35話 今のうちに出よう/Get Out
時計の日付が変わるかどうかの、土曜の午前0時前──。
眠気はあれどいまいち寝付けないハルは一人、リビングのソファーに座って過ごしていた。
自宅に泊まりに来た幼馴染たちはとうに床についた。振り返れば今日だけで随分と濃密な一日を過ごしたものだと呆れる。
昼間に幼馴染たちとここに集まり、魔剣や異世界と関わるきっかけとなった「幽霊の出る工場」や、「作業着の女性」に対する違和感の気付き。
それに気付いた時にはすでに、自分たちの運命は不気味な黒幕的絶対者によって握られてしまっていた。
異世界の全てを忘れ、安全な日常に回帰することを禁じる脅迫めいたメッセージ。
なぜ自分たちが目を付けられたのか。断ればどうなるのか。
その得体の知れなさに一度は心を折れかけたものの、脅されたからではなく、自らの意思で異世界に挑戦してやろうと奮起し、日常と非日常を往来するダブルライフを「春夏秋冬カルテット」は受け入れたのだった。
そうして初日の偶発的漂流とは違い、能動的な異世界攻略者として今日異世界に乗り込んだハル、ナツ、アキ、フユは、怪鳥の魔獣との戦いを経て、異世界の少女フレンと出会った。
なぜか森で眠った状態で発見されたフレン。そして、今まで戦ったいずれとも次元違いの格上の敵、白銀の大狼・エオルギス。
無防備なフレンを守るために魔剣使いはエオルギス相手に奮戦するも倒すこと叶わず、やむを得ず一か八かの賭けでフレンを伴っての日本への帰還。
誰にも明かせないセンシティブな客人としてハルの自宅で一時的に匿い、彼女から異世界に関する様々な情報は得られた。
だがそれでも、まだまだ「謎」は残されたままだ。フレン自身のことも含めて。
素では年相応の少女らしい無邪気ぶりで振る舞うフレンだが、なぜか時折不調じみた様子を見せることがあり、そんな彼女に大量の質問攻めをするのも憚れたこともあって、多くを聞き出すことはしなかった。
「どうしたものかな⋯⋯」
誰もいない静かなリビングで一人、ハルは小さく呟く。
異世界のこと、魔剣のこと、フレンのこと──いかに頭脳面で秀才ぶりを誇ると言えど、考えねばならないことが山程あることに頭が休まらない。
気分転換にテレビを点けるも大した番組はやっておらずすぐに消してしまった。スマートフォンを適当にフリックし、SNSやネットニュースをつまらなそうに眺め、気のない様子で過ごしていた。
「なんだよハル、寝れねえのか?」
そんな時、向かいの部屋からジャージ姿のアキがリビングにやって来た。
「アキ、お前こそどうした? さっきまでいびきかいてぐっすりだっただろ」
「は? マジ? オレって寝てる時いびきかいてんの?」
「ああ、自分じゃわからないだろ。普段呼吸する時は鼻で吸って口で吐くのを癖づけたほうがいい。口呼吸はいびきの元だ」
「ほーん、ならそうするわ」
改善する気があるのかないのか投げやりにそう答えると、アキはキッチンの冷蔵庫からペットボトルの水を取り出し、テーブルのいつもの席に座った。
「んで、寝ないのかよ? 明日は早めに行くんだろ? 異世界」
「寝ようとはした。眠いはずなのにどうにも寝付けないんだよ。色々と考えてるとな」
「まあ、マジで色々あるからなー。黒幕気取りの『作業服の女』とかエオルギスのこととか。で、今はフレンのことだろ?」
「⋯⋯わかるか?」
「ったりまえだろがよ。ナツとフユもあれ以上深掘りしなかったけどよ、あんなん誰だって変に思うに決まってんぜ」
ボトルのキャップを開け、アキは水を喉に流し込んだ。
異世界の情報源であるフレンだが、フレン自身に不自然さや謎が未だ多く残る。
森で一人眠った状態で発見されたこと。エオルギスが執拗に狙っていたこと。基本的に無垢ながらも時折様子がおかしいこと。
重要な情報こそいくつか知れたが、慎重さと気遣いを重視するあまり、そこまで多くを知れることもなかった。
「ただまあ、変わった事情を抱えてるにしろ、悪いヤツってわけじゃないとは思うんだよな」
「俺もそこは疑っちゃいないさ。ただ、わからないことが多すぎる。どこに住んでるか、家族はいるのか」
「明日はフレン連れて異世界行くだろ? つーか日本に置いとくわけにもいかねえし。そしたらなんかわかんのかねえ⋯⋯」
「明日の日曜が過ぎたらまた学校が始まるからな。平日だと限られた時間しか異世界の行き来は難しい。せめて明日中にフレンが帰る場所を──」
「わたしがどうしたの?」
ハルとアキがフレンについて話していたまさにそんな時、その話題のフレンがリビングに姿を見せた。
「! フレン⋯⋯。寝てたんじゃなかったのか?」
「お布団にはいったけど、ねれないの。ナツとフユはすぐねちゃった」
「ま、日中あんだけ寝てりゃ、夜寝れねえわな。オレらが近くでドンパチやっててもグースカ寝てたしよ」
「そうだな。フレン、明日は異世界⋯⋯あの森に戻る。フレンはいつまでもこっちには居れないし、俺たちも異世界に行かなきゃいけない理由があるんだ。今日はもう休め」
ハルは諭すように説明するが、フレンはじっとハルの目を見つめたまま予想外の発言をした。
「まだねむくないの。だから、『おさんぽ』したい」
「お、お散歩ぉ? いやお前そりゃ⋯⋯」
「だめ? ちょっとだけでいいから」
お願い、とフレンが懇願するようにハルとアキを交互に見て、二人は顔を見合わす。
異世界の存在を徹頭徹尾秘匿することを誓った春夏秋冬カルテット。異世界人のフレンという、ある意味超特大級人物を日本に連れてきてしまったのは、謂わば九死に一生を得るための緊急手段に過ぎない。
緑髪のおよそ日本人の特徴を持たない謎の美少女。本来ここにいないはずの人物を人目に晒すリスクを考えると、今は真夜中とはいえなるべく避けるべき行動だ。
だがハルはソファーから腰を上げると、小柄なフレンに近付いてしゃがみ込み、目線の高さを合わせて告げる。
「⋯⋯本当にちょっとだけって約束だぞ?」
「⋯⋯! うんっ!」
フレンは一気に表情が明るくした後、まるで恋人との逢引を楽しみにする乙女のように、ほんのり頬を朱く染めた。
アキは声をよりひそめてハルに顔を近づける。
「おいハル、いいのか?」
「何とか上手くご機嫌を取るさ。今後のためにもな」
「それに夜中だぜ? フレンのこと、周りにバレたら面倒だろ。もし知り合いに出くわしたり、警察の補導とかも⋯⋯」
「それも上手くやる。運も絡むが、今の時間ならむしろ安全だ」
先程は積極的に質問攻めすることにならなかったが、夜の散歩の中でフレンといい雰囲気を作ることで、自然な会話、自然な流れで色々な情報を引き出せるかもしれない。
純真な乙女心につけ込むようで少々胸が痛むも、今までとは異なるアプローチで情報収集する機会が転がってきたという意味では、逆にチャンスでもある。
「いや⋯⋯まあ、お前がいいならいいか。ならナツとフユが起きねえうちに早く行ってこいよ。あいつらゼッテー拗ねるから」
「お前は行かないのか?」
「どう見たってお前との『デート』をお望みだろ。オレはあいつら起きないか見張っといてやるよ」
「起きた時に俺とフレンがいなかったら、その時点で誤魔化しようもないけどな」
そう言ってアキに苦笑いを向けるハル。
和泉秋大という少年は天性のバランサーと言える気質だ。おちゃらけたムードメーカーとしてボケやツッコミをこなすが、日常でも異世界での戦いでも、その時その場での適切な役割を、計算抜きで自然と選ぶ。
アキは普段からいつもハルに頼りっぱなしだと思っているが、ハルもまたアキに助けられていることは自覚していた。
「ちょっとだけ出てくる。⋯⋯フレン、静かに出よう。外に出たあとも、静かに目立たないようにな」
「うん⋯⋯!」
フレンはちいさな手でハルの右手の指ををきゅっと握り、二人で玄関に向かった。
長編作品なのにここまで未だキャラクター数が片手で数える程度しかいないとか。
どれが誰? とは流石になっていないと思いますが。
次回デート回




