第七十七話:様子見と反省会
超がつくほど間が空きました。
グラブが己の武威を示すように、猛々しく吠える。その咆哮だけで地面が砕け、形を変える。
圧倒的な個としての強さに、気圧される。
「リョーダンくん。次にグラブの攻撃がきた時、反応できるかい?」
ケンさんがいつになく、焦りのある声色だ。
「……初動で止めるか、カウンター狙いならなんとか?」
「オッケー、ならタイミングは君の判断に任せる。頼りにしてるよ」
黒いマントの裾を翻し、ケンさんが前へと駆ける。
斬撃はグラブの腕に当たった。ダメージを受けたグラブは一度ジャンプし、柱を足場にして折り返して攻撃を繰り出す。
「ふっ!」
ギリギリでよけ、反撃。だが、ケンさんの攻撃には先ほどまでの積極性がない。まるで時間稼ぎをしているような動きだ。
「そうか、他の人達が戻るまで……」
俺とケンさんの二人だけでどうにかできる相手じゃない。今優先するべきは、崩れた陣形を立て直すことだ。
グラブが柱を掴み、加速を始めた。上下左右に目まぐるしく動かれては、ケンさんも反応しきれない。
左、右、折り返す――この瞬間!
「〈ハイジャンプ〉!」
ケンさんが散々にヘイトを奪ってくれていたおかげで、俺の動きはグラブの意識の外側だった。柱を掴んで方向転換する、その一瞬だけ動きが止まる場所目がけて跳躍。
「〈土竜撃〉っ!」
そのまま体ごと回転し、新たに習得したEXスキルをぶち当てる。ダメージはそれなり。だが期待したのはこのスキルの追加効果だ。
直撃と同時に発生するスタン効果が、ほんの一瞬だけグラブの動きを硬直させる。
――読み通り、このスタン効果はボスエネミーにも有効だった。
スタンを受けたグラブは柱を掴み切れない。グラブは加速を諦め着地。あの驚異的な連続攻撃を防げた。
「でかしたぁ!」
空気を震わせる大声。声に籠った怒気は、挑発系スキルの影響を受けてグラブの注意を一気に引き付けた。
「ノブシゲさん、無事だったんですね!」
「無論! たかが一撃で沈むようで、タンクは名乗れんでござるよ!」
空になった回復ポーションを投げ捨て、ノブシゲさんが猛々しく吠える。
グラブがノブシゲさん目がけ、凄まじい速度で飛び掛かる。
その動きを真正面から見据え、
「〈オーガチェスト〉!」
強烈な縦振りがグラブの腕とぶつかり、地面へとめり込ませる勢いで叩きつけられる。
互いの攻撃を相殺するようにモーションキャンセルが入り、グラブとノブシゲさんがにらみ合って停止。そこへ新たな影が飛び込む。
「〈ツインストライク〉!」
同じく回復を終えたナギだ。スキルを帯びた双剣がグラブの横っ面を強烈に叩く。
そうして気を引いたところを、気配を消したモーリーの一撃が――。
「GRUUUU!!!」
「こんにゃろ!」
――と思いきやモーリーの攻撃はなく、グラブの反撃をナギが必死になって回避する。
「ナギ、ノブシゲさん! モーリーはどうした!?」
「駄目、あの人リスった!」
「マジかよ!? 一撃で!?」
「僕でも瀕死だったんだよ、リョーダンは絶対に当たっちゃ駄目だからね!?」
確かにモーリーのステータス構成は防御を軽視したものだろう。それでも、最上位クラスのレベルと装備を持ったプレイヤーが、たった一撃。それどころか、多少なりとも防御にステータスを回しているだろうナギすらも一撃で瀕死まで追い込まれたという。
ノブシゲさんが回復しきって復帰するのにも時間がかかっていたし、とんでもない威力だったんだな。
第一段階よりもより苛烈に、より素早く攻撃を繰り出すようになったグラブは、まさに荒れ狂う嵐だ。
振るった余波で地面がひっくり返り、ノブシゲさんが地面に足を突き刺すようにして耐える。
ケンさんが何度も攻撃を繰り返すが、素早く跳ねまわるようになったグラブへの攻撃チャンスはこれまでの半分以下となった。
俺たちのチームでの決定打を担っていたモーリーの離脱により、じりじりと追い込まれ――。
「それじゃあ、反省会はじめまーす」
俺が手を叩いて音頭を取る。みんな、顔には疲労の色があるものの、その表情はワクワクと楽しそうなものばかり。
……あの強さを見て、楽しそうに思える人たちというのは良い事だなぁ。敵が強いほど燃える、根っからのゲーマーだ。
「いやはや、様子見のつもりがつい熱が入ってしまったでござるな」
「あれは気楽に手を抜けるボスじゃないね」
「でも、かなり情報が手に入ったよ。対策の立て方も色々と工夫できそうだ」
俺が何かを言うよりも先に、全員が思い思いに意見を出してくれる。
グラブとの激闘の結果は、敗北に終わった。
様子見前提だったとはいえ、これだけ実力のあるプレイヤーを揃えても初見攻略はできなかった。きちんと対策を立てる必要がある。
挑む前に全員、カラム村の宿にリスポーン地点を移していたので、その宿の部屋で作戦会議だ。
「いや、すまねぇ。真っ先にリスポーンさせられるとは。情けない限りだ」
「まぁ、あれは初見殺しに近い事故みたいなものさ」
「かくいう僕たちも、あの後は五分と粘れず全員帰ってきたしね」
「しかし、前半の攻撃モーションはかなり見れたでござるな」
「事前に決めておいた、前衛後衛の役割も上手く機能していたね。あれは問題なさそうだ」
「とはいえ、一度崩れたあとの、陣形の立て直し方は課題だな。真っ先に落ちた俺が言えたことじゃねぇが、何か決め事をしておかないと」
「モーリーのビルドは、そもそもが防御にほとんどステータスを振っていないでしょ。それでグラブの一撃を喰らえば、ひとたまりもないよ」
「俺だって、最終的には直撃じゃなかったのに地面の余波だけでHP全損したぞ」
「となると、拙者の役割も責任重大でござるな」
「タンクが足りないかな? いや、あの機動力と火力を前にしてただVIT型タンクを並べても効果は薄そうだよな……。リョーダン君に回避盾やってもらうほうがいいか?」
次々に感想を述べては、改善案をまとめていく。
俺はまず、思っていた意見を皆に尋ねることにした。
「まず予想したいんだが、今回の戦闘でどれくらいグラブのHPを削れていたと思う? 俺の予想だと、三割削れたかどうかだと思ってるんだが」
このゲームは、敵の残りHP量は表示されないので分からない。ただ、野良エネミーは残りHPが少なくなれば動きが鈍くなったり、逆に好戦的になったりといったAIパターンの変化があるものがいる。
またボスエネミーであればその変化は顕著で、見た目が変わったり、攻撃モーションに新しい技が増えたりする。いわゆる第二形態、第三形態といったやつだ。
「それは同意見だね。俺たちがいくら全力で攻撃していたとはいえ、あれだけのボスを追い詰め切ったとは思えないな」
「三割、という見立てもそう間違ってはいないと思うでござるよ。あのグラブもモーションが明らかに変わった故、一定以上のダメージは与えられたはず。しかし、半分も削った手ごたえはなかったでござるな」
「ほかの星喰獣の情報がそのままアテにはならないだろうが、ランザもかなりHPがあるボスだった。俺も同意見だ」
各員が頷く。ということはつまり。
「第一段階が、通常形態。そして三割ほどHPを削れば、あの柱を作って跳び回る第二形態。それからおそらく、確認し切れなかった第三形態があると思った方がいいよな」
三割でモーションが変化し、そのまま最後まで続くとは考え難い。もう一つ、あるいは二つ、隠し玉があると思っておいた方がいいだろう。
「次は第二段階が見られるまでは繰り返し偵察するのかな?」
「いや、ナギ。できれば次で決めたいと思ってる」
俺がそう切り出すと、他のみんなは驚いたように目を丸くした。
「なんだってまた、そんな急ぐんだ? 様子見にもう少し時間を使っても良いと思うんだが」
「海イベと、他のプレイヤーの目だよ」
現在開催されている海イベント、これが終わる前にはグラブを倒したいと考えている。
「今は多くのプレイヤーが、海イベントに気を取られているからこっちの川向うのエリアにはほとんどプレイヤーがいない。けど、海イベントが終われば人の流れも元に戻る。俺が今回協力してもらっている皆は、実力は折り紙付きだけれど、その分顔も良く知られた有名人ばっかりだ。モーリーのときみたいに、自分のギルドメンバーだけで固めて目立たないように何か月もかけて攻略はできない」
名の知れたプレイヤー達が何度もパーティーを組んで、最前線攻略とは一見無関係そうなエリアにばかり通っていれば、目立つだろう。そうした噂がインターネットに広まれば、グラブへの挑戦権を持つ人物が増えるかもしれない。
グラブへの挑戦権を得るためのルートは、その気になればかなり短い。
俺はスタブレを始めたばかりだったのでモグラたちとの組手も時間をかけたが、本気で最前線のプレイヤーが取り組めば、数日でグラブへの挑戦権を手に入れることができるだろう。なにせ、一度でも封土神殿への行き方が分かってしまえば、あとは戦闘クエスト二つ分しかないのだから。
「まぁ、言い分は分かった。攻略を急ぎたい気持ちもわかる。だがどうする?」
「俺にいくつか作戦がある。細かい部分はスタブレに詳しい皆の意見が欲しいんだけど――」
そこで、俺は対グラブに向けて思いついた作戦をいくつか披露した。
ただ黙って俺の作戦を聞き終えた皆は――。
「うん、なるほどね。悪くないと思う」
「いくつか準備が必要でござるな。しかし、拙者もかなり有効と思いますぞ」
おおむね好感触だった。よし、これでいこう。
「まだ見ぬ第三段階はどうしようか?」
「それはもう、俺らの臨機応変ってことだろ。次は俺も、装備も道具も出し惜しみなし、決戦想定で準備しておく」
「俺はとにかく、付け焼き刃でもいいから決戦にむけてレベルをあげることにする。だから皆には、この作戦に必要な道具を準備してほしいんだ」
全員が顔を見合わせ、互いに頷く。
そうしてそれぞれが決戦に向けた準備を整えるべく、その日は解散となった。




