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ひまわり  作者: -満月-
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9/14

消えた帰り道

 数時間前——。

 涼夏を千花に任せ、直人を家まで送り届けたあと、宗介は一人で図書館へ向かった。昨日、直人と千花がここで調べものをしたと言っていたが、自分の目でも確かめておきたかったからだ。


 館内には、当時の新聞記事や全国の行方不明事件をまとめた資料が並んでいる。宗介は片っ端からその資料に目を通していった。しかし、見覚えのある写真や見出しばかりで、思わずため息が漏れる。


「はぁ……」


(やっぱり、直人たちが言ってた通りか。新しい情報なんて何もないな)


 何時間調べても、涼夏の事件につながるような手がかりは見つからなかった。諦めて帰ろうと席を立ったとき、ふと近くの本棚に並ぶ地図帳が目に留まる。

 宗介は一冊を手に取り、ページをめくりながら机に再びついた。そして、涼夏の家の周辺が載っているページを見つけると、机の上に広げた。


(確か、俺と別れたのがこの辺で……。金魚の袋が見つかったのはここ。そして、ここが涼夏の家で)


 指で3点を繋ぐように道をなぞる。家までの距離は、決して遠くない。


(ここを曲がれば、すぐ住宅街に入る。もし悲鳴なんて上がっていたら、誰かが覚えているはずだ。でも、目撃者はいなかった)


 宗介は腕を組み、眉をひそめる。そのとき、ふと別の道筋が気になった。この道を曲がらず、そのまま真っすぐ進んだ先を地図で追っていく。


(行き止まり……? いや、山につながってるのか)


(もしかして、ここで涼夏が殺されて——)


 宗介はある可能性を思いついたが、すぐに首を振る。


(いや、そんな場所なら警察だって調べているはずだ。家からも近いんだし。それでも何も見つからなかったんだ)


 考えれば考えるほど、答えは遠ざかっていく。でも、すぐ近くにあるような気もして、宗介は静かに地図を見つめていた。何か分かりそうで分からない、そんなモヤモヤして気持ちだけが増していった。


「はぁ……」


 大きなため息が、再び静かな館内に溶けていった。

 

 * * *


 諦めて図書館を出ると、フロアの休憩スペースでは、高齢者たちが楽しそうに談笑していた。その光景を見て、宗介は直人が言っていた元刑事のことを思い出した。彼のことが気になり、宗介は近くにいた高齢者たちに声をかけた。


「すみません。元刑事の浩二さんって方、今日いますか?」


「浩二さん?」


 一人が首をかしげる。


「さあ……いたような気もするけど」


「いたかね?」


「あっ、あれじゃないか? 自動販売機の前にいる人」


 言われて振り向くと、自動販売機の前で飲み物を買っている男性の姿が見えた。


「ありがとうございます」


 宗介は軽く頭を下げ、その男性のもとへ向かう。


「あの、浩二さんですか?」


 声をかけると、男はゆっくりと振り返った。


「はい、そうですけど。君は?」


「初めまして。平井宗介っていいます。昨日、直人から浩二さんの話を聞いて」


「ああ、直人くんの友達か」


 浩二は人懐っこい笑みを浮かべた。


「もしかして、君も七不思議について調べてるの?」


 七不思議?

 そういえば、直人がそんなことを言っていた気がする。


「まあ、そんな感じです」


 宗介は曖昧に笑ってごまかした。


「それで、この前、直人に話したことをもう少し詳しく、聞かせてもらえませんか?」


「ああ、涼夏ちゃんのこと? でも、直人くんに話した以上のことは、俺も知らないんだよ」


「そう……ですか……」


 ここまで手掛かり0。悲しくて涙が出そうだった。残念そうに肩を落とす宗介を見て、浩二は自分の缶コーヒーを見つめ、それからもう一本同じ缶コーヒーを買って宗介に差し出した。


「ほら、飲みな」


「えっ、ありがとうございます」


「年寄りってのは時間だけは余ってるんだ。少し話し相手になってくれないか? 話してるうちにコロッと、何か思い出すかもしれないしな」


 そう言って、浩二は休憩スペースのテーブルを指さした。


「はい」


 宗介は素直に頷き席に向かう。

 二人が向かい合って腰を下ろすと、浩二が缶コーヒーを片手に言った。


「それにしても、涼夏ちゃんって同級生から慕われてたんだな。八年も経ってるのに、こうして事件を調べてくれる友達がいるなんて」


 言えるはずがなかった。

 半ば強引に、自分の死体と犯人を見つけろと脅されている——なんて。


「まあ、そうですね」


 宗介は怪しまれないように自然に受け流す。そんな宗介の様子を見て、浩二は少し真剣な表情になり尋ねてきた。


「ねえ、涼夏ってどんな子だったんだ?」


「えっと……見た目は大人しそうなんですけど、しゃべるとうるさくて。よく笑う、活発な子でした」


「可愛かった?」


「えっ!?」


 予想外の質問に、思わず変な声が出る。


「ま、まあ……可愛かった方だとは思いますけど」


 その答えを聞き、浩二は眉間にしわを寄せ腕を組んで黙り込んだ。


「どうしたんですか?」


「いや……昔、誰かにつけられている気がするって相談してきた女の子、いや……母親だったかな。そんな話を聞いたことがあった気がしてな」


 宗介の表情が強張る。持っていた缶コーヒーの中身が、零れそうになるくらい強く握りしめた。


「もしかして、それが涼夏だったんですか?」


「いや、そこまでは分からない。俺は担当の部署じゃなかったしな。それに、この事件とは関係ない話かもしれない」


 たしかに昨日、涼夏本人は、殺されるような心当たりはないと言っていた。だとすれば、別の女の子の話なのか。有力な情報だと思ったが、可能性は低い。宗介は考え込むが、答えは出ない。


 結局、それ以上の情報は得られないまま、浩二と別れることになった。


 * * *


 宗介を見送った浩二は、休憩スペースに一人残り、何気なく窓の外へ目を向けぼんやりしていた。すると、入り口付近が賑やかになり、そちらに目を向けた。見ると、前市長とその息子が、高齢者たちと話していた。どうやら、2階の講義室で、今日の夕方公演をするらしく訪れたらしい。


 浩二はそんな親子を見て、眉をひそめた。


「……いい人そうな顔をして、腹ん中は真っ黒なくせに」


 持っていた缶コーヒーを、ぐしゃりと潰して、ゴミ箱へ投げ捨てた。


 ——————

  

 八月二十九日、午後一時。

 

 今日は車が一台しか使えないため、五人は剛の車に乗り込み、再び死体探しへ向かった。五人乗りの車内は、久しぶりに賑やかな空気に包まれている。剛がカーオーディオで懐かしい平成ソングを流し始めると、後部座席の真ん中に座る涼夏が嬉しそうに話しかけてきた。


「あっ、この曲懐かしい! 小学校の運動会で踊ったよね!」


「そういえば、踊ったな。これとかどうだ?」


 そう言うと、剛が次の曲を流し始めた。ノリのいい夏らしい曲で、当時なにかのドラマの主題歌だった。


「な〜なななな〜な〜なな」


 涼夏も聞き覚えがあり、曲のリズムに乗り歌い出した。


『な〜なななな〜な〜なな』


 剛も上機嫌で途中合流をした。


 車内は一瞬で、涼夏と剛の歌声が響く、軽いカラオケ状態になった。しかし、それに耐えきれなくなったのが、助手席に座っていた千花だった。


「あー、もう、うるさーい!!」

 

 テンポのいいヒットソングと賑やかな車内、それに千花の怒鳴り声を乗せ、車は死体探しへ元気に走って行く。

 

 * * *


 車を駐車場に停め、五人は熱気のこもったアスファルトの上を歩き始めた。照り返しのせいで、足元からはじわりと暑さが伝わってくる。早く日陰に行きたくて、早歩きで歩いていた宗介の元に、千花が小走りでやってきた。


「ねぇ、昨日のどうだった?」


 そう言いながら、千花は自分の髪を左右で両手でつまみ、二つ結びを作る仕草をする。昨日、涼夏にしてあげた三つ編みのことを聞いているのだと、宗介はすぐに察した。


「ああ、よかったよ。千花って器用なんだな」


「まあねー」


 千花は得意げに胸を張る。

 だが、次の瞬間、拍子抜けしたような顔で宗介を見上げた。


「えっ、それだけ?」


「ああ」


 宗介はきょとんとした表情を浮かべる。


(いや、他に何か言うことあったか?)


 そんな宗介の様子を見て、千花は「信じられない」とでも言いたげに顔をしかめた。


「えっ、なんだよ」


 千花は呆れたように宗介を見つめる。


(昨日の涼夏を見て、『可愛かった』とか思わないの、こいつは……)


 心の中でそうぼやきながら、わざとらしく大きなため息をついた。


「はぁー……」


「だから、何なんだよ」


「別にー」


 千花はそっぽを向き、そのまま少し早足で前を歩き始める。宗介は最後まで、千花が何を言いたかったのか理解できなかった。その少し後ろを歩く涼夏は、そんな二人のやり取りを見て、くすくすと楽しそうに笑っていた。

 

 * * *

 

 山道を歩き始めると、宗介が思い出したように言った。

 

「なぁ、今日だよな。二十四時間テレビ」

 

「ああ、そういえば。夏の風物詩だけど、最近は全然見てないな」

 

 直人が笑いながら続ける。

 

「俺も普段は見ないんだけどさ。今回、推してるアイドルグループが出るんだよ。だから今日は早く帰りたい!」

 

「なんだそれ」

 

 直人が呆れたように笑う。そんな二人のやり取りを見ていた剛が、小さく呟いた。

 

「あいつら……仲直りしたんだな」

 

「そうみたいだね」

 

 涼夏を見ると、彼女は柔らかく微笑んだ。

 その笑顔につられるように、剛も笑みを返す。

 

「まったく。言いたいことがあるなら、もっと早く言えばよかったのに」

 

 剛が肩をすくめると、涼夏は静かに首を横へ振った。

 

「みんな、剛ちゃんみたいに思ったことをすぐ言える性格じゃないんだよ」

 

 そう答えた涼夏のその声は穏やかだった。けれど、今日は曇り空のせいなのか、木陰のせいなのか。彼女の表情は影に溶け込み、笑っているはずなのに、その目だけは笑っていないように見えた。


 その瞬間、剛の胸が小さくざわつく。思い当たる出来事があったからだ。

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