もしかしてこれって、違法ゲームじゃありません?」
「ゲーム? なによそれ?」
「しらばっくれるなよ。分かってんだろ」
「なによ、分からないわよ、童貞のクセに生意気よ」
「ここにいる全員がNPCのわけない! プレイヤーだっているんだろ! お前等、おかしいと思わないのか!」
ホープが怒鳴った。初めて本気で怒鳴った。ミリアも生き残った少年少女達も理解出来ずに困惑するばかりだ。
「ふざけんな! こんなの許されないぞ! 絶対に違法ゲームだ! 今すぐにログアウトして訴えてやる! ログアウト! ログアウト! くそ! ログアウトしろ!」
「どうしたのよホープ! 落ち着いて!」
ミリアが伸ばした手を振り払い、なおもホープは続けた。
「触るんじゃねぇ! 自分に近寄るな! お前等皆んな訴えてやるからな!」
その時、戦いを終えたマーガレット達主力がホープ達の下へ駆け寄った。少年の死体を見て顔をしかめ、首領の死体を見て安堵する。
「犠牲は1人だけか。救援が間に合わず、すまん」
頭を下げるハゲ。だがホープの怒りは収まらない。
「すまんじゃねぇよハゲが! こんな残酷なゲームがあるか! 国際法で禁止された違法表現じゃねぇか! お前等楽しいのか! 人殺しして楽しいのかよ!」
マーガレットに食って掛かり、胸倉を掴んで叫ぶ。その目には涙が浮かんでいた。
「自分は! 俺は! 楽しい第二の人生をしたかっただけだ! なのに、こんな事に巻き込みやがって!」
「お、落ち着けホープ。首領はお前がやったのか?」
「人殺しなんてしなくない! ログアウトさせろ! 今すぐにログアウトしろ!」
「ろ、ログアウトとはなんだ? ホープの言葉の意味が理解できん。落ち着け、深呼吸しろ、お前は初めて人を殺して混乱しているんだ」
「ふざけ、ふざ……」
(ログアウト。前にログアウトしたのはいつだ。俺は今までログアウトした事があるのか?)
夢の中だけのログアウト。それに色はなく、白黒の世界。
人間の見る夢には大きく分けて2種類ある。カラーと白黒だ。ホープの夢は常に白黒である。
(夢だ! ログアウトした夢を見ていただけだ! 俺は今日までログアウトしていない!)
真実に気が付いた時。ホープは激しい吐き気に襲われた。胃の内容物が逆流して抑えられない。
「お、おぇぇ〜! ぐぇぇ〜!」
ゲロゲロゲロゲロ〜。
「ホープ!」
「ホープしっかりして!」
マーガレットとミリアの叫びが遠くに聞こえ、ホープは意識を失った。




