表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
太陽王の世界 ―黎明―  作者: 檀徒
◆第三章◆
74/86

72話 狼煙

「火星が太陽の影に入るのは1月16日。その期間は1日、4時間のみ。たった4時間しかないが…」


「それでも十分ですね」


 シスカ宰相が決めた火星への攻撃日、それは太陽と火星が重なる「合」の日。今年の合は、かなり太陽と火星の見かけ上の距離が少なく、火星側からも地球の各都市へ照準を当てることは出来ない。その4時間で俺たちは火星へ次元扉を開き、一斉攻撃を仕掛けるのだ。大量破壊兵器を使えないようにしさえすれば、世界はウイング皇帝へ反旗を翻す。


 ヤマタイ市は既にダイムーとの合併を反故にし、ヤマタイ国へと戻っていた。だがヤマタイ市長、ムザシノスケ=カグツチにはそのまま首長を務めてもらうことになった。俺が国主になると、ウイングを変に刺激することになる可能性があるからだ。宰相はシスカ前王がそのまま務めることとなる。つまり、国家の中枢がそのままヤマタイへいっせいに引越しをした。


 そのヤマタイで行っているのは主にヘブライの復興支援だ。また、各同盟国とは密かに連絡を取り合っている。ダイムー王国その本体は、国体の俺であるという概念は各国とも共通的に持っていてくれた。つまり、ダイムー王国はヤマタイ国へと名前を変えたが、同盟はそのままだということだ。非公式的に、現在のダイムー王国は正統な政権と見なしていないということになる。


「ウイングの政治を、しばらく見ていましょうか。ああいう輩はどうせ民から見放されるものです」


 現在既に、ダイムーからヤマタイへの集団移住が開始されている。ダイムーの民はもうあと数年しか地球にいられないと分かっているのだから、移住にはなんの感傷も無かった。ウイングの就任式での言葉を聞いて、これはだめだと実感したのも大きい。


「ウイングによると、俺は犯罪者ですか。太陽王のフリをして王位を簒奪した極悪人と」


「簒奪されたはずの本人である私が一緒にいるのに、そんなやり方は通用しないのですが」


「完全に血迷った感じですね。既に、民にも見放されました」


「因果律の描いた未来を踏み外すと、奇妙なことが起きるわけですな」


「まさかあっさり王位を譲渡するとは、因果律も描けなかったでしょう。そのかわりいろいろ大変なわけですが、それもなんとかしましょう」


 4億人が住める街をここに作る。それでも機械工場などの大規模な設備を作るのに時間がかかるから、しばらくは相当数の人々がダイムーにいるだろう。今移住を開始しているのは、身軽な人たちだけだ。その数も1億人に満たないはずだが、1年ほどかけて少しずつ移住していくのだ。


「今日はムーザシ一帯に1億の仮設住宅を建築する日です。一瞬でお願いします」


「昨日、1万戸作れたのでその1000倍ですね。まあ、いけそうな気もしますね。これで4億人が住めます。ただし、まだ食料が無い」


「耕作地はたくさんあります。それも、カケル殿の加護を与えれば収量は高くなりますからな」


 太陽王の力で、俺はムーザシ北部にあった湾を一気に干拓した。山を削り、海だったところを全て埋め尽くして大きな平野部を作り出した。ムーザシの生態系がかなり崩れてしまったが、そこは勘弁してもらいたいものだ。


 仮設住宅の作成も、膨大な加護を持ってすれば簡単なことだった。まず1戸、試しに造ったものも三世帯10人が生活できるような立派なものとした。土を固めただけのものだが、10年はもつようなものだ。それと同じものを複製する詠唱で、次々と作り出したのだ。


 たった1時間で10万人が居住できる街ができあがった。月からやってくる民はこっちへ着陸し、ヴェガルへの移住を研究することになる。だがその研究はかなり忙しいものになるはずだ。何故なら予行演習のようなものとしてダイムーからヤマタイへの一斉移住が既に始まっているからだ。


 移住してきた人々をあちこちの街区へ住まわせ、管理し、割り当てられた耕作地での農業に従事してもらう。最初の1年はそれでやりくりしてもらい、その結果がヴェガルへの移住計画に反映される。おそらく失敗も多いだろうが、その失敗は全て糧となる。ただ1回だけ移住するよりも研究材料は多く、見えない問題も顕在化するだろう。そうなればおそらくヴェガル移住は成功する。


「さて、埋め立てたムーザシ平野、もといムーザシ大平野に向かいますか」


「カケル殿、いつまでもムーザシでは呼びにくいので、ムザシと詰めてはいかがでしょう?」


「ムザシ? それなら言いやすいですね。ムザシノスケ首長の名も、もともと詰められていますしね。今日の作業が終わったら首長に提案してみましょう」





「これが落ち着いたら、木星へ向かおうなユリカ」


「うん! で、良いこと思いついちゃったんだけどー!」


 俺とユリカ、トレノ、シスカ宰相との4人で近衛兵士に護衛されながら大平野が見渡せる丘陵地へ向かっているところで、ユリカは目を輝かせ、鼻息を荒くしながら何か提案しようとしている。なんだなんだ、こういうときはたいていその通りに進むんだが、また何か思いついたのか?


「エヘヘ、木星へは無人の飛空船を打ち上げればいいのよ!」


 ええ? なんで無人なんだ? それじゃあ到着するのは船だけじゃないか。


「意味が分からないのだユリカ。木星に目印を探しに行くのは、人が乗っていないと無理なのだ」


 トレノも不思議な顔でユリカを見ている。


「えとね、減速に切り替えるときと、木星についてからの2回だけ、飛空船の中に次元扉を開けばいいのよー! そうしたら地球でいろいろやりながら木星にも行けるよ!」


「あっ、そうか」


「カケル殿、もともと闇の加護を使えない我々には思いも依りませんことでしたな」


「盲点だったな…。それじゃあすぐに打ち上げができるじゃないか」


「そうだね、各国の首長をこっそり招待して、打ち上げ式でもやろうよ!」


「それがいいな。同盟を再確認するという意味でもね」


 密かな反逆は、既に始まっていた。やがてそれは世界的な奔流となってウイングを襲い、ウイングが政権を手放すその日まで止まらない。





「幹線道路…はこんなところで」


「あとは街区と住宅、耕作地のまとまりを合計、1000個です」


「じゃあまとまりをどんどん2倍に複製していきましょうか。造るのは昨日の10万人都市を複製する考えですぐにできますね」


「もう開始しているのですか!?」


「うん? 詠唱がなんだかいらないみたいで。会話しながらでもほら」


「組みあがっていきますな…」


 丘陵地からはるか遠くに、昨日埋め立てられた土地が見えているが、そこがなんだか生き物のように動いて見える。土砂が大量にひっくり返され、街区が出来上がっていくからだ。まさにそのまま人類のためになる行動には、太陽神はこれほど簡単に力を分け与えるのだ。


「1個できたら、複製で2個」


「一瞬ですな」


「2個になったら、複製で4個」


「あれでちゃんとできているのだから驚きなのだ」


「4個を8個、8を16、16を32、32を64」


「驚異的ね、これ」


 見渡す限りの土地が、動いている。幾筋もの光が、俺からではなく天から降り注いでいる。俺を介さずに自然界の加護をそのまま使っているのだ。これが代理詠唱の真の形、太陽王にしかできないことなのだ。


 つまり人から加護流を借りる代理詠唱を突き詰めると、自然から借りることが可能になる。そのかわり自然と意思を疎通させ、そこに加護流があるという認識を持つ必要がある。それぞれが擬似的な生命体という認識だ。とくに珪素化合物が持つ意識体は、膨大な量の加護を蓄えている。それぞれが炭素系生物よりも高次の次元へ手を伸ばしていて、そこから次々と力を生み出せるのだ。


 空間そのものから生み出せる力が果てしなく大きいという公式を、俺たちは発見していた。よく考えれば、俺はただそれを実践しているだけなのだ。


「64を128。ん、ちょっと早すぎたか。128を、えーと…なんだっけユリカ」


「256よカケル。次が512ね」


「アハハ、本当に計算学が苦手なのだなカケルは」


「512…その次が1024だな。終わった」


 4億人が居住可能な超巨大都市は、着工から2日で完成した。誰がどう考えたって、太陽王以外にこんなことはできない。これが、太陽王が偽者ではないという証明だ。


「さて、ウイングには尻尾を振っておこうかな。世界の王を存分に楽しんでくださいとね」


「生殺しにしますか」


 シスカ宰相はニヤリと笑う。この人は心底怒っているのだ。


「ハハハ、政治的にですね。反逆の徒は俺じゃない。世界すべてです。世界が牙を剥いたらどうなるか覇権国の皇帝様には分かってもらわないと、後世の陰謀者たちが同じことを繰り返してしまいますからね」


 俺もそれに対して、笑顔で返す。


「まずは人材から切り崩しましょうか」





 次の日、王都の閣僚たちは一斉に辞職した。もともと皇帝が自分で選んだ者たちにその地位を明け渡すように要求されていたので、それに応えただけだったのだが、皇帝は大喜びだったと風伝に掲載された。そうなれば自分が思うとおりの政治ができるし、彼についてきた者たちに褒美として地位を与えられるからだ。


 だがそれは愚かな者の考えだ。大臣の地位は褒美などではなく、それが可能な者にしかできない激務だからだ。もしその激務から逃れようとするならば、国は傾き滅亡への道を辿る。ましてや今までダイムーを繁栄させてきた大臣たちが一斉に辞職するならば、もうその繁栄は二度と訪れることは無いのだ。


「王城の中はすっからかんですぞ。虹色水晶と黒水晶がそのままになっているのが心残りですが」


 隠密報告の場で、シルベスタ爺様は自分の肩を揉みながら楽しそうに笑う。少し疲れているのだろうか。この人にもだいぶ歳甲斐も無く走らせてしまっていたから、隠密団長はそろそろ交代したほうがいいのかもしれない。


「……」


 アイデインはにこやかに、ただ爺様の後ろに佇んでいる。


「木星やヴェガル側にも黒水晶はあるようですし、虹色水晶の増築分は全部ユリカの闇の中に納めてしまったから、まあなんとかなります。我々が主催する適正試験はヴェガル到達後に一気にやればいいでしょう」


 元々地球にある虹色水晶は、この太陽系とつながったものなのだ。ヴェガル星系へ到達すれば遠すぎて力が届かない可能性がある。


「爺様、少しお疲れのようですが」


「うむ、少しな」


「爺様は顧問に退いては? 団長はアイデインでいいでしょう」


「…うむ、もうそういうことを考えねばならぬ歳じゃのう。もう少しだけカケル殿のために働きたいのじゃが」


「自ら奔走しすぎずに、情報のまとめ役になっていただくならいいでしょう? あまり年寄りを走らせすぎると、俺がひどい人間みたいですから」


「フォッフォッ、いつだったか神官主にワシが言った言葉を、カケル殿に言われるとはのう」


「というわけで、アイデイン、頼む」


「……お断りします」


「なんでじゃ、アイちゃん!?」


「適役はゼルイドだからです。私には補佐が性に合っているのはここ数年で分かりました。ああ、ゼルイドには打診せずとも辞令を出してください。断らせませんから。フフフ」


「断ったら痣だらけになるからのう」


「じゃあ、そうしよう。アイデインが言うのならそれで間違いないんだろう。では明日から爺様は隠密団顧問、団長にはゼルイド。そういえば、クルスタス機械工業はどうするんだ? ゼルイドは社長になるんだろう?」


「フフフ、ゼルイドには優秀な弟がいるから問題はありません。ゼルイドは社長なんてこれっきりもやるつもりは無いようですから。カケル様の下でしか働きたくないと言っておりますからね」


「アイデイン、今わざと様付けしたか? まあいいや」


「フフフ……」





「というわけで、ゼルイド先生が隠密団長です。副団長はアイデインのままで」


「なんだとお!? ぐはぁっ!」


 太陽団円卓会議の場で思わず疑問の声を上げたゼルイドに、アイデインの手刀が飛ぶ。


「あと、太陽団の騎士は全員、ダイムー王国から除名されちゃったみたい」


「うわー、それじゃあもう論文とか書く必要は無いわけ?」


 ユリカが嬉しそうに言うのは、論文執筆が大変だと思っていたからだろう。


「そうそう。もう王立第一高校の生徒じゃなくなっちゃった。公式的には犯罪者一味ってことらしいのでよろしく」


「犯罪者…」 「一味…」 「素敵な響き…」


 クマソの隣に座る3人娘たちは、その呼称を喜んでいるようだ。あのウイングからそう呼ばれるなら、それは逆に名誉なことなのだろう。


「これからの予定を共有しておこう。まずムーザシ、ええと新しい都市名はムーザシじゃなくて、濁点も取って『ムサシ』ってことになった。ここには月の民が移住してくるが、それもあと5日で終わる」


「10万人、いや数億人の都市ね」


「うん、そういうことだイリス。耕作地は街区の中にあって、それぞれの街区内だけで自給自足できる。これでヴェガルへの移住時、住居の問題は解決できそうだ。それで木星行きのことなんだが、ユリカが無人打ち上げを考え付いたので、加速度を極端に上げられるようになった」


「ああ、聞いたべ。なんでそんな単純なことを思いつけなかったのか、逆に不思議だべ」


「今、そういう奇妙なことが世界各地で起きている。因果律が大きく変動しているようだ。因果律で決まっていた規定路線を大きく逸脱したので、未来は変動する。木星にすら到達しないはずの俺たちが、簡単に到達してヴェガルへの道を見つけてしまえるようになったということなんだろう」


「そのせいで、予知ができなくなったのだ。分かるのは何分か先だけという状態になってしまったから、もう誰にも未来は分からないのだ」


「ここで会議をしている俺たちは、歴史の表舞台からは完全に消えた。次に姿を現すのは、人類が移住できる道が出来上がってからだ。打ち上げ式は密かに行う。既に各国とのやり取りは終わっていて、それぞれ首長や代理が明後日ムサシへやってくる」


「彼らはその後、ダイムーへ向かうことになっています。ウイングの皇帝就任を祝うということを装ってね」


「それでも何度か、因果律に気づかれればその都度妨害が発生する。そのときに有利になっていられるように、ウイングを切り崩しておく。まずは旧閣僚を密かにヤマタイへ入国させ、ヴェガルでの新融合国家設立時の準備をしておいてもらう。緊急対策省は解体させられたから、旧職員のすべてをヤマタイへ呼び寄せる」


「カケル、因果律に気づかれればって、どういうことだっけ?」


「ああ、因果律についてはどうやら、接続できる人間がいると考えたほうがいいんじゃないかと思ってね。世界のどこかに、破滅的な考えの人間がいる」


「それ、ウイングじゃなくてか?」


「多分違う。その近くにいそうだが。そいつに気づかれないようにしながら動けば、すべてうまくいく。太陽神は力を貸してくれるからな。そして1月16日に、火星と合となるその4時間の間に大量破壊兵器を使用不能にする。それまでにヴェガル星系へ到達しよう」


 加速度は人間が耐えられないようなものにできるので、9月には木星圏へ飛空船を到達させられるようになる。そこでしばらくは巫女の言っていた加速転移装置、2つ目の黒水晶を発見するために探索するのだ。その転移装置にはヴェガルの風景が記憶されているのだろう。そこから次元扉を開き、ヴェガルへの道を作るのだ。


「さて、みんなでウイングを切り崩す案を練ろうか」


「王城の中にはいつでも次元扉で行けるからな。最後はそうやって乗り込めばいい」


「でもそれは最後だね。できればそういう強硬手段ではなく、ウイングが泣いて謝るような方向に持っていかないと、政治的な王位簒奪が今後も起きてしまう」


「ダイムーとの貿易停止?」


「経済覇権国だったダイムーが、経済封鎖されるってどういうことになるかだね」


「刺激しすぎるのも良くない。次第に貿易量を減らしていくのがいいだろう」


「国民もどんどん減っていくから貿易量が減っても問題ないねぇ」


「気が付いたら同盟国が減ってる状態になればいい」


「そして火星の兵器は使えなくなる、と」


「その翌日、ダイムーは世界から見放される」


「その流れで行こう。細部を詰めようか」


「ねえカケル、なんかちょっと楽しいねこれー!?」


 はっ、いかん。ユリカが政治に目覚めてしまったか。しかも相当あくどい方の政治に。





 2日後、17カ国の首長、9カ国の首長代理が見守る中、ムサシから木星へ星間飛空船が打ち上げられた。驚異的な加速度が傍から見ても分かり、彼らは口々に希望を囁きあった。その軌跡は、ウイングへの反撃の狼煙として打ち上がったのだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ