見つからないもの
宗介、剛、涼夏の三人は、少し広めの公園を散策していた。昼間は明るくても、夜になると、人通りは少なく、街灯も少ないことを考え、とりあえず可能性があるところは一通り確認することになったのだ。
滑り台やジャングルジムが並ぶ遊具広場で、涼夏はしゃがみ込み、遊具の穴を覗き込んでいる。その横で、宗介と剛は辺りを見回していた。
「ここ、探す必要あるか?」
剛が不満そうに言う。
「でもこの公園、街灯二つしかないぞ。だから夜になると、相当暗くなると思う。周りも木で囲まれているしな」
宗介は街灯を指さして答えた。
「なあ、殺されたときのこと、覚えているのか?」
宗介はふと気になり、涼夏に尋ねる。
「うーん……少しだけ」
涼夏は顔を上げ、曖昧な表情を浮かべた。
「どんな?」
「怖かったことと、草と土の匂い。それと、首を絞められる感触、かな」
その言葉に、宗介と剛は思わず顔を見合わせた。冗談では済まされない生々しさが、その言葉にはあった。首を絞められる感触――そのあまりにも具体的な記憶に、宗介は改めて、涼夏が殺されたのだと思い知らされる。
* * *
三人はその後、山付近にある観光名所の国分寺へ向かった。三重塔は空高くそびえ立っており、涼夏と剛がぼんやりと眺める中、宗介は案内パンフレットを広げる。
「殺される心当たりはないのか?」
剛は、そんな聞きづらい質問をしたことなど気にも留めず、涼夏の顔をまっすぐ見つめていた。
「特には……」
涼夏も気にしていないようで、素直に首を横に振った。
* * *
さらに三人は、昨日集まった朝凪公園内にあるお城の中にいた。公園内を散策中、涼夏が入りたいと言い出したのだ。天守閣の窓から町並みを見下ろしながら、宗介は再び問いかける。
「殺される前に、何か気になったこととかは?」
「うーん……。強いて言うなら、ママが少し過保護になった気がする」
涼夏は少し考え込むように言った。
『知らない人にはついて行っちゃだめよ。それと、人通りの少ないところは通っちゃだめ。それから――』
当時の母の声が、頭の中によみがえる。
だが、それ以上の心当たりは思い浮かばなかった。
城を出ると、目の前の公園のベンチに三人は腰を下ろした。
「まあ、お前、中身は小学生のままだしな」
剛がからかうように言う。
「それは剛ちゃんだって同じじゃん!」
涼夏が頬を膨らませる。
「俺は部活で協調性を学んで、大人になったんだ」
「そういえば、剛、中三のとき水泳部の部長だったな」
宗介が思い出したように言った。
「えっ、そうなの!?」
涼夏が驚いた声を上げる。
「ああ。練習以外にも、いろいろ学んだよ。努力の方向性とか、自分の向き不向きとか、先輩との接し方とか、後輩への気配りとかさ」
そこまで話したところで、剛の声はだんだん小さくなっていった。
「ああ、水泳部、仲悪かったもんな」
宗介が他人事のように言う。
「そうだよ! 一、二年が仲悪くて大変だったんだよ。俺なんて仲介役で板挟みだったんだから」
当時の苦労を思い出したのか、剛は大げさに肩を落とした。
「剛ちゃん、大変だったね」
涼夏が優しく肩をぽんと叩く。
「高校でも水泳続けてたのか?」
「いや、高校は部活やってなくて、ずっとバイト三昧だったな」
「へえー」
「バイト!」
涼夏は、その言葉に大きく反応した。
「楽しかったぞ。部活で学んだことも、人間関係で役に立ったし。
そういえば、千花もたくさんバイトしてたな」
「そうなんだ」
「ファミレスの接客に、スーパーの惣菜担当。夏は海の家でも働いてた」
「すげーな」
「働き者だね」
剛が宗介に視線を向ける。
「宗介は何かやってなかったのか?」
「面倒くさくて、何もやってなかったな。学校行って、家帰ったらマンガ読んだりゲームしたり」
「いいなあ。私もバイトしてみたかったな」
その一言に、宗介ははっとした。
しまった。嫌な気分にさせてしまったかもしれない。
しかし、
「涼夏にバイトは無理だろ。危なくて何も任せられない」
剛が笑いながら言った。
「そんなことないよ!」
「そうか?」
「そうだよ! 私、お皿洗うの得意だよ!」
その言葉に、宗介は思わず吹き出した。
剛が機転を利かせてくれたおかげで、重くなりかけた空気はすぐに和らいだ。
だが宗介だけは、涼夏の「バイトしてみたかった」という何気ない一言が、胸の奥に小さく刺さったままだった。
* * *
同時刻、直人と千花は調べ物を終え、バスに乗って移動していた。バスの車内は、思っていた以上に静かであった。乗客はまばらで、聞こえてくるのはエンジンの振動音と、時折流れる停留所のアナウンスだけ。
千花と直人は、二人掛けの座席に並んで座っていた。窓の外を流れる景色をぼんやり眺めていた直人に、千花が顔を覗き込むようにして尋ねる。
「ねえ、なんで万引きなんかしたの?」
「なっ……! こ、こんなところでする話じゃないだろ」
直人は慌てて周囲を見回し、小声で答えた。
「だって、暇なんだもの」
千花は悪びれもせず、そう言ってシートにもたれかかる。
直人は小さくため息をつき、窓に頭を預けた。
「別に、理由なんてないよ。勉強のストレスとか、親からのプレッシャーとか、学校でもあまり馴染めなくて。それに、涼夏のこともあったし……」
どこか諦めたような口調だった。
「ふーん。お金に困ってたわけじゃないんだ」
千花は興味があるのかないのかわからない声で言い、直人から目をさらした。
「当たり前だろ。一応、うち医者の家系なんだから」
そう言うと、今度は直人が千花の姿をじっと見つめた。
「お前こそ、随分羽振りがよさそうだな。それ、エ〇メスのブレスレットだろ?」
千花の肩がわずかに震える。
「母さんが好きでさ。似たようなのを持ってたんだ」
そう言われた瞬間、千花は右腕につけていたブレスレットを、とっさに左手で隠した。
「べ、別にいいでしょ! バイト頑張って買ったのよ!」
慌てて言い返す声は、どこか不自然だった。
「ていうか、いちいちそんなこと詮索しないでよ」
すると直人は、窓の外を見つめたまま静かに言った。
「それなら、僕のことも、もう詮索するなよ」
千花は何も答えなかった。車内には再び静寂が戻り、揺れるバスの中、二人はそれぞれ違う景色を見つめながら、黙って座り続けていた。
* * *
夕方。
解散する前に、四人は剛の家に集まり、今日集めた情報を整理していた。殺された当時の記憶。怪しい人物の心当たり。そして、元刑事の話。それぞれが気になったことを共有し、思いつく限りを話し合ったものの、決定的な手がかりは見つからなかった。
すると、剛の母親が大きな皿いっぱいのスイカを持ってきてくれた。
「みんな、たくさん歩いたんでしょ? 冷えてるうちに食べちゃいなさい」
「ありがとうございます!」
三人は声をそろえて礼を言う。
真っ赤な果肉にかぶりつく宗介たちを、涼夏は少し羨ましそうな表情で見つめていた。
「冷たくて美味しい」
「スイカなんて久しぶりに食べたな」
やがて、千花がスイカを食べ終え、濡れた布巾で手を拭く。そのとき、爪に塗られたネイルがきらりとガラスのように光った。それに気づいた涼夏が、目を輝かせる。
「千花の爪、つやつやだね」
「あ、これ? ジェルネイルよ」
千花はそう言って、両手の爪を涼夏に向けて見せてあげた。
「ジェル?」
「マニキュアより剥がれにくいし、艶も良い」
そう言いながら、千花は人差し指で反対の親指の爪を軽く叩く。
カチ、カチ、と小さな音が響いた。
「へぇー」
涼夏は興味津々といった様子で、千花の指先を見つめる。
そんな姿を見て、千花はふと思った。
(そっか。こういうのも、涼夏は知らないんだ)
八年前には、まだジェルネイルなんて今ほど身近なものではなかった。特にこんな田舎では、ネイルサロン自体、店舗数は少ない。目にする機会なんてなかった。
千花は、自分の爪を静かに見つめる。すると、いつの間にか涼夏が隣に座っていた。
「ねえ、これって千花がデザイン決めてるの?」
「そうだよ。ほら、これとか前にやったやつ」
千花はスマホを取り出し、今までのネイルの写真を見せ始めた。
「わあ、かわいい! これもいいね!」
涼夏は画面を指差しながら、嬉しそうに声を上げた。
「これは夏っぽい感じでしょ? こっちは友達とおそろいにしたんだ」
「へぇー! 可愛い!」
気づけば、二人はすっかり女子トークに花を咲かせていた。
——————
八月二十八日、午後一時。
今日は、最初のペアで死体探しを続けていた。
「ここも外れかぁ」
宗介がため息をつく。ここ三日、似たような場所を捜索し続けているが、成果がなくさすがに少し疲れてきた。加えて、この猛暑だ。なんとか早く見つからないものか。
「仕方ない。車へ戻ろう」
直人と共に来た道を引き返し始める。
その途中、宗介は靴紐がほどけていることに気づき、その場にしゃがみ込んだ。紐を結び直していると、隣に涼夏もしゃがみ込み、小声でずっと気になっていたことを尋ねてきた。
「ねぇ」
「ん?」
「直ちゃんと、何かあったの?」
ギクッ。
一瞬、手が止まり、思わず肩が跳ねた。
「何かってなんだよ?」
「だって昨日、剛ちゃんと一緒にいた時は楽しそうだったのに、直ちゃんと一緒だと、なんだか気まずそうだから」
(そんなに分かりやすかったか……)
宗介は苦笑する。
「別に、大したことじゃないよ」
「喧嘩でもしたの?」
「涼夏には関係ないことだ」
「えーーー」
教えてもらえると思っていた涼夏は肩を落として、残念そうに唇を尖らせた。そして、それ以上は聞き出せなかった。
* * *
「ここも違うかなぁ」
「そうか」
今回も空振りだった。車へ戻ろうとしたところで、宗介が足を止める。
「ごめん。ちょっとトイレ行ってくるから、先に戻ってて」
「うん、分かった」
宗介がその場を離れていく。
その背中を見送りながら、涼夏は心の中で小さくつぶやいた。
(今がチャンスだ)
宗介は教えてくれなかったが、直人なら教えてくれるかもと思い、先程と同じことを今度は直人に尋ねてみる。
「ねぇ、直ちゃん」
「なぁに? おすず」
「あのね、聞きたいことがあるの」
「?」
「宗ちゃんと……喧嘩でもしたの?」
あまりにも真っ直ぐな問いだった。
直人は少し驚いたように目を見開く。けれど、すぐに小さく笑って肩をすくめた。
「宗介は、なんて言ってた?」
「何も教えてくれなかった」
「……まぁ、そうだよな。自分の口からは、言いにくいだろうし」
どこか諦めたように苦笑しながら、直人はゆっくり歩き始める。
何かを思い出すかのように、少しだけ間を置いてから、静かにこう告げた。
「喧嘩の原因はね——おすずなんだよ」
その一言をきっかけに、直人は八年前の出来事を静かに語り始めた。




