第四十八話:過去の残滓
モグラたちが暮らす地下遺跡を探索しているときに発見したのは、遺跡には不釣り合いな、人間が生活していた形跡の残る部屋だった。
思わず、言葉を失う。
「これは……」
以前、封土神殿のことをトレットに話した時のやり取りを思い出した。
柱に刻まれた言葉の中に、俺に読める現代文字が混ざっていた。つまり、そう遠くない過去に、俺よりも先にこの封土神殿へ足を踏み入れた人間がいたということだ。
ここはその人間が住んでいた部屋なのか?
恐る恐る、部屋の中に入る。
ひょっとして、と思い、部屋の隅まで視線を向けたが、死体はなかった。この部屋の主は、ここで亡くなったわけではないらしい。白骨死体が転がっている可能性を考えたけど、大丈夫みたいだ。
まぁ、VRゲームとはいえ、白骨死体が目の前に転がっていたら怖い。俺もホラー映画とか怖いものには耐性があるけれど、流石にビックリする。このゲームの対象年齢が跳ね上がらなくてよかった。
「調べるなら、まずはコイツからかな」
近くに落ちていたボロボロの本を拾い上げて、破いてしまわないように丁寧にページをめくる。
どうやらこれは、この部屋で暮らしていた人物の日記のようだった。
『偶然迷い込んだ先で、このような遺跡を発見するとは驚かされた』
『彼らはひどく単純な価値観を持つ、刹那的な魔物だ。力を貴び、それを信奉している。幸い、俺は剣の腕に自信があったために、彼らに認められるのは容易かった。しばらくは、ここで彼らの生態を調査してみよう』
書かれている文字は、少し癖があるものの、俺にも読めた。いわゆる現代文字という扱いなのだろう。とはいえ、本の劣化具合から察するに、五年、十年前ではなさそうだ。もっと過去のものだろう。
日記の持ち主と推測される『ボナパルト』という名前が、日記の冒頭に書かれていた。彼は封土神殿に迷い込んだ日から、ここでの暮らしを記録に残している。
『数日観察をして、彼らが刹那的な習性に加え、高度な知性と文明を有していることが分かった。少なくとも、彼らの間では言語が交わされ、何らかの建築様式に沿って住処を作り、食料の調達や警備など、各個体に仕事が割り当てられてコミュニティを形成している。柱には独自の文字を刻み、壁画を描く文化すらある。長年、魔物研究をしてきたが、こんな生態を持つ魔物は見たことがない。知能が高く、人間が作った道具を使うことで有名なゴブリンでも、ここまで高度なコミュニティを作ることはない』
「魔物研究をしていた、ねぇ」
それで剣の腕に自信があって、こんな遺跡にまでやってくるのだから、凄い行動力のある人がいたものだ。
感心しながら読み進めていくと、何やら気になる文言が出てきた。
『伝説の魔物、星喰獣の手がかりを探し求め、幾年が経っただろうか。だが、ついに手がかりを見つけた。この遺跡は、我ら星の子がこの地に生れ落ちる遥か前から存在している。この遺跡こそが、星喰獣が生きていた証だ』
『かの予言の中で命名された星喰獣という名。なぜ星喰獣という名で伝承が残っているのか不明だったが、その答えが分かった。星を喰らうと予言されたから星喰獣なのではない。星を喰らったから星喰獣なのだ』
またしても、星喰獣だ。普通の魔物とは違う、伝説扱いされている魔物だったのか。
トレットの話では、星喰獣とはただの伝承で、証拠もない眉唾物、ということだったが。歴史学者と魔物学者では知見も異なるからだろうか。この日記の持ち主は、星喰獣と呼ばれる怪物を魔物の一種と考え、長年調査していたらしい。
「星を喰らった……か」
そんな星喰獣の特徴を、過去形であると強調した記述だ。もう、星喰獣は絶滅した魔物なのか? モグラたちはその子孫とか?
と思った矢先、次のページでその考えは覆る。
『資格を得た俺は、彼らの主に謁見した。俺の長年の夢は叶ったが、同時に、誰とも共有できないものとなった』
「星喰獣おるやんけ!?」
会ったの!? 生きてるの!?
そこから先は、荒々しく乱れた文字で日記が続いていた。まるで人が変わったかのような印象を受けるほどだ。
そしてその荒々しい文字は、柱に刻まれていた文字と類似していた。
『偉大なる主より、偉大なる力を授かった。同時に俺は、世界に対する裏切りを。否、剣を振るう限り、まだ俺は星の子でいられる。力を、欲望を、望むままに』
『飢える。星を喰い殺せと本能が書き換えられる。これは本当に俺の意思か? 植え付けられた宿業か? 分からない。答えを。知りたい。知識が、すべてが、魔物を理解したい。欲が溢れる、決壊する』
『不足だ。満ち足りない。飢え、渇き。何を欲している? 力か? 否、力は与えられた。壊せ。それが本能であるがゆえに』
明らかに正気を失っている。星喰獣と思しき『偉大なる主』とやらに会い、SANチェックに失敗してますね、これは。
え、何? 俺もこうなるかもしれないの? ちょっと怖くなってきたんだけど。
「まだ星の子でいられるって言い方怖すぎない? 化け物にでも改造されるのかよ」
やがて日記の文字は乱れ続け、解読が難しくなってしまった。ページも破れており、これ以上の情報は得られなさそうだ。
「ラスボスが元人間とか、後味悪い展開じゃないことを祈るぜ」
ゲームではありがちな展開ではあるけどさ。
続いて、壁に立てかけられている、錆びた剣を手に取る。
すると、そのちょうど後ろの壁に文字が彫られていることに気が付いた。
『鍵はここに。資格を得て、偉大なる主にその勇を示せ。主の名は決壊、尽きぬ欲望の枷を壊すものなり』
「おぉう、露骨」
手に取った剣は刀身が完全に錆びていて、とても武器としては扱えそうにない。そもそも、柄の部分は宝石をあしらった豪奢な飾りがついていて、実用剣ではなさそうだ。
・錆びついた装飾剣
切っ先が奇妙に捻じれている装飾剣。刀身は完全に錆び、武具としての役割をもはや果たさない。
「考古学的な価値があるものなのかは、トレットに見て貰わないと分からないよな」
とりあえず持って帰ろう。この剣が鍵になるらしいからな。
あとはベッドの周りや部屋の隅などをくまなく調べてみたが、これ以上の情報やアイテムは見つけられなかった。
この部屋を使っていた日記の持ち主の名前が、『ボナパルト』ということと、星喰獣の実在がありそう、ということが分かっただけ収穫だな。
「全然聞いたことない名前だけど、誰かに聞いたら分かるかな」
昔のNPCっぽいし、それこそトレットみたいな年寄りのNPCに聞いたら何か知ってたりしないかな?




