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ひまわり  作者: -満月-
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12/17

剛と直人

 少し遡ること、数時間前の夕方。

 

 剛は宗介を家まで送り届け、そのまま直人の家へ向かって車を走らせていた。

 窓の外では、ちらほらと街灯に明かりが照らされ始めていた。

 しばらく無言が続いたあと、不意に直人が口を開いた。


「今日、剛の家に泊まってもいいか?」


「えっ、別に構わないけど。どうした、急に」


「家に帰りたくない」


 その言葉を聞いて、剛は以前、直人と父親の仲が良くなかったことを思い出した。


(また何かあったのか)


 詳しく聞くのも野暮な気がして、剛は「そっか」とだけ返し、そのまま車を自宅へ向けた。


 * * *


 その夜——。


 剛の部屋には二組の布団が並べられていた。エアコンの風が静かに部屋を流れ、窓の外からは遠くで鳴く虫の声が聞こえてくる。真っ暗な天井を見上げながら、剛は腕を枕にして呟いた。


「……なぁ、直人。起きてるか?」


「……寝てる」


「……」


「……なぁ、直人」


「なんだっ」


 少し不機嫌そうな声が返ってくる。剛は少しためらったあと、ぽつりと言った。


「今でも、涼夏のこと好きなのか?」


「ぶっ、はぁ!?」


 予想外の質問だったのか、直人は勢いよく飛び起きた。


「な、なんだよ急に! ていうか、普段は鈍感なくせに、そういうことは気づくんだな」


「だって、お前、分かりやすかったもん」


 剛が笑いながら言う。


「中学も高校も、今だってモテてるんだろ?」


「別に、そんなこと……」


 直人はそう言いながら、再び横になり、剛に背を向けた。


「やっぱり、涼夏みたいな子と付き合うのか?」


「うるさい」


 もう、そのことは聞くなと、言われているみたいに、そっけなく返される。

 剛も寝返りを打ち、直人の背中を眺めた。


「ちなみに、俺はもう少し綺麗系の子が好き」


「聞いてない」


 そこから会話が途切れ、部屋にはしばらく静寂が落ちる。エアコンの音だけが、静かに響いていた。直人の背中を見つめながら、剛はふっと寂しそうに笑う。


「……涼夏も、いつ消えるか分からないんだ。ちゃんと伝えたほうがいいと思うぞ。後悔しないように」


 暗闇の中、その言葉を聞いて直人がぽつりと答えた。


「もう伝えた」


「えっ?いつ?」


「昨日。で、振られた」


 あまりにも淡々とした口調だった。だからこそ、剛は返す言葉を失った。


「……そうか」


 短くそう言って、天井を見上げる。

 数秒の沈黙のあと、剛は勢いよく起き上がった。


「よしっ! 俺が慰めてやる!」


「は!?」


 次の瞬間、剛は布団ごと直人に抱きついた。


「わっ! やめろ、バカ! 暑い! 抱きつくな!」


「遠慮するなって!」


「するわ!」


 暗い部屋の中に、二人の騒がしい声が響く。

 しばらくじゃれ合ったあと、ようやく静けさが戻った。

 

 窓の外では、夏の虫たちが変わらず鳴き続けている。

 それぞれが胸の奥に言葉にできない思いを抱えたまま、二人は静かに夜を越していった。


 ——————


 俺は昔から、鈍感だとか無頓着だとか言われることが多かった。

 そんな俺が直人の気持ちに気づいたのは、中学一年のバレンタインデーだった。


 昼休み、廊下を歩いていると、学ラン姿の直人が女子たちに囲まれていた。


「直人くん、これ受け取ってもらえますか?」


「私からも!」


 両手いっぱいのチョコレートを前に、中学一年生の直人は困ったように笑っている。


(あいつも律儀だよな。甘いもの苦手なくせに)


 少し悔しい気持ちもあった。

 けれど、それ以上に、「モテるやつも大変なんだな」と他人事のように思いながら、その場を通り過ぎた。


 廊下を曲がると、今度は宗介と涼夏の姿が目に入った。


「はい、宗ちゃん! 今年はチョコクッキーにしてみました! 味には自信があるよ!」


 得意げに胸を張る涼夏。しかし、そのクッキーを目の前にした宗介は露骨に顔をしかめていた。


「な、何、その顔!」


「いや、ちょっと信用できなくて」


「ひどい!」


 ぷくっと頬を膨らませる涼夏。


「とりあえず、剛に毒見させてから食べるよ」


「もっとひどい!」


 そんなやり取りをしていると、涼夏が俺に気づいた。


「あっ、剛ちゃん!」


 小動物みたいに駆け寄ってきた。


「はい、ハッピーバレンタイン!」


 そう言って、俺に小さな袋を差し出した。


「ありがとう」


 毎年もらっている、ただの義理チョコだ。それでも、正直なところ、俺は少し楽しみにしていた。


「剛ちゃん、また身長伸びたね」


「そうか? 逆に涼夏が縮んだんじゃないのか?」


「私は変わってないよ! 剛ちゃんが大きくなったんだって!」


 そう言って、涼夏は俺の背丈を見上げながら笑った。


 ふと後ろを見ると、宗介が「早く味見しろ」と言わんばかりに、必死に身振り手振りをしている。俺は思わず苦笑しながら袋を開け、クッキーを一枚口に運んだ。


「どう?」


 涼夏が不安そうな顔で尋ねる。


「うん、美味しいよ」


「ほんと!?」


 ぱっと表情を明るくした涼夏は、後ろを振り向き宗介へ得意げな視線を向ける。


「ほらね!」


「はぁ……。じゃあ後で食べるよ」


 宗介も、ようやく観念したようだった。

 


 ——————放課後。


 部活へ向かう途中、渡り廊下で涼夏と直人を見つけた。


「直ちゃん、はい。義理クッキー」


「ありがとう」


 直人は嬉しそうに袋を受け取る。

 すると、涼夏が少し言いづらそうに口を開いた。


「あのね、直ちゃん。お返しなんだけど——」


「春限定の桜ドーナツでしょ?」


「えっ!? なんで分かったの!」


 目を丸くする涼夏に、直人は少し照れくさそうに笑った。


「去年、おすずが食べたそうに見てたじゃない」


「え、そんなこと覚えてたの?」


「覚えてるよ」


 何気ない会話だった。でも、その瞬間、俺は気づいてしまった。

 ——ああ、直人は涼夏のことが好きなんだ。

 

 普通、一年前のそんな些細な出来事まで覚えているだろうか。

 それに、昼休みに女子たちへ向けていた愛想笑いとは違う。

 今、直人が浮かべている笑顔は、あまりにも自然だった。


 少し離れた場所から二人のやり取りを眺めながら、俺はぼんやりと考える。

 

 ——じゃあ、涼夏はどうなんだろう。直人のことが好きなのだろうか。


 そんな、思春期の子どもらしいことを考えながら、俺は部活へ小走りで向かった。

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