71話 命の重みは計れない
「……ひどい…」
時差を飛び越えて夜のダイムーから昼のパレスティカへ到着していた。ユリカはその惨状に一瞬目を背けようとしたが、すぐに覚悟し直して目を据えた。400万人が住んでいた街は、その街区全てが荒野に変貌していた。建設中だった超高楼、バベルの塔も瓦礫と化している。
地面は硝子化し、そこには瞬間的に高熱が加えられたことが分かる。建物も、植物も、そして人々も、一瞬で蒸発したのだ。これがこの時代の戦争なのだと、俺たちは強制的に認識させられた。
「街区は完全に消失してるねぇ…。ウイングの罪は重いねだろうねぇ、まともな死に方はできないさぁ。ね、カケル、念のため上空に障壁を張ろうかねぇ?」
「ああ、そうだなエイル。すぐに生存者の探索だ。光の加護を使おう」
「…ほとんど苦しまずに済んだのなら、まだ救いがある。爆風の影響で出た重傷者をすぐに探索しなきゃ。瓦礫の下にまだ数万人はいるはずだ。すぐに着陸して取り掛かろう」
アルケイオスは荒くなる息を胸の中に溜め込んで一気に吐き出し、冷静さを装う。だがその目には深い悲しみが見て取れ、声は震えていた。アルの故郷はこのヘブライのさらに西だが、首都パレスティカがこのようなことになるとは想像だにしていなかったはずだ。
「それにしても、いやな予感がするべ?」
「そうだなクマソ。確かに、これが何かの引き金になる感覚がある。ミュー、爺様とは常に情報連携しておいてくれ」
「うん…」
「何かあったら、すぐに王城へ次元扉を開く?」
「ああユリカ、そうしよう。さあ、生存者を探すぞ! 探索加護を込めた力石を渡すから、数人ずつに分かれて探そう。見つかったら合図して回復加護を。警備隊の皆さんもよろしくお願いします!」
「はい!!」
中心街はただの荒野となっていたが、街から離れていたところにある集落にも爆風が吹き荒れたようで、石でできた家屋は全て崩れていた。パレスティカ周辺にはそういった集落が30近くあり、その全てを手分けして探索することにした。それでもひとつひとつの集落自体が、かなり大きな町だ。合計5万人ほどが生死不明の状況に陥っていると思われた。
「おーい、いたぞー! これならすぐに回復しなくても大丈夫だ!」
「こっちは大怪我よ! 止血だけでもしないと危険だわ! アイカルを呼んで!」
次々と生存者が見つかる。既に周辺の都市からも応援が駆けつけており、救助体制は手厚くなってきていた。既に、救助を行っている人だけでも数千人はいるはずだ。
石造りの家屋が牙を剥いていた。かなり大きな地震があっても倒壊しないはずなのに、これだけ崩れているということは相当な爆風だったのだろう。首都が壊滅したことで、第二都市のバーグダードが首都へ格上げされることだろう。だが、しばらく静養が必要な重傷者たちを収容できるだけの都市は無い。当面はこの地域に仮設住宅を建てて、そこで回復してもらわねばならない。
だがそれでも、もとのようなヘブライへ戻ることは無い。彼らの心には深い傷がつけられてしまったのだから。この悪夢は、数千年以上尾を引くかもしれない。
「大丈夫、私が回復するわ! 瓦礫を持ち上げて~!」
「くそっ、こんなもん!」
ゼルイドが地の加護で瓦礫を持ち上げ、急いで怪我人を運び出す。そして水の加護を持つ者は止血を行ったり、骨折箇所の回復をしていく。
「うっ、ぐう…。妻と娘がまだ中に…」
「よし、分かった! んだあああ! 頼む、助かっててくれ…」
「……ゼルイド、その持ち上げた瓦礫を戻して。生存反応が無いわ」
「…ああ、分かったよアイデイン…。なああんた、俺たちにはどうしようもない。すまない…」
「…いえ、もう分かっていましたから…ありがとう…」
戦争というのはこれほどに惨く、そして本当に愚かなことだ。他に外交手段を取れなかった愚かな指導者が選択する、愚かな政治的結末。それが戦争だ。なんという、むなしい戦いなのか。人が人を殺すことを正当化するなど、許していいものではない。
「悲しんでいる暇は無いわ。次の生存者を探しに行くのよ」
「があああぁ! こんなところで生存学かよ!」
ゼルイドは吼えた。誰もが苦い顔をしながら、可能な限りの速度で次々と延命可能な者を探していく。だが周辺都市から応援に駆けつけたものの、この状況に耐えられなくなった者はその場に座り込み天を仰いでいる。
人類を守る力を持っているはずの太陽王の目の前で、人々が命を失っていく。その状況が俺には許せなかった。ユリカを復活させたときの、あの怒りをもってしても加護兵器の攻撃を受ける前へ時間を戻すことはできない。だがせめて、今生きている人だけでもなんとかできないか?
第二代、サイカ王のように。そう、彼のように都市周辺地域すべてに影響する力を使おう。だが、サイカ王よりもはるかに難しいことをする必要がある。彼の偉業を越えるのだ。
「みんな! 聞いてくれ!」
「どうしたカケル!?」
「今から街の中心部だったところへ向かう! そこから、郊外の集落すべての瓦礫を浮かせる! それから生存者全員の回復も同時にだ! ゼルイド、アイデイン、力を貸してくれ!」
「ああ!? そんなことができるのか!? もちろん行くぞ!」
「……」
アイデインはいつものように、黙って頷く。
「カケル、私も行くわ。水の加護も必要でしょう!?」
「ああ、頼むアイカル。すぐに移動しよう」
影響範囲を考えてその中心部へ移動する。王都ウルと比べて小さな都市とは言え、敷地は広大だ。この都市が健在だった頃なら時間がかかっただろうが、硝子化した砂が散らばるただの砂漠だから、一直線に到達できた。ここから、人々を救うのだ。今の俺にならできるはずだ。
「よし、やるぞ!」
「いつでも流せるよカケル!」
地の加護と水の加護を右手からはじき出す。同時に火と風の加護はその補助として添え、合わせて光の加護とする。そこへ、ゼルイドとアイカルが膨大な量の加護流を流し込む。これぞ代理詠唱技術だ。
「太陽神よ、パレスティカの地、その瓦礫を浮遊させ給え! そして生存者を探し出し、生存者に回復を与え給え!」
「うわっ、なんだそれは! ものすごい詠唱だな!」
詠唱の次元それぞれが別の種別の加護であっても、発動するはず。それはたった今思いついた新しい無種別詠唱技術。これで5万人を救うのだ。
俺の体から5つの光がほとばしり、パレスティカ全体を覆っていく。これならいけるだろう。光が遠くへ消えていくと、見渡す限りの地平線すべてで、地面が盛り上がっているように見える。瓦礫がすべて浮き上がったのだ。そこへ青い光が乱舞しているから、どうやら成功だ。それでも、救えない命もある。やりきれないが、救えた命が最大化できたことを喜ぼう。
「成功したみたいだな! で、瓦礫はどうするんだ? 生存者と一緒に浮いたままだろう?」
「……」
アイデインもこくりと頷いている。しまった、そこまで俺は考えていなかった。
「あっ、そうだった。じゃあそのまま浮かせておくか、1時間ほど」
「ハッハッハ! 風で飛んでいきそうだな! ん? 歓声が聞こえるな!」
回復がうまくいったのだろう、やがて地平線からは地響きのような歓声が届いてきた。半径20キロ以内の、延命可能な人々を救助できたのだ。あれっ? 誰か走ってくるな。あれはミューか、何かあったな?
「ハッハッハ…。カケル、問題発生のようだ」
「もう呪われてるとしか思えないね」
「うわあ、やめてくれよアイカル」
さて、いやな予感は当たってしまったようだ。歓声のさなかにミューが血相を変えて走ってきたのだが、その情報は完全に罠に嵌った愚かな太陽王を嘲笑っていた。
「あと3時間で」 「支配権を譲渡」 「人質は世界」
3人娘は頭を抱えながら、それでも3人で言葉をつなげるのをやめない。ウイングは俺に対し、ダイムー王国の支配権譲渡を、パレスティカの攻撃声明とともに条件付けてきた。猶予は今から3時間しかない。つまり俺たちがパレスティカへ向かうことを見越して、罠を張ったのだ。
すぐに王城へ次元扉を開き、シスカ宰相、そしてシルベスタ爺様と対策を練っているうちにもう一段の罠に気づいた。王都は40隻の飛空船に包囲されていたのだ。
「カケル殿、つまりそこから分かるのは、ウイングたちは火星へ向かったと見せて、実はどこかで待機していたということでしょう」
「そうですか、シスカ殿。月の裏にでも隠れていたってことですね? ではとりあえず情報を整理しましょう。なあみんな、今、火星側を向いていて攻撃対象になる大都市はいくつある?」
俺はさきほどの無茶な詠唱をしたせいで立ちくらみがしたが、素早い判断が求められているから倒れてなど居られないので情報を整理する意思を皆に伝えた。もちろん、この事態を考えると立ちくらみも起きるというものだ。
「デガノとメクス。デガノには600万人、メクスには900万人も人口がある。3時間後にはダイムーも射程に入るよ…」
イリスが心配そうに答える。
「人質は、合計5億人か…。いや、結局火星と地球の関係上、射程は世界すべて、人質は10億人すべてだな。じゃあ次、彼らの兵器はどのぐらいで次の発射ができると思う?」
「おそらく、3時間なのじゃろう」
「やっぱそうですか、爺様」
3時間後が期限、ということはその期限にまたあの複合詠唱を地球に発射できるということだ。ずいぶん早い充填速度だ。御前加護戦で彼らに俺たちの詠唱を見せなかったとしても、この兵器は既に開発できていたのだろう。
よく考えればこういう事態も予見できたはずだ。だが俺たちは何故かパレスティカへ一直線に向かった。どう考えても軽率な行動だ。だがこれも因果律の成せるものなのだろう。
「では次の3時間までに、兵器を破壊できるかな?」
「…それは無理じゃ。火星のどこに兵器が据え付けられているのかが、我々には分からん。乗り込んで刺激したことが原因で第二射を誘引することになるかもしれんしのう」
「うーん。これは詰みだな。じゃあ撤退しようかね」
「撤退!? どのように?」
「一旦ウイングに引き渡す。民の命のほうが、俺が王でいることより重要だ。こんな身分ならいくらでもくれてやるさ。王都でやっていた緊急対策事業はヤマタイへ引き継ごう。ヤマタイはダイムーからの移住を受け付けますっていうことをやる」
「4億人をヤマタイに呼び寄せるのですか!?」
ダイムー国民のほとんどがヤマタイへ移住するとなると、さすがに国土が足りない可能性がある。だがそれはヴェガル移住までの一時的なものだし、ヤマタイの経済は急速に活発化するだろうから各国とも支持するだろう。
「そっちのほうが平和的ですよね? もちろん、来たい人しか来れませんが」
「確かに、命は助かる」
「しばらくしてから火星の兵器を破壊しに行きましょう。大丈夫、国民は分かってくれるはずです」
「納得は行きませんが、どうしてそのような案をお考えになったのですか?」
「因果律と戦うためです。どうやら因果律は俺たちを戦火に巻き込みたいようですが、裏切ってやるという考えです。戦火に巻き込まれて身動きが取れないうちに天変地異が起きる時期に来てしまうというのが、因果律の作り出した未来でしょう。それをぶち壊す」
「因果律を擬人化しすぎていませんか!?」
「いえ、もしかしたら、人間かもしれませんよ? どこかに、因果律が居るんですよ。因果に影響を及ぼしすぎる人間が」
「人間!? ではその人間に気づかれないように動く、と?」
「ああ、そうですね。それがいいでしょう。しばらく俺はまた一般人に戻りますかね」
「カケル、それは無茶なことなのだ」
トレノは溜息をつきながら肩を落とした。
「一夜にして王から反逆者。そっちのほうが面白いかもしれませんね。さて、引越しの準備でもしましょうか」
「嘆かわしいことです…」
「みんな、明るく行こう、明るくー! 国民の命が助かるんだからー!」
ユリカは前向きでいてくれる。そう、俺たちの目的はヴェガルへの移住だ。それさえできれば太陽王だとか王の身分とか、そんなものはどうだっていいのだ。だがウイングには、いずれ罪を償ってもらわねばならないだろう。400万人の命は、重い。それを甘く見た者の末路は、どの時代も同じものが用意されている。後にウイングはそれを思い知ることになるはずだ。
その日、俺はウイングへ支配権譲渡を伝達した。同時に国民へ向けて風の加護でその理由を説明し、1週間後にヤマタイへ撤退することを明言した。俺たちの苦境はここから始まった。
反逆編、スタートです(´・ω・`)




