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ひまわり  作者: -満月-
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10/13

剛の秘密

  大学三年の頃。

 高校卒業後、地方の大学に進学し、俺は人脈作りにいいと言われていた飲みサークルへ所属していた。その日の飲み会でも、いつものように一気飲みをしていた。伝統だと言われていたから、そのことに関して何も疑問に思わなかった。


「ほら、お前も飲めよ!」

 

「えっ……でも僕は」

 

「いいから。ほら、グイッと!」

 

 周りの学生たちも掛け声を上げ、一気飲みを煽る。

 

「……はい」

 

 二年生の男子が、ウォッカを一気に飲み干した。

 

「おぉーー!」

 

「いいぞ、二年!」

 

 場は大きく盛り上がり、その後も俺たちは何度も酒を勧め続けた。

 

 * * *

 

 翌日。

 昼から大学へ向かい、眠気と頭痛を抱えながら講義室の席に座る。

 

「頭いてぇ……」

 

 昨日は飲みすぎたなと思っていた時、同じサークルの学生が話しかけてきた。

 

「なぁ、聞いたか?」

 

「何を?」

 

「昨日いた二年のやつ、夜に急性アルコール中毒で救急搬送されたらしいぞ」

 

「えっ……」

 

「命に別状はなかったみたいだけど、やばいよな」

 

 胸がざわつき、落ち着かない。二日酔いが一瞬で冷め、頭の中では昨日のことを必死に思い出した。

 ……俺が酒を勧めた、あの二年か?いや、でも二年は何人もいた。そうだ。きっと違う。


「そうなんだ……」

 

「あー、しばらく飲み会は自粛かもな」

 

 ……なんで、こいつはこんなに他人事なんだ。俺たちがやらかしたことだぞ。

 

 目の前の学生は、自分には何の関係もないという顔をしていた。その姿が剛には理解できなかった。

 

 ……もしかして、おかしいのは俺なのか。

 伝統だから、みんなやっているから、そう言われていたから。疑問に思ったことはなかった。そうだ、嫌なら断ればよかったんだ。そうすれば、周りだって。


 そう思おうとしたが、昨日のあの空気を思い出す。あの場で断ることなんて、本当にできただろうか。考えれば考えるほど、頭の中では多数の意見が浮かび上がる。俺は自分が加害者になるのが怖くなり、事実から目を逸らした。


 ——————

 

 「もぉー、虫っ!!」


 千花が不満そうな声を爆発させた。


「また蚊に刺された! このスプレー、全然役に立たないじゃん!」


 ぶつぶつ文句を言いながら、何度も虫よけスプレーを吹きつける。

 同じく露出している涼夏に目を移すが、さすが幽霊、一ヶ所も刺されていない。


「そんなに露出してるからだろ」


 剛が呆れたように言う。千花は裾の長いジーンズを履いていたが、上はノースリーブの白いフリルトップスで、肩から腕にかけては無防備だった。


「蚊も、肉付きのいいお前の血が美味いんだとよ」


「はぁ!? それ、どういう意味よ!」


「あーもう、うるさい! ただでさえ暑いのに、余計暑くなるだろ」


 千花と剛の言い合いに、我慢できなくなった直人がため息をつく。そのやり取りを見ているうちに、不意に昔の記憶がよみがえった。

 

 ——そういえば、こんなこと前にもあったな。


 小学六年生の夏休み。地域の施設を取材して新聞を作り、みんなの前で発表するという宿題があった。偶然にもこのメンバーで作成することになり、あの日も、今と変わらず賑やかだった。


 ***


「暑いー! まだ着かないの?」


 千花がなかなか目的地に着かないことにしびれを切らし、先頭を歩く剛に不満を口にする。


「ん? あれ、この道で合ってるのか?」


 剛もさすがにおかしいと思ったのか、地図を見ながら首をかしげる。


「ちょっと貸して」


 すぐ後ろを歩いていた直人が地図を覗き込み、すぐに苦笑した。


「剛、地図逆だよ」


「……え?」


「だから、こっち」


 直人が反対方向を指差す。それは、自分たちが今歩いてきた道だった。


「ちょっとー!」


「悪い悪い」


 剛が頭をかく。悪気がないのは分かっている。だが、この暑さの中、長時間歩かされるのは勘弁してほしい。


「もう、貸して! 私が地図持つ!」


「いやいや、俺が持つって!」


 千花と剛が地図を取り合おうとした、その時、直人が呆れながら間に入る。


「ほら、早く行くよ。 施設の人も、僕たちが来るの知って待ってるんだから」


 その様子を、少し後ろから宗介と涼夏が並んで見ていた。


「賑やかだね」


 涼夏が楽しそうにくすっと笑う。


「まったくだ」


 宗介も苦笑いをした。そんな他愛もないやり取りを繰り返しながら、五人は目的地へ向かって歩いていった。


 ***


 ——懐かしいな。

 思い返してみれば、あの頃から何も変わっていない。前を歩く剛と千花は、今も同じように言い合いをしている。直人はその仲裁役で。涼夏は、少し離れた場所から楽しそうに笑っていた。


 あの夏の日の景色が、目の前の光景と重なって見えた。だからこそ宗介は、この時間がいつまでも続くような、そんな気がしていた。


 * * *

 

 山道をさらに奥へ進むと、あたりは緑がかった薄闇へと沈んでいった。

 古びた看板は放置され、⾜元には誰が捨てたのかも分からない、空き⽸や煙草の吸い殻が点々と散らばっている。両脇からせり出した夏草は膝の⾼さを越え、蔓草の絡みついた枝が⾏く⼿を塞ぐように伸びていた。⻑い間、誰の⾜も踏み⼊れていないことは明らかだった。

 

「あっ……」

 

 五人が古びた倉庫を横切りもう少し先へ進んだ、その時だった。

 突然、涼夏が足を止めた。どこにでもある山道だった。しかし、明らかに今までと何か違う涼夏の様子をみて、宗介も足を止めた。

 

「どうした? 涼夏」

 

 返事はないが、その瞳は一点を見つめたまま、大きく揺れていた。

 その次の瞬間、記憶が激しくフラッシュバックする。


 ——————

 

 息を切らしながら山道を走る。

 首を締めつけられる苦しさと土のにおいが鼻に突く。

 馬乗りになった男の荒い息遣いが耳から離れない。

 苦しい。

 息が出来ない。

 苦しい、怖い。

 助けて。

 助けて。

 助けて。

 誰か——宗ちゃん、助けて。

 

 ——————

 

「っ……!」

 

 涼夏は口元を押さえ、その場にしゃがみ込んだ。体は小刻みに震え、幽霊の涼夏の額には、あり得ないはずの汗が滲んでいた。

 

「涼夏!」

 

 全員が慌てて駆け寄るが、彼女はそのまま力なく倒れ、意識を失ってしまった。その様子を嘲笑うかのように、すぐ近くの木に止まっていた蝉が、けたたましい声で鳴き始めた。夏の山道に響き渡るその鳴き声だけが、何事もなかったかのように続いていた。

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