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ひまわり  作者: -満月-
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千花の秘密

 おしゃれな服に、ハイブランドのバッグやコスメ。丁寧に手入れされた髪。頭のてっぺんからつま先まで隙なく整えられた姿は、いつも眩しいくらいにキラキラしている――誰もが羨む、「現役⼥⼦⼤学⽣」


 大学進学を機に、地元を出て上京した。

 実家暮らしでもなく、頼れる人脈があったわけでもない。それでも、こうして⼈並み以上の⽣活を送れている理由は――パパ活。いわゆる、港区女子というやつだ。

 綺麗な服を着て、著名人や経営者と食事をするだけでお金がもらえる。しかも「現役女子大学生」という肩書きは想像以上に強い武器だった。相手探しに困ることは、⼀度もない。


 最初は水商売も考えたが、将来のことを考えて諦めかけていた頃、同じ大学の子にそっと誘われたのが始まりだった。もちろん最初は抵抗があった。だけど、それは最初だけ。思っていたより、ずっと普通だった。


 もちろん優しい人もいるが、中にはお⾦さえ払えば何でも許されると勘違いしたクソ野郎もいる。だからお前は女の子からNGを出されるんだよ。いい加減、それくらい気づけ。……そう思うけど、そういう男ほど絶対に気づかない。


 結局、お⾦以外に誇れるものが何もないから。だったら当然、同じお金で優しい人のところへ行くに決まっている。


 良い思いもした。でも、その代わり、人の汚い部分も嫌というほど見てきた。笑いながら値踏みされる視線。優しさの仮⾯の下に隠れた欲。だから私は、もう綺麗なんかじゃない。

 

 家族も友達も知らない自分がいる。もし、それを知られてしまったら今までの関係がすべて壊れてしまう気がする。だから、私には本当の意味で気を許せる相手なんて、いないのかもしれない。


 あの日。

 『みんなのも知ってるからね』

 涼夏にそう言われた瞬間、胸が大きく跳ねた。もしかして、このことまで知っているんじゃないかって。

 

 ねぇ、涼夏。

 それを知ってもなお、私のことを綺麗だと思う?


 ——————

 

「ねぇ、これって」

 

 不意に涼夏が声をかけてきて、私は彼女が指差す方を見る。

 壁に掛けられたカレンダーには、八月三十一日の欄に『夏祭り』と書かれていた。

 

「この八月三十一日の夏祭りって?」

 

「ああ、最近は猛暑の影響で開催日が後ろ倒しになったんだよ。毎年、八月最後の月曜日。今年は八月最後だね」

 

 そう説明すると、涼夏は小さく頷いた。


 * * *

 

 「ただいま」


 涼夏がするりと窓をすり抜け、宗介の部屋へ帰ってきた。


「おかえり。楽しかった? 千花とのデート」


「うん! 見て、この服。可愛いでしょ? 千花に借りたんだ。あと、このぬいぐるみも。 千花に買ってもらったんだ!」


 そう言って、脇にピンクのイルカのぬいぐるみを抱えながら、その場でくるりと一回転する。赤と白のチェック柄のワンピースが、ふわりと揺れた。


「うん、似合ってる。可愛いと思う」


「えっ、本当に!?」


 涼夏は身を乗り出すように聞き返した。


「う、うん」


「えへへ」


 照れくさそうにはにかみながら、涼夏は嬉しそうに笑う。その笑顔を見て、宗介はほっとした。——元気そうでよかった。だが、その直後。別のことが頭をよぎる。


 (待てよ。この服って、周りからはどう見えてるんだ? 俺には涼夏ごと見えてるけど……。まさか、服だけが宙に浮いて見えてるとか? それとも、幽霊が着ると服まで見えなくなるのか?)


 宗介は腕を組み、頭の中であれこれ考え始める。そんな宗介を、涼夏は不思議そうに見つめていた。その時——トントントン、と階段を上る足音が聞こえる。


「宗介ー、今日の夕飯のことなんだけど」


 やばっ——宗介は慌てて振り返った。


「涼夏、ちょっとこっち!」


「えっ、なに?」


 服が見えるのか見えないのか分からない。確かめる余裕もない。宗介は涼夏の腕をつかみ、慌てて押し入れの中へ押し込んだ。バタン、と扉を閉めた瞬間。

 スッ——、部屋の襖が開いた。


「カレーとシチュー、どっちがいい? 具材は同じだから、ルーだけ決めようと思って……って、何してるの?」


「えっ!? な、なんでもないよ!」


「なーに? その押し入れに何か隠してるの?」


 母は面白そうに目を細める。


「何もないって! いいから!」


 宗介は焦りながら母の背中を押す。


「えー。でもまだ夕飯の──」


「シチュー! シチューがいい! この前カレーだったし!」


 半ば叫ぶように答えると、そのまま母を部屋の外へ押し出し、勢いよく襖を閉めた。


「はいはい」


 母はどこか納得したように笑いながら、一階へ降りていく。


「……ふぅ」


 宗介は大きく息を吐いた。

 すると、押し入れの扉が静かに開き、涼夏がひょこっと顔を出す。


「宗ちゃん、なんで隠れなきゃいけなかったの?」


「多分だけど……俺たち以外には、その服だけが浮いて見えてるかもしれない」


 宗介は真面目な表情で続けた。


「残念だけど、いつもの服に着替えたほうがいい」


「そっか」


 涼夏は素直に頷く。


「そういえば、いつも着てる白いワンピースは?」


「ここにあるよ!」


 そう言って、涼夏はどこからともなく白いワンピースを取り出した。


「どっから出した」


 宗介は思わずツッコむ。幽霊だから、と言われればそれまでだが、やはり慣れない。


「じゃあ俺、夕飯食べてくるから。その間に着替──」


 そこまで言いかけた瞬間。

 涼夏は今着ているワンピースへ手を掛けた。


「ちょっ、待て! 何してるんだ!」


 宗介が慌てて叫ぶ。


「えっ? だって着替えろって言ったじゃん」


「俺が部屋を出てからだよ! 恥ずかしくないのか!?」


 すると涼夏は、いたずらっぽく笑った。


「えー? 今さらじゃない?」


「え?」


「昔は同じ部屋で普通に着替えてたでしょ?」


「いつの話だよ!」


 動揺する宗介とは対照的に、涼夏はニヤニヤと楽しそうに笑う。


「ふふん♪着替えちゃうもんね!」


 そう言って、ワンピースの裾を勢いよく持ち上げた。


「わぁっ! バカ、やめろ!」


 宗介は慌てて両手で顔を覆う。


 三秒後。

 恐る恐る指の隙間から覗くと、そこには、すでに白いワンピースへ着替え終えた涼夏が、胸を張って立っていた。


「必殺、早着替え!」


 得意げに両手を腰へ当て、ドヤっている。


「ざーんねんでした、宗ちゃん」


 悪戯が成功した子どものように、満面の笑みを浮かべる涼夏。反対に宗介は耳まで真っ赤になった。そして——、ほんの一瞬だけ期待してしまった自分が、どうしようもなく恥ずかしかった。


「くっ……」


 言葉にならない声だけを漏らし、宗介は逃げるように部屋を飛び出した。その背中を見送りながら、涼夏は楽しそうに笑っていた。

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