36話 秘密のランデブー/Secret Rendezvous
八王子市の街は東京でありながら所謂「トカイナカ」などと呼ばれ、人が行き交う駅前はビルや商業施設などが建ち並ぶ都会的な一面を持つ。逆にそこから離れると比例するかのように山岳や森の自然豊かな田舎の面となる。
ハルたちの住まうエリアはやや田舎寄りではあるが、田舎特有の不便さや野暮ったさは特に感じない程度には都会的ではあるという土地だ。
今は午前0時過ぎの夜中。夜道ということが幸いしてか道行く人もあまりなく、高校生のハルや緑髪の幼い少女フレンというチグハグな組み合わせで歩いていても、通りがかる者はわざわざこちらを気にかけてくる様子もない。
ハルがフレンの散歩を了承したのも、時折気分転換でこの時間に出歩くことがあった経験上、通報やパトロール中の警官にエンカウントする可能性は低いだろうという判断だ。
「ハルたちはここで育ったの?」
「ああ、みんな最初からっていうわけじゃないけどな。それでも人生の大半はこの八王子で過ごした」
「へぇ〜」
ハルの隣を歩くフレンは、町並みをきょろきょろと物珍しそうに見回す。
そんな彼女との身長差や歩幅差を考慮し、ゆっくり歩きながらハルは軽く質問してみることに。
「気に入ってくれたか?」
「うん」
「遠くに山が見えるだろう? あっちに真っすぐ歩いていくと、だんだん建物や人気の少ない山手になるんだ。そこからもっと行くと、今日俺たちが出会った異世界の森みたいになる」
「そうなんだ」
「フレン、あの森に住んでたんじゃないのか? ほら、森で一人で寝てただろ?」
「⋯⋯。うん、近くにわたしが住んでた『村』があるよ。あの大っきい霊晶石があったとこの近く」
「! そうか、なら安心してくれ。明日はちゃんと帰れるから」
村という単語を聞けたハルは内心、またしても異世界探索前進の手応えを感じた。
異世界の森で眠っていたところを発見し、やむを得ず日本に連れてきてしまったフレン。明日また彼女を異世界に戻したところで、そこからどこを目指せばいいのかわからないのではどうしようもない。
しかし、異世界転移先の『リスポーン地点』として、ちょうどあの巨大な霊晶石を目印として利用しようと、先ほど皆で話したばかりだ。
そこから近い場所にあるらしい『村』に行けば、フレンの保護は終了し、更に他の村の住人と接触することで異世界の情報を得られるかもしれない。
どうやってあの広大な森を抜けるのか、どのような国や社会や文化が存在するのか。
流石に『作業着の女』の情報については期待できないが、それでも今までより多くの異世界関連の情報を更新できる。その期待に自然と胸が熱くなった。
「⋯⋯⋯⋯」
だがフレンはハルの言葉を聞いても特に反応は示さず、そこに年相応の無邪気な振る舞いはない。
「どうした? もしかして帰りたくないのか?」
「ううん、帰りたいよ。はやく、帰らなきゃ⋯⋯」
「大丈夫だ。俺たちが責任を持って村に送り届けるよ。村に住んでるんだったら、急にいなくなったフレンを心配してる人もいるんじゃないか?」
「⋯⋯。うん」
やはりスイーツを口にしてはしゃいでいた時とは違い、反応が大人しいフレン。
そうしてしばらく歩いていると、より建物や人通りの少ない場所に出る。
ハルは自動販売機で二種類飲み物を買い、開けた河川敷の芝生を指差す。
「フレン、ここで少し座らないか」
「いいの? アキがはやめに帰ってこいって」
「せっかくの散歩⋯⋯いや、『デート』だしな。ちょっとぐらいならいいだろ」
「! うんっ」
フレンは嬉しそうな笑顔で、ハルと並んで芝生に並び座る。
季節は四月の後半に差しかかる。冬の尾を引く春の風はやや肌寒く、今宵の夜風もほんのり冷たい。
ハルはフレンに両手に持った缶を二本差し出した。
「こっちはあったかいおしるこ。こっちは冷たいサイダーだ。さっき俺とアキが飲んでたようなシュワシュワしたやつ。どっちにする?」
「あったかいの!」
「じゃあほら。缶の開け方はわかるか?」
「ほわ〜、あったかい⋯⋯どうやってあけるの?」
「こういう感じに⋯⋯」
ハルはフレンの目の前にお手本として缶を持っていくと、頭のブルタプに親指を引っ掛けて指先に軽く力を込める。パコッ、と軽快な音が鳴った。
「おもしろいね! わたしも! ん! ん!」
フレンも挑戦してみるも、ブルタプに引っ掛けた小さな親指が何度も滑り、缶は開かなかった。
幼いから不器用なだけか、異世界にこうした缶製品自体が存在しないのかはわからないが、缶ジュースと真剣に格闘する少女の姿が面白く、ハルの口角が少し上がる。
「開けてやろうか?」
「できるもん! んっ! んんっ! あ、ほら、できたっ!」
無邪気な明るさは幼少期のナツを彷彿とさせるが、できないことに少しムキになるところはフユにも似ていた。
約一分の格闘の末、無事に口を空けたお汁粉の缶をハルに見せつけ、フレンはふふんと得意気に笑った。
「どう? ちゃんとできたでしょ? 真似っこは自身あるの!」
「上手い上手い。フレンならこっちの世界でも問題なく生活できるかもな」
「でしょ? イセカイってまだよくわかんないけど」
「俺もどういうものかは上手く説明できないかな。俺たちが住むこの世界と、フレンの住むあっちの世界が二つあって、普通は行ったり来たりはできないんだ。俺たちだけが『魔剣』の力を使ってそれができるって思えばいい」
「ハルたちはトクベツなんだね」
「どうだろうな⋯⋯。たまたまそうなっただけかもしれないし、あの女の策略なのかどうか⋯⋯」
「ハル?」
「いや、今はそれはいいか」
深い思考に沈みかけた脳を切り替える。たまたま出会ったに過ぎない異世界の少女に、自分達の本命である『作業着の女』のことを訊いてみたところで、彼女を無駄に混乱させるだけ。
そうして二人肩を並べて無言で飲み物を口にして過ごしていると、フレンがぽつりと口を開く。
「ハル⋯⋯わたし、『帰れる』かな⋯⋯」
「? 明日また俺たちは異世界に行く。狙い通りにいくかはちょっとだけ賭けになるが、あの霊晶石の近くにフレンの村があるんだろ?」
「うん⋯⋯そうだよね」
「何か不安でもあるのか? いい機会だし、俺でよければ相談に乗るぞ?」
ハルだけではなく、他の三人もフレンが何らかの事情を抱えていることには察しがついていた。年相応の無邪気な振る舞いの中で、唐突に様子が変になることがある。誰もあえて深く追及しなかったのはそれ理由だ。
だが今なら流れ的に一歩踏み出してもいいかもしれない。そう思い歳上男子としての抱擁力を発揮してみる。
「わたしね、なんかときどき⋯⋯『自分』がわからなくなるの」
「自分がわからない?」
ここで初めて、フレンの口から身の上に関わる話が出てきた。今までは、せいぜい異世界の汎用的なルールや知識を多少教えてもらった程度だったため、ハルは突然のカミングアウトに意外に思うも彼女に耳を傾ける。
「自分がべつの自分みたいに思ったり、思い出せないことがいっぱいあったりして、『わたし』がこわいの。『わたし』⋯⋯どうなっちゃったのかな⋯⋯」
「それは──」
ハルにもそれはわからなかった。が、関連しそうな事象はいくつか思い当たる。
凶悪な魔獣が出現するあの森で、保護者や仲間もなく、たった一人で無造作に眠っていたこと。
次元違いの格を誇る存在エオルギスが、執拗にフレンを狙っていたこと。
実は異世界転移初日の夜に、自分達を目撃していたこと。
記憶を辿ろうとしたりすると、様子がおかしくなること。
どれもフレンが抱える問題に関連しそうではあるが、原因はわからない。明日の異世界探索でそれを見つけることができるだろうか。
「──ハルの好きな女の子って、やっぱりナツかフユなの?」
しかしフレンはせっかくの『デート中』にそんな難しい話題でつまらなくなるのも嫌なのか、話題を転換した。
「なんだいきなり?」
「だって、ナツもフユも、ハルが好きなんでしょ? さっきアキがそう言ってたもん」
「そんなこと言ってたか?」
「出かける前、二人がおきたらスネるって。好きじゃないとおかしいでしょ?」
「いや、それはアキが勝手に言ってるだけだ」
「じゃあ好き?」
「昔から一緒だからそりゃ好きだよ。でも俺が知ってる女の子の中で、一番可愛いと思うのは間違いなくフレンだな」
「ホント!?」
「ああ。本当だ」
ハイスペック男子の初恋キラーっぷりを存分に発揮するハルは上手くはぐらかしつつ、しかし感想そのものに偽りなくしれっと告げた。確実に拗ねるであろうナツとフユがこの場にいなくてよかったと内心思った。
「えへへ、わたしが一番かわいいんだ」
「ああ、お世辞抜きでな。その服もよく似合ってる。胸を張って自慢していい。⋯⋯と、流石に遅くなってきたな。戻ろうか」
「うん! 帰ろっ!」
ジュースの缶を持つ手と反対に、フレンはハルの手を握る。
謎は依然多く残るが、それでもフレンの上機嫌な様子に、ハルも微笑みながら一緒に帰路についた。




