疎遠になった理由
中学二年の十二月。
吐く息は白く、日が落ちるのもすっかり早くなっていた。学校を出る頃には、外は薄闇に包まれ、大通りを走り抜ける大型のトラックやバスが、冷たい風と轟音を残して次々と通り過ぎていく。その迫力が、まだ中学生だった直人には少しだけ怖かった。
涼夏が行方不明になって、五ケ月。来月で半年になるというのに、有力な手掛かりは一つも見つかっていなかった。捜索も難航し、周囲には重苦しい空気だけが積もっていく。その日、宗介と直人は偶然帰る時間が重なり、一緒に帰っていた。
「おすず、無事だよね」
「ああ」
「クラスのやつから聞いたけど、捜索もかなり難航してるみたいで。このまま打ち切りになったらどうしよう」
「ああ」
宗介は素っ気なく返事をするばかりだった。直人は少し言いづらそうに口を開いた。
「なあ……あの日。夏祭りの日、宗介が最後までおすずと一緒にいたんだよな。別れ際に何か変なことなかったのか? 怪しい奴を見たとか、いつもと違う道を通ろうとしてたとか……何かさ」
「知らねぇよ!!」
宗介は足を止め、大声で叫び、直人は驚いて目を見開く。
「何度も警察に聞かれたよ!最後の目撃者が俺だったから!」
宗介は拳を握り締める。
「でも……変わったことなんて何もなかった。いつも通りだったよ。」
同じ質問を何度も繰り返され、しまいには何か隠しているんじゃないかと疑われた。それだけじゃない、あの日から今日まで、宗介は毎晩のように同じ夢を見続けている。夏祭りの帰り道、涼夏と別れる間際、あいつはいつまでも笑顔で手を振っていた――その光景だけが、今でも目に焼きついている。
「……ごめん」
直人は視線を落とす。
「おすず、無事だといいね」
その何気ない一言が、宗介の胸を鋭く刺した。
分かっている、言ってはいけないと。直人だって、ただ涼夏のことを心配しているだけだと、分かっている。それでも、口から漏れてはいけない言葉が、漏れてしまった。
「……どうせ、もう死んでるよ」
聞こえないほど小さな声でつぶやいたつもりだった。
しかし、その言葉は確かに直人の耳へ届いており、それと同時に直人は昨日の両親の会話を思い出した。
***
「直人と同じクラスの女の子。行方不明になってもうすぐ半年よ」
「まったく、警察は何をやっているんだ」
「大丈夫かしら。直人、その子と仲が良かったから。来年の受験に響いたらどうしましょう」
「いっそのこと、死体でも見つかってくれれば。気持ちの整理もつくだろうに」
そんな両親の会話を、昨日偶然にも直人は聞いてしまった。
***
バタバタッ——。
歩き出した宗介を直人が追いかけ、追いついた瞬間、拳が宗介の頬を打ち抜いた。宗介は勢いよくよろめき、そのまま胸倉をつかまれる。
「ふざけるなよ!!」
直人の目には涙がにじんでいた。
「何勝手に終わらせてるんだよ! まだ死んだって決まったわけじゃないだろ!」
しかし、宗介も負けじと叫び返す。
「もう五ケ月だぞ! みんな口には出さないだけで、心の中じゃ死んだって思ってるよ!」
「だったら……!」
直人はさらに宗介を揺さぶる。
「だいたい、お前があの日、おすずを家まで送ってたら、こんなことにはならなかったんじゃないのか!」
「はぁ!? 俺が悪いのか!」
宗介も胸倉をつかみ返した。
「お前だって、門限なんか気にして先に帰らなかったら、同じことしてただろ!」
「お前と一緒にするな!」
互いに拳を振り上げ、一触即発の空気が張り詰める。
偶然にもその場面を、二人の後ろを歩いていた千花が目撃した。
千花は遠くから二人が何か言い争っているのに気づき、慌てて学校へ駆け戻る。昇降口でちょうど帰ろうとしていた剛を見つけると、事情も説明せず腕を引っ張り、その場まで連れてきた。剛が二人を引き離し、ようやく喧嘩は収まる。
しかし、その日を境に宗介と直人は口を利かなくなった。
そして、そのまま卒業を迎えた。
——————
話を聞き終えた涼夏は、言葉を失っていた。
(そんなことがあったんだ……)
(私がいなくなったせいで——宗ちゃんと直ちゃんが)
「あの事件は、宗ちゃんのせいじゃないよ」
静かにそう言うと、直人は苦笑いを浮かべた。
「うん。分かってる。でも、あの頃の僕はどうしても許せなかったんだ」
「どうして?」
首をかしげる涼夏に、直人は少し言いにくそうに、照れ臭そうに笑う。
「それは……好きな子が突然いなくなったから」
「…………え?」
誰が誰を。一瞬、何を言われたのか涼夏は理解できなかった。
直ちゃんが、私を。そう理解した瞬間、恥ずかしさより驚きが勝ってしまった。
「えええええええ!?」
直人は、その反応が面白くて思わず吹き出す。
「ふふっ。やっぱり気づいてなかったんだね。おすず、宗介のことしか見えてなかったもん」
「えっ!? そ、そうなの!?」
「そうだよ」
「で、でも! 私と宗ちゃんは、そういうんじゃないから!」
「大丈夫」
直人は優しく笑う。
「たぶん宗介以外は、みんな気づいてたから。剛はちょっと微妙だけど」
「えぇっ!?」
みるみるうちに涼夏の顔が真っ赤になる。周りには気づかれていないと思っていた。上手く隠し通せているつもりだったのに、こんなにも分かりやすかったなんて――。恥ずかしさに顔を両手で隠し、指の隙間からそっと直人を見た。
「ごめんね、直ちゃん……」
「もしかして今、僕って振られたのかな?」
消え入りそうな声で謝る涼夏に、直人はどこか楽しげに目を細めた。
「それとも、今まで僕の気持ちに気づかなかったこと?」
「うぅぅ……ど、どっちもですぅ……」
からかうように畳みかけられ、涼夏はますます顔を赤くする。直人はこらえきれず声を上げて笑った。
車へ戻り宗介を待っている間、涼夏は直人を見つめ小さく尋ねた。
「宗ちゃんと……仲直りしたい?」
直人は少しだけ寂しそうに答える。
「……そうだね。できるなら」
* * *
次の場所へ移動したが、そこも目的の場所ではなかった。
「ここも違うか。それにしても暑いな」
「だね」
宗介と直人が会話する後ろで、涼夏は静かに二人を見つめていた。
(どうしよう、何かきっかけを作ったほうがいいのかな。でも余計なことして、もっと関係が悪化しちゃったら……)
涼夏は、頭の中で自問自答を繰り返す。
「ん? どうした、涼夏。疲れたか?」
「えっ!? ううん! そんなことないよ!」
ふいに、宗介に聞かれ、咄嗟にいつも通りの笑顔を作る。
けれど、その笑顔はどこかぎこちなかった。
先ほど聞いた話が頭から離れず、胸の奥が重たい。
直人もそんな涼夏の様子に気づき、申し訳なさそうに目を伏せる。
その時だった。
「あっ! いたーーーー!」
元気な声とともに、千花が自転車で駆け寄ってきた。
「千花!どうした? てか、剛は?」
宗介が尋ねると、千花は怒りを爆発させた。
「あの脳筋バカはねぇ!」
——少し前。
「ごめん! 母さんがぎっくり腰になったみたいで、すぐ病院に連れて行かないと! 悪いが、これで帰ってくれるか?お前ん家、病院と逆方向だから!」
そう言って剛は家の前で千花を降ろし、自転車だけ渡し病院へ行ってしまった。
「普通さぁ! 女の子をちゃんと送り届けてから病院に向かうでしょ!?」
((あー、剛ぽい……))
宗介と直人は口には出さなかったが、心の中では同じことを思っていた。
そして近くに三人がいると聞き、千花は家に帰る前に様子を見に来たらしい。
「はぁ、暑い。
それで?あんたたち、このあとどうするの?私はもう帰るけど」
「うーん。俺たちは、あと一ヶ所くらい見て行くか?」
「そうだな……」
宗介と直人が話していると、千花はふと涼夏の表情に目を留めた。
「涼夏。どうしたの? 元気ないじゃん」
「えっ……」
宗介と直人が同時に、後ろを振り返り涼夏を見る。
(元気なかったのか? たしかに、少し静かだとは思ってたけど……)
宗介は千花に言われ、ようやく涼夏の様子に気づいた。
(僕のせいかな……)
直人も申し訳なさそうに口を開いた。
「あー、実はさっき――」
喧嘩の話をしたことを説明しようとした、その瞬間。
「はぁ……まったく」
千花は、大きくため息をついた。
そして、いつも通りの宗介、申し訳なさそうな直人、元気のない涼夏の三人の空気を見て、
「はいはい、だいたい分かったわ。」
そして突然、手をパチンと叩き、
「はい! 今日はもうおしまい!」
宗介と直人の間を割って、後ろにいた涼夏の手を勢いよくつかみ笑顔で、こう提案した。
「涼夏、これから私とデートしましょう!」
「えっ!?」
そのまま手を掴まれ、自転車の後ろへ涼夏は乗せられた。そして千花は直人へ無言で視線を送った。
(……分かってるわよね? さっさと仲直りしなさい)
言葉はないが、それでも十分伝わる圧だった。直人はごくりと息をのみ、小さくうなずいた。
* * *
涼夏たちを見送った車内は静まり返っていた。宗介は直人を家まで送るため、車を走らせる。数分もの沈黙の後、信号で車が止まったタイミングで、直人が意を決したように口を開いた。
「あ、明日は……見つかるといいな。目的の場所」
「う、うん。そうだな」
直人から話しかけてくるなんて珍しい。宗介は内心驚いたが、会話はそこで途切れてしまう。重い沈黙が戻った、その時。
「悪かった!」
突然、直人が頭を下げた。
「中学二年の時、宗介に当たるようなこと言って。本当に悪かった。宗介は悪くなかったのに……僕も、いっぱいいっぱいで」
宗介は驚いて目を丸くする。
「ああ、別にいいよ。俺も言いすぎたし」
少し照れ臭そうに笑った。
「……本当に、ごめん」
「だから、もういいって」
少し間を置いて、宗介は照れ隠しのように笑う。
「まぁ、お前の気持ちも分からなくもないし」
「?」
直人が首をかしげる。
「好きな子が行方不明になったって聞いたら、そりゃ不安になるよな」
「っ!!」
直人は一瞬で顔を真っ赤にし、いじけるように窓の外へ顔を向けた。
「……うるさい」
その横顔を見て、宗介は思わず笑ってしまう。
こんなふうに笑い合えたのは、いったい何年ぶりだっただろう。
車窓の向こうでは、雲一つない夏の青い空が遠くまで広がっていた。




