第五十一話:リベンジマッチ
初心者プレイヤーが真っ先に訪れるフィールド、恵みの森。ここに初めて来たときからまだ一か月も経っていないのに、俺も随分とレベルが上がったものだ。
寄ってくるフォレストドッグは、もはや脅威足りえない。
「〈半月斬り〉」
三匹まとめて飛び掛かってきたフォレストドッグにスキルをぶち当てれば、チリひとつ残さず消し飛んだ。
「おおー、流石にレベル差がついたなぁ」
まさに鎧袖一触だ。刀を鞘に戻し、何気なく肩を回す。気分が良いし、何だか体も軽い気がする。
「さてと。アイツはどこにいるのかね」
まずは思い出の泉にまで足を伸ばしますか。
茂みを抜ければ、思い出深い泉が見えた。
森の中で開けた場所にある、静かな泉だ。澄んだ水の音と、小鳥のさえずりが聞こえる。
「いいねぇ。夏にぴったりな、涼し気で気持ちのいい場所だ」
そして、ズシンズシン、と腹の底に響くような重い足音も聞こえてきた。近くの木々から、小鳥たちが一斉に逃げ出す。
アイテムメニューを開いてスタミナポーションを取り出し、グイっと一息に飲み干した。これでしばらくの間、STの回復速度にバフがかかる。準備完了だ。
以前とは違う相棒の、柄の感触を確かめてから、ゆっくりと振り返る。
茂みの奥からゆっくりと顔を覗かせたトラ野郎に、俺はニヤリと笑いかける。言葉は通じないだろうが、これは俺の気分の問題だ。
「久しぶりだな。リベンジに来たぜ」
「グルル……」
低く響くように喉を鳴らし、一歩一歩と近づいてくるのは、恵みの森を闊歩する強者。
――黒毛の狂虎。
適正レベル40オーバーの大型モンスター。初心者プレイヤーを刈り取るための、ステージギミックのような奴だ。
対する俺のレベルは25。常識で考えるなら、まだ挑める相手ではない。
「けど、俺よりレベルが高い相手に挑むのも慣れてきたところだ。俺は勝つぜ。そしてお前を超えていく」
俺がスターブレード・ファンタジーというゲームを遊んだ初日に生まれた、この因縁。ここで清算してくれる。
視線がぶつかる。データで表現された無機質であるはずの黒い瞳の、その奥にわずかな警戒心が見える。
それを感じ取り、俺は何だか嬉しくなった。
ログイン初日に出会ったとき、奴は俺のことを路傍の石か何かにしか見ていなかった。水を飲んでいたところにやってきた邪魔な羽虫を払うみたいに、煩わし気に振るわれた前足を必死になって避け、悲鳴をあげながら走り回ったものだ。
だというのに、今はどうだ?
我が物顔で歩いていたトラの足が止まり、低く喉を鳴らして俺を威嚇している。
「警戒してもらえる程度には、強くなった、ってことかな」
様子を探るように、少し距離を置いて、油断なく構えている黒毛の狂虎。
だが、残念。
「そこは射程圏内だぜ」
ナギを含めた他プレイヤーの反応を見て分かったことがある。
俺のウリは目にも止まらぬスピード――と言いたいところだが、それ以上の武器は、最速に到達するまでのタイムラグの無さと、スキルによる切り返しの鋭さだ。速度のゼロマックスの落差によって虚を突き、反応を超えていく。
だからこうして――無防備な鼻先に斬撃を叩きこめる。
「〈土竜突〉!」
防御はおろか、身じろぎひとつ許さない。瞬きひとつが致命。
かつては相手のタックルに合わせて攻撃したのと同じ、横薙ぎを、今度は俺から飛び込んでぶつける。
「〈抜刀〉ォォォ!」
「グルルルァ!?」
斬撃一閃。悲鳴をあげてよろめいたトラの足元をすり抜け、背後で〈納刀〉。さらに〈錬気〉を使ってチャージ時間を短縮。
ようやく振り返った黒毛の狂虎と再び目が合う。
そこにあったのはもはや、警戒ではない。倒すべき敵を目の前にした、殺意だ。
「そうこなくっちゃなぁ!」
「ゴアアアアアァァァァァ!」
木々を震わせる大咆哮。体が動かない――硬直技か!?
咆哮で動きを止められた。体が動かない俺めがけてトラが飛び掛かってくる。
咆哮は必中。硬直時間が解けるのと、どっちが早い!? 間に合うか!?
「シャァァ!」
激突の寸前で動くようになった上体を逸らし、顔面目掛けて振るわれた前足を間一髪で避ける。足元をちょこまかと走り回り、誘発させた前足の薙ぎ払いを、前転で回避してから大きく距離を取る。
「どうした、本気で来いよ、トラ野郎!」
柄に触れればあと十秒でフルチャージ完了。次の交差はカウンターを当てる。
トラの体勢がやや沈む。飛び掛かりの事前モーション、読めた!
「グルルルルァァァ!」
咆哮とともに鋭い牙が俺に迫りくる、噛みつき。
あまりの迫力とスピードに、頭を無残に噛み砕かれる想像が頭をよぎる。
――恐れるな。目を逸らすな。死線を潜り抜けろ。
「下だぁぁぁぁ!」
スライディングで虎の体下に潜り込み、真後ろで牙が噛み合うガチンという音を聞く。
体を起こし、〈土竜突〉を発動。一気に移動して体下を通り抜ける。チャージが溜まった居合刀握りしめ、尻尾の付け根めがけて〈抜刀〉、斬撃の勢いで体を捻って反転し、〈連閃〉で後ろ足にも追撃。
駆け抜けた速度をなるべく殺さず、バックステップで距離を作り、鞘に叩きつけるように勢いよく〈納刀〉。
直前までいた場所を、狂虎の前足が叩き潰す。
砕けた地面の土片が飛び散り、頬を掠めていく。が、
「――ノーダメージッ!」
ただのオブジェクトが掠っただけだ。当たり判定もダメージもない。
畳みかけるように連続でスキルを使ったので、STが大幅に減っている。緊急回避用の〈瞬歩〉分のSTを残しつつ、ここで一度距離を取る。
新調したばかりのブーツの踵で地面を削って、大きく後ろに跳躍。
爪や牙で俺を切り裂こうと、狂虎は何度も攻撃を繰り出してくる。それらを回避して、時間を稼ぎ、居合刀のチャージとSTを回復させる。
焦れた狂虎が再度の咆哮。またしても硬直技かと思ったが――
「――違う!?」
音が地面を抉って、エフェクトを纏いながら直線状に伝播してくる。衝撃波かっ!
〈瞬歩〉で横に跳ぶが、相手の新たな技に驚いて動き出しが遅れた。左足が音撃に巻き込まれ、体が衝撃で持っていかれる。体勢が崩れ、受け身を取れずに地面を転がされた。
「ぐぅ!?」
辛うじて直撃を避けたので、ダメージは四割程度。だが追撃がくる。狂虎が再度、息を吸う。二度目の衝撃波だ。
コイツ、トラ型の癖に遠距離攻撃もしてくるのか!
崩れた姿勢から普通に走っても、避けきれない。〈瞬歩〉はさっき使ったばかり。〈土竜突〉もリキャストが2秒足りない。
絶体絶命。だが、
「――まだまだぁ!」
新しい力は装備だけではない。クマさんとの戦闘でレベルだけでなく、スキルの熟練度もあがり、新たなスキルを習得した。
今こそ力を見せるとき!
「〈ハイジャンプ〉!」
跳躍系統、というかなりマイナーなスキル系統から習得したスキル〈ハイジャンプ〉。文字通り、高くジャンプすることができるスキルだ。AGIとDEXをあげていたら突然手に入った。
プレイヤーの跳躍力はSTRやAGIの値で多少の上下があるが、このスキルを使えば能力値以上の跳躍が可能となる。
およそ建物二、三階相当まで一息に跳びあがり、縦方向で衝撃波を回避する。
さらに、待望の新スキルをつなげて発動。
「〈エアステップ〉!」
歩行系統の空中機動スキル〈エアステップ〉。一歩分、空中で踏み込みが可能になるスキルだ。
スキルを発動させ、右足で力強く空中を踏み、狂虎の頭上まで飛び込む。
さぁ、連続スキルお披露目、最後はコイツだ。
「〈月断〉!」
居合刀系統アクティブスキル〈月断〉。体を回転させながら刀を縦に振り下ろし、体重をかけた高威力の一撃を放つスキルだ。
ST消費は大きく、さらにプレイヤーが空中にいる間しか発動できない制限があるが、その威力は〈抜刀〉や〈連閃〉よりもはるかに高い。
さらにこのスキルはモーションに合わせて、体が下に移動する特徴がある。すなわち疑似的な『下方向への移動スキル』としての役割が持てるのだ。
上空からスキルの挙動で勢いよく落下し、トラの脳天めがけて刀を振り下ろす。
回避しようと狂虎は身を引いたが、避けきれずに顔へ切っ先が直撃。牙を一本へし折った。
着地と同時に〈納刀〉を発動して、再度距離を取る。
牙を折られ、痛々しいダメージエフェクトを散らせる狂虎の顔を見て、思わず笑みが零れ落ちる。
「ははっ、あのときの俺とはまったく違うんだぜ」
〈土竜突〉と〈瞬歩〉を駆使した横方向への多彩な軌道だけではない。今の俺はスキルを駆使し、縦方向への変則移動もできる。
変幻自在の高速移動。いくら野生に生きる獣と言えど、そう簡単に捉えることはできまい。
自慢の牙をへし折られた狂虎は憎悪と殺意の目で、俺を睨みつけてくる。ぞくぞくと背中に怖気が走る。
ゲームが楽しい。
心の底から、そう思った。
俺は相棒の柄を強く握りしめ、口元を笑みの形に歪ませた。




