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剣しか勝たんVRMMO  作者: 雉里ほろろ
第三章:海に轟く勇名 地に眠る神名

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第五十二話:打倒


「ラァァァァァ!」


 雄叫びを上げて、〈抜刀〉による斬撃を当てる。そのまま〈連閃〉につなげようとするが、怯むことなく前足を振るってきたので諦めて〈ハイジャンプ〉を発動。

 空中に逃れ、噛みつきを〈エアステップ〉で回避。

 着地点めがけて衝撃波を放ってきたので、即座に〈瞬歩〉で横に跳ぶ。

 STの余裕がないので、〈錬気〉は一度保留。ただし六割強のチャージが溜まったので再度の攻勢に出る。

 前足スタンプは見飽きた。もう当たってやることはない。

 掠めるギリギリの距離で前足を避け、〈抜刀〉と〈連閃〉の二連撃。

 かつてはまともにダメージが通らなかった硬い毛皮でも、今の俺ならそれなりのダメージを与えられる。

 胴を蹴りつけて足場にし、跳躍して距離を取る。STとチャージの回復を待つため再度の時間稼ぎだ。

 足は止めない。木々の隙間を縫って走れば、怒り狂った虎が木をなぎ倒しながら追いかけてくる。

 ある程度走ったところで、強く地面を蹴り、勢いを殺して反転。身を屈めれば、飛び掛かってきた狂虎が頭の上を通り過ぎていった。


「グルルルルルァァァァ!」


 この戦いが始まって、いったいどれくらいの時間が経っただろうか?

 漠然と頭の中に浮かんできた、小さな疑問を獰猛な笑みで噛み潰し、目の前の強敵に集中する。

 時間がどれくらい経ったか、そんなことはどうだって良い。

 集中するべきは、目の前の強敵の一挙手一投足を見逃さないこと、そして打ち倒すことだ。

 狂虎の目に宿った、仮想とは思えない殺意の熱量に充てられて、俺の闘志も尽きることなく増していく。


 怖い。息苦しい。疲れた。


 余計な感情が頭の中に浮かんで、次の瞬間には闘志の薪になる。

 黒色の爪が、空間を抉るように振るわれる。膝関節を曲げ、右側へ倒れるように重心を崩して避ける。肩を掠めた――いや、気のせいだ。証拠にHPは一ドットたりとも減っていない。

 右の瞳が虎の目を睨み返していて、左の瞳が振りぬかれた爪の行方を追っている。右足を突っ張って腰を捻り、左足を後ろに引いて支えにする。

 左手がバランスを取り、右手が無意識に柄を握って、脳に直接送られてきた情報が八割という数字で、認識したころにはスキルのトリガーを引いていた。


 ――見える。動く。斬れる。


「〈抜刀〉」


 腰の鞘から奔った斬撃が爪の根元を捉えて、クリティカルが発生。バキン、と音を立てて爪を断ち切る。

 痛みで引こうとした前足が逃げるより先に〈連閃〉。こちらは切っ先が当たっただけで、大したダメージにはならなかったようだ。

 一連の流れで俺も後ろに下がり、〈納刀〉を発動して刀を鞘に戻す。

 この辺りで冷静な思考が追いついてきた。


 ……やば、今ほとんど反射で体が動いていた気がする。


 何も考えていないわけじゃない。けれど、頭で考えたことと体の動きにタイムラグがほとんどない、奇妙な感覚だった。

 それどころか、脳の片隅では別のことを考えていて、体の動きも無意識の部分があって。脳と体、それぞれに意識した部分と無意識の部分があり、二つずつに分かれたよう。

 いいや、体に関してはもっとバラバラに分かれて、全身のパーツが敵を倒すという意思のもとで、個別に最適解を叩きつけていく。

 見えた視界の情報を脳が瞬時に処理して、先を予測し、手足の動きを先行で入力していく。

 現実という楔から解き放たれた脳が、仮想の体を最善手で制御していく、一種の全能じみた感覚が最高に気持ちいい。

 ケンさんが教えてくれた『フルダイブVRに最適化された脳』という意味が、なんとなくだけれども、実感できた気がする。


 今なら勝てる。そう信じられた。


 距離を維持し、STの余裕を見て〈錬気〉を発動。チャージを回復。

 グッと虎の体が沈んだ。咆哮のモーション。衝撃波――ではない、拘束技の方だ。

 狂虎の大咆哮で身がすくむ。体の動きを封じられ、そこへ飛び掛かり攻撃がくる。

 通常なら回避不可能な距離でも、〈土竜突〉で最速に飛び乗れば、牙の端が掠っただけで済んだ。

 ただ、HPは大きく削られている。七割削れたHPをポーションですぐさま回復し、二度目の飛び掛かりはギリギリまで引き付けて〈ハイジャンプ〉。

 空中に逃れ、虎が真下に来たタイミングに合わせて〈月断〉で勢いよく上下に折り返す。

 背中に一撃、からのバックステップ。

 呼吸を忘れていた。一息吸うと、視界がもう一段クリアになったと錯覚する。

 暴れる巨大虎をいなし続けたおかげで、気が付けば周囲の木々は軒並みなぎ倒されていた。

 地面には爪で抉られた跡がいくつも刻まれ、さらに俺が走り抜けた跡も残っている。

 美しく穏やかな泉の気配はどこにも残っていない。泉の水を飲みに来た小動物も、枝葉に揺られて歌う小鳥もいない。毛皮に無数の裂傷を負った虎と、荒い息で笑う剣士がいるだけだ。

 だが、その勝負も間もなく決着になるだろう。

 牙や爪を折られ、満身創痍ながら戦意の衰えない狂虎。

 そしてこの極限の集中が途切れれば、一撃で命が消し飛ぶ俺。

 相手の体力が尽きるのが先か、俺の気力が尽きるのが先か。


「グルルルルルルァァァァァァァ!」

「オラァァァァァァァァァァァァ!」


 互いに吠え、攻撃を繰りだす。

 折れた爪を突き出し、俺の体をへし折らんとする狂虎。

 耐久度が目減りし、攻撃力が衰えてきた居合刀を構える俺。

 互いの攻撃が交差し――否、交差などさせない。俺の方が先に、上に行く。

 迫りくる殺意に怯えず、恐れず、俺は前へと体を動かす。

 〈瞬歩〉と〈ハイジャンプ〉をほぼ同時に発動。体が斜め上に弾け飛び、狂虎の爪を飛び越える。

 脳天直上。捉えた。タイミングを合わせ〈月断〉を発動。

 俺の体が真下へ向かって急加速する。


「これで終わりだぁぁぁぁぁぁぁ!」


 叫び、気合と共に居合刀(ヤマトブレード)を振り下ろす。渾身の一撃。

 切っ先が狂虎の頭蓋を捉え、真っ二つに断ち切った。

 着地し、刀を鞘に戻す。頭部から激しいダメージエフェクトを散らす黒毛の狂虎は、最後まで俺を睨みつけている。

 その目をまっすぐににらみ返し、高らかに宣言する。


「――俺の、勝ちだ!」


 因縁の強敵は、ついに砕け散った。



・黒毛の狂虎の裂爪

 非常に鋭い爪。数多の獲物を仕留めてきたこの爪は、黒毛の狂虎の最大の武器である。


・黒毛の狂虎の毛皮

 黒毛の狂虎の強靭な肉体を維持する、丈夫な毛皮。特徴的なストライプ柄は、見るものを威圧する。


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