第四十五話:星剣使い
「おっと、それは見過ごせないね」
周りに集まっていた野次馬の奥から、男の声がした。
すると人だかりが割れ、向こうから一人のプレイヤーが歩いてくる。
全身が黒色の鎧で統一された、見るからに高レベルそうな男だ。背中には黒色のマントまでたなびかせている。
その真っ黒なプレイヤーはあろうことか、俺に絡んでいた二人組に、逆に対戦申請を送ったようだ。
雰囲気から察するに、彼は俺の助太刀に入ってくれた、ということだろうか。
いきなり乱入してきた謎のプレイヤーを振り返り、男たちは怒りに任せて声を荒げる。
「部外者が邪魔すんな! お前からぶっ殺してやろうか!?」
怒りで周りが見えていないのか、二人組は俺に向けていた対戦申請を取り下げ、乱入してきた黒づくめのプレイヤーからの申請を承認した。
またしても周囲がPVPモードに切り替わり、乱入した男と二人組の対戦が始まる。
巻き込まれると困るので、俺はそっと距離を取った。
二人組はそれぞれ、刺突剣と日本刀を構えた。
対する黒づくめは柄だけの武器――光剣を取り出す。
すると突然、二人組の様子が変わった。
「全身黒の鎧に、光剣……!? ケン……本物!? 何でこんなところに……!?」
「そりゃ、これだけ大きな騒ぎになっていたら、俺も気になって野次馬しにくるよ。そうしたら、知り合いの子が絡まれているんだ、これはどうも見過ごせないな、と思ってね」
黒づくめのプレイヤーが、ナギの方を見た。おっ、この人はひょっとして、ナギと知り合いなのか?
「さて、先ほどの彼が素晴らしい勝負を見せてくれたからね。俺も本気でいかせてもらおう」
「ま、待て……! 俺たちが悪かった!」
「じょ、冗談じゃねぇ……っ!」
先ほどまでの威勢が嘘のように、二人組はひどく動揺している。逃げ腰なのが丸わかりだ。
しかし静止は間に合わず、対戦開始の合図が鳴る。
同時に、黒づくめがスキルを発動した。
「〈星剣観測:赤〉」
黒づくめの全身に、深紅のスキルエフェクトが発生する。赤い粒子が足元からきらきらと巻き上がり、彼を中心に銀河のような渦を巻く。
瞬く星のようにパチパチと弾ける粒子が、空間を支配していく。
何らかのバフスキルだと予想できた。だが、そのスキル名――星剣の名を冠したスキル、ただのスキルではないことが分かる。
次の瞬間、目にもとまらぬ速さで男が動いた。
赤い粒子を残像のように残し、美しい流星のような斬撃を放つ。
「〈ストライクレーザーブレード〉!」
光剣の輝くレーザー刃が三又に別れ、真っ赤な斬撃を放つ。二人を瞬く間に焼き切り、斬撃に遅れてついてきた赤い粒子が炸裂した。
斬撃と炸裂、二段の攻撃を受け、対戦相手は抵抗すらできずに崩れ落ちた。
ぶぉん、と音を立てて光剣のスイッチが切られる。
僅か数秒での決着。両者の力の差は歴然だった。
「これに懲りたら、しつこい勧誘はやめることだね」
「く、くそっ、覚えてろ!」
三人組は周囲から向けられる非難の目から逃げるように、足早に去っていった。
「……終わりってことでいいのか?」
あっけない幕切れだったが、絡んできた連中は逃げたので、もう大丈夫だろう。
突然現れて、厄介な三人組を追い払ってくれた謎のプレイヤー。誰だか分からないが、とりあえずお礼を言っておこう。
「あー、その。どなたか知りませんが、助かりました」
「いやいや、お礼を言われるようなことじゃないよ」
さっきから思っていたが、妙に爽やかだな、この人。全身真っ黒の、悪役みたいな格好と本人の雰囲気が絶妙に合ってない。
失礼だから口にはしないけど。
彼は野次馬をくるっと見回してから、顔を寄せてきた。
「ここだと人が多くて話しづらいし、場所を変えないかい? 後ろの二人も、落ち着く時間がほしいだろうからね」
彼の提案に乗り、俺たちは冒険者組合の建物から足早に離れた。
人だかりを抜け、通りをいくつか曲がり、人気の少ない裏路地に入ったところでようやく一息つく。
「ふぅ、ここまでくれば問題ないだろう」
「あの、ありがとうございました、ケンさん」
「いやいや、ナギさん。俺は何もしていないよ。お礼を言うのなら、君のために格好良く戦った、そっちの彼に言ってあげるといい」
ケン、と呼ばれた黒づくめのプレイヤーが俺に目配せをした。
「うん、そうだね……ありがとう、リョーダン。普段はあんまりああやって囲まれることはないんだけど。やっぱり、イベントが近いと変な人も多くなるのかな?」
「そもそもナギが自分で相手にするなり、誘いをきっぱり断るなりしていれば、こんな騒ぎにならなかったと思うんだけどなぁ」
俺がわざらしく口に出すと、ナギは珍しくしゅんとした。
「ご、ごめん……やっぱり男の人に詰められると、僕も怖くて……」
そういう態度を取られると、軽口のつもりで言った俺もリアクションに困る。
そんな空気を振り払うように、ミーニャが気さくに肩を組んできた。カツン、と防具同士の金具がぶつかる。
「いやいや、でもリョーダンくん、格好良かったよ。おねーさんも見直しちゃったな」
「それなら頑張った甲斐があったな」
ミーニャはするっと俺の肩から手を外し、そしてケンさんに顔を向けた。
「さて、初めまして。私はミーニャ。ナギの友達よ。それで、あなたは本物のケンさん?」
「何を指して本物と言うのかは分からないけど、俺はケンだ。初めまして、ミーニャさん」
ケンが差し出した手を、ミーニャは握り返した。
一方の俺は、その『本物』という言い回しが気にかかった。
さっきの三人組も似たようなことを言っていたし、この人、ひょっとして滅茶苦茶有名人だったりするのか?
それに、戦闘中に使っていたスキルも気になる。
「えーっと……それじゃあ俺からも改めて。俺はリョーダン、同じくナギの友達です。助太刀に入ってくれて助かりました、ケンさん」
「うん、よろしくリョーダンさん」
俺もケンさんと握手を交わして、そのまま疑問をぶつける。
「ところで、俺はこのゲームを始めたばかりだから知らないけど、ケンさんってこのゲームで有名人だったりします?」
「うーん、自分で言うのは照れるけれど、それなりに知られているんじゃないかなぁ?」
「で、実際どうなの、ミーニャさんよ」
「この人、スタブレで一番強い人よ」
思わずケンさんを見返して、次にナギの方を振り返る。
「……マジ?」
「悔しいけれど、本当だよ。おそらく今、一番スタブレで強いのはケンさんだ」
ナギは不承不承、といった様子ながらも、首を縦に振った。
「ナギがそこまではっきり言うなんて珍しいな。自分の方が強い、くらい言いそうなのに」
「何と言ったって、彼は現状、このゲームで唯一の『星剣使い』なんだよ」
「どうも、星剣使いです」
テレテレと頭の後ろをかくケンさんの様子からは、『星剣使い』なんて大層な言葉通りの威厳やオーラを感じない。
けれども『星剣』という言葉に、俺は驚いた。驚きすぎてちょっと反応が遅れたくらいだ。
確か、星剣というのは、このスターブレード・ファンタジーにおける伝説の武器で、メインストーリーに絡んでくる武器じゃなかったか?
選ばれた星の子だけが手にすることができる最強の剣で、この星剣を手に入れることがスタブレのメインストーリーだったはずだ。
にもかかわらず、目の前の男性が星剣を持っている、ということは。
「えっ、ケンさんってストーリークリアしたタイプの人?」
「いやいや、そうじゃないさ。まだスタブレのメインストーリーは全部実装されていないよ。俺の星剣はイベント報酬だよ」
「それだけ聞くと、凄くお手軽に聞こえて、星剣のありがたみが薄れるな。というか、星剣を配布したイベントなんてあったのか?」
そんな大雑把なイベントあったのかよ。俺も欲しかったが。
いや、でもケンさんが唯一の『星剣使い』ということは、一度きりのイベントの、しかもトップ報酬とか?
そんなイベントがあったのかと驚いていると、隣からミーニャが補足してくれる。
「そっか、リョーダンくん、あのイベント知らないものね。リョーダンくんは、そもそも、ナギがどうしてこんなに有名なのか、不思議に思ったことはない?」
「あ、それは今回の件でちょっと思った」
ナギの二つ名――銀髪の双剣姫とかいうキラキラネームを聞いたときにも少し思ったことなのだ。
「ただのネトゲプレイヤーでこんなに有名になることあるか? ナギが動画投稿をしているとかでもないだろうし……」
いくらナギが強くて有名な女性プレイヤーだ、といっても、限度がある。なにせ、所詮はただゲームを遊んでいる一般人にすぎない。
にもかかわらず、ナギの知名度の高さには首を傾げたくなる。今日なんて、あんな風に他のプレイヤーからしつこく絡まれたりもした。
ただの一般プレイヤーがここまで名を知られ、ファンみたいな形で人が集まるだろうか。
それこそ、よほど周囲のプレイヤーと隔絶したプロ並みの強さを持っているとか、ゲームの実況動画を投稿していて、人気があるとかでないと、納得がいかない。
俺がそんな疑問を口にすると、ナギがそっと顔を逸らした。代わりにミーニャがその答えを補足してくれる。
彼女の操作で、目の前に一つの画面が立ち上がる。有名な動画サイトから探してきた動画だ。
動画のタイトルには『星剣闘技大会ベスト8(3)』と書いてある。
「おっ、懐かしい動画だ」
俺の後ろからひょっこりとケンさんも画面を覗きに来る。
「これ、今から三か月くらい前のイベントの動画ね。『星剣闘技大会』って、最近のゲームだと珍しい、直接プレイヤー同士で戦うPVPイベントでさ。最後には一対一のトーナメント形式になって、対戦の様子がゲーム内で中継されたんだよ」
ほう、中継付きのPVPイベントとはまた豪快な。
「ということは、つまり?」
「察しの通り、ナギちゃんはこのイベントで見事、ベスト8まで進出。その容姿と強さ、そして当時は今より少なかった女性プレイヤーという条件が合わさって、一躍有名人になったというわけよ」
へぇ、そんなことは初めて聞いたな。
というよりも、だ。大勢のプレイヤーが集まる人気オンラインゲームのイベントで、ベスト8まで進んだなんて、ナギは俺が思っていた以上に実力があるらしい。
視線を送れば、ナギはフフンと鼻を鳴らしてドヤ顔だった。
腹立つな、コイツ。さっきまでしおらしかったのに。
「まぁ、ナギちゃんに限らずこのイベントで上位に入った人たちは、名が通るプレイヤーというわけ」
「ちなみにこの時に僕が負けた相手がノブシゲさんだよ。それがきっかけで仲良くなったんだ」
動画が再生され、試合が始まると、豊かな髭を蓄えた、戦国武将さんが出てきた。
ノブシゲさんも古参の強者ってやつなのか。
動画のなかで、ナギとノブシゲさんは激しくスキルをぶつけ合い、派手なエフェクトがステージ上で飛び散っている。
確かにこれは動画映えするイベントだ。上位に入った人たちが有名になるのも頷けるし、こんな動画を見たら、他のプレイヤーたちはすっかりファンになって彼らに憧れるだろう。
きっとスタブレを知らなかった人も、興味を持つ宣伝材料になる。それが目的で実施したのかな。
「それで肝心のケンさんは」
「優勝ね」
「そのときの優勝イベント報酬が、『星剣の欠片』というアイテム。加工すれば、星剣が作れる特殊アイテムさ。そしてこれが俺の星剣だよ」
ケンさんが自慢げに取り出した星剣は――柄しかない。
「よりによって光剣にしたのかよ!?」
いや、人の武器にケチをつけるつもりはない。けれど、歴史に名を遺す伝説の剣がそんなハイテクに改造されてしまっていると、ゲームの趣がおかしな方向にブッ飛んでいく。
そして何より、ケンさんの全身黒い格好と黒のマント姿。はじめて見た時は、やたらと黒系マントが多い、悪役もしくは何らかのラノベアニメ主人公みたいだと思ったけれど、エナジーブレードと組み合わせると話が違ってくる。
なにせ、ここに真っ黒なガスマスクでもつければ。
「あの、その格好ってひょっとして」
「俺、あの宇宙映画の大ファンなんだ」
「ですよね……」
爽やかな笑顔で言い切るケンさんの瞳は、キラキラしていた。




