第六十四話:埋め合わせの海遊び
モーリーとの話し合いの後、俺はアーちゃんとの埋め合わせのためにニール港近くの海へと向かった。
待ち合わせをしていた海の家まで向かうと、アーちゃんは海の家でフルーツジュースを飲みながら待っていた。スタイルの良いアーちゃんが、やや不機嫌そうな顔でジュースを飲んでいる姿は、妙に絵になっている。
近づくと、アーちゃんも俺の存在に気が付いた。
「あっ、リョーダンさーん! 遅いですよ!」
「ごめん、モーリーとの話が長引いてさ」
軽く頭をさげ、アーちゃんと合流。「飲みますか?」と差し出された飲みかけのフルーツジュースは丁重に断った。
「それで、アーちゃん。何して遊ぶんだ?」
「そうですね……せっかくですし、泳ぎましょう!」
てっきりイベントでモンスター狩りかと思っていただけに、アーちゃんからの誘いは意外だった。
まぁ、今回はアーちゃんへの埋め合わせのため、ということもあるし異論はない。泳ぐのも楽しそうだし。
ということで、二人でさっそく浜辺へ繰り出す。
バーチャル砂浜は今日も快晴。いつでも絶好の海水浴日和だ。
イベント開始当日は多くのプレイヤーが入り混じっていた海水浴場だが、数日もすれば凡その住みわけができていた。
モンスター狩りやレイドバトルなど、イベント本編である戦闘を楽しみたいプレイヤーたちが集まるエリアと、ビーチ遊びや海水浴などの普通の海での遊びを楽しみたいプレイヤーたちが集まるエリアだ。
運営もそれを見越してか、長い海岸線の中、特に海の家近くの砂浜にはモンスターのポップ率が非常に低く設定されたエリアを作っている。
俺たちが向かったのは、そういったモンスターのポップ率が低い場所だ。ここなら、上陸してくる海洋モンスターのことを気にせず遊べる。
メニューを開いて装備を変更し、水着に着替える。アーちゃんも同じく水着姿になった。
仮想空間なので、当然ながら装備の変更も一瞬のこと。着替えシーンを想像した人は残念でしたね。
二人でそのまま海の中へ。膝下くらいまでが水の中に浸かる。
相変わらずスタブレのVRのクオリティは凄いもので、冷たい水の感覚、波がゆるやかに打ち寄せる感覚まである。まるで本当に水の中にいるかのよう。
「どういう処理が働いているんだろ……?」
「リョーダンさん!」
「ん? どうか――」
「えいっ!」
バシャッ、と顔に水をかけられた。
「えへへ、冷たいですか?」
「……なんてベタな」
こうして海で遊んで、女の子に水をかけられるなんて、ベタ過ぎてちょっと照れるまである。アーちゃんは変わらず楽しそうだけど。
この子、人との距離感の詰め方バグってるよなぁ、と薄々思っている。ネトゲでこんなことして、うっかり相手に勘違いされたらどうするつもりなんだ。インターネット上のトラブルって怖いんだぞ。
いや、俺も詳しくは知らないんだけど。
「もう、リアクションが薄いですよ! もっと楽しんでくださいよ!」
「……はいはい」
そこまで考えて、アーちゃんがあまりに無邪気で純粋に楽しそうだったので、色々考えている自分がなんだか馬鹿らしくなった。
いいや、素直に楽しもう。
アーちゃんの顔めがけて、俺は大人げないくらい思いっきり水をかけてやった。
「はー、楽しかったです!」
「そっか。俺も楽しかったよ」
二人で水をかけあい、ひたすら騒いで泳いで遊びまわった。久々に童心に帰った気分だ。
砂浜に二人で座り、波打ち際を眺めながら一息。はしゃぎすぎて、流石にちょっと疲れた。
水平線の向こう側には小さく島が見える。聞くに、あれが最新マップであるヤマト島なんだとか。
ニール港から定期便に乗って行けるらしいのだが、別マップではなく同一マップ上でつながっているというのだから凄い。
自分で船を造れば、この海のエリアも自由に探索できるということだ。
「隠しエリアとかありそうだよなぁ」
「何のお話です?」
「海だよ。船があれば、大冒険になりそうだなぁって思ってさ。ほら、ベタだけど海底遺跡とか、ロマンじゃん?」
「実際に船を作って、海を探検されている方々もいるらしいですよ? 最近は特に、色々なマップ探索が活発になっているらしいですし!」
考えることはみんな同じなんだなぁ。
ただ、個人用の小舟ならともかく、大海原を航海できるような大型船はかなりのお値段になるのだとか。
いつかは乗ってみたいな。
「それにしてもはしゃぎすぎたな、ちょっと疲れたよ」
「ですね、私もはしゃいじゃいました!」
「海なんて、長い間行ってないからなぁ」
「私は本物の海、一度も行ったことないんですよね。だからとっても楽しかったです!」
「え、そうなんだ。ちょっと意外かも」
確かに、住んでいる地域によっては海と縁遠い人もいるだろう。
だが、理由はそれだけではなかったらしい。
アーちゃんは珍しく、少しだけ寂しそうに笑った。
「実は私、あまり体が強くなくて。学校にもほとんど行けていないんです。ただ、VRだと思いっきり体が動かせるので、とっても楽しいんですよ。病院の先生も、VRゲームはリハビリの一環になるからって言ってくれて」
言ってから、アーちゃんはハッとした表情になった。
「あっ……! ご、ごめんなさい変な話しちゃって! えと、忘れてください!」
気が緩んでついうっかり、という話し方だった。いきなりのカミングアウトだったので、俺も驚いてしまう。
結果、口から出てきたのはありきたりな注意だった。
「ま、まぁ、結構リアル寄りの内容だったし、深く聞かないようにするけど……。個人情報とか、気を付けた方が良いよ?」
「き、気を付けます……!」
……これまでのやり取りから、おそらくアーちゃんは同年代か、少し年下くらいなのかな、と予測している。学校とか言っていたし。
こんなに明るく元気なアーちゃんなのに。いや、むしろ逆に気持ちだけでも明るく過ごそうとしているのかも。
何か話題を探して、口を数度まごつかせた。
「……ちなみになんだけど、アーちゃんはなんでスタブレで遊ぼうと思ったの?」
問いかけると、アーちゃんは大きな目をぱちくりと瞬かせた。
「VRゲームって他にも色々あるだろ? それこそ、女の子に人気の可愛い系のゲームタイトルとかあるからさ。何だってこんな戦闘メインのゲームなのかなって」
「友達がオススメしてくれたのが、このゲームだったからです!」
分かりやすい理由だ。笑顔で言い切ったアーちゃんから、その友達との仲の良さがうかがえる。
「そういうリョーダンさんは?」
「俺も同じだな。今まではVRゲームって遊んだことなかったんだけど、友達がオススメしてくれてさ」
「そのお友達って、ナギさんのことですよね?」
アーちゃんの問いかけに頷く。
そこでふと気が付いた。アーちゃんは時々ばったり出会うことがあったが、アーちゃんが特定の誰かと一緒にいるところを見かけた記憶はない。
あまり、その友達とは一緒に遊んでいないのだろうか?
「そうだよ。そういうアーちゃんの友達は?」
「マキちゃんは――あ、私のことを誘ってくれたお友達がマキちゃんって言うんです。その子は私よりもずっとレベルが高くって。にもかかわらず、最近は『リベンジのための修行!』といって、ずっとヤマト島の高レベルマップに通っているんです。だから、早く私も追いつけるようにレベル上げを頑張らないと」
「なるほど、リベンジかぁ」
つい最近、俺も因縁のトラにリベンジをしたばかりだからちょっと共感してしまう。次なるリベンジ相手のキングモグラも控えていることだし。
会ったこともなければ顔も知らないが、その『マキちゃん』なるアーちゃんのお友達も、頑張ってほしいところだ。
一方のアーちゃんは、仲の良いお友達が自分を置いて高レベルマップに籠りっきりなのを不服に思っている様子。
「いや、でもアーちゃんの気持ちも分かるなぁ。ナギもレベル高いから、早く追いつこうと俺も必死だよ」
「分かります! 時々一緒に遊ぶときは、色々とコツを教えてくれるんですけど、やっぱりいつかは隣に立って一緒に戦いたいですもんね!」
うんうんと二人で何度も頷く。
すると、パン、と手を打ちアーちゃんは勢いよく立ち上がった。
「でしたら、海遊びはここまでとして、今度は一緒にレベル上げをしましょう!」
アーちゃんは腰の留め具から大きな出刃包丁のような短剣を引き抜き、器用に手元でくるりと回した。
にこっと笑うその表情の奥に、好戦的なものを感じる。当たり前のことなのだが、彼女もまた、このゲームが好きなんだと分かり、何故だか俺も嬉しくなる。
「いいね、俺もレベル上げしないとって思ってたところだよ」
「えへへ、一緒に頑張りましょう!」
アーちゃんと二人、今度はモンスターの湧きやすい海岸へと移動し、しばらくレベル上げに勤しんだ。




