第七十九話:落ち武者狩り
『落日の森』の中に入ると、何重にも生い茂った木の葉が太陽の光を遮り、一気に暗くなった。森のフィールドはこれまでも初心者が初めに訪れる『恵みの森』や、ハングリーグリズリーが出る『封土神殿』付近の森などをいくつか探索してきたが、それらのフィールドと比べても薄暗くて、不気味な雰囲気だ。
「なんか、幽霊でも出そうな雰囲気だな」
「くくっ、良いカンしてるな」
「えっ」
「この森はそういうゴースト系のモンスターの巣窟なんだよ。そら、目的地はすぐだ」
森に入って数分も歩いただけで、目的地に着いたらしい。モーリーの言う通り泉があった。
いや、泉というより沼だ。水草が張っていて、濁った水のせいで底が見えない。辺りは相変わらず薄暗く不気味だ。
「これからどうするんだ?」
「目的のモンスターはポップ率が高いからな、少し待てば出てくるだろう。お前も準備しておけよ」
言うや、モーリーは背負っていた長剣を鞘から抜いて、肩に担ぎなおした。
「お、おう分かった……」
モーリーに倣い、腰の居合刀をいつでも抜けるようにして警戒心を高めておく。沼の水面に揺らぎがないか、見逃さないように目を凝らす。
と、その時。背後から複数の足音がした。警戒していたのは沼の方だったのだが、背後を取られている。
「ほら、早速来たぜ」
振り返る。ゆらり、ゆらりと不気味な影が、木々の間から姿を現す。それはボロボロの甲冑を着て、日本刀を引きずるように持った、ゾンビの群れだ。
「ゾンビ……!?」
「推奨レベル55、『落日の兵』。落ち武者らしいぞ」
「どう見ても命ごと落っことしてないか?」
首の角度が変な方を向いてる奴も混じってるぞ。
そんな落ち武者ゾンビが、沼を背にして逃げ場のない俺たちをゆっくりと包囲していく。その数三体、いや五体。どんどん増えている。
「最初から全部同時に相手するのは厳しいだろうから、俺が適当に間引いてやる」
「頼んだぜ……!」
じりじりと近づいてくるゾンビたちを睨みつけ、俺はインベントリからとあるアイテムを取り出す。
「今日のために用意した特別なアイテムだ――いくぜっ!」
取り出したのは紐で封がされた巻物だ。俺はその紐をほどき、巻物を広げる。次の瞬間、淡い光が俺を包み込み、効果を発動した。
これは『鍛錬の書』と呼ばれるアイテム。効果は使用してから三時間、経験値の獲得量が二倍に増えるというもの。
そして――このスタブレ内における課金アイテムの一つだ。
「そんな仰々しく使わなくても、ただの課金アイテムだぞ」
「俺の人生初課金なんだよ!」
「あっ――初々しくてなんか辛くなってきた」
別にこれ一つくらいなら高い買い物でもないんだが、妙に緊張したね。
さらに街の雑貨屋で買っておいた『強壮ポーション』を使用して、STの回復速度も補強する。
これで準備万端だ。
〈韋駄天〉を発動してAGIを強化し、まずは小手調べ。手近な一体に近寄る。
「〈斬々舞〉」
三連撃。鎧の上から斬撃を叩きこんでやったが、想像よりも鎧が固い。よろめきはしたものの、吹き飛ぶことなく踏ん張られた。
「意外と耐久あるな、こいつ!?」
ゾンビが日本刀を振りかぶる。力任せに振り回すような動きではなく、正しく斬る動きだ。切っ先鋭く俺の首を刎ねようとする。
頭を屈めて回避。左手の短剣を太ももに突き刺して、バランスを崩させる。その隙に距離を取って仕切りなおす。
「動きは速くない、が、筋力と耐久がある。太刀筋も力任せじゃない。コイツは手ごわそうだ」
「ぶっちゃけ最初は一対一でも苦戦するんじゃないか? レベル差もあるし」
「なら他の奴はいったん任せていいか?」
「間引きはするが、ヘイト取るのは苦手だぞ。自分の身は自分で守ってくれ」
俺の背後でモーリーの気配が薄れていく。〈隠密〉系統のスキルを発動させ、薄暗い森の木々に紛れるように移動を始めた。
これは、確かに一人だと徐々に狭まる包囲網に囲まれて、袋叩きになっていただろう。
冷静に考えれば、推奨レベル55ということは、俺が一番初めに宿敵とした『黒毛の狂虎』よりも格上ということなのだから。
図体の大きさが違うのであちらより威圧感はないが、じりじりとにじり寄ってくるゾンビというのは圧がある。
だが、
「〈バックスタブ〉、〈致命の一撃〉――〈クエイクスマッシュ〉!」
移動したモーリーが、他のゾンビの背後からスキルを纏った強烈な一撃を叩きこんだ。無防備な背中を長剣で斬られた落ち武者ゾンビは、地面をバウンドするように吹き飛ぶ。そのまま一撃で落ち武者ゾンビは砕け散った。
「お、おぉ……!? 一撃!?」
「グラブ相手だと分かりにくかったかもしれないが、俺の一撃って相当火力でるようにスキル組んだんだぞ?」
びっくりした。スキル効果が乗っているとそんなに火力が出ていたのか。
モーリーは吹き飛ばしたゾンビには目もくれず、二体目のゾンビに切りかかっている。本業はステルス攻撃のはずだが、正面切っての斬りあいも苦手というわけではないらしい。
豪快に長剣を振り回し、ゾンビの群れが集まりすぎないように吹き飛ばしてくれている。
俺もモーリーに任せてばかりじゃなく、自分の経験値を稼がないと!
〈錬気〉を発動して居合刀のチャージを回復しつつ、短剣を使って刺突。鎧の隙間に刃を差し入れて、抉るように斬る。
ちゃんとした人型相手は久しぶりだな。獣系のモンスターよりも手足の動きが想像しやすくて、戦いやすい。
直近だとキングモグラがかなり対人的な動きをしていたが、アイツも普通の人間よりは大きかったし。
「縦、縦、横。突き、これは牽制」
しかも落ち武者ゾンビは特別素早いわけでもないので、動きを観察する余裕がある。当たれば火力があるんだろうが、当たらなければ――というやつだ。
ゾンビが繰り出す太刀筋は鋭く、気を抜くわけにはいかないが、かといって対処しきれないほどではない。振るわれる日本刀に短剣を合わせ、攻撃をいなす。
「耐久系のビルドをしていると、袋叩きにされるんだろうな」
これはスキル構成との相性だな。
ゾンビと切り結び、時折蹴りや体当てを混ぜて体勢を崩させる。
その隙は居合刀の一撃を入れるか、じりじり近寄ってきた他のゾンビとの距離を作るために使う。
背後から近寄ってきていた別のゾンビは認識できている。背中を狙った横薙ぎのタイミングに合わせて〈ハイジャンプ〉でよけ、〈重ね刃〉を発動して次の攻撃の判定をヒット判定を増やす。
体を捻り、狙いを定める。
「んでもって――〈月断〉っ!」
鎧の繋ぎ目を狙い、上空から高威力の斬り落とし。ヒット判定が二倍になった斬撃がゾンビの肩口に食い込み、そのまま腕を斬り飛ばす。
腐り潰れた喉から歪な悲鳴をあげる落ち武者ゾンビ。だが他のゾンビは怯むことなく近寄ってくる。
「まずは数を減らす!」
腕を失い倒れたゾンビを、短剣で滅多刺しにする。首や肺といった急所になりそうな箇所を繰り返し刺せば、ようやくHPが尽きたようでポリゴン片となって砕け散った。
「これでまず一体!」
すぐさま二体目、三体目の対処に移る。が、うち一体をモーリーの攻撃が消し飛ばした。助かる、対処する相手が減った。
「おお、もう一体倒したのか。やっぱり腕は確かだな」
「結構余裕ないけどな!?」
スキルの連続使用でSTが減っているので、回復のために一呼吸おきたい。居合刀のチャージも溜めておきたい。
が、林の奥から新たな落ち武者ゾンビが近寄ってきているのが横目に見えた。
「リポップ早くねぇ!?」
「そりゃそういう狩場だからな! だから効率が抜群に良いんだよ! ほら、どんどん狩ってくぞ!」
「うおおおおおお、やってやらぁ!」
撃破速度をあげなくては!




