42話 嘘か真か/Fact or Fiction
広大な森の中にひっそりと存在する、牧歌的で異国情緒のある山麓の集落、『深緑の民』の隠れ里。
もはや見飽きた鬱蒼な森の光景と打って変わって、大小様々な規模の煉瓦や木造の建築物がぽつぽつと建ち並び、住まう人口は百人程。
そんな『深緑の民』の隠れ里の一角に、四人の魔剣使いが出会った山男、クロムの一軒家があった。
昨日、異世界で偶然出会い、エオルギスの襲来から四人と一時的に避難という形で日本に渡り、翌日この世界に四人と共に帰ってきた少女フレン。
そのフレンが、故郷である村に到着した途端、なぜか一行の元から姿を消してしまった。
その理由も不明なのだが、そもそもフレンには出会った経緯から端々の部分まで、謎や違和感があまりにも多い。
昨日のちょっとした異文化交流で異世界に関する情報はいくつか知れたものの、フレンにまつわる謎は何も解決していない。
そしてハルがそのことについて詳しく話をしたいと申し出、それを了承したクロムが、春夏秋冬の四人を自宅に招いた。
クロムの家の間取りは広く、玄関を抜けた先の居間に案内された四人は、クロムからここで寛いで待っていてくれと、長卓の席に並んで席についていた。
「皆さん、お待たせしました」
自宅に客人を待たせ十分程外に出ていたクロムが玄関の扉を開け、四人の向かいに座る。心配と不安を抱えた髭面の相貌は、先ほど家から出た時と同じ暗いままだ。
「今フレンの家を見に行ってきましたが、誰もいませんでした。誰も『門』を通るところを見ていないとすると、やはり森に残ったままとしか」
「そんな⋯⋯。あたしたち、フレンがいないことに気付いてすぐあっち戻って確かめたのに、あっちにも⋯⋯」
「だよな。オレらが戻ってくる前に、速攻でどっか行ったとしか思えねえ⋯⋯」
「どうして⋯⋯? おうちに、帰りたかったんじゃ⋯⋯なかったの⋯⋯? フレン⋯⋯」
ナツ、アキ、フユは、あの無邪気でミステリアスな幼い少女の意図が理解できず、ただ困惑しながら無事を祈るしかなかった。
「クロムさん。フレンの家に誰もいないというのは? 家族が今出掛けてるとかですか?」
ここに通された時から現状を整理していたハルは、フレンに関する数多くの疑問の一つを尋ねる。
「俺たちは今までフレンと色々と話したんですが、フレン自身のことは何も知らないままなんです。家族はいるのか、今何歳なのか、普段は何をして過ごしているかとか」
「そう言えばあなた方は、昨日フレンを保護するため異世界に連れ帰ったと。フレンとはその時にどういった話を?」
「異世界の知識を少しばかりですね。あの怪物が魔獣という存在であることや、その落とす物体が霊晶石と呼ばれるものだとか。そういうものは全部、俺たちの住む世界には存在しないものばかりで、フレンの口から異世界固有の概念だと知りました」
「そうでしたか⋯⋯」
「それで、フレンに家族はいるんですか?」
フレン本人に訊けなかったことをクロムに質問すると、沈痛な面持ちで静かに首を横に振る。
「今はもう⋯⋯。母親は五年前に病で倒れ、それからは、父親が男手一つでフレンを育てました。その父親も、三ヶ月ほど前に森で魔獣に⋯⋯。今のあの子は、天涯孤独でしてね」
「あ⋯⋯」
ハルの隣で、ナツが息を呑んだ。
十歳程のまだ年端もいかない幼い少女の、天真爛漫さの裏に隠されていた孤独は如何ほどなのか。
「この村は子供が少ない。倅のクライドも若い方ですが、それでも二十五。わしも含め、皆こぞってフレンを娘や孫のように可愛がっていたものです」
「フレン、村のみんなから愛されてたんだね」
「ま、あーゆーキャラだしな。なんか納得できるわ」
シュークリームなどの甘味に目を輝かし、無邪気な笑顔ではしゃいでいたフレンの姿を思い返す。
ハルもそれに同情心を煽られながらも、これまでの彼女の最も引っ掛かる部分に切り込むことに。センシティブな話題かもしれないが、まずはここを明らかにしないことには始まらない。
「クロムさん、フレンのことを昔から知っているなら教えてください。もしかしてフレンは、昔から記憶障害や精神疾患といった異常を抱えていたりしますか?」
「ふむ? それはどういう」
思いがけない質問に目を丸くするクロムだが、ハルは続ける。
「何かを思い出そうとしたり、特定の話題に触れたりすると、なぜか時々様子がおかしくなるんです。本人も『自分で自分がわからなくなる時がある』と悩みながら言ってました。クロムさんも変に思いませんでしたか? さっき森で再会した時のフレンを」
転移先の目印とした、ワニ頭のクマの魔獣ダイトドンのボスが落として手付かずだった巨大な霊晶石。そこにクロムとクライドがやってきて、最初フレンは顔見知りを見つけたように誰よりも早く動いた。
しかしその顔を見るなり、今まで四人が何度も見た、例の硬直が起きた。まるで読み込みに負荷が掛かるせいで動作が遅いPCのように。
「⋯⋯言われてみれば、わしの顔をじっくり見て、少し経ってから思い出したような。ですが⋯⋯」
顎周りを覆う髭を撫でながら、クロムは顔をしかめる。
「あの子とは長い仲です。そんな障害を抱えている様子など見たことはないですし、カナード⋯⋯あの子の父親の口から聞いたこともありません。わしには信じられん話です」
「でも実際はそういうことなんです。何よりフレン自身が思い出せないことがあると言ってましたし、そういう事情も考慮して、フレンから色んな情報を訊き出すことは諦めました。負担になるかもしれない、と」
「⋯⋯記憶障害⋯⋯。思い出せる記憶、思い出せない記憶⋯⋯」
フユがブツブツと呟き、不可解な謎に対する考えを纏めようとするも、それだけでは答えは出ない。
そんな彼女をちらりと見やり、ハルは再びクロムの方を向く。
「その前提で話を進めます。あくまで俺目線の印象になりますけど、フレンがああなったのは最近だと思うんです。生まれつき、あるいは物心付いた時期からそういう深刻な問題を抱えていたなら、それをクロムさんが知らないワケがないですから」
「あー⋯⋯オレらの場合、フレンとの付き合いはたった一日足らずなのに、その間に何回も『それ』があったもんな。昔っからフレンのこと知ってる人間ならあり得ねえってことか」
「そうだ。そういうフレンの記憶のあやふやさが、必然的に次の問題にも繋がる」
アキの補足にハルは頷き、もうひとつの大きな疑問について触れる。
「さっきフレンに『村からいなくなった』『何日も探した』と言ってましたよね。そのことについて詳しく聞いても?」
ある意味こちらこそが本筋と言える。
昨日、異世界に転移した直後、怪鳥の魔獣コンドリスの群れと戦闘になり、狡猾な一体にフユの登山用リュックを盗まれた。
その逃げる泥棒鳥をハルとアキが連携して倒し、無造作に放られたリュックを追った先で、地面で眠るフレンを発見した。
クロムの発言を鑑みるに、何日も前に村から消えたフレンは、村に一度も帰らぬまま四人と出会ったことになる。
しかも──。
──あーっ! 昨日の『消えた人達』だー!
四人が森でフレンを見つけるより更に一日前の夜。すなわち異世界転移初日の夜。フユのワガママによる例の『勝利のポーズ』で偶然転移条件を満たした際、フレンはその光景を目撃していたのだ。
幼い少女が、魔獣が出現するこの広大な森の中を、村を出てからずっと過ごしていたという不自然さは、ずっと未解決のままだった。
「⋯⋯そうですね。今から五日前になります」
ハルから促されたクロムは小さく息を吐き、その経緯について詳しい説明をする。
「わしが役場から帰る途中、フレンが父親と母親の墓の前で泣いているのを見かけました。といっても母親のことはあまり覚えておらんでしょうから、亡くしたばかりの父親を思って泣いていたんでしょうな」
「そっか⋯⋯お父さんが亡くなって、まだ三ヶ月だもんね」
「親父さん、森で魔獣に殺されちまったんだっけ⋯⋯」
「⋯⋯でも、それがどうして、一人で森に⋯⋯?」
ナツ、アキ、フユが思い思いにフレンの心痛を慮る。
「わしにもわかりません。その時、今日はウチで食事をしないかと誘い、フレンは頷きました。あの子を元気付けてやろうと、いつもより豪勢な料理を用意して待っておったんですが⋯⋯」
「フレンはここに来なかった⋯⋯と?」
コクリと頷くクロム。だがその説明では先にフユが口にした通り、なぜフレンが一人で森に行ったのかの動機が不明のままだ。
「昨日、俺たちは森で寝てるフレンを発見しました。起きた時、『何でこんなところで寝てたのか?』と訊いても、『どうしてこんなことになってるかわからない』と答えていました。これも最初に話した記憶障害に関わっているはずです」
そこまで聞いたナツが、「ねえ」と両隣の幼馴染達に指で数えながら確認する。
「五日も前からずっと森にいたってことはさ、昨日あたしたちが寝てるフレンを見つけたのって、行方不明になった四日目のお昼過ぎ⋯⋯ってコトだよね?」
「おう、そうなるな。てかそんだけの間よく無事だったよなー。しかも飲まず食わずでよ」
「飲まず、食わず⋯⋯?」
アキの発言に引っ掛かったフユが反芻するが、アキは「そりゃそうだろ」と当然のように言った。
「ほら、異世界に飛ばされた最初の夜よ、食いモンもなんもなくて、どうすっかなーって話になったろ?」
「魔剣パワーで超人化した状態を利用すれば、その辺の雑草とか食べても腹下しはしないとかアホなことを言ってたな。お前」
「それくらいあん時はガチで詰んでたじゃねえか。森っつっても木の実やら食えそうなモンなんかなさそうだったし」
「でも、あの時⋯⋯」
フユが人差し指を立てながら、異世界に来て初めての異世界人を発見した状況を思い出す。
「私たちが⋯⋯寝てるフレンを、見つけた時は⋯⋯衰弱したような感じは、なかったよね? 服が結構汚れてたのは、着の身着のまま、村を出たからって⋯⋯納得できるけど」
「しかも本来持ってるはずの、『魔除けの護符』なるアイテムを持っていなかった。幼い非力な女の子が、魔獣が出る森で、食料の確保もままならず、俺たちが発見するまでの四日間を、どうやって生き延びた?」
謎を解こうとすると更なる謎が引き寄せられる、頭を抱えたくなる行き詰まりを感じる一同。
──そんな時だった。
「⋯⋯僕が知ってることを話します。どうせ親父に聞いたところで、ロクなことは知りやしないでしょうから」
「クライド⋯⋯」
居間の奥の扉が軋む音と共に開かれ、右脇に木箱を抱えた痩躯の青年、クライドが皆のいる長卓までやって来た。
四人の正面、クロムの座る隣まで行くと、悲痛な面持ちでドカッと箱を卓上に置く。
「クライドよ、どうしたんだお前。ここのところ変だぞ」
「親父は黙っててくれ! 僕にはわかるんだ⋯⋯! 何でこんなことになっちまったのか! 全部、全部なっ! ⋯⋯フレン、ホントにごめんなぁ⋯⋯」
父親を声を荒げて黙らせるクライド。その目端からポタポタと涙の雫が封をした木箱に滴る。深い絶望と悔恨を思わせるその行動に四人は言葉が出なかった。
そしてクライドは悲しみを押し潰して乱暴に目元を袖で拭うと、ハル、ナツ、アキ、フユの顔を、まるで縋るかのように──あるいは託すかのように順番に見据え、口を開いた。
「結論から言います。本物のフレンは死にました⋯⋯殺されたんです。五日前、この村を出てすぐに」
「え──?」
「あなた方が今までずっと一緒にいたあの女の子⋯⋯あれは我々が知る『フレン』などではありません。あれは⋯⋯本物のフレンの外見と記憶を真似た、『何か』です」




