40話 滅ぼし/Damn
異世界の森にて新たな現地人との遭遇。それは同時に異世界の少女フレンにとっては同郷の民との再会でもあった。
フレンを日本で一時的保護した翌日、再び彼女を連れてこの森を訪れたハル、ナツ、アキ、フユの四人は、出会った現地人であるクロムとクライドに村に案内されることに。
出発から数分後の道中──。
「GIIIIィィィィ────────!!」
「うわっ、まーたアイツらかよ! しゃーねえ、闘るぞ!」
「周りにも、注意して⋯⋯っ! 空だけじゃなく、また単独で、潜んでるかも⋯⋯っ!」
「もう荷物盗られるのは懲り懲りだもんねっ!」
「今回は三羽か。なら誰か一人フレンたちのカバーに回ろう」
春夏秋冬の四人は魔剣を握りしめ、空を見上げて招かざる客を睨め付ける。
空から咆哮と共に現れたのは、昨日フユの登山用リュックを奪った狡賢しい怪鳥の魔獣と同じだった。
山男の風貌の案内人、クロムは、小柄なフレンを腰元に庇い、空を仰ぎ見ながら顔をしかめる。
「あれは『コンドリス』です! 刃物や装飾品⋯⋯人間の持ち物を欲しがる習性の魔獣⋯⋯! 普段は滅多に姿を現さない魔獣のはずですが」
四人が初めて遭遇したワニ頭のクマの魔獣ダイトドン。そして昨日も遭遇した、飛竜と鳥類の合の子のような魔獣コンドリス。
漠然としたモンスター的な認識に過ぎなかった概念が、現地人の解説により明確な知識としてアップデートされるのを感じた。
「ったく、カラスみてえな鳥野郎だな⋯⋯! だったらハル! フレンたちのカバーはお前に任せるぜ! 向こうが三体ならオレら三人でやる! ナツ、フユ、それでいいな!」
「オッケー! 襲ってくるなら倒すよ!」
「もっと⋯⋯レベルアップ、しなきゃね⋯⋯っ!」
気合充分なアキ、ナツ、フユが前に出て、こちらを窺いながら挑発的に空を泳ぐコンドリス達に敵意を向ける。
アキの《繁栄と衰微の剣》、ナツの《福音と呪詛の剣》、フユの《真実と欺瞞の剣》が魔剣士の意志に共鳴し、刃に帯びるオーラが強まった。
ハルも《楽園と冥府の剣》を威嚇混じりに構えつつ、背後にいる三人に振り返る。
「そう言えばクロムさん。少し気になったことが」
「何でしょうか? ハル殿」
「この森はああいう魔獣が出現しますよね? 森を探索していたと聞きましたが、戦う手段がなければ為す術がないはず。クロムさんたちは魔獣を倒せるんですか?」
「これでも猟師、兼、杣夫でして。小型の弱い魔獣ならば相手取れます。⋯⋯ただ、コンドリスやダイトドンといった強い魔獣ともなると流石に⋯⋯」
「⋯⋯すみません。おそらく奴らは、俺たちが持つ魔剣の独特な気配に引き寄せられてきたのかもしれません。まだ推測の範囲ですけど」
ハルは《楽園と冥府の剣》の黒い刃を纏う暗紫色のオーラにちらりと視線を流し、初日の出来事を思い返す。
異世界に初めて迷い込んだ際にナツが遭遇してしまった子供のダイトドンはたまたまだとしても、その子供を魔剣使いに覚醒したハルが斬り捨てて間もなく大人達が復讐のために現れたのは、間違いなく偶然ではない。
群れからはぐれた子供の匂いを辿る中、それが途絶えると同時に異様なまでに凶悪な気配を持つ者がそこにいれば、その人物に殺されたと察するのが道理だ。だからダイトドンの軍勢は場所がすぐわかったし、子の仇だと確信を持って魔剣を手にするハルに憎悪を向けていた。
昨日異世界に来てすぐにコンドリスの群れが四人に襲ってきたことも、今まさに現れたことも同じと言えた。
魔剣を顕現させている状態で魔獣の生息域にいれば、その強烈なプレッシャーで居場所を知らせているようなもの。
しかし一介の高校生に過ぎない四人は、その魔剣のお陰で戦うことができる。たとえ魔を引き寄せてしまう仕様を抱えていようと、超越的な力を以てその魔を跳ね除けられる。
その前提があるからこそ、ハルは「失礼ですが⋯⋯」とクロムに疑問の続きを発した。
「その、もし倒せない魔獣と出くわしてしまったらどうするんですか? この広い森でかち合うことはそうそうないにしても、それでも森を練り歩くのは運任せというか、危険すぎる気が」
「⋯⋯仰っしゃりたいことはわかります。我々『深緑の民』は、この護符を身に着けていまして」
そう言うとクロムは服の襟元から、首から紐でかけられていた装飾品を取り出す。
楕円形のロケットペンダント状の中央には、緑色の宝石のようなものが埋められている。
「これは魔除けの護符です。霊晶石を加工し、特殊な付与を施した御守りでして、これで大抵の魔獣を避けられるのです」
「霊晶石の御守り?」
「わしも専門家ではない故、詳しいことはわかりませんが、魔獣は霊晶石を嫌う傾向があるようで。霊晶石は魔獣の生命が結晶化したもの。一説によると、魔獣が『死』を思い浮かべるものとして嫌っているとか何とか」
「──! そうか、それで」
異世界初日の夜の、意外な謎が今解けた。
ダイトドンの群れと無理を押して戦ったハルは途中で意識を失い、後発の三人が魔剣に覚醒して群れを撃破した。それからしばらくしてハルは意識を取り戻した。
日本に帰る方法がわからず途方に暮れ、魔剣を出して考察をしたり呑気に勝利のポーズをしたり過ごしていたが、よくよく思い返してみるとその間、新たな魔獣は一度も現れることはなかったのだ。
その理由は、あの時に四人がいた場所と、クロムが言ったことを合わせて考えれば、自ずと明らかになる。
「あの時、ボスが落としたデカい霊晶石⋯⋯あれがすぐ近くにあった。魔獣に霊晶石を嫌う習性があるなら、あんな巨大な霊晶石に近づくとは思えない。だから魔剣を出したまま過ごしてたのに魔獣は来なかったんだ⋯⋯」
今まで特に気にしていたわけではなく、確証もない推測だが、ハルがあの時に抱いた何気ない疑問に納得はできた。
「ただ、『大抵の』と言うことは、絶対安心⋯⋯ではないんですよね? 凶暴な魔獣と鉢合わせた時、そのまま確実に逃げてくれるとは限らないんじゃ?」
「その通りです。ですが我々『深緑の民』は、大自然との共生と調和を標榜とする民です。自然に生かされ、自然を生かす。糧とするも糧となるも、それは残酷な真理ではないと。無論、悪戯に命を投げ棄てることを良しとしているわけではありません」
「⋯⋯そういうものですか」
自然と共に生きる民々が掲げる思想の是非に関しては、ハルから特に言うことはなかった。
クロムは腰元のフレンに顔を落とすと、「うん?」と訝しげに漏らす。
「ところでフレン、お前さん護符はどうした?」
「え?」
「いつも首に掛けてたろう。森で迷子になった時にでも落としたのか?」
「え、えっと⋯⋯うんと⋯⋯たぶんそう」
「フレンの護符⋯⋯」
二人のやり取りを聞いてハルは考える。
最初に森で眠っていたフレンを発見した際、空から降ってきたフユのリュックが運悪く激突して倒れたのではないかと懸念し、ハルはフレンを軽く触診して容態を調べた。
あの時、護符は首から掛けていた感じではなかったが、無事かどうかを確かめることに気が行っていたこともあり、確実なことは言えない。
ハルのマンションにフレンを連れ帰った後、ナツとフユが彼女を着替えさせる前に一緒に入浴していたが、アクセサリーを付けていたかの言及は特になかった。
後で二人に確認する必要がある、そう思っていた時──。
「やあああああッ!!」
前方でナツが勇壮な声と同時に、空へと跳び上がる。
空中を回っていた三体の内の一体が、ギリギリの射程内である高度に入ったことをナツは見逃さなかった。
「ギッ──!?」
油断した一体が戸惑いを見せるも、もう手遅れだ。
ひとっ跳びで瞬く間にその位置まで辿り着いた刹那に放たれた《福音と呪詛の剣》の一閃が走り、琥珀色の光を帯びる刃が怪鳥の細首を通過した。
残り二体。胴体と頭部が別れて絶命した個体をよそに、ナツは真下の二人に叫ぶ。
「逃がしちゃダメっ! あたしで『二段ジャンプ』して!」
ナツは落下しながら、《福音と呪詛の剣》を指し示し、理解したアキとフユはすぐさま跳躍した。
昨日ハルとアキで実践した、一人が空中で足場となり、もう一人が更なる高空に跳ぶ空中二段ジャンプ。今回はナツが踏み台役となり、二人を打上げる。昨日ほどの高さは必要ないため、ただ足場を提供するだけだ。
「アキ!」
「おっしゃ! 今日はパニクらねえぜ!」
ナツのいる高度まで来たアキは、ナツの《福音と呪詛の剣》の刃の平地を足場に、二体のうちの一体目掛けて跳び上がった。
「フユ!」
「うん⋯⋯っ!」
アキに続いてフユもナツの魔剣に跳び乗り、逃亡の姿勢を取っていたもう一方を追撃で跳躍する。
「GIAAAァァァ────!?!?」
決着は一瞬でついた。ある意味狂気的な方法で空中殺法を試みる魔剣使い達。二体は逃げる間もなく恐怖と困惑の悲鳴と共に首が刎ねられ、怪鳥の群れは呆気なく全滅した。
理外の超越者が空中で飛行モンスターを鮮やかに倒してのける手並みを、クロム、クライド、そしてフレンまでもポカンと見つめていた。そんな仲間をハルは微笑を浮かべ、地上に降りてくる幼馴染たちを労うため三人の元へと足を進める。
「お疲れさん。今回のMVPはナツか」
「えっへへ、昨日のハルとアキを見てたから、『イケる!』って思ってたの! 上手くいってよかった〜」
「アキ、今日は必殺の『座薬の時間だコラァ!』はやらなかったんだな」
「いや別にそれオレの必殺技でも持ちネタでもねーから!」
「フユ、高いところ苦手なのに頑張ったな。これで前に乗れなかったジェットコースターもいけるんじゃないか?」
「うぅ⋯⋯魔剣士モードでも、乗れる⋯⋯?」
「あはは! 克服はまだ無理だねー」
「いや⋯⋯とんでもないな。異世界の魔剣士とやらは」
「ああ⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
現実離れした瞬殺劇をしてみせた四人が談笑する光景に、現地人達は畏怖とも畏敬ともとれる視線を送っていた。




