第八十三話:真剣の心構え
「そうむくれるなよ、リョーダン」
「別にむくれてねーし」
落ち武者ゾンビの斬撃を躱し、短剣を突き刺す。ちょっとえぐ目に捻って傷口を広げたのは、決して八つ当たりではない。
「ただ、ちょっと考え事があるだけだよ」
「……もう雑念交じりでゾンビ狩りできるのか。慣れは凄いな」
言われてみれば、初めは一対一だったゾンビ相手に、今は複数体が同時でも、片手間で対応できている。
まぁ、こいつらは動きが遅いから、そして過剰な量にならないようにモーリーが適度に間引いてくれているからできることだな。
オダマキさんとのPvPは、三戦やって三戦とも負けた。オダマキさんの方がややレベルが上とはいえ、最終的にはゼロ勝だ。
オダマキさん、結構強い。ナギも何をアドバイスしようか、やや困っていた。自分のキャラビルドに合わせた戦い方を徹底しているし、俺のように飛び道具染みた動きをするわけでもなく、丁寧な戦い方だと感じた。ひょっとして、リアルでも薙刀道を嗜んでいたりするんじゃなかろうか。
ちょっとやそっとのフェイントには引っかかってくれず、俺のクリティカル性の高い攻撃も、致命になるものだけは確実に防ぐ。焦れて俺が強気に踏み込んだタイミングではダメージ覚悟でカウンター。それをされると防御力が紙の俺からすれば、ダメージトレードが不利で負ける。丁寧に強みを押し付け、押し切るような戦い方だった。
「あれで勝てないクエストボスって、相当に難易度が高いんじゃないかなぁ」
オダマキさんが挑戦中のクエストにはソロ制限があると言っていた。それなら運営は一対一の前提でモンスターの強さを調整しているだろうし、よほど相性の悪い相手なのだろうか。
横道に逸れた思考の中で、ゾンビの太刀筋をいなす。胴を〈斬々舞〉の三連撃でぶった切れば、ちょうどレベルがあがった。
レベル上げはかなり順調だ。課金アイテムの力もあり、ぐんぐんと経験値を獲得できている。新しいスキルだっていくつも覚えた。
「……でもなぁ、何か、こう、あと一つなんだよな」
なにか、なにかが自分の中で掴み切れない。グラブを倒すための何か。
例えば、比べるのは悪いが、オダマキさんとキングモグラであれば、多分キングモグラの方が強い。
けれど俺はキングモグラを倒すことができたし、逆にオダマキさんには三戦とも負けてしまった。
手を抜いていたとか、本気じゃなかったとか、そういうことでもない。
ただあの時の高揚というか、命がけの感覚――そう、真剣だ。真剣さが足りなかった。
でもその真剣さは何に起因しているのか。
俺の気分の問題? 相手との練習だから気乗りしなかった?
そんなことはないはずだ。負ければ悔しいし、三戦目は結構ムキになっていた気がする。でも足りない。
脳のリミッターを取っ払ったような、仮想の体を全開で使い倒すあの全能感。感覚は知っているはずだ。自在に使いこなせないだけで。
では何が足りない? 何がきっかけなのだろう?
そうして少しずつ思考の深くまで意識が沈んでいって。
「――おい! 後ろ!」
モーリーの声がした。戦闘中であることを忘れかけていた俺は、背後に迫っていたゾンビに気が付いていなかった。
振り返るころには、既にゾンビは手にした刀を振りかぶっていた。
動きが見える。狙いは首の横薙ぎ。あの刀が俺の首を刎ねる。たった一撃でHPがゼロになる。致命になる。死ぬ。そんな未来が見える。
真剣――命のやりとり。
その時、パチンという幻聴に合わせて思考が加速した。
全身の力を抜き、後ろに倒れるようにして攻撃を避ける。足を振り上げ、バク転。蹴りで刀を奪う。一回転した足が地面に付く。スキルを発動。
「〈重ね刃〉、〈土竜撃〉」
着地と同時にシステムアシストで、体が逆回転するありえない挙動を見せる。天地がひっくり返る中で腰の居合刀を抜き、回転しながら斬撃を放つ。
「グゲェッ!」
クリティカルが乗った特大威力の一撃を受けた落ち武者ゾンビは真っ二つになる。断ち切った勢いそのまま切っ先を地面に叩きつければスタン効果が発生し、近くまで寄ってきていたもう一体の足を止める。
居合刀を手放し、左手で短剣を抜く。空いた右手を地面について体をぐっと跳ね起こし、もう一体に飛び掛かる。組み付いて首の後ろを刺し、そのまま柔術の動画で見た足払いを仕掛けて体落とし。俺の体重と相手の体重を威力に変換。首に刺した短剣から地面に落とすことで、倒れる勢いをさらにぶつけ、貫通させる。絶命。
血のようなエフェクトが飛び散る。けれど顔にかかってもただの光、汚れることはない。
「――――」
注意喚起してくれたモーリーが絶句している。自分でもびっくりするような反応をした。
そして自覚した。
「うーん……これがゲームで本当に良かった」
小さく、誰にも聞こえないように呟いた。足りていなかったのではない。ただ自分で蓋をし直していただけだった。
強い敵を倒すことが楽しい。
腕比べとか、勝ち負けとか、そういう綺麗な動機ではなく。命がけで、殺しあうことが楽しい。
死に物狂いで斬りあって、魂ごとぶつけ合うように殺しあって、その果てに俺が上で、お前が下だと決定づけることが、たまらなく楽しい。
ただ、普通はそういう目つきで斬りかかってくるプレイヤーなんていないというだけのことだ。だからVR空間上のモンスターの中に、そういう感覚を妄想して、期待している自分がいるのだ。
あまり大きな声では言えない趣味だろう。そういう仄暗い欲望が、確かに自分の中にあって、けれどそれを正しく理解してあげて、その楽しさに自分の身を委ねたとき。
きっと俺は、修羅とでも笑って斬りあえる。
「……なんか、嫌な感じだなぁ」
シリアルキラー願望をこじらせた中二病じゃないのだから。どことなく気恥ずかしい。
けれどこれは必要な理解だった。自分が何を求めて剣を握るのか、それを正しく理解した今、明確に心構えが変わる。
「ぶ、無事か……?」
「あぁ。モーリー、声かけてくれて助かった。やっぱ気を抜いちゃダメだな」
どことなく誤魔化すように笑って、短剣を鞘に戻した。
リョーダンはちゃんとゲームと自覚して自制できますが、もしスタブレがデスゲームだったら猛スピードでPKの楽しさに目覚めて闇落ちしてると思います。良かったねぇ、スタブレがギャグで!




