第四十四話:初めてのPVP
目の前のウィンドウに表示された承認ボタンを押すと、PVPモードへと切り替わった。ふぅん、回復含め補助アイテムの使用はできなくて、先に相手のHPをゼロにしたほうが勝ち、ね。
対戦開始までの10カウントが始まる。
俺が勝負を受けたのが意外だったのか、相手の男は口の端を釣り上げて笑う。
「へへ、根性だけはあるみてぇじゃねぇか。だが、手加減はしねーぞ。俺が勝ったら、ナギさんとのパーティー、俺らに譲れ」
「じゃ、俺が勝ったら諦めて帰ってくれよ」
男は俺から距離を取り、手にした曲刀を正面に構える。なかなか様になった構えだ。伊達に、このゲームを長くプレイしているだけある。
さて、どう倒そうか。
とはいっても、最初に俺がやることは一つ。最速で踏み込んで、最高の一撃をお見舞いする。以上だ。
狙うは首の一点張り。最速を乗せ、人型の弱点部位である首に攻撃をぶち当てて、最高倍率のクリティカルが発生することをお祈りする。それで一撃で倒せなかったら、後は流れで。
不意を打ってやれば、俺のスキル速度に反応できる奴の方が少ない、はず。ナギとかミーニャには変態呼ばわりされたくらいだし。
なんて作戦を考えている間に、カウントが5秒を切った。
グッと腰を落とし、居合刀に手を添える。
相手プレイヤーも俺の前傾姿勢を見て、まっすぐ飛び込んでくるのは予想しているだろう。カウンターを狙ってくるかな。
3秒。浅めに息を吸う。意識のスイッチがカチリと切り替わった音を幻聴した。
2秒。男と目が合う。瞳の奥に油断が見えた。
1秒。ピリピリと張り詰めた空気を肌で感じて、口角が吊り上がる。
――対戦開始!
開始と同時に踏み込む。床を力強く蹴って、前へ。
腰だめから大きく抜刀モーションに入り、鞘から刀を抜く素振りをわざと見せつける。
「ハッ、まっすぐ来るなんて、甘いなぁ!」
流石に良い反応してくるな。
男はバフ系のスキルを使ったようで、赤や緑といったいくつかのエフェクトが体を包んだ。さらに曲刀が何らかのスキルの光を帯び、攻撃のモーションに入った。
俺も腕に力を入れる。互いの攻撃スキル同士がぶつかるかと思ったその瞬間――ここだ。
「〈ワイドスラッシュ〉!」
「〈瞬歩〉」
タイミングはほぼ同時。お互いにスキルを発動。だが俺が使ったのは攻撃スキルではなく、お馴染みの移動スキルだ。俺は後ろに向かって勢いよく跳んだ。
目の前を掠めるように、曲刀が横切る。勢いよく踏み込んだ速度をゲームシステムのアシストによって強制的に反転させ、紙一重で攻撃を回避した。
「はっ――?」
相手の思考と行動は、俺の急な挙動に追いつかない。曲刀を横に振り切り、隙を晒している。状況を理解して剣を引き戻すよりも速く、俺は踏み込める。
脳内時計の秒針を、さらに細かく刻む。極端に短いリズムの、ワンテンポで思考のトリガーを引き、ゲームシステムに体をゆだねてスキルを発動させる。
気を付けることは二つ。加速に気を取られて転ばないことと、刀を振りぬくタイミングを失敗しないこと。
――さぁ、度肝を抜いてやる。
「〈土竜突〉!」
後ろに引いた足が地面に付くと同時に、テンポよくスキルを繋げ、体を前へ蹴りだす。〈瞬歩〉で下がった分の距離を、数倍速く駆け抜け、瞬きすら許さない時間で踏みつぶす。
爆発的な加速。音や呼吸や、余計なものは全部後ろに置き去りにして、狙う首だけが視界の中でやけに鮮明に映る。
刀を握った腕は、意識しなくてもついてきた。
「〈抜刀〉!」
美しい直線を描いた刀身が、男の首を捉える。
会心の手ごたえ。ラッキーだ、クリティカルが決まったな。
そう、俺が意識したのは、対戦相手の男が勢いよく吹き飛んだ後だった。
ガシャンガシャンと鎧を地面にぶつけ回る音を鳴らし、ゴロゴロ地面を転がって、やがて男は壁にぶつかって止まった。
流石の高レベル。首に最速クリティカルをぶち当てても、一撃でHP全損なんてことはなかったようだ。
ただ、あまりの衝撃に、剣を遠くに取り落とし、首に手を当てて呆然としている。
おそらく、何が起こったのか分かっていないのだろう。そりゃそうだ。俺だって同じことをされたらビックリする。仮にこれがゲームでなく真剣であれば、男の首と胴は繋がっていない。
シン、と野次馬が静まり返った。
仰々しく納刀すれば、鯉口がカチン、と音を立てて主張する。
システム上は相手のHPがまだ残っているので、決着はついていない。
抜け目なく納刀して居合刀のチャージを稼ぎながら、俺は相手に向かって告げる。なるべく自信満々に聞こえるように。
「まだやるか?」
周囲からワッと歓声が上がった。
「て、テメェ、何しやがった!」
正気を取り戻した男が、大声で叫ぶ。
頭の中の冷静な部分が時間を数えてくれている。最低でもあと十秒は時間を稼ぎたい。
「誰が手の内を教えるかよ。何をされたか、よく考えるんだな」
「クソッ、調子に乗るなよ!」
男は剣を構えようとして、遠くに自分の曲刀を落としていることに気が付いた。しかし慌てて取りに行くようなことはせず、俺の動きをうかがっている。
「拾えよ、剣士だろ?」
余裕があるように、落とした剣を顎で指し示してやる。警戒した男は俺から目を逸らさず、すり足で移動してゆっくりと剣を拾った。
いいぞ、変なところで油断のない奴で助かった。これで十分に時間が稼げた。急いで拾いに行かれるほうが困るからな。
隙のある間に〈錬気〉を使ってチャージを回復する。男が剣を構えなおすころには、再度、居合刀のチャージが溜まった。
俺からまたしても踏み込む。相手はカウンターではなく防御の構え。直前で横にステップを挟めば、それに対応して剣の位置を動かして、構えを崩さない。
さすがに何度も空振りの誘発はできないか。それなら次は加速で置いていく。
軽くステップを踏み、足の速さを活かして、相手の周囲を旋回するように移動。
一方の相手は、中央でどっしりと構えて俺が隙を晒すのをうかがっている。
甘いな、それじゃあモグラは倒せなかった。そんな受け身で止められるほど、俺は遅くない。
踏み込み、フェイント、切り返してもう一度フェイント。
相手の反応がわずかに遅れた。防御の構えが甘くなり、攻撃が通る拍子だ。
「〈瞬歩〉」
ステップ移動で相手の想像より一拍子分速く踏み込む。剣のガードが甘い部分目がけ、攻撃を放つ。
「〈抜刀〉、〈連閃〉!」
「ぐおっ!?」
胴に一撃。遅れてガードしようと動かした腕に追撃。苦し紛れに振るわれた攻撃は屈んで避け、再び距離を取って〈納刀〉と〈錬気〉。
「お、おい! 何やってんだよ!」
「うるせぇ、黙ってみてろ!」
仲間からの声に、焦りを覚えた対戦相手は怒声を返した。
そのまま曲刀を上段に振りかぶり、スキルを放ってくる。
「〈ウィングエッジ〉!」
距離のある俺に向かって撃ってきたのは、なんと飛ぶ斬撃だった。エフェクトを纏った三日月型の衝撃波が飛んでくる。
そんな便利なスキルがあるのかよ! 俺も欲しいわ!
ただ、予想外の遠距離攻撃スキルに驚きはしたものの、モーションが大きく直線的だったので、回避も容易だった。横へステップ
すると回避地点を狙って男が駆け寄ってきた。
「オラァ!」
雄叫びをあげ、曲刀を振り回す。が、力任せの大振りで隙がある。冷静に剣筋を見て、体捌きだけで避けられる。
そのまま連撃系のスキルを放ってきたが、これも当たらない。二、三度の攻撃を回避して、一歩分の距離を取ろうと後ろに下がる。
相手が追撃に踏み込んでくる。上段に剣を大きく振りかぶり、俺の頭めがけて振り下ろそうとする。
振りかぶった瞬間、男の持つ剣がスキルエフェクトの光を帯びた。
その様子を視界にとらえた瞬間、俺の脳が最速をはじき出す。
素早い身のこなしで駆け回ることは、元来の居合の形ではない。あくまで、このスタブレというゲームの世界で、俺が思いついた戦法にすぎない。
――元来、居合というのは、長く扱いの難しい刀で、短刀などの素早い相手に勝つことを考えてきたものらしい。素早く刀を抜き放ち、相手の攻撃の起りを打つ。先の先を取りに行く、その速度こそが居合の真の速度だ。
「〈オーガチェ――」
「〈抜刀〉」
相手が剣を振り下ろすよりも速く、逆袈裟に斬り上げる。ダメージに怯んだ相手のスキルがキャンセルされた。バランスを崩す。チャンスだ、これで終わらせてやる。
「〈連閃〉!」
流れるように二撃目。切り上げた勢いを切り返して肩口に斬撃を浴びせれば、クリティカルが発生し、鮮やかなヒットエフェクトが飛び散る。
会心の手ごたえを感じながら残心。対戦相手のHPはゼロになった。
――あなたの勝利です。
勝敗が決し、PVPモードが解除される。野次馬からはひときわ大きな歓声が上がった。
「ば、馬鹿な……!」
「俺の勝ちだ。大人しく帰ってくれ」
ふぅ、と緊張をほぐすように息を吐いて、しゃらん、と土竜刀を鞘に戻す。
だが、これで終わりにはならなかった。
三人組のうちの、残り二人が肩を怒らせながら近寄ってくる。
「おい、納得いかねぇぞ!」
「そうだ、どんなズルしやがった!」
「はぁ? アンタらも見てただろ。普通に勝ったんだよ」
「そんな訳あるか! お前みたいな初心者に負けるわけが……、何か、何かあるはずだ!」
よほど仲間が負けたことに納得がいかないらしく、難癖をつけてきやがった。
「おい、今度は俺らと勝負だ!」
挙句に、残りの二人までPVPを挑んでくる始末。しかも、今度はご丁寧に二体一のルール付きだ。
どうしたものか、このままあと二人も倒してしまえるか? それとも、後ろのミーニャやナギに助太刀を頼むか?
そう考えていると、
「おっと、それは見過ごせないね」
聞き覚えのない男の声が聞こえた。




