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太陽王の世界 ―黎明―  作者: 檀徒
◆第三章◆
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73話 精神戦

 反撃戦の全体計画は、今後数百年、いや数千年にわたって効果を発揮するものが望ましいという目標を持って考えられた。王位の簒奪という行為を、後世の者が一切考えないようにするためのもので、政治的な完全決着こそが目標に合致していた。武力での解決は、より大きな武力を持てば良いという考えに行き着いてしまうからだ。


 トレノの加護は解析が進んだ結果、二つの次元を重ねて持つことが可能であることが分かった。この世界ともう一つの世界の狭間へ、物体を送り込めるのだ。その世界には加護流が渦巻いており、俺たちが見ていた世界がいかに一部分だけのものだったかが分かる。


 具体的にはトレノ自身がその世界へ入りこむと、こちらからはまったく干渉ができない幻のようなトレノが見えるようになる。これを使って次元扉で王城へ行き、夜な夜なウイングの枕元に立つのだ。


「お前のせいで…我は死なねばならなくなったではないか…恨めしい…」


「ひいっ!? 誰かおらぬか、出会え! 出会え!」


「どうされましたウイング様! うわぁ! またお前か!!」


 ウイング肝いりの兵士たちが槍で突いても、反動は一切無い。トレノは演技派のようだ。よたよたと歩きながら、次第にウイングへ近づいている。その様子をウイングの寝室の天井に小さく開けた次元扉から覗く。クスクスと声が漏れてしまうが、その様子が逆に、幽霊の声にも聞こえるのだろう。


「お前は死んだのか!? 消えろ! 消えてくれ! うう、なんだこの笑い声は!」


「お前もこちらの世界に早く来るのだ……」


「クスクス…」


「うわああぁ」


「ウイング様!」


 そうして、ウイングがへたり込んだところでトレノは消える。部屋の中からはクスクスと笑い声が響く。これを毎晩繰り返すのだ。霧の加護の原理が分かっていないウイングには、本物の幽霊のように思えるだろう。


 3日目にはウイングは寝室を変えていた。仕方なくトレノは王城を彷徨うことになったが、それも演出的だからかまわない。トレノはもうノリノリで幽霊そのものになりきっている。


「ウイング…。どこへ行ったのだ…。お前をあの世へ連れて帰るのだ…」


 王城の中では、この様子にトレノが失意のうちに死亡したと推測されていた。俺たちの情報がまったく入ってこないのだから、本当に死んだのかどうかも分からないが、幽霊のようなものが出るということは死んだのだと納得していた。


 王城をくまなく徘徊すると、兵士たちは顔を引きつらせながら逃げ惑う。中には小便を漏らして気絶してしまう者すらいた。


 トレノは彷徨いながらいくつもの扉を開く。こちらの世界からは誰も干渉できないが、トレノは手のひらだけを干渉させられるようにできるので扉を開くことはできるのだ。それで扉の鍵が開かなければ体ごとすり抜けてしまえばいい。


 神官たちも一斉に辞職してしまったので、まだ新入りの、火星出身の者が神官主となっていたが、彼にも悪霊に対処する術は無い。なにやら金属器を振りかざしているが、そんなものはまったく意味が無い。


「悪霊よ、去れ!」


「お前もこちらの世界へ来るのだな…?」


「クスクス…」


「ひいっ! 去れ! 去れ!」


「こちらの世界はいいぞぉ…」


「ひいいぃ…」


 トレノは代理詠唱技術が体感的に分かったようで、他人から加護を強引に借りるやり方を見つけてしまった。その技術で新しい神官主から加護を奪い取ると、体中の力が抜けた神官主はその場にへたり込む。そしてトレノはウイングを探してまた徘徊を始める…。これを5日ほど続けたところで、ウイングは不眠症になったらしく王閣から退去した。


「アッハッハ、幽霊作戦は大成功だな」


「王閣なんかに住み込むのが行けないのよ。あれは太陽王の城よ?」


「じゃあ、明日からは王家楼に出没するのだ」


「どこまでも追いかけるつもりだな、トレノ」


 出没する時間をずらして、落ち着いたと思った明け方にまで現れるとか、同じ日にもう一回出るとか、いろいろ工夫を凝らしてみたのが良かったようだ。ウイングは面白いように怖がってくれた。こんどは昼にも出てみよう。彼らが王城を捨てる日までやるのだ。





 クルスタス機械工業は、ダイムーにある本社をヤマタイへ移転した。火星から得られる希土類が足りないため、機械生産ができなくなったというもっともらしい理由をつけたからだ。物資の移転には同じく本社をヤマタイへ移転したカノミ物流社が活躍した。


 ムサシ湾と名づけられた広大な湾は、内海で波も低く、海船による物資の運搬には最適だった。その沿岸部の敷地に、新しい機械工場を地の加護で建設したのは、もちろん俺だ。だが工業用機械などはちゃんと人の手で作られたものが必要なので、それが運搬されてくるのを待ってから工場が稼動することになる。


 ヤマタイは貧困にあえいでいた。もちろん民はそれなりの生活をしていたが、税金が国家の運営にはまったく足りていなかった。国債の発行額は増大し、もう返せないのではないかと思われるほどに膨れ上がっており、利子の返済だけで火の車だった。なるほど、オロチはそれで逃げ出したのだ。


 まずは公務員の使用する金額を絞りに絞った。ただし公務員の給与には手をつけない。それから、俺たちの食事も侘しいものに変えた。食事代なんかに毎回数十万ムーもかけていたのはさすがに無駄だと思えたからだ。閣僚への報酬は無しとした。その代わり彼らの家族へはきちんと食物が届けられるし、彼らが持っている借金は肩代わりした。


 そのような状況のため、火・水・土の三王家はヤマタイへ来ることができなくなっていた。彼らを養うだけの財源は、まだ無いのだ。しばらく風王家のウイングに付き従ったフリをしておいてもらおう。だがそれも、しばらくすれば本社を移した企業からの法人税で潤うことになるから、しばらくの辛抱だ。


 俺たちは国主殿を間借りしていたが、すぐに西部の丘陵地へ引っ越した。クマソの家族がいるこの地域からは、ムサシ大平野が一望に見渡すことができるのだ。太陽団の面子の家族は全て呼び寄せ、集落はだいぶ賑やかになってきていた。もちろん、おふくろもとうとうオガ=サワラから離れる決心をしてくれたので、親父の墓とともにこちらへ来てくれた。


 ヤマト地方に住んでいたヨシス叔父さんや、従兄弟のセイタスも一緒に引越しをしてきてくれた。何しろ家屋ならいくらでも建てられるのだ。住居には一切心配が無いし、穀物・野菜などの食べ物も加護の力を与えれば4日ほどで結実するため、生活はいくらでもできた。


「カケル、久しぶりだな」


「ヨシス叔父さんもお元気そうで!」


「お前も政争に負けた割には元気そうだな! ひとつ、伝えないといけないことがあるんだ。今まで伝えていなくてすまない」


 ヨシス叔父さんは白髪の生えてきた頭をぽりぽりと掻きながら、ばつが悪そうに言う。


「なんでしょう?」


「サノクラも一緒にいる場で、明かそうと思う。都合がついたときでいい」


「じゃあ、サノクラ大臣との会食を設けましょう。会食と言っても手料理を食うだけですけどね」


「ああ、そうしてくれ。手料理はうわさどおり王妃が作るのか? 楽しみだな」


「ええそうですよ、うまいですから。なあ、トレノ」


「とっておきの料理をご用意いたしますのだ」


 笑いながらヨシス叔父さんと自宅の前で別れる。と言っても、歩いて数分のところに住んでいるのだからいつでも会えるのだ。


「さて、今日も幽霊祭りと行くか」


「カケル、今日はユリカと2人で行くのだ」


「お? とうとう他人も別次元に行けるようになったのか?」


「理論が確定したのだ。カケルも行けると思うけど行くか?」


「ハハハ、いや、それだったら俺は見てるだけにしよう。人数は少しずつ増えていった方が怖いだろう?」





 霧の加護は、行っていることは単純だった。加護子を励起して次元をまず揺さぶる。通常の空間次元、時間次元だけでなく、巻き取られた次元も揺さぶられる。空間的な揺さぶりではなく、力場的な揺さぶりだ。空間に力を分け与えると、巻き取られた次元が少しだけ広がる。


 そうすると次元全体が空間化するのだ。そこへ物体が入り込むと、巻き取られた次元は元に戻れず、仕方なく物体をそのまま取り込む。その代わり空間次元からは物体が失われ、巻き取られた次元に存在する物体からの干渉で、わずかに雷磁波が漏れる。光も雷磁波の一種なので、まるでそこに透明な人間がいるかのような事態が起きるわけだ。


 だがそうやって加護子を励起できるのは、光の加護と闇の加護を合わせて2で割ったような、霧の加護でないと不可能だった。


「おそらく加護子の上位概念である因果子は、この理論の延長線上にあるのだ」


「トレノ、ずいぶんと賢くなったな…」


「うむ、料理をしている間に、鍋から湧き上がる蒸気を見て気づいたのだ」


「なんでそこから分かるのか不思議だな」


「消えていく蒸気は、水蒸気になって見えなくなっていったのだ。でもそこにあることは間違いない。それが打開点だったのだ」


「ああ、なるほど」


「トレノは本当に頭がいいのよー! 私よりずっと」


「そうなのかユリカ? 平和な時代になったら、王女の教育体制も考えないといけないな。侍従から教わるとかじゃなく、ちゃんと学校に行かないと分からないもんな」


 そうしているうちにトレノは、自分自身とユリカを加護子化する。半透明の女性が2人も目の前にいるというのは、なんだか薄気味が悪い。


「カケル~。うらめしや~」


「おお、成功だな。じゃあ扉を開くか。今日のウイングはどこにいるかな~」


 まずはごく小さな次元扉を開き、王城の中を覗く。兵士や隠密が居ないところを探し出して、そこから幽霊役を出現させるのだ。


「あれ? 王城に人がいないな」


「宿泊殿かもしれないのだ」


 一旦次元扉を閉じて、もう一度宿泊殿へ開きなおす。


「どれどれ? ああ、こっちだ…」


 いるいる。まだ夜も更けていないので兵士たちも皆起きている。だが皆寝不足のようだ。何回か次元扉を開きなおすと、誰も人がいない部屋を見つけた。


「ここから行こうか。じゃあ、2人とも行ってらっしゃい」


「うらめしや~…」


「ハハハ、似合ってるぞ」


 既にユリカも幽霊になりきっている。そして2人が扉をすり抜けて出て行くと、すぐに兵士たちの悲鳴が聞こえた。


「神官を呼べ!」


「うわぁ、ごめんなさいごめんなさい!」


「あああ、闇の賢者様まで…」


「ひぃ!? お亡くなりになられたのか!?」


「すいませんでしたぁっ! すいませんでしたぁっ! ごめんなさい! 助けてください!」


 よく知った顔が半透明で現れるのは、衝撃的だろう。それが自分たちのせいで、失意のうちに命を失ったと思われる状況ではなおさらだ。彼らは元々風王家の城で衛兵を務めていたものだろうが、ユリカの顔はみんな知っているのだろう。あまり知られていなかったトレノよりも衝撃の度合いが大きいはずだ。


「お前たちのせいで…」


「さあ、一緒にこっちの世界へ来るのだ…」


「ああぁぁぁあ…。俺たちはなんてことをしてしまったんだ…」


 寝る場所を変えれば、もう出ないと思っていたら大間違いだ。さらに幽霊の数が増える。罪の意識に苛まれ、その場に立ち尽くす者たちは頭を抱えながら泣き叫んでいる。彼らはそれに耐え切れず、衛兵を辞するだろう。そして、この城を守る者はいなくなる。


 数人が奥のほうへ駆けていくのが見える。その向こうにウイングがいるのだろう。分かりやすく、扉の前で数名の兵士が幽霊に向かって武器を構えるが、そんなものはまったく意味が無い。


「クスクス…」


「いやだあぁ! こないでくれぇえ!」


「かあちゃーん…」


 泣き叫ぶ兵士たちを無視して、2人は扉の中に溶け込んでいく。


「うわあああぁあ! 来るなあ! 来るなああぁ!」


 扉の中からはウイングの悲鳴が木霊する。こんな早い時間に出ると思わなかったか? 次元扉をウイングの居る部屋の中へ切り替えると、妾との伽に興じていたであろう全裸のウイングが、恥を晒して逃げ惑っている。うーむ、もはや汚物だ。妾は2人の幽霊を見て、寝所の布団の上で失禁してしまっている。いや、そのまま布団から転げ落ちて気絶してしまった。もう、兵士たちは誰も助けに部屋の中へ入ってこない。


「ウイング…」


「我らの恨み…、思い知るのだ…」


「ひいい! おとなしく死んでおれ、この幽霊ども!」


 ウイングは風の加護を撃ち散らすが、2人には通用しない。その目には恐怖が色濃く表れ、目の下には隈ができている。おそらくここ数日ともまともに寝れて居ないのだろう。


「民は怒っているのよ…」


「そう、我らが死んだことを嘆いているのだ…」


「ひい…」


 ウイングは汚らしいものをだらしなくぶら下げて失禁ながら、簡単に気絶してしまった。トレノは持っていた小刀で、つめでひっかいたような3つの傷を壁につけ、今日はこれまでとした。最後にトレノは一発、ウイングの頬を引っ叩いていたが、気絶したウイングはそれを防御することもできず、床を滑っていった。


 トレノはどうやら部分的に、小刀や手のひらだけをこちらの次元へもって帰ってきたようだ。そんなことができるなら、こっちからは攻撃ができて、向こうには攻撃できないという戦いができる。火星の一斉攻撃はこれでやるか。


「少々脅かしの度が過ぎてるかな」


「これぐらいかまわないのだ。明日には王城から去るかもしれないから、これでいいのだ」


 トレノの予想どおり、翌朝の紙伝には王城に出没する幽霊を理由として、ウイングが王城から退去したことが掲載されていた。さて、しばらくしたら退去先の風王城にも出るかな。




愚か者の末路は、もうちょい先です(´・ω・`)

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