13話 ゲームちゃうんちゃう?㊥
その日、赤髪ロングのミリアは冒険者ギルドの酒場で1人でビールを飲んでいた。
彼女は16歳。日本なら飲酒完全アウトな年齢だが、異なる世界なので問題ない。ちょっと座った目つきをして、鹿肉の生ハムを噛み噛みして砕き、ビールでぐっう〜と喉の奥に流し込む。ジョッキをテーブルに雑に置くと
「ぶはぁ〜! 薄情者め。あの2人許さないんだから!」
悪態をついた。
遡ること2日前。ミリアをリーダーとするパーティー『赤百合会』はスタットダンジョンを攻略した。
これは新米冒険者が研修を終えて、本格的な冒険者になるという事だ。最低限の力があると認められ、ベテランに混ざって危険地帯の探索や、雑用ではない依頼を受けられる。〇〇や〇〇同様に喜ばしく、祝っても良い出来事だ。そのはずなのに、ミリアは難しい問題に直面していた。
「ダンジョン攻略おめでとう〜! これで家に帰れるねミリアっち!」
「はぁ〜、長かった。家でのんびりしたい」
冒険者ギルドの酒場で祝杯を上げる3人組。
お供2人はビールを水の如く煽りながら、今日までの苦労話に華を咲かせていた。
「ミリアっち、呑んでる? なんか暗くない?」
「ん? うん……」
ミリアは確かに暗かった。ダンジョン攻略を喜ぶ雰囲気はなく、逆に落ち込んでいる。いつもは高飛車で威張りん坊で明るいはずなのに。場にそぐわないミリアの様子に、2人は少し気不味くなる。
「ねぇ、2人に相談があるんだけど」
ビールをちょびりと口に含み、ミリアは切り出した。
「なに?」
「早く家に帰りたいんだけど」
警戒する2人。またぞろミリアの我儘かと身構える。
「あのね、冒険者をやるのはスタットダンジョンを攻略するまでって話だったじゃない? でもね、ダンジョンって意外と楽しいよね? だからさ、もうしばらくスタットの街に滞在しない?」
ちょっとしおらしくお願いしてみる。対する2人の反応は。
「いやよっ!」
「早く家に帰りたいんですけど!」
即答アンド全力で拒否される。
そもそもこの3人組はミリアの我儘で結成された期間限定パーティーなのだ。
成長値Aであり、それなりに繁盛している会社経営者の娘。エリート、お嬢様、まあまあ可愛い。三拍子揃って図に乗ったミリアが「冒険者とかチョロくない?」そう言って2人を無理矢理お供にしたのだ。
2人の成長値はC。好きでもないのに冒険者をやる能力値ではない。魔物と戦うなんて本当は嫌。荒事は避けて生きたいし、故郷にはラブラブの彼氏が待っている。ミリアの我儘がなければ普通に就職して、結婚して、無難な生活を送りたいと考えていた。
では何故ここにいるのか。それはミリアの父親であり、2人の親が働くネジ会社の社長に良い条件を提示されたからだ。
娘のお遊びに付き合ってくれたら父親の給料を上げる。
将来的に役職に就ける。望むなら2人も事務員として雇う。
事務の仕事は楽で良いぞ〜。資格を取れば資格手当が貰えるんだぞ〜。現場で油と鉄粉にまみれる底辺女子や、パートのおばちゃんとは違う勝ち組だぞ〜。
甘い言葉で誘われる。
業績好調のネジ工場である。悪くない申し出だった。2人はスタットダンジョン攻略までと条件を付けて、ミリアと共にスタットの街に来たのである。
「私達暇じゃないし、彼氏も待ってるし、これ以上は約束が違うよ!」
「そうよ! ミリアは友達だけど、これ以上は付き合えない。彼氏がテントを設営して待ってるのよ!」
「そもそもどうしてスタットなの? ミリアっちの実力なら、中級ダンジョンでも通用するじゃん! その方が稼げるじゃん!」
「やりたいなら新しい仲間を探して。社長には上手く話すから」
「大体さぁ、ミリアっちは処女じゃんか。童貞君を笑ってるけど、お仲間じゃんか。あの子と組みなよ」
「それが良いと思う。ミリアとは男の子の好みとか、人生の価値観とか、音楽の方向性が違うと思うの。だから後は頑張って。ファイト」
散々に否定された。
そもそもミリアが帰りたくない理由がホープだ。あの挙動不審なイケメンに馬乗りになりたいのだ。ハダカバカネズミとそっくりで、可愛さ余ってムカつき100倍のホープ。
マウントポジションでビンタして屈服させたい。往復ビンタで分からせる。ビンタしながら言葉でも攻める。
そうするとホープが反撃してガードポジションに移行するかもしれない。上に乗っているのはミリアなのに、下からの激しい攻撃に逆に屈服してしまうかも。そうなったら上下を入れ替えてミリアがガードポジションを取るのだ。ホープの腰に脚を絡めて下から締め付ける。何処まで耐えられるか根比べだ!
処女のクセに卑猥な妄想が止め処なく湧いて止められない。それは紛れもなく恋であった。ミリア16歳の2度目の初恋である。
ちなみに1度目の初恋は近所の犬。目元が常に困った感じでイジメたくなる顔だった。毎日、学校帰りに犬を困らせるのが日課だった。結局、飼い主から苦情が入り、動物を虐めるのは駄目だと親に諭され、それに犬相手では初恋ちゃうんちゃう? と自ら気が付いて終わった。なので1回目の初恋はノーカウント。
そして昨日。少女2人はミリアを残してボンレス男爵領都へ帰った。そういう理由で1人である。
さらに今。酒に逃げて今後のホープとの付き合い方を思案していると、本人が現れてギルドマスターとステ板を確認している。スキルとか、レベルとか聞こえるので意識を研ぎ澄まして盗み聞きしていると、突然冒険者ギルドのドアが乱雑に開かれた。
「盗賊団だ! 冒険者ギルドに緊急依頼だ!」
「野郎共出陣だ〜!」
最近ボンレス男爵領を騒がせている盗賊団がド田舎村を襲撃すると言う。人手が足りないから若い冒険者にも参戦しろと言う。いきり立つマーガレットであったが、手を挙げる者はいなかった。
少し考えれば分かる話だ。盗賊団との戦いは殺し合いになるし、相手は大人で凶悪犯罪者である。盗賊団の規模にもよるが、略奪、強姦、殺人に慣れた軍隊と言ってもいい。15〜6歳の少年少女が「よし。やったるぞ!」とは普通ならない。
「だらしのねぇモヤシ共だぜ! お前等は戦わなくていいんだ! 数合わせと盗賊団の退路を塞ぐだけでいい! 誰かいねぇのか〜!」
冒険者ギルドのホールに怒声が響くほど、少年少女達は俯き黙る。見込みのない雰囲気に、警備隊のゲオが待ったをかける。
「マーガレットさんよぅ、ベラさんやベテラン冒険者はいないのかい? むしろベラさん1人で1000人力なんだけど」
ベラはスタットの街最強。国全体で見ても上位。ホープが知らなくとも街の人間は皆、知っている。いつもプラプラしている暇人に来て欲しいと願うのは当たり前。
「それがな、ベラさんも上位冒険者達も北の森に行ってんのよ。タイミングが悪いぜ」
「そうなのか。盗賊団の襲撃は今夜らしい。帰りを待つ時間はないぞ」
「う〜む」
マーガレットは腕を組んで悩んだ。たまに剥げた頭を擦り、ムニャムニャと口の中で独り言を言う。そんな姿に固唾を呑む少年少女達。声を掛けられる前に逃げようと、こっそり冒険者ギルドを出る者もいる始末。
「仕方ねぇ。ホープよ、お前来い」
「は? 自分ですか?」
「人数が多いだけで相手への威圧になるんだ。それにレベルは低いがスキルは高い。俺達の後ろで騒ぐくらいは出来んだろうよ」
「それは、なんとも、はぁ」
(これはイベントの発生か? 自分のスキルレベルが一定に達したから、イベント条件を満たしたのかも?)
ゲーム素人でも聞き齧った知識はある。オンラインゲームでは唐突にイベントが始まると聞いている。ならばこれがそうかと思う。
(やるべきだろうな。イベントをこなせば報酬を貰えるはずだし、何らかのシナリオが進む可能性がある)
「分かりました。やります」
「おお! やってくれるか!」
マーガレットがホープの背中を叩く。そして再び声を張り上げた。
「ホープは行くぞ! 他にはいないのか!」
ざわめきが起こった。最初の1人が出れば、心が動くのが集団心理。そして2人目が名乗りを上げる。
「私も行くわ。童貞君に出来て、私に出来ないはずないもの」
ミリアであった。彼女の本心はこうだ。
(ホープと仲良くなるチャンス到来! 2人で組んで私の強さを思い知らせれば、恐れ慄いて虜になるはず!)
上から目線の勘違いとは恐ろしいものだ。
ホープとミリアが参戦すると、ちらほらと手が上がる。最終的にはマーガレットも加えて10人の参加が決まった。
「40秒で支度しろいぃ! 魔馬車に乗って出陣じゃぁ〜!」
「「「おおっ〜!!!」」」
件のド田舎村はスタットの街の西にあり、一番近いのがスタットの街なので、問題が起これば第一救援はスタットの警備隊になる。徒歩なら6時間。魔馬車なら2時間の距離だ。
警備隊は30人。冒険者は10人。それぞれ魔馬車に分乗してド田舎村に急ぐ。
「マーガレットさん。質問いいですか?」
「あぁっ!」
マーガレット、ホープ、ミリアは同じ魔馬車。目的地に着く前に、疑問に思う事を聞いておこうと質問する。
「盗賊団の規模は?」
「うむ。50人以上らしい。だがな、アジトの留守番に数人残しているはずだ。俺達の相手は40人前後だろう」
「多いですね。戦術の基本は相手の3倍の戦力を揃える事では?」
「げはは! 良く知ってるじゃねぇか。確かに3倍だ。俺がいるからな。がはは!」
マーガレットは成長値Aで高レベル。心配ないと言う。
「盗賊団の情報は何処からです?」
「それはな、内部に密告者がいんのよ。盗賊団て言っても、中には嫌々やらされてる奴もいる。そいつらは有益な情報と引き換えに恩赦を貰えんだ。司法取引って奴だな」
「なるほど。それで作戦は?」
「今回はこっちが待ち伏せ出来る。俺と警備隊が前面で戦うから、お前等は村を守れ」
「自分達が盗賊と戦う確率は?」
「低い。敵わないと分かれば大体は逃げるだろう。村に逃げ込む奴だけ足止めしろ。無理に戦う必要はないぞ。すぐに俺が駆け付ける」
聞きたい事は聞けた。話が一段落すると、次は隣に座るミリアがホープに声をかける。
「ねぇ、ホープ」
「はっ! はい! あかげ、いや! ミリアさん!」
キョドる。そこがまた憎たら可愛い。
「私の側にいなさいよ。ホープは弱いんだから、守ってあげる」
「それは、ありがとうございます」
「絶対に離れたら駄目よ。私は成長値Aだし、レベルも7になったのよ」
「はぁ、凄いですね」
「ホープって、出身は何処なの?」
「へ? 自分は日本です」
「ニホン? 聞いた事ないわね。私はボンレス男爵領都なの。お父さんはネジ工場の社長なの」
「そうですか」
「ネジ、知ってる?」
「知ってます。グルグルのハメハメハですよね」
「そうよ、グルグルの棒を穴にハメハメハするの」
「儲かってますか?」
「魔導機械関連で忙しいみたい。業績好調なの」
「なるほど。ネジは機械に必要ですからね」
「そうなのよ。興味ある? ネジ」
「普通です。所でミリアさんは何故、冒険者に?」
「聞きたい? 私の事が知りたいのね? 絶対服従するなら教えてあげる。足を舐めさせてあげても良いわ」
「それは、その、また今度」
「なんで? 私の足よ?」
「魅力的な申し出ですが、足を舐める前にする事があるかと。物事には順序が大切です」
「あぁ〜、順序ね。分かるわよ。足の前に手の甲にキスをするのよね。はい、どうぞ」
「えっ?」
右手を差し出すミリア。戸惑っていると、ド田舎村に到着した。
「あっ! 降りましょう、マーガレットさん! ミリアさん!」
真っ先に魔馬車から飛び降りるホープ。九死に一生を得る。
「待ちなさいホープ! レディに恥をかかせる気!」
「盗賊団が先! 打倒盗賊団!」
そんなこんなで夜である。
マーガレットを主戦力にして、警備隊は盗賊団が来るであろう道の両脇に身を潜める。ホープら冒険者達も村の入り口付近で息を潜めている。
時刻は深夜0時。魔導灯のないド田舎村は暗闇に包まれて、星明かりはあるが微々たるもので視界は不良。これで戦えるのかと不安になる。
「見てホープ。松明の光が向かって来る」
ホープの隣で体を寄せるミリア。指さす先を見れば、確かに無数の炎が村に近付いている。
「もっと近くにきて。離れないで」
「は、あの、はい」
女の子特有の良い香りが鼻をくすぐる。男の部分が刺激され、テント設営班がそわそわ始める。けれど高圧的なミリアはやはり怖い。
「数が多いですね。マーガレットさん達は大丈夫だろうか」
「ギルマスは大丈夫でしょう。あの人、かなり強いらしいわよ」
「へぇ、見た目通りですね」
「うん、見たまんまね。ホープとは大違いだわ」
「自分の見た目ですか? 中身の印象と違いますか?」
「まぁね、私は嫌いじゃないけど。ホープみたいな男の子は強い女の子と相性がいいんじゃないかな?」
「いえ、自分は気の強い女の子はちょっと」
「はぁっ! なんですって!」
「ミリアさん、声を抑えて」
どうにかホープとの距離を縮めたいミリア。もっと良い会話をしなければと焦ったその時。前方で動きがあった。
「おらぁ〜! 野郎共ぶちかませ〜!」
「「「おぉ〜! マーガレットさんに続け〜!」」」
「畜生、待ち伏せだ! 反撃しろ!」
怒声、剣戟、悲鳴。暗闇の乱戦。
戦況は不明。だがマーガレットの声は元気一杯だ。
ホープ達9人の冒険者達も潜伏をやめて、村の入り口を塞いで立つ。
「ホープは私の後ろに! 皆んなやるよ!」
「やるぞ! 盗賊団なんて怖くない!」
「固まれ! 盾持ちは前へ出ろ!」
「もう隠れる必要はない! 松明をつけろ!」
「槍使いは前へ! 弓使いは同士討ちに気をつけろ!」
それぞれの武器を手に構える。1人たりとも盗賊を村の中には入れないと気負うのだ。
「ぎゃあぁ〜!」
「オーガが混ざってる! 槍で囲め!」
「誰がオーガだ! 俺は人間だ!」
「お頭は何処だ! 何処に逃げればいいんだ!」
「逃がすな! 殲滅しろ!」
「びぎゃあ! 死ぬぅ〜!」
「死ねぇ〜! 悪党共! 犠牲者達の敵討ちだ!」
地面に散乱した松明に照らされて、僅かに戦闘の様子が垣間見える。
マーガレットと警備隊が押している。これなら冒険者チームは出番なしで勝てそうだ。そんな期待が過ぎった。
「どうぉらぁ〜! やられてあたまるか〜! 村人を人質に取れば形勢逆転じゃぁ〜!」
集団を抜け出した1人の巨漢が村の入り口に迫る。
鉄の胸甲に角付兜と大剣。強キャラ感の滲み出る強そうなおっさん。盗賊団の首領であった。




