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夜空を見上げる少女等は孤独  作者: 九頭坂本
21/30

消失少女


 ついさっきまで真っ黒だった空の色が、気付けば薄

ぼけた青空へ変わっていた。

 テーブルの上には、体重計に乗るのが怖くなるよう

な、大量のお菓子のゴミと飲みかけのオレンジジュー

スのペットボトル、見終わったアニメのパッケージが

散らかっていた。

 夜から開けっぱなしになっている窓からは、新鮮な

朝の空気が部屋に流れ込んでくる。

 顔に力を入れ、欠伸を噛み殺す。

 連日のバイトで疲労が溜まっていたせいか、たった

一日の徹夜で、何度も何度も睡魔に襲われていた。

「藍、眠い?」

 紺は脱力した、とろけたような声で聞いてきた。

「僕はね、眠い、結構。あ、よく考えたら、昨日、い

や一昨日もか、寝てないんだった。それのせいかな」

「私も、割と、眠い」

 隣を見ると、紺は半分しか開いていない目をこちら

に向けていた。目の焦点が定まっておらず、朦朧とし

た様子の彼女は、もうすぐにでも眠りに落ちてしまい

そうに見えた。

 テーブルの上に置いてあるアニメのパッケージには、

一晩中、私達の眺めるテレビの枠の中で躍動していた

ピンク色の魔法少女のイラストが描かれている。

 時計を見ると、短針は真っ直ぐ下を向いていた。

 見終えたアニメについて、互いに意見や感想を語り

終えた後だった。

「今日、バイトは?」

 紺に聞かれ、鈍い頭を無理矢理に動かし思い出す。

「今日は、休み。明日は、あるよ」

「そうなんだ。そしたら、今日はどうする?お父さん

は帰ってこないから、泊まっても大丈夫だけど」

「じゃあ、泊まる」

「うん」

「一人でいても、寂しいだけだから」

「独りは、いいことばかりでもないもんね」

「本当、そうだね」

 紺はテーブルの上で両腕を組み、その上に顔を乗せ、

私の顔をじっと見た。目線が合うと、彼女は満足気な

笑みを一瞬だけ浮かべ、目を逸らした。

「可愛い」

 脳内が眠気でぼやけているせいか、気付いた時には

既に口から言葉が漏れていた。

「あ」

 それに気づいた瞬間に、急激に熱くなる頬と跳ねる

心臓に自分で驚く。

「何でもない」

 熱を掻き消すように言い捨てた。

 同時に強く、自覚し直す。

 私が紺の家に泊まりたい一番の理由は、家に誰も人

がいないからではなく、一人が寂しいなんてことでも

ない。

 紺と一緒にいたい、ただ、それだけだということを。 

 口元を手で隠しながら、彼女の方へ目を向ける。

「紺?」

 いつの間にか、彼女は瞳を閉じ、安らかな寝息を立

てて眠っていた。私の口から漏れ出た言葉も、誰の耳

にも届かない独り言と化したらしかった。

「私も、眠たいな」

 大きく口を開き、豪快に欠伸をする。紺の目のない

今、どんなにだらしなく欠伸をしたところで問題はな

い。

 眼球に薄らと張った涙の膜の向こうには、気持ちよ

さそうに眠っている紺の顔があった。

 大きい目と長いまつ毛、小さい唇、低い鼻。

 傷一つない、白い肌。

 真っ黒でさらさらな、細い長髪。

 よく見ると、私の切ってあげた前髪は少し不恰好だ

った。

 近くへ寄り、私も紺と同じ格好でテーブルによりか

かる。

 息を止め、音を立てないように顔を近づけると、彼

女の温い寝息が顔にかかった。

 紺の生々しい温度が心をくすぐる。

 紺の寝顔を眺めながら、私は、私達の、未来のこと

を想像した。人殺しの、人でなしの怪物、狂人の私達

の果て。

 ここから、幾つもの道が伸びているように見えた。

 罪人の私によく似合う、破滅の道。

 満たされたまま、苦しむ前に逃亡する、幸福の道。

 恥ずかしくなるくらいのご都合主義な、夢みたいな

道。

 自分の欲求を満たすために、両親と全ての友達を無

惨に殺した私に、ろくな未来などないことは分かって

はいる。いや、あってはいけないのだと、思う。そん

なことは、許されるべきではない。

 もしも、沢山の命を奪った私のような人間にすら、

幸福になれる道が残っているのだとしたら、この世界

のルールに従い、自分を何度も何度も殺し、真っ当に

生きている普通の人達があまりにも浮かばれない。

 可哀想だ、そんなのは。

 しかし、勿論私は望む。ずっと、紺と一緒にいられ

る未来、報いもなく、罪も許される未来、自分勝手な、

私だけに都合の良い未来。

 天才と凡人。紺のよく使う言葉だが、私は間違いな

く、前者だ。

 一度狂気に取り込まれたら最期、そこからは、どこ

までいっても天才は天才で、それ以上でもそれ以下で

もなくて、二度と凡人へ戻ることはない。

 だったら、私は足掻いてやろう。

 紺と一緒に、幸福になれる未来を掴みとってやろう。

 凡人が、可哀想で仕方なくなるくらいの未来を。

「紺」

 彼女の唇を見つめながら囁くが、反応はなく、穏や

かな寝息を立てて眠るばかりだった。

 心の奥が、発火したみたいに熱を帯びていく感覚が

ある。

 私の望む未来に、紺の存在は必要だ。

 心に触れながら、私は思う。

 これは、恋愛感情とか、単にそういうものじゃない。

その程度のものではない。

 私の知る中で最も近いのは、家族に対する愛情。

 共に生きることを望んだ者へ向ける、その深い愛の

中に、性的な欲求を混ぜ込んだ歪な感情。

 紺の口の端を、優しく指で触る。

 小さくて可愛らしい彼女の唇は、私を誘っているか

のようにうっすらと濡れていた。

「紺」

 私が紺に性的な欲求を向けるようになってしまった

のは、つい最近のことのように思う。

 しかし、それは強烈で、理性では片づけきれない彼

女への愛が身体中から溢れ出しているようだった。

 元々、私は女の子に性的な興味があった訳では無い。

かつていた、周りの女の子達と、多分、同じように、

男の子のことが好きだった。

 雄と雌に分かれる人間という生物において、女の子

が男の子を好きになる、性的に興味を持つということ

は、すごく自然なことで、それはつまり、女の子が女

の子を好きになるなんてことは、すごく不自然なこと。

生物としては、正しくないことだ。

「好きだよ」

 それでも、私は幸せだった。

 正しく生きることと、幸せに生きることは違う。

 今の私は本気で、人間を殺して良かったと、思って

いる。

 あの時、両親を殺さなければ、私は普通の女の子と

して、凡人として、人並みに恋をして、人並みに生き

て、紺のことも、私のことも何も知れなかった。

 そんな生き方、悪い夢みたいだ。

 自分が何者なのか分からないまま、死んでいくみた

いで。

 そうやって知った自分の姿が、過度な加虐趣味を持

つ同性愛者であったとしても、だ。

 開けっぱなしの窓から入ってくる朝日が反射して、

紺の長髪が輝いていた。

 燃えるような熱に従い、瞳を閉じたままの彼女の湿

った唇に、自分の唇を、近付ける。

 しかし、唇と唇が重なる直前で、私の理性が心を止

めた。

「やっぱり、怖い」

 行き場を無くした熱が身体を火照らせていく。

 愛が心の底に降り積もっていく。

 今は甘い匂いのこの愛も、いつか、腐り落ちるのだ

ろう。

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