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(6)世界の外れた日

本作は、実際の名前、地名その他の固有名詞とは一切関係ありません。

つまるところフィクションです。



 妹を待たせている、という意識が、無自覚に足の回転速度を速めている。無数の人間がうごめき、ひしめきあうここは駅前広場からつづく、商店街。両サイドを彩る店々のショーケースは春らしい色合いに統一されている。

 悠斗は別段、この商店街に用があるわけではない。むしろ人ごみは好まないたちだ。故に理由は一つ、駅から家への最速ルート上にあるから、である。

 短縮時程で行われた授業は、午後三時には終了した。最寄駅までは蓮と並んでいたが、乗る電車の路線がまったく逆なのでそこで分かれたので、今は一人だ。

 一年も通い続けていると、ほとんど自動的に足が動く。天候などの要因で、多少狂うこともあるが今日は別段そういうわけではない。

 それは永遠とも思われる日常。誰もが無意識に浸っている正常な日々。

 それが崩れ去ることは決してない、否、あってはならないことだった。特別な人間・・・・・たちを除けば。


 歩幅も心なしかいつもより広い。さらに一歩踏み出す。

 ―――――――――。

 踏み出した足が、硬いアスファルトを踏み――――圧倒的な違和感の波がまず視界から、次に聴覚から襲って来た。

 わずか十五年より少し多いだけの人生経験しか持たない悠斗は、それでも普通に生活している人とは一線をきす経験を持っている。

 それでも、言葉を失わずにはいられない。というより、ここで平然と出来る者がいる方が不思議だった。

 踏み出した足が地に着く寸前。何の前触れも無く。

 世界が色と音を失った。

 一面に広がるのは色を失い、どこか平面的な商店街。

 あふれるほどいた人々はいつの間にか消えうせ、影さえ見当たらない。

 さらに耳が痛いほどの静寂。


 恐る恐る踏み出す。

 靴音や、衣擦れの音は、何処かへと吸収され、まったく響かない。

 見渡す限りの異界、その中で唯一動きや色彩を保つ悠斗は、その瞬間激しい光に、目を眩まされる。

 思わず、目を閉じたが間に合わず視界を失った。

 再び視力を取り戻すのに、優に三十秒は要し、光が放たれる一瞬前の記憶を脳内で再生する。

 そこから割り出された方角――――悠斗の正面、斜め上方へ顔ごと視線を向ける。

 (――――――っ!!!)

 その驚きを言葉として発する事は出来なかった。

 非日常という言葉などなど、生ぬるい、その光景の中心にいるのは、薄くひかりを放つ、ドームのような空ならぬ空を背おい、中に浮く人影・・・・・・。 

 しばらく、というには長すぎる時間が両者の間に流れ、重力から開放されたシルエットがすべるように悠斗に迫った。

 身を引くことすら出来ない威圧感につばを飲みこもうとして――――――――できなかった。口の中はいつの間にかからからに乾き、水分を要求している。

 手を伸ばせば届く距離にシルエットが迫り、そこで地に足をつけた。

 「こんにちは、フシリアと出会うのは久しぶりだな。フフフ、ここで出会ったもの何かの縁かもしれないねぇ。さて、一戦交えてもいいかもしれない」

 男の猫撫で声が影の中からもれる。返事を待つように間を空けるが、悠斗は答えることが出来ない。

 「どうしたんだい・・・何かの罠を用意してるわけでもではあるまい?」

 なおも、動かない悠斗を不信がる気配があって、その数秒後、

 「フフフ、フフ、そういうことか。なるほど。これは珍しいものを視たものだ。まさかな、覚醒まえのフシリアに出会えるとは、なんと、いやしかし」

 男の唇が捻じ曲がる。

 「もう一つの気配が近づきつつあるのだ。口惜しい気がしないでもないが、残念だ。喰らわせてもらう、よ」

 いきなり男が大きく腕を振ったかと思うと、悠斗の視界が白で覆われた。

 それが巨大に狼の腹であったことに気が付いたのは、狼が大口を空け、悠斗に噛み付こうとした時だった。

 鋭く光る牙や、ねばねばとした唾液が見え、思わず目を瞑った。

 (食われる!)

 そう思った瞬間、強風の中 無重力にさらされ、ややの間があって、腰と背中に激痛が走った。

 詰まる息を正常化しようとむせ返るなか、薄目を開けて、自分が十メートル以上吹っ飛ばされたことに思いいたる。

 ただそれだけではない。あたり一面が瑠璃色の光で満たされていた。

 その中心、光の噴き出す・・・・場所に、同じ瑠璃色に輝く長髪をなびかす少女がいた。先ほどの男の姿は見当たらない。

 着地の余韻でなびいていた髪が、ゆっくりと降りていく。その動きの途中で、突然横合いからの強風にさらされ、再び舞う。

 いや、横風を受けたのではなく、少女がかたあしを軸に急旋回したのだ。

 そのまま流れるように次の動作へと移る。

 軸足を、アスファルトが沈むほどの力でけりだし、前に跳躍した。

 その滞空時間さえ無駄にしない。右手に瑠璃色の炎を握りこみ、跳躍の最頂点に達したとき、それを爆発させた。

 それは少女の手を焦がすことなどせず、炎の剣へと姿を変えた。

 それを、柄を強く握りこむことで確認し、前方を見やる視線に力をこめる。

 少女の視線の先、最初の光の爆発で粉々に粉砕された店の瓦礫の中から、あの男が立ち上がった。

 男はややの驚きとともに迫り来る少女の姿を認識し、再び大きく手を振った。

 それに合わせ、現れた狼が少女に向かって走る。

 しかし、少女のほうは剣を持たない左手に力を集中させ、それを開くだけで瑠璃色の炎を飛ばした。

 それは狼のこめかみに命中し、狼の体に得体の知れない文字列が浮かび上がる。

 それも一瞬のことで、狼は白い火の粉となって消えた。

 アスファルトに行く筋もの亀裂をいれ、着地した少女は、跳躍で得たスピードを殺さず、男との間合いを一気につめた。その流れで、袈裟切りに剣を振り下ろす。

 だが男も一太刀ひとたちでやられるような雑魚では無い。

 次の攻撃へのインターバルが最も長い場所を瞬時に計算し、少女の左側、一瞬前歯筋が横切った場所へと飛び出し、すれ違いざまにいくつもの炎弾えんだんを繰り出す。

 

 至近距離での攻撃をかわすことは容易ではない。

 下手をすれば相手に隙を与えることにさえ繋がる。そんな思考を脳の片隅に流し、半秒とあけずに体を後ろにひねりながら後ろ向きに再び跳躍する。

 跳躍の中で、進行方向と体の向きをあわせた次のタイミングで炎弾が降り注いできた。

 だが、それを迎え打つことも避けることもせず。出来る限りの速度ですれ違うことで、被害を最小に収めた。

 ややのタイムラグで男の軌跡をたどる少女は、右手の剣を炎へと還元し最小規模の陣魔法を埋め込む。

 腕を前に突き出す動きとともに、その炎弾を放る。

 ミサイルのように男を追いかける炎弾には追跡の魔法式が刻まれていた。

 男は、その魔法の存在に、自分に振り切ることが出来ないことに、気が付くや、自身の左側に大きな爆発を生んだ。

 その爆風で移動のベクトルを瞬時に大きく変えた男は間一髪で炎弾の追撃を退けた。

 一瞬でも目標物を失った高速の炎弾はそのスピードがゆえに、地面へ激突し、爆発した。

 だが少女は、そんなことにはかまわずようやく生まれた隙を逃すまいと、いつの間にか懐から取り出した短刀を投げる。

 先端部分に重心のある投擲用のそれは、炎で作られた擬似的な短刀ではない。金属で作られた本物だ。 だが、だかといってただの短刀であるはずはない、というより、この程度の武器では、腹にささっとて、たいしたダメージを与える事は出来ない。

 これは加速魔法と干渉阻害の防御陣があらかじめかけられている特別なものだ。

 無作為な(だからこそ炎弾を交わすことが出来た)爆発のせいで右に吹っ飛ぶ男と、投剣の軌跡が交わった。

 見事にわき腹に突き刺さった。その瞬間、少女の唇が高速で何かを唱える。

 その四半秒後、男の体に無数の切り傷が走った。

 一つ一つの傷自体はたいした大きさでも深さでもなかったが、数が多すぎた。

 みずからの絶命を感じてか、抗うことの出来る力など残っていなかったのか、男はその場に崩れ動かなくなった。

 少女がゆっくりと歩を進め、距離をつめていく。その少女もかなり疲弊しているようで、最初の頃ほどの機敏さは無くなっていたが、堂々とした足取りは勝利を確信した王者のものだった。



 

 


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