第六十話:ナギを相手に腕試し
アップルパイを利用して、レベルが35まで上がった。これまでに比べると、かなりハイペースなレベルアップだ。手に入れた能力値ポイントをAGIに重点的に割り振る。
「こうやってレベルアップしても、イマイチ強くなった実感が薄いなぁ」
「モンスターと戦ってレベル上げするのと比べれば、そうかもね」
自分の手のひらに目線を落とす。体の感触を確かめるように、数度、拳を握ったり開いたりする。
レベル上げの方法に不満があるわけではない。効率よくレベルを上げて、それで強くなるのは俺も好きだ。
けど、それだけでは足りない。あのキングモグラには届かない。
一度戦ったからこそわかる。あのキングモグラの強さは、並のモンスターをいくら倒したところで得られない、戦いの経験値が積み重なって作られた強さだ。
それに剣を届かせるには、俺も同じように強者との戦いを積み重ねる必要がある。レベルを上げるのはスタートラインに立つための前準備で、そこから自分の強さを研ぎ澄ましていかないといけない。
そこまで考えて、自分の考え方が随分と戦闘狂になってきていることに気が付いた。
順調に思考回路が剣に染まってきているな、俺も。ゲームのやりすぎには気を付けよう。
ブンブンと頭を振って邪念を取り払う。
ナギが不思議そうに俺を見ていた。何だか気まずくなって、頬をかく。
「どうしたの、急に頭なんて振って」
「いいや、なんでもない」
「そう? ならいいけれど。はい、リョーダンも食べるかい?」
ナギは俺のすぐ隣に腰を下ろした。手にはりんごを持っている。
「ありがとう、貰おうかな」
受け取ったりんごに噛り付く。少し酸っぱい気もするが、瑞々しいりんごだ。美味しい。
「……こういうときは咄嗟に、VRってことを忘れそうになるな」
「んぅ?」
俺の言葉に反応して、ナギが顔を上げた。
「いや、最近は特に海イベントで、戦ってばかりでさ。久々にこうしてゆっくりVRゲームの中で過ごしていると、ゲームの中だってことを忘れそうになるよ」
「あー……確かにね。りんごは美味しいし、風は涼しいし。現実と変わらないよね」
「でも、ココだからできることも多いんだよなぁ」
一口かじったりんごを脇に置いて、インベントリから新しいりんごを取り出す。並べたそれを順に放り投げ、拾って、ジャグリングをする。
「ほっ、よっ、ほっ」
「うわ、凄いね。リョーダン、そんな特技があったんだ」
「いや、多分現実ならできない」
子供のころ、お手玉で三つが限界だった記憶がある。
りんごを五つも使ってジャグリングができるのは、VRの中だからだろう。頭でイメージする体の動きが、現実よりも正確に再現されているからだ。DEXを重点的にあげているのも影響しているかもしれない。
「現実よりも重いものが持てる、速く走れる、器用に体が動く。こっちに慣れすぎると、現実で支障がでそうで怖いな」
「フルダイブVRの依存症とかで、そういう症例がないわけでもないけれど……でも、そこまで深刻視するほどでもないよ。たかだか数時間、数十時間仮想の体を動かしただけで、元の体の動かし方を忘れてしまうほど、人間の脳も馬鹿じゃないってことだね」
それもそうか。もしそんなことになるのなら、今頃フルダイブVRゲームは規制対象だ。
心地よい風を感じながら、二人で並んでのんびりと時間を過ごすこと30分ほど。
「さて、そろそろお開きにするか?」
ナギには三時間も地味な作業に付き合ってもらったしな。今日はこの辺りで解散がいいだろう。
「え、そうかい……? もう少しなら僕は時間があるけれど……」
ところが、ナギは名残惜しそうだ。せっかくだからもう少し遊びたい、という様子が見え隠れしている。
俺も夕食の時間まであと一時間くらいはあるし、もう少し遊べる。
とはいえ何をしたものか。個人的にはモンスター狩りにでも行って、戦いの練習がしたいところだけど……。
そこで、俺に電撃的な閃きが降りてきた。
目の前の、俺の幼馴染、ナギ。彼女はこんな風に俺のレベル上げに付き合ってくれているが、かつてあったPVP大会でベスト16に入るほどの実力者だったりする。レベルも上限解放以前はカンストしていたスタブレ廃人の一人だ。
「……あれ? これ打ってつけの相手じゃねぇ?」
「え、なに? いきなり何の話だい?」
俺は改めてナギに向き直った。
「時間があるなら、もう少しだけ付き合ってほしい」
俺の言葉に、ナギの顔がパッと明るくなる。
「もちろん大丈夫だよ。何をするつもりなんだい?」
「ナギ、俺とPVPをしようぜ」
ナギは丸い目をパチパチと瞬かせた。
「えっ、いきなりなに?」
「ナギと戦って、俺の今の実力を確かめたいんだよ。あと、戦い方にアドバイスが欲しい」
「なるほどね。別にいいけれど……それでいきなりPvPだなんて、どれだけ戦い好きなのさ」
「うるせぇ、俺も最近自覚がある」
苦笑気味だが、ナギは頷いてくれた。
「まぁ、スタブレを遊んでいる人はみんな、多かれ少なかれバトルアクションが好きで遊んでいるからね。僕だってそうさ。いいよ、やろうか」
よっしゃ、りんご拾いで溜まった鬱憤を発散するぞ。
場所を変え、村を出てすぐの平地まで移動する。ここなら、人目もないし広いので、思いっきり走り回れそうだ。
ブーツの先で軽く地面を蹴って、感触を確かめる。
「ルールは普通に、どちらかがHPが尽きるまででいいかい?」
「ああ、それでいいぞ」
とはいえ、ナギの火力なら一撃で俺のHPは吹き飛ぶだろうけどな。
ナギと向かい合えば、対戦申請が飛んでくる。これを承認。
お互いに距離を取って構える。間は5m程度。
目の前に、対戦開始までのカウントダウンが浮かび上がった。
「思えば、リョーダンとこうして何かで勝負するって、初めてじゃないかい?」
「そうだったか?」
「だって勉強なら僕がいつも教える側だし、スポーツは男女で勝負すること、あまりないだろう? 体育の授業だって、そういう競技の時は男女で分かれるから」
「言われてみれば、確かにそうだな」
ナギは嬉しそうに笑った。二本の剣を八の字に開くよう広く構える。
「でも、ゲームなら男女も関係ないよね。やるからには手加減しないよ、リョーダン!」
「あぁ、本気で来てくれたほうが俺も練習になる」
腰の居合刀に触れる。いつものルーティンのように感触を確かめれば、俺の中のスイッチがカチリと入る音がした。
さぁ、やるか!




