41話 風景の変容/Scapeshift
異世界の森の、放置されたまま手付かずの巨大な霊晶石がある位置から一行が出発しておよそ十分程。
怪鳥モンスター、コンドリスの襲来こそあったものの、魔剣使い達が難なくそれを返り討ちにしつつ森道を進んでいた。
昨夜フレンがハルに話してくれた通り、あの霊晶石からそれほど離れていない距離に、『村』はあるらしかった──が。
「みなさん、ここです」
六人組の先頭を歩いていた髭面の男性、クロムは立ち止まり、異世界組であるハル、ナツ、アキ、フユの方を振り返る。四人は意味がわからず顔を見合わせた。
「⋯⋯えーっと、村?」
「森以外なんもねえけど」
「何も⋯⋯風景は変わってない⋯⋯よね」
「クロムさん、これはどういう⋯⋯」
クロムが手で指し示す方向には、今まで散々見てきた森を形成する木があるだけだ。正確に言えば不等間隔に生えそびえる樹木群と違い、並ぶように立つ二本の樹木の間だ。
「ははは、そう思われるのも無理はない。実際、何もないようにしか見えませんからな」
予想通りの反応だとクロムの髭面が破顔する。
「この二本並んでいる木が『門』なんです。そのすぐ側に岩のようなものがあるでしょう。これも目印を兼ねた魔除けの霊晶石でして」
木々の間を指し示す指先が、右側の傍らに埋まるように設置された灰色の霊晶石に向けられる。元々の色に加え長年野晒しになっていたためか、四人が知るそれ以上に特殊な石の印象はなく、普通の岩のように見えた。
クロムが謀っていないなら、この先に村がある。視覚的に見えていないだけか、はたまた空間そのものが隔絶されているのかは不明だが、ハルは三人に声をひそめて話す。
「こっちからはあっち側が見えてない状況⋯⋯。聞き覚えがあるギミックだな」
「うん⋯⋯。あの工場があった、『空き地』でしょ。空き地の外側からは⋯⋯内側にいる、私たちが見えてなかった⋯⋯」
「学校の知り合いが通りかかった時、声をかけたのに全然気付いてもらえなかったもんね。あれって認識の阻害? みたいな話だったよね」
「見えてるモンと実際にあるモンが違ってるっつーか、あるように感じちまうマトリックス的なアレな。ならここもおんなじようなギミックが使われてんのかな?」
「どうかな。そもそも認識改変のあれも、不動産の連絡とナツの友人の反応だけで、辻褄を合わせるためにそう仮定しただけだ。ある程度確信はあるとは言え、判断材料としてはまだ弱い」
「じゃあ学校が始まったらさ、『幽霊が出る工場』のウワサ、もっと色んな人に確かめないとね。学校中で有名だったんだよ? それが綺麗サッパリ忘れられてたら、『認識改変』の件はアタリってことになるよね」
「そうだね⋯⋯今の段階だと、まだ、辻褄を合わせた推理しか、できてないから⋯⋯」
ひとまずその話は置いておき、四人はフレンの方を向いた。
「フレン、ちゃんと帰ってこれたみたいだぞ。よかったな」
「⋯⋯。うん」
だがフレンの表情は芳しくない。昨夜ハルと夜の散歩をしていた際、帰れるかの心配をしていたはずだが、いざ帰ってきても喜びや安堵の色が見られない。
「なんか元気ないよね、フレン。あ、ポテチ食べる?」
「ねえナツ⋯⋯昨日もそうだったけど、とりあえず、餌付けしとけばいいって⋯⋯思ってない?」
「まあどんな時も食いモンで『わーい!』ってなる女だしなあ、ナツは」
「もーっ! 失礼だからっ!」
アキとフユのからかいに憤慨するナツ。そして、アキは何やら思いついたようにハルの肩に腕を回し、ヒソヒソと話す。
「⋯⋯なあ、フレンのやつよ、たぶんお前とお別れすんのが寂しいんじゃね?」
「は?」
「昨日の『デート』はイイ感じだったんだろ。手ぇ繋いだりなんかしてよ。ハルのことゼッテー好きじゃねえか。ったく、ナツといいフユといい学校の女子といい、この初恋キラーがよ」
「俺を女の敵みたいに言うのはやめろ。フレンの元気がないのは、多分そんな理由じゃ⋯⋯」
学校でも異世界でも変わらない、いつも通りの和やかなノリを見せていた、そんな時だった。
「⋯⋯親父、僕は先に戻ってるぞ。皆さんもまた後ほど」
「ん? わかった。では皆さん、クライドを見ていてください」
男性二人組のもう一人、痩身の若者クライドは、異世界組四人を一通り軽く見て、二本の木の間に向かって歩き出す。相変わらずフレンの方にはまるで見向きもしなかった。
出会ってから言葉少なく、素っ気ない態度を貫いていたクロムの息子クライド。そんな性格面をとやかく言うつもりは四人にはないが、村の仲間であるはずのフレンを気にする素振りすら見せないのはどういうことなのか。
よそ者かつ異世界から来たなどと戯言をぬかし、しかも得体の知れない魔剣使いの四人。そんな怪しい連中に警戒心をあらわにするのであればまだ理解はできる。
しかし彼は素っ気ないまでも、四人には最低限のコミュニケーションは取っていたし、去り際の台詞からも四人に対する拒絶の意思はないようだ。
フレンに対してだけが違った。同じ村の住人で、今まで安否すらわからず、下手をすれば魔獣の餌食になっていたかもしれない中、無事に再会できたのだ。そんなフレンをまるで気にかけないのは何故なのか。
そんな四人の疑問をよそに、クライドは二本の木の中央をくぐっていく。全身がそこを通過した途端──。
「!? 消えた!?」
驚愕する四人を代表してアキが声を上げた。通り抜けた木々の間が境界線になっているのか、そこを抜けた瞬間にクライドの姿が煙のように消滅した。
「──とまあ、こういう寸法でして。外からは目で見えないようになってるわけです。視覚的に外敵の目を欺くことはもちろん、ここに設置した霊晶石で村の安全を担保してるのです」
では我々も行きましょうか、とクロムは客人達を連れ立って門代わりの木へと歩く。
四人が境界となるそこをくぐり抜けた瞬間、鬱蒼とした森の見慣れ風景が、まるで全方向スクリーンの映像が切り替わるように変化した。
「ようこそ、ここが我々『深緑の民』の隠れ里です」
山の麓町を思わせる光景を思わせる村は、木造建築や煉瓦建築の建物が点在する集落だ。遠くには風車らしきものや展望塔といったものも見える。
異世界に来てから原初的な自然界のみを目にし、魔獣と戦い、現地人と遭遇した三日目。初めてこの世界の『文明』に足を踏み入れた瞬間だった。
感慨深い感覚になる中、ナツは「あれ?」と五人がいる周辺に視線を流す。
「フレンは? いないけど」
ナツの言葉に四人も周りを見渡すが、やはりフレンの姿は見当たらなかった。
「⋯⋯もしかして、ゲートを、通ってない⋯⋯?」
「一旦戻るぞ。クロムさんはここで」
ハル、ナツ、アキ、フユは今通ってきたばかりの木々の間を引き返し、再び見慣れた森の風景が視界に広がる。だが門をくぐっていないにせよ、皆があちら側に行ってまた戻った時間は、せいぜい数十秒程度だ。
なのにその付近にもフレンの姿はなかった。
「おいおい、こっちにもいねえぞ。置いてきぼりになったんじゃなかったんかよ」
「フレーン! いないのー!? もうあっちに帰ったのー!?」
ナツが大声で呼びかけるも、こちらにいないなら返答などあるわけもない。何らかの意図で行方を眩ませたのだとしたら結局は同じことではあるが。
仕方なく四人はまた境界の門を抜け、クロムの待つ集落へと戻った。
「うーん、もしかしてフレン、ダッシュで家に帰ったのかな? やっと村に戻ってこれたし」
「あの一瞬で⋯⋯? 誰にも、気付かれずに⋯⋯?」
「テレポートかよ。つーかそうだとして、オレらになんも言わずにこっそり帰るかあ? あの性格的に」
「そうだよねえ⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
不可解な状況に首を傾げる三人。ハルは夜の散歩でフレンが口にしていた意味深な発言について脳内で反芻する。
──ハル⋯⋯わたし、『帰れる』かな⋯⋯
──わたしね、なんかときどき⋯⋯『自分』がわからなくなるの。
──自分がべつの自分みたいに思ったり、思い出せないことがいっぱいあったりして──
それらの発言に限らず、フレンにまつわる違和感や謎は、未だ多く残されたままだ。
本来なら異世界探索の折に、偶然出会っただけの異世界の住人のはずなのだ。なのに、なぜここまで『ただの村娘』に引っ掛かる部分が多いのか。
いい加減わからないことを引き摺ってやきもきするのはウンザリだと、ハルは所在なさげに立つクロムの方に向き合った。
「クロムさん。フレンについて、詳しく話したいことがあります」
41話目にして初の異世界の村到着。
異世界人の初遭遇が23話だったということを考えると、亀のようなペースですね。
ですが、異世界を見て、聞いて、考えて、識る。それが魔剣に選ばれし少年少女達の異世界剣聞録(見聞録)なのです。




