34話 熟慮/Think Twice
「魔剣が発する異様な気配⋯⋯これによって、『奴ら』は子供を殺されたことや、大事な子を殺した敵の居場所がわかった。俺はそう考えてる」
異世界転移初日、魔剣に覚醒したハルがナツを救うため、遭遇したワニ頭のクマの首を刎ねて討った。その後ハルの魔剣や、倒した個体の位置に出現した謎の藍色の石の観察をしている時、群れの仲間が四人の元にやって来た一幕。
「一番最初のやつを倒した時、俺はしばらく魔剣を出したままだっただろ? この独特なプレッシャーが広範囲に届いてるのだとしたら、向こうはわかりやすい『目印』を目指していたようなものだからな」
情報を整理し、改めてその確信を得たハルは、フユの左手に握られている魔剣、《真実と欺瞞の剣》を見やりながらそう言った。
「んー、でもさ、モンスターっていうか曲がりなりにも野生動物でしょ? 確かに魔剣のスゴイ雰囲気はわかるんだけど⋯⋯」
最初の怪物の個体に遭遇し、その後の復讐劇のきっかけを担ってしまったナツは、苦い記憶を振り返る。
「あれの場合、ただ『子供のニオイ』を追ってきたってだけの話じゃないの? あたしがたまたま遭遇したやつ、群れからはぐれてたんでしょ?」
「オレも最初そう思ったぜ。人間と違って動物って大抵鼻きくみたいだしよ。復讐に出るくらい家族思いな動物が、子供のニオイもわかんねえとは思えねえよな」
「そうだね⋯⋯。クマにしろ、ワニにしろ、嗅覚がとっても⋯⋯優れた動物だから⋯⋯でも」
アキとフユもナツの意見に賛同し、それにはハルも「ああ」と肯定する。
「俺もそう思う。しかも高い知性もあったからな。匂いを辿った上で得体の知れない魔剣のプレッシャーを感じ、奴らは俺が仇だと確信したんだろう。ただ、モンスター特有の性質についてまだ確認してないことがある。⋯⋯フレン」
「ふえ??」
四人の話題にほとんどついていけていないらしいフレンは、急にハルに名前を振られ、肉まんにかぶりついたまま素っ頓狂な声を漏らした。切れ長の目を携えた端正な顔立ちを直視し、少しばかり恥ずかしそうに目を逸らす。
「あの世界──森には、モンスターというか、恐ろしい怪物が結構いるはずだな? さっきのエオルギスみたいな」
「⋯⋯。うん」
「俺たちは今まで何匹かそういうバケモノを倒してきた。それは死体としてその場に残らず、光になって消えた。『俺たち』からすればあれは変わった現象なんだ。あの世界の生き物はみんなああいう感じなのか?」
異世界で遭遇した生物は、フレンを除いて地球上に存在しない異形の怪物ばかりだ。昨日の四人の話し合いの際にも出た話題だが、異世界特有のルールがまだハッキリとしていない。
モンスター的存在のみが死亡すると光となって消滅するのか。
あるいは人間や犬猫といった普通の生物全てもそうなのか。
まだ幼いフレンが何をどこまで知っているかは定かではないものの、それでも異世界の住人からもたらされる貴重な情報だ。
「⋯⋯⋯⋯」
「? フレン、どうかしたの?」
だがフレンはハルからの問いかけに、また硬直したように止まってしまう。また歳上美男子に見つめられて照れてしまったのかと一瞬思うも、そうでもないらしく四人は首を傾げる。
四人はフレンからの言葉を待っていると、彼女は手に持ったままの肉まんを卓上に置いて口を開いた。
「⋯⋯。生き物は、死んだら死体になるだけだよ。死んだら消えるのは、『魔獣』だけ」
「魔獣⋯⋯? それがあの世界の『モンスター』というわけか」
「あのワニクマ野郎とか鳥野郎だな」
またしても新情報による異世界の事実が確定した。
異世界には通常とは異なる生命体としての概念『魔獣』が存在しており、一般的な創作物で多く登場する『モンスター』などに位置づけされる。
今まで何度か目の当たりにしてきたが、そういった魔獣は生命の在り方やルールも通常生物とは異なるらしく、死亡するとその死体は光と共に消滅するらしい。
ハルに倒された怪物が消えた様を見たフユが「ゲームでモンスターが倒された時のエフェクトみたい」と称していたが、まさにその通りだった。
「フレン⋯⋯。死んだ魔獣が、消えるの⋯⋯消えたらどこに行くとか、わかる? それとも、ただ消えてなくなるだけ?」
フユはその異世界特有の奇妙な現象について深掘りすべく質問し、フレンは首を横に振る。
「わかんない。魔獣は死体が残らないのがあたりまえって、みんなそう言って⋯⋯あぅっ!」
「フレン!?」
言葉の途中で突如フレンは頭を抱え、四人は心配の目を送る。
フレンは「へいきっ!」と片眉をひきつらせた笑顔で食べかけの肉まんを手に取り、食事を再開した。
「おいおい、ホントに大丈夫かよ? アタマ」
「頭大丈夫? って言い方だと、別の意味に聞こえるな」
「いや違うわ! 鬼畜かオレは!」
「フレン⋯⋯もしかして頭、痛いの? さっき、森で倒れてたのと⋯⋯何か、関係あるのかな⋯⋯?」
「だいじょうぶっ! お腹すいた!」
「あんなに食べたのに!?」
下手な誤魔化しにしか見えないが、どういうわけか本人はそれ以上の追及をされたくない様子だ。
ハルは怪訝に思いつつもフレンへの質問は止め、先ほどの議論に戻る。
「⋯⋯さっきの話の続きだが、魔獣は死ぬと死体が物理的に残らず消滅する。なら、親が子供が死んだこと⋯⋯俺に殺されたことを離れた位置から察知できた理由は明白だ」
「子供のニオイが急に途切れて、そっから異常なプレッシャーを放つヤツがいりゃ、そいつに殺されたって思うわな」
「それに⋯⋯今日のワイバーンみたいな、鳥の魔獣もそう⋯⋯。私たち、魔剣で超人化してる状態で⋯⋯どれくらい跳べるか、試してた。木が高くて、空から見えなくても⋯⋯」
「あたしたちの魔剣の気配で位置を知って、襲ってきたんだね」
ナツが偶然遭遇した時の緒戦を除き、今まで魔獣から接触してきた場合のエンカウントは魔剣が放つ存在感によるもの──状況証拠を煮詰めたところ、やはりそう推理するしかなかった。
そんな中、アキが「そういえばよ」と、フユに顔を向ける。
「なあフユ、最初にハルが倒したワニクマの話が出て思い出したんだけどよ。ほら、あいつが落とした『石』あるだろ? それのこと、フレンに訊いた方がいいんじゃねえか?」
「あ! 昨日言ってたドロップアイテムの話だよね。フユ、確かさっきフユの家で荷物整理してた時に⋯⋯」
「うん⋯⋯持ってきてるよ。待ってて⋯⋯」
フユは立ち上がって持参した荷物のところに移動すると、そこから昨日と同じハンカチに包まれた掌大サイズのものを取り出して席に戻る。
「フレン⋯⋯食べてるとこ、何回もごめん。私たち、『これ』が何なのか、全然わからないの⋯⋯。フレンは、わかるかな?」
そう言って包みを広げると、研磨加工前の宝石の原石を思わせる、鈍い光を反射する藍色の石が顔を出した。
「⋯⋯⋯⋯」
「フレン?」
フレンは目の前に差し出された石を、また身体の動きがぴたりと止まったようにじっと見つめた後、ぽつりと口を開いた。
「えっと⋯⋯これ、『霊晶石』だよ」
「霊晶石?」
「うん。特別な生命力? が固まって石になったやつ⋯⋯って、聞いたことある」
「生命力が結晶化した物質か⋯⋯。死んだ魔獣が落としたっていうことを考えると、なるほど、繋がりをイメージしやすい概念ではあるな」
「モンスターを倒したら出てきたもんね」
「これって、なんか使い道あんのか?」
「えっと⋯⋯色んなものを作ったり、質がいいのは高く売れるとかって、聞いた」
「じゃあ⋯⋯『素材』としての、価値があるんだね⋯⋯」
「ちなみにこれは質のいい部類には入るのか?」
「わかんない⋯⋯。でも、きのうすっごい霊晶石は森で見つけたよ。すっっっごい大っきいの!」
「! 大っきい霊晶石⋯⋯それって⋯⋯!」
「ああ! だよな! 『あれ』しかなくね!?」
両手を広げてサイズ感を表現するフレンを見て、四人はそれに該当する心当たりにたどり着く。
「ねえ、フレン⋯⋯! それって、もしかして『これ』⋯⋯だったりしない⋯⋯!?」
フユは素早く自分のスマートフォンを取り出して画面をタップすると、写真ストレージに保存されている一枚の画像を表示させて卓上に置いた。
そこに写されていたのは、ナツが介錯した群れのボス──悲哀の復讐者と化したワニ頭のクマの群れの統率者が死後遺した、隕石を思わせるような巨大な藍色の霊晶石だった。
あの当時は、使い道も価値もよくわからない上に持ち運びもままならないということでその場に放置する流れになったが、フユが皆にも知らせぬままちゃっかり写真を残していた。
「あ、これこれ! きのう見たやつだ!」
彼女の発言からほぼ確信はあったとはいえ、フレンは予想通りの反応を示し、四人は心が浮き足立った。それによってさらなる事実と可能性が浮き彫りになるからだ。
「フレンは昨日の時点で俺たちを森で目撃していた。偶然日本に転移するきっかけになった、例の『勝利のポーズ』の時だ。疑ってたわけじゃないが、その裏が取れたことになるな」
「あたしたちがアレやった時さ、確かあの大きい霊晶石のあった場所からそんな離れてなかったよね!? じゃあやっぱりホントだったんだ!」
「しかもそれだけじゃない。フユ、お手柄だ。この画像は使えるかもしれないぞ⋯⋯!」
「え?」
珍しく昂揚を抑えきれない様子で、ハルは巨大な霊晶石が表示された画像を指差す。
「昼間に話しただろ? 転移先の『ブックマーク』の件だ。目印を使って狙い通りのリスポーン地点に出られるかの確認⋯⋯これを使えば⋯⋯!」
「あーっ! そういやそうじゃねえか! フレンと出会ったり、鳥ヤローやらエオルギスとのバトルですっかり忘れてたぜ!」
「そっか⋯⋯! 目印を使わなきゃって話してたのに結局、色々あって目印なんて用意できなかったもんね! 次に異世界に行く時、これ使って試せるじゃん!」
「! うん⋯⋯! 明日、異世界行く時、やってみよう⋯⋯!」
場当たり的ではあるが、幸運による思わぬ収穫に、四人は気持ちが盛り上がるのがわかる。
一歩ずつ、一つずつ、世界を識るために前に進んでいるのだと確信が持てた。
「⋯⋯⋯⋯」
そんな中、ただ一人、異世界からの客人であるフレンだけが、表情の色が宿らない顔のまま、画面に映った画像を静かに見つめていた。
33話が長すぎたので分割しました。
タイトル名《熟慮》の名前にもその意味があったり。




