(7)日常からの逸脱
悠斗の部屋に目覚まし時計は無い。
幼少の頃の習慣というか、必要で睡眠をコントロールできるのだ。ゆえに、アラーム機能は無用のものでしかない。
今日も、いつも通り、ディジタル時計が6:30を示した数秒後、意識を覚醒させた。
が、いつもならすぐに起き上がるところを、今日に限って天井を見つめるにとどまる。
いつも通りではない、普段なら回復背しているはずの疲労感が体に残っていたのだ。
白い天井はさすがに味気なく、長く見つめていられるようなものではなかったので、視線を右にスライドさせ窓の外を見やった。
二階に位置する悠斗の部屋からは、いまだ夜の気配を残す空がよく見える。その中を鳥が横切った。
疲れを吐き出すように大きくため息をつき、目を伏せた。瞬間、そこに機能の出来事がよみがえった。
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「還してあげたいけれど、その体ではもう狭間を越える衝撃に耐えられないはずよ。残念だけれど・・・」
セリフ自体は冷酷なものだったが、やりすぎた事に対する自己嫌悪のにじむ声で少女が言った。
男の傷口からは血ではなく、薄白い火の粉があふれ出ている。その量は徐々に増し、男の周囲は明るさを増していく。やがてつま先から、砂の散るように火の粉となり一気に消えた。
再び訪れた沈黙を、
『気配から察して、本当に消えたようだ』
悠斗のものでも、少女のものでもない声が破った。
「ええ・・・」
それに答えた少女は崩れるようにひざを突き、疲労をあらわにした。
それでも、顔だけは下ろさずあたりの惨状を見回す。そこにあるのは、ただそれを現象としてしか見ていない事がわかる、表情のない視線。
その移動の中で、異様なものを捕らえ、視線を固定したまま目を見開いた。
見据えられた悠斗は、金縛りにあったようにその視線から目をそらせない。
二人の視線が交錯し、一方は驚きを隠しきれていなくとも事態を飲み込む。
もう一方は、硬直を保ったまま、表情に困惑を表し、そして驚愕を加えた。
両者に息を吸い込む間があって、
「篠枝さん!」
「光羽くん!」
まったく同時に叫んだ。そして、
『知り合いか?』
場にそぐわない冷静な声が、もう一つ加わる。
「え、いえ、今朝知りあったばかりなのだけれど・・・」
『どうした?』
「ねえ、どうして動けるんだと思う?」
『・・・・・・!』
音源の見当たらない声と、星羅の会話の最後に今までの中で一番大きなおどろきの気配が走った。
その話題の中心にいるはずの悠斗は、しかしまったく理解できない。答えることも、問いかけることも。
よって、今日何度目かの静寂が三者の間に流れる。ただしそれぞれの思惑はまったく異なっていたが。
星羅の視線から、自分が話題に上っていることは理解できたが、だからといって、問いかけるような視線に対する答えなど持ち合わせていない。
その様子から、大体の事情を把握したらしい星羅は、ため息とともに言った。
「まさか、覚醒前のフシリアに出会うなんて。こんなことってありえるのかしら?」
『そうなのだろう。しかし、お前の考えるべき事は他にあろう。出来るだけ早くこの空間を正常化すべきだ』
はっとして、立ち上がろうとした星羅が、ふらついて再びしゃがんだ。
「・・・・・・ごめんなさい。連続だったものだから、制御に失敗したみたい」
『無理をするな。しょうがない、しばらく待て』
「うん・・・・・?」
肯定を返そうとして、あるものに目が止まり、語尾がわずかに上がった。




