第四十七話:文明の息吹
目の前を剛腕が横切る。掠っただけで即死する威力を肌で感じ、無意識に口角がつりあがる。
踵で地面を削るように鋭くステップを踏み、巨大熊の懐に潜り込む。鞘から刀身を引き抜き、フルチャージの斬撃を叩きつける。
「〈抜刀〉!」
煌めくクリティカルエフェクトが弾け、ハングリーグリズリーは倒れた。
「ふぅ……これで五匹目か?」
軽く息を吐き、土竜刀を鞘に納める。
俺は今、西風の平原にあるカラム村から川を渡った先、ちょうど封土神殿がある付近の森林に来ていた。
この辺りはモンスターのレベルが高く、その代表例がこの凶悪なクマ、ハングリーグリズリーだ。俺の現在のレベルよりも推奨レベルが高く、このクマは大体レベル30を超えた頃に相手にすることが理想らしい。
では、どうして俺がこんなレベルが高いモンスターが闊歩しているフィールドに来ているのかというと。
単純にレベル上げが捗るというのもあるが、
「よぉし、毛皮ドロップした。あといくつ必要なんだったかな」
そう、このクマの毛皮を使って防具を作りたいのだ。
というのも、現在の俺の防具はこのような感じ。
頭:鉄兜(角飾り破損中)
上半身:丈夫な冒険服(上)
下半身:丈夫な冒険服(下)
腕:狼毛皮の手甲
腰:狼毛皮の腰巻
これらの防具の主な素材は、フォレストウルフとカクジカから取れたものだ。この二体はレベル10前後で戦うようなモンスターであり、現在レベル24になった俺が装備するにはいささか弱い。
ついこの間も、この貧弱な装備のせいで難癖をつけられ、面倒なプレイヤーに絡まれたばかりだ。
ということで、もっと良い素材を使い、見た目も格好良くて今のレベルに見合った強い防具に一新してしまおうと、素材集めの真っ最中だ。
そして素材候補として真っ先に思いついたのが、このクマ。俺が今まで倒したモンスターの中でも指折りに強く、強靭な毛皮を持つコイツの素材を使えば強力な防具ができることだろう。
「ただ、気を抜くと一撃で殺されるのがなぁ……」
現に一度、回避しきれなかった剛腕をぶち当てられて容赦なくリスポーンさせられた。
幸い、毛皮を失うことはなかったのだが、油断はできない。
「よーし、次のクマさんを探すか」
俺は毛皮集めのため、ハングリーグリズリーを狩り続けた。
なお、この素材集めの結果、レベルがあがり、二度ほどリスポーンして一部の素材をなくしたことを述べておく。
……無理して強い相手と戦うのは、疲れるね。
十分な枚数の毛皮が集まったので、俺はカラム村の宿まで戻ってきて、素材を倉庫に預けた。これでせっかく集めた毛皮をリスポーンで無くす心配はない。
あとはカッペルの街へ戻り、防具屋で装備を発注するだけなのだが、その前にふと気が付いた。
「そういえば、『モグモグ百匹組手・皆伝編』のクリア条件を確認してなかったな」
『モグモグ百匹組手』をクリアした際には気にしていなかったが、続く『皆伝編』でもモグラとの死闘がクエストクリアの条件になるのだと予想はできる。
で、あるならば。せっかく封土神殿の近くまで来ているのだから、事前に情報収集のために挑んでみるのは、アリではないだろうか。
「もちろん、初めから負けるつもりはないけど」
挑むからには全力で、勝つ気で。モグラとの組手を通じて学んだことだ。
ということで、俺は戦闘準備を整え、封土神殿へと向かった。ついでに、ユニーククエストの手がかりがつかめたら良いな。
いつのまにやら発生し、ナギには大いに頭を抱えられた問題のクエスト。『ユニーククエスト:封土結界』のクリア条件は、「封土神殿の深淵の結界を解放する」だ。
「深淵も結界も、どっちも心当たりないからなぁ」
ぼやきながら歩いていくと、以前に落とし穴として機能していた小さな穴を見つけた。そこを滑り降り、地下の遺跡に踏み入る。
「おお、やっぱり雰囲気あるなぁ」
発光する宝石樹が薄暗い地下空間を照らす光景は、やはり厳かで緊張を感じる。
そうして二度目に封土神殿に来た感想は。
「…………この宝石、きっと高値で売れるよな」
欲に塗れていた。
いや、許してほしい。
今、本当に金銭的にギリギリなのだ。防具を一新するためのお金を必死になって稼いでいる最中なのだ。そんなときに、目の前に転がる宝石の山なのだ。
俺は無言のまま剣を取り出し、しばらく採掘活動に勤しむことにした。
手持ちの剣の欠片を宝石の欠片に変換し終えたので、遺跡の建物に向かって進む。
すると、驚くべき光景が飛び込んできた。
「モグ!」「モッグ!」
「こいつら普通に生活してるんだなぁ」
以前来た時には影も形もなかったのだが、なんとソードディグたちがあちこちを元気よく歩き回っている。
おまけに頭の上にあるアイコンが、エネミーを示す赤色ではなく、NPCを示す青色なのだ。
敵対の意思がない、という表れなのだろう。試しに手を振ってやると、元気よくスコップを振り上げて応えてくれた。
……悔しいけどちょっと可愛いな。
「これは、認められたってことでいいのかね」
前回は俺に警戒して出てこなかったけど、クエストクリアによって彼らに受け入れられたってことか。
モグラ同士が俺には分からない言語でモグモグと会話していたり、食料であろう木の実を、石を削って作った器に入れて運んでいたり。
中には手にしたスコップで壁や地面を削り、工事に勤しんでいるモグラもいる。
そこには確かな生活の息吹を感じた。彼らは巨大な神殿を中心に巣穴を作って生活をしているのだ。
「モグラの町……と呼ぶには小さいけれど」
俺はモグラたちの様子をしばらく観察してから、封土神殿の中に入っていった。
ひとまず、以前のクエスト目的地になっていた、神殿の中庭まで行こうと歩みを進めていたのだが、そんな俺を遮るように数匹のモグラが現れた。
「モグモグ!」
「な、何だ?」
彼らは俺の服の裾を引き、どこかへ連れていきたがっているようだ。
悪意はなさそうなので、彼らに案内されるままに後ろを付いていく。連れていかれた先は何の変哲もない壁だった。
何もなさそうだが……と思った次の瞬間。
「モグッ!」
スコップ一閃。壁が崩れたと思うと、その奥から小さな部屋が現れた。
「いや、壁じゃなくって、もともと通路だった場所を埋めただけだったのか?」
一仕事を終えたモグラたちは、満足そうに頷いてから地中に潜ってしまった。
崩れた壁の破片を踏み越えて、中を覗き込む。
ちょうど人ひとりが暮らせそうな空間だ。
真っ先に目についたのは、人間サイズの寝床だった。次いで、年月でボロボロになった布の切れ端。石を削った無骨な腰かけ。地面に散らばったいくつもの本と、壁に立てかけられている錆びついた剣。
――明らかに、人間が生活していた部屋だった。




