第三十二話:顔合わせと取引
約束の土曜日。今日は渚の友人だという防具職人を紹介してもらう日だ。
早めに昼食を済ませ、用を足し、準備を整えたらスタブレにログイン。今日もカッペルの街は快晴だ。
待ち合わせの約束をしている喫茶店へ、俺は足早に向かう。
カッペルの街は広く、冒険に役立つアイテムを売っている雑貨屋以外にも、フレーバー要素を楽しむための喫茶店などの店も多く立ち並んでいる。待ち合わせで指定された店はそういう店の一つだ。
人と会う約束なので、普段は身に着けている角付き鉄兜は装備から外して素顔を晒しておく。
前日に指定された店の前まで来ると、店のテラス席で目立っているナギの姿を見つけた。同じ席に座っている人が、お相手かな。
そしてそんな二人に声をかけている男性プレイヤーが二人。短く会話を交わしていたようだが、ナギが何かを言うと、二人の男は肩を落として離れていった。
何か取り込み中だったのか? もう声をかけてもいいだろうか。
「おーい、ナギ」
手を挙げながら声をかけると、待っていた二人が振り返った。ナギが手を振り返してくれる。
「リョーダン、遅いよ。おかげで変な奴に絡まれたじゃないか」
「待ち合わせ時間には遅れてないが」
「でも、もっと早く声をかけて格好良くナンパ男を追い払ってくれたら私からの好感度も上がったのになー」
おそらく今日の顔合わせの相手であろう女性が、口を尖らせて俺を揶揄する。
あの男たちはナンパだったのか。無茶を言わないでくれ、普通に知り合いかと思って声かけるタイミング待ったわ。
「本当にやめてほしいよ、ゲームの中でナンパなんて」
「ゲームの中で出会いを求めるなんて、昔からよくある話じゃない。それにナギちゃんは可愛いし有名だから仕方ないよ」
「背が低い方はミーニャに熱視線だったようだけれどね」
「あら、そうだった? でも素直に引き下がってくれる人で良かったわ。あんまりしつこいようならハラスメント通報しないといけないもの」
やや疲れた顔のナギは一息ついてから、俺の顔を見上げた。
「何だか久しぶりに会う気分だね、リョーダン」
「昨日も一緒に帰ったばかりだろ」
「そうだけど、スタブレで会うと気分も違うじゃないか」
まぁ確かに。それは一理ある。
そんな会話を交わした後、俺はナギの隣に立ち、ナギの友人だという女性プレイヤーに挨拶する。
鎧ではなく普段着のような軽装の人物だ。防具職人と聞いて事前にイメージしていた、いかにも職人、という無骨な印象は全くない。
「どうも初めまして、リョーダンです。今日はわざわざありがとうございます」
「ご丁寧にどうも、君がナギちゃんの幼馴染くんだね。初めまして、私はミーニャ。君のことはナギちゃんからよく聞いてるよー」
手を差し出してきたので握手で応える。というより、俺とナギのリアルでの関係を把握されてるのかよ。個人情報の管理、甘くない?
「……ナギが一体何を吹き込んでいるのか、ちょっと気になるなぁ」
「そりゃもう、色々と。随分と仲良しさんなようで」
「ちょっ、ミーニャ!」
「だってナギちゃん、リョーダンくんがスタブレ始めてくれたのが嬉しすぎて私にメッセージ送ってきたでしょ」
「それは言わない約束!」
「えー……?」
ナギがここまで翻弄されているのは珍しいな。リアルだと中々見られない。
詳しい話を聞いてみたいところだったが、慌てた様子のナギがそれを遮った。
「リョーダン、ミーニャの言うことは真に受けなくていいからね。彼女は人を揶揄う癖があるんだ」
「あー、酷い。ナギちゃんとは仲良くしてるだけだよ。リョーダンくんも仲良くしてね」
「ああ、よろしくミーニャさん」
「硬い硬い。呼び捨てで構わないし、もっと口調もフランクでいいよ」
「……そうか? なら遠慮なくそうさせてもらうよ」
口調を崩しながら、俺も席に座る。NPCの店員が注文を取りに来たので、適当にコーヒーを注文しておく。
ミーニャは早速本題に入った。
「それで、リョーダンくんは私にお話しがあるんだって?」
「ああ、そうなんだ。アクセサリの製作を依頼したい。ナギから聞いた話だと防具職人らしいが、アクセサリの加工もできるのか?」
「うん、問題ないよ。防具製作と装飾品製作のスキルを取っているからね。武器の自作はしてないけど」
「ミーニャがデザインする防具やアクセサリはどれもお洒落で可愛いんだ。僕も贔屓にさせて貰っているんだよ」
「私もナギちゃんみたいな小さくて可愛い子が私の服を着てくれるから、良い宣伝になってるよ。おかげ様で女の子からの依頼が多くてね」
確かにミーニャが装備している防具は、あまり冒険向きに見えるデザインではない。むしろリアル志向というか、ファッション誌にそのまま出てきても違和感がないような服装だ。
見たところ、彼女は剣も装備していないようで、その感覚に拍車をかけている。
ナギが今も装備しているドレスのような防具も、彼女の作品だと言っていたな。ミーニャはそういうデザイン性を売りにしていて、名が通った生産職プレイヤーなのだろう。
「それで、わざわざナギちゃんを通じて私をご指名だなんて、何か訳ありなんでしょ? ナギちゃんの話だと、リョーダンくんはまだこのゲームを始めたばかり。私、高レベルプレイヤー向けの装備を作ることが多いから、君のような初心者がわざわざ私を頼ってくるなんて、普通はないんだけれど?」
「勘が良いな。実は、レアな宝石を手に入れたんだが、NPCには加工ができないと断られたんだ」
俺は早速、インベントリから『翡翠の地脈樹片』を取り出してテーブルに乗せる。
緑色に淡く光を放つ宝石に興味を持ったミーニャとナギは、そろって身を乗り出した。
「凄い、綺麗な宝石だね。形はごつごつしてるけど」
「触っても?」
「もちろん」
俺が頷けばミーニャは宝石を手に取り、スキルを使った。
「『宝石鑑定』。……うわ、確かにこれは凄いね。私の宝飾スキルでも加工ギリギリのレベルだ。私、宝飾品作成のスキルも手を抜かずに育ててきたつもりだったんだけれどな。こんなものどこで手に入れたのか、聞いていい?」
「ちょっと秘密の地下遺跡」
ぼかして伝えると、ミーニャはすっと目を細めた。
「ふーん……。ナギちゃんのお友達だから、と軽く思っていたけど、リョーダン君も何だか凄そうだね。ナギちゃん抜きでも、今後も仲良くしてくれると嬉しいかも」
「ミーニャ!?」
「あはは、心配しなくてもナギちゃんから盗ったりしないよ」
「俺は別にナギのものじゃないんだが」
人を物扱いしないでほしい。
すると、ナギはちょっと不機嫌になった。小さい体で不服そうに紅茶のカップに口をつけて黙る。いきなりどうした、一体何が気に入らなかったんだ。
「あーあ、リョーダンくんってばダメなんだぁ。そういう所だよ?」
「いや、どういう所だよ」
話が進まないので、強引に取引の話に戻す。
「それで、どうだろう。アクセサリの製作を引き受けてもらえないか?」
「うん、勿論構わないよ。こんな珍しいものを加工できるだなんて、生産職冥利に尽きるってものよ。私の持てるスキルで最高のものを作って見せるわ」
ミーニャは笑顔で引き受けてくれた。俺も思わず笑顔になる。
「そうか、ありがとう」
「ええ。それじゃあ金額のお話に移りましょうか」
俺の笑顔が固まった。
しまった、お金のことを全く考えていなかった。
「…………あー、ちなみに相場だとどれくらいの金額で?」
「モノにもよるけれど、アクセサリ一つなら私はデザイン費込で、安くても十万Gくらいかな」
俺の現在の所持金、1800G。この宝石の採掘のために剣の欠片を大量購入していたせいで、手持ちのお金はほとんど残っていないのだ。
そして初級の回復ポーションが一つ500Gであることを考えると、初心者の俺に十万もの大金はすぐには用意できない。
声が震えていることを自覚しながら、恐る恐る尋ねる。
「わ、割引とか効いたりしません……?」
「一番大事な宝石は用意してもらえているから、その分の金額はお安くするけれど、他の素材は私が用意するから、そのお値段はお安くならないかなぁ。この宝石に合わせるなら、他の素材も品質が良いものを用意したいし」
「ですよねー」
さて、どうしたものか。
「……ひょっとしてリョーダン、お金が足りないのかい?」
「初心者がいきなり十万Gも用意できると思わないでくれ」
ナギは、「それもそうか」と一つ頷いた。すると指を立て、俺に提案してくる。
「足りないなら僕が出そうか? 貸し一つってことで」
「嫌だよ。ナギに変に貸しを作ったら、後で何を要求されるか分からねぇ」
「そもそも女の子にお金を出させるなんて、男としてどうなのって話だよねー」
ミーニャも耳が痛いことを言ってくれる。だがその通りだ。
しかし俺には策がある。お金がなくても、物々交換という手段が。
インベントリからもう一つの宝石である『深紅の地脈樹片』を交渉のテーブルに差し出した。
「これを代金として、引き受けてはもらえないか?」
ミーニャは目の色を変えた。テーブルの上に追加された真っ赤な宝石を見て、それから何故か俺の顔とナギの顔を交互に見て、ニヤッと笑みを作った。
「……うん、面白い。良いよ、この宝石を代金に引き受けましょう。私に任せなさい!」
「俺から持ちかけた話だが、本当に良いのか?」
「こんな宝石、きっと他のプレイヤーの誰もが持ってないよ。それを貰えるのなら、代金として不足なしね。むしろおつりが出るくらいだと思うな」
「ありがとう、ミーニャ」
交渉成立だ。ほっと息をつく。
「デザインを考えたいから、一週間くらいは時間が欲しいかな。完成したらメッセージを送るから、フレンド登録をしておきましょう。アクセサリの形状や、効果に要望はある? 普段良く使う武器や、重視してるステータスがあったら教えて?」
「そうだな、それなら――」
その後、俺は作ってもらうアクセサリの要望をミーニャに伝え、材料と代金になる二つの宝石を差し出した。




