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【全11話】「義妹を虐げる女とは婚約破棄だ!」と言われたので、お礼状を書きました。宛先は、彼のお父様です  作者: みれいぬ


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どうぞ、読み上げてくださいませ

 収穫の晩餐会の夜。リディアは王妃陛下の客として、王妃の席のすぐ下手に座っていた。


 王宮の大食堂には長い卓が並び、主だった貴族の当主とその家族が顔をそろえていた。国王陛下は上座で、今夜は最後まで席を立たない。


 父と継母とミレーユは、ずっと下座の卓にいる。ミレーユの首元では、今夜も真珠の首飾りが燭台の光を受けていた。


 向かいの卓には、ハーコート侯爵と、その隣に神妙な顔のジャスパーがいた。侯爵は謹慎中の息子を、晩餐の後でリディアに詫びさせるためだけに連れ出したのだと、王妃が小声で教えてくれた。侯爵から前もって、王妃宮に詫びの手紙が届いていたらしい。


 詫びは、来なかった。


 最後の皿が下げられたとき、ジャスパーが椅子を鳴らして立ち上がった。


「国王陛下に申し上げます!」


 大食堂の話し声が、波が引くように消えた。侯爵が「座れ」と低く言ったが、ジャスパーは父を見なかった。


「ペンブルック伯爵家のリディアは、私の父と、畏れ多くも王妃陛下に、脅迫状を送りつけました。義妹のミレーユを陥れるためです。証拠は、ここにあります」


 ジャスパーが掲げたのは、革の表紙の帳面だった。


 リディアは小さく息を呑んだ。あの朝から行方の分からなかった控え帳だった。下座の卓で、ミレーユが継母の腕にしがみつき、潤んだ目でこちらを見ている。


「この帳面を、この場で読み上げていただきたい。読めば、この女がどれほど陰湿か、皆様にもお分かりになるはずです!」


 国王は顎を撫で、面白そうに目を細めた。


「よかろう。読み上げよ。……典礼卿」


 エイドリアンが席を立ち、ジャスパーの手から控え帳を受け取った。表情は、いつもの王宮一隙のない顔のままだった。


 リディアも立ち上がり、国王に向かって礼をした。


「どうぞ、読み上げてくださいませ。礼状ですもの。どなたに読まれても、困ることは書いておりません」


 ジャスパーが鼻で笑った。


 エイドリアンは頁を開き、よく通る声で読み始めた。


  ハーコート侯爵閣下


  本日、秋の夜会の大広間にて、ご子息ジャスパー様より、婚約破棄を賜りました。


 最初の数行で、大食堂の空気が変わった。夜会の大広間にいた若い貴族たちが、それぞれの親の隣で、そっと目を伏せる。


 十日の午後のくだりに来たとき、王妃の卓の端で、年配の伯爵夫人が扇を下ろした。


「十日の刺繍の会でしたら、わたくしも出ておりましたわ。リディア嬢はわたくしの向かいで、午後のあいだずっと、薔薇の花芯を刺していらした」


「ええ。あの日の刺繍の会では、わたくしの隣でね」


 王妃が、ゆったりと言い添えた。


「針を持つ手を、一度も止めなかったわ。記録もあるわよ」


 ジャスパーの顔から、少しずつ血の気が引いていった。


 エイドリアンは、表情一つ変えずに続けた。この三年間にわたくしがお送りした礼状三十六通が、すべて封を切らずにお手元にあると伺いました。閣下のお屋敷のどこかを、三十六通分の紙で塞いでしまい、申し訳ございません。


 どこかの卓で、誰かが咳をするふりをした。それが合図だったように、こらえた笑いが大食堂のあちこちで小さく漏れた。


「三十六通」


 ハーコート侯爵が、座ったまま言った。


「私が執事に数えさせた。一通も、封は切られていなかった」


 エイドリアンは頁をめくった。


  王妃陛下


 首飾りの一文が読まれたとたん、大食堂じゅうの目が、一斉に下座の卓へ向いた。


 ミレーユは、とっさに両手で首元を覆った。けれど指の間から、真珠の白さはこぼれて見えた。


「下賜の品を、受けた者の子でない者に譲ってよいと、どなたに教わったのかしら」


 王妃の声は穏やかだった。継母の顔が、紙のように白くなった。父は肩をすぼめ、卓の陰に身を縮めていた。


「ち、違います、陛下!」


 ミレーユが立ち上がった。


「首飾りは、お姉様が譲ってくれたんです。それに、ドレスは本当に裂かれたんです。十日の午後に……いいえ、十一日の、午後だったかもしれません」


 言ってしまってから、ミレーユは口を押さえた。


 今度の沈黙は、さっきよりずっと長かった。


「日が変わるドレスなのね」


 王妃がぽつりと言った。さっきの伯爵夫人が、扇を少し上げた。


「十一日の午後でしたら、リディア嬢はわたくしの屋敷で、娘の誕生日の茶会においででしたわ。夕方まで、ずっと」


 ミレーユの顔から、色が消えた。


「そ、その女は、私にまで嫌味な手紙を寄こしているんです!」


 ジャスパーが声を張り上げた。国王が、ほう、と身を乗り出す。


「それも、その帳面にあるのか」


「……ございます、陛下。夜会の夜の日付で」


 エイドリアンが頁を戻した。国王は手を振った。


「読め」


  ジャスパー・ハーコート様


  本日は、婚約破棄を賜り、ありがとうございました。


  三年前に婚約いたしましてから、ジャスパー様より贈り物をいただいたことは、一度もございませんでした。ですので、今回の婚約破棄が、ジャスパー様から賜った初めての贈り物となります。大切にいたします。


  また、三年の間、月に一度、十五分ものお時間を割いてくださったことにも、改めて感謝申し上げます。


 エイドリアンの声は、最後まで平らだった。


 大食堂は、今度こそこらえきれなかった。若い貴族の一人が卓に突っ伏し、年配の公爵が杯で顔を隠し、国王は遠慮なく声を上げて笑った。


「これを脅迫状と呼ぶなら、わしは毎年、新年に脅迫状を受け取っておることになるな」


 国王は笑いを収めて、リディアを見た。


「この娘はな、新年の謁見のたびに礼状をよこす。朝から日暮れまで冠をお戴きのままのお勤め、さぞお疲れでございましょう、謁見の間の窓から入る風で、少しでもお楽になりましたら、とな。わしの冠の重さを気にかけたのは、王妃とこの娘くらいのものじゃ」


 そして、杯を置いた。


「リディア・ペンブルックにかけられた疑いは、すべて晴れた。この帳面にあるのは、礼状じゃ。嘘は一行もない。家の内のことは、それぞれの当主に任せる」


 ハーコート侯爵が立ち上がった。静かな声だった。


「陛下。王妃陛下の夜会で偽りの罪を言い立て、今また陛下の御前で同じことをした者を、ハーコート家の跡継ぎにはしておけません。本日をもって、ジャスパーを廃嫡いたします。届けは明朝、典礼院へ」


 ジャスパーは何か言おうとして、父の顔を見て、何も言えずに膝を落とした。


「ミレーユ・ペンブルック」


 王妃が呼んだ。


「首飾りを外して、持ち主に返しなさい。今、ここで」


 ミレーユは震える指で留め金を外し、卓の間を歩いてきて、リディアの手のひらに真珠を落とした。目を合わせなかった。


「それから、ペンブルック伯爵夫人。あなたは一年、宮廷に来なくてよろしい」


 継母は椅子の上で崩れるように頭を下げた。


「伯爵。譲らせたのが誰の言葉でも、頷いたのは当主のあなたね。あなたも一年、夫人と一緒に屋敷にいらっしゃい」


 父は卓に額がつくほど頭を下げた。


 国王が、ジャスパーとミレーユに、リディアへ詫びるよう命じた。二人は並んで頭を下げた。リディアは黙って礼を返した。礼状に書くことが、また増えた。


 国王は最後に、まだ控え帳を手にしているエイドリアンの方を向いた。


「で、典礼卿。お前の届けはどうなっておる」


 エイドリアンは控え帳を閉じ、王に一礼した。


「四日前に受理いたしました。私が、自分で」


 大食堂が、もう一度どよめいた。下座の卓で、父が椅子から腰を浮かせたまま固まっている。


 拍手が起きた。誰が始めたのかは分からなかった。その音の中で、リディアは手のひらの真珠を握りしめ、まるで違うことを考えていた。


(この晩餐会のお礼状は、どなたに、何通書けばよいのかしら)


 控え帳を返しに来たエイドリアンが、リディアにだけ聞こえる声で囁いた。


「一通は、私に」

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― 新着の感想 ―
ジャスパー、帳面を読み上げる前に自分に不利な事が書いていないか チェックすらしていなかったの?
王冠が重いって思いっきり侮辱じゃないですか? 王の責務は重いでしょうって揶揄ですから 一介の令嬢が国王に贈る礼状としては不適切も過ぎると思うんですが…
ジャスパーはリディアからの手紙を、一通も封を切っていないのに、なぜ内容が礼状だとわかったのでしょうか?
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