39話 安堵の再会/Cathartic Reunion
「フレン⋯⋯! いやよかった! 無事でいてくれて!」
異世界の森にて、春夏秋冬の四人と異世界の少女の前に現れた、二人組の男性。その内の一人、顎周りに髭を蓄えた中年男性がフレンの姿を認めるなり、安堵の笑顔でこちらに早足で歩み寄ってきた。
「フレン、あれはもしかして、フレンの村の住人か?」
「あ⋯⋯えっと⋯⋯」
魔剣を下ろしたハルに尋ねられるも、フレンはまたしても硬直する。今までに何度か見たことがある、特定の記憶や話題に触れた時に見せる妙な反応だ。
だが、彼らの影が見えた瞬間にいち早く反応して前に踏み出たということは、彼らを知っていなければおかしい。
「ねえ、どうするの?」
「フレンの知り合い⋯⋯みたい、だけど⋯⋯」
「名前で呼んだってことは確定っぽくね?」
「どうであれ異世界人の話は聞くべきだな。念のため、魔剣はまだ消すなよ」
魔剣を持ったままハル、ナツ、アキ、フユの四人は声をひそめて話し合い、男性が近付いてくるのを待った。
長い茶色の髪を後ろに流して縛り、口元には同じく茶色の髭。恰幅のいい大柄の体躯からは山男のような印象を受ける男性だ。
男性は五人の近くまで歩み寄ると、四人が持つ異様な魔剣を訝しげに見回すと、四人に髭面を向けて低い声で話しかける。
「見慣れない顔ぶれですが、旅人の方々で? フレンと一緒にいたように見えましたが⋯⋯」
「うぇっ!? あ、あたしたち、フレンとは⋯⋯その」
一番近くにいたナツが代表して声を上げるも、どう答えればいいのか言葉に詰まる。だがそれも無理はなかった。
異世界にて遭遇した異世界人に対し、『異分子』である日本人の自分達の立場をどう説明し、どう対応するか──。
昨日皆で話したのは、あくまで日本で日常生活を送る中で魔剣や異世界のこと、そしてそれらに自分達が関わることを世間に知られないよう徹底的に秘匿することだけ。
フレンの場合は経緯が色々と特殊なケースだったが、出会った異世界人に対するスタンス、その方針についてはまだはっきりと決めていなかったのだ。
「は、ハル⋯⋯どうしよう⋯⋯? 大事なことって、わかってたことなのに⋯⋯ちゃんと、考えてなかった⋯⋯」
「⋯⋯そうだな。日本でどう秘密にするかばかりで、こっち側で俺たちが『何者』として振る舞うかまでは」
頭の回るフユでも突発的な思考と決断は得意ではなく、困り顔でハルの側に寄る。フユが例の『防衛マニュアル』を書いていた時は、異世界人に自分達の情報を開示するかはケースバイケースとふんわりしたものであり、ハルも最適解が出て来なかった。
ただ、大まかなパターン自体はいくつか考えてはいた。
一つ目は身の上を徹底的に隠した旅人を演じること。
二つ目はこの世界とは異なる世界からやって来た異世界人であることを堂々と公言すること。
どちらも不特定多数の人間と関わり、異世界攻略に臨む上では一長一短であり、一概にどちらがいいかは決めきれない。
「⋯⋯なあ、オレ思ったんだけどよ、オレらこっちでは『魔剣を使える異世界人です』って感じで行くべきじゃねえかな?」
そんな中、アキが身の振り方の提案を口にし、三人はそちらを向いた。
「いや別に積極的に宣伝するって意味じゃねえぞ? ただオレらの目的を考えると⋯⋯なあ?」
「一番の目的はあの『作業着の女』を追うことだ。確かに立場を隠して行動するより明らかにした方が情報を集める上では役立つかもな。ただ、魔剣や異世界を知られることはリスクもあるぞ」
ハルの指摘に、「わかってる」とアキは頷く。
「魔剣は実際ヤベェ力だし、怖がられたり、変な連中に目ぇつけられるかもしれなかったり、色んな厄介なパターンはあるわな。でもなんつーか⋯⋯あー、上手く言えねえわ」
「アキ⋯⋯。でも、うんっ、そうだよね。あたしもそっちがいいと思うな」
アキの代わりにナツが腹を括ったように力強く言葉を発した。
「アキの言った通りのリスクはあるかもだけど。魔獣と戦ったり元々リスクは承知じゃん。ある程度受け入れて進まないと、多分いつまでもゴールに辿り着けないよ」
「⋯⋯! そう、だよね。私たち⋯⋯限られた時間を、やりくりして、異世界に通う立場だもん。もし、秘密主義を貫くとなると⋯⋯演技とか、事前の擦り合わせとか、いっぱい、考えないとだから⋯⋯」
「それによ、こっちとあっちを自由に行き来するってことを考えたら、メチャクチャ高いリスク背負ってるっつーわけでもねえだろ? いざとなったらあっちにトンズラかますってな感じで」
「エオルギスに勝てなかった時みたいにか。確かにな。ならひとまずこの場は正直に明かすとして、今後どうするかはまた改めて決めることにしようか。あちらさんも困ってるみたいだしな」
とりあえずの方針は決まった。この世界のこと、魔剣のこと、作業着の女のこと、フレンのこと──それらを知るには、やはり素性を隠したままでは限度がある。
今は信用を得ることが先決だと四人は頷き、ハルは胡乱げにこちらを見守る髭面の男性に向かって皆の代表として話をすることに。
「俺たちは理由あって、昨日からフレンを保護していた者です。フレンを住んでる村に帰すため、今日またここにきました」
「はあ⋯⋯理由ですか」
「ええ、先に自己紹介を。自分はハルといいます。こっちから順に、アキ、ナツ、フユです。こっちだと、あまり聞き覚えのない感じの名前だとは思います」
「こっち?」
「信じられないかもしれませんが、俺たちはこの世界の住人ではありません。この特別な剣の力を使って、異世界から来ました。フレンも昨日から今までその異世界にいたんです」
「⋯⋯⋯⋯!」
ハルが《楽園と冥府の剣》を見せながら説明すると、男性は息を呑んだ。果たして異世界という概念を理解できるのか、信じられないのか。
ハルはフレンの側に歩み、男性に手を示して質問した。
「フレン、この人に名前を呼ばれたということは知り合いなんだろ? 思い出せないか?」
「────! クロム⋯⋯クロムおじさん!」
謎の硬直から解き放たれたように、パァっと表情を明るくしたフレンは、クロムと呼ばれた男の大柄な体に飛び込んだ。
「おっと、心配したんだぞフレン。何日も見つからないから魔獣に食われたんじゃないかって。⋯⋯うん? よく見たら可愛らしい格好じゃないか。どうしたんだそれ?」
「フユにもらったの! 似合う!?」
「おお似合う似合う」
「あとシュークリームとか、プリンとか、美味しいものいっぱい食べた!」
「そうかそうか。おーいクライド! 何をやっとるんだ! お前もはよこっちに来んか!」
「⋯⋯! あ、ああ」
放ったらかしになっていた二人組のもう片割れ──クライドと呼ばれたクロムより歳若い痩身の青年は、何やらビクビクしながらこちらに歩を進めた。
クロムはフレンの頭を帽子越しに撫でながら、無骨な風貌に似合わない礼儀正しさで頭を下げた。
「⋯⋯みなさん、どうやらフレンが大層世話になったようで。この子を見つけてくださり感謝します。最早手遅れではないか、と半ば諦めていたところでした」
「いえ、あの時はやむを得ない事情でして。急遽匿うという形で異世界に連れて帰ってしまい、ご心配をおかけしました」
「イセカイ⋯⋯こことは違う、我々の知らない世界ですか。さっき大きな光が見えました。あなた方の剣が纏う光⋯⋯それが関係してるのでしょう」
「はい。あれは二つの世界を転移する際に発生する光です。この霊晶石を目印にしてこっちの世界に飛んできました。この霊晶石は、俺たちが二日前に倒した魔獣が落としたものです」
「! これはあなた方が倒したものでしたか!」
クロムは目を大きく見開くも、ハルの右手の魔剣を一瞥すると得心がいったように立派な茶髭を撫でた。
「いや、実は村からいなくなったフレンの捜索で森を歩き回っていたところこれを見つけましてな。折を見て回収しようと。この規模の霊晶石となると、相当強い個体の魔獣でしょう」
「ワニ頭のクマ⋯⋯と言って伝わるでしょうか。群れで行動するバケモノで。ずんぐりした毛むくじゃらな巨体と、噛みつきに特化した長いアゴの」
「ああ、その魔獣はおそらくダイトドンでしょうな」
「ダイトドン?」
「仲間意識が相当強く、獰猛な魔獣です。手練れの戦士でもこれを狩るのは並大抵ではありません。相当腕が立つようで」
ここに来てようやく、ある意味運命の敵である、ワニ頭のクマもしくはクマ頭のワニの怪物の名称が明らかになった。創作物の異世界モノあるあるの便利なシステムメッセージ的な概念がない故だった。
魔剣という反則級のアイテムがなければ死んでいたと思いつつも、そもそも魔剣がなければ異世界に来ることもなかったという身も蓋もないことを考えながら、ハルは《楽園と冥府の剣》に視線を落とした。
「この魔剣のお陰で命拾いしました。ただ魔剣を使うようになったのもそうですが、俺たちがこの世界に来るようになってからまだ三日目で、まだまだ何も知らない立場なんです」
ハルはボスを倒した戦利品(?)である巨大な霊晶石を指差した。
「この霊晶石を目印に異世界転移してきたのも、近くにフレンの村があると聞いたからです。何はともあれ、まずはフレンを家に帰さないと⋯⋯と。それでフレンの案内を頼りに、その村を目指すところでした」
「⋯⋯⋯⋯」
クロムは癖なのか顎の髭を弄りながら何やら思案する。
異世界から来たという、得体の知れない圧気を放つ魔剣を持つ謎の四人という構図。凶暴な魔獣すら屠り去る実力。村からいなくなったらしいフレンを保護したという点を差し置いても、そう簡単に信用できるかは難しいところだろう。
そうしてしばらく返答を待っていると、クロムは口を開いた。
「⋯⋯わかりました。ではあなた方も、我々の村に案内します。おいクライド、お前はさっきから何をビクビクしとるんだ」
「い、いや、なんでも⋯⋯」
どこかおどおどしたクライドはびくりと肩を竦ませ、四人の魔剣使いを順番に見回す。なぜか知り合いのはずのフレンには一向に目を合わさないのが不自然だった。
「ではみなさん、行きましょう。付いてきてください」
こうしてクロムを先頭に、近くにあるという村を目指して出発することになった。
「やっぱ正直に言って正解だったろ?」
「うんうん、秘密にしたらしたで、どう説明したらいいかわかんないもんね」
「今のところ⋯⋯順調に、前進できてる⋯⋯よね?」
「そう信じるしかないな、今は」
アキ、ナツ、フユはハルに歩み寄ると、先行するクロムとクライドの後に続く。
「⋯⋯⋯⋯」
その更に後ろで、表情の一切が消え去ったフレンに気が付かないまま。
異世界転移で現地人の信用を得るって、実は相当難しいことなのかもしれませんね。




