33話 神秘の教示者/Mystical Tutor
「んー! おいしいっ!」
プリンを掬ったスプーンを口に運び、緑髪の少女フレンは未知の味に破顔した。
テーブルの上にはコンビニスイーツを始め、肉まんやポテト、ピザやパスタにスナック菓子といった、追加で買ってきた食料が所せましに並べられている。
やむを得ない一時的な『こちらの世界』への脱出や保護のつもりだったのだが、異邦人のちょっとした歓迎パーティーのような様相だった。
「フレン、気に入ってくれてよかったね。コンビニで適当に買ってきたものばっかりだけど」
「異世界のメシって気になるぜ。やっぱ硬いパンとか干し肉とかスープみたいな感じなんかね? あと乾いたチーズ」
「異世界、っていうと⋯⋯やっぱり、中世ヨーロッパ風? みたいな世界を⋯⋯自然に、イメージしちゃうよね」
「まあな。実際あっちの世界の文明レベルがどんなものか⋯⋯。まだあの広い森しか異世界を知らないしな」
ハル、ナツ、アキ、フユも、それぞれテーブルの出来合い物を適当につまみながら、未知の食文化を夢中で堪能するフレンの様子を見守っていた。
ピザを一切れ手に取ってかじり、アキはずっと棚上げになっていた疑問について触れる。
「結局よ、日本語⋯⋯っつーか、言語が通じ合ってる理由って、やっぱ『魔剣』の特別な力のおかげとしかあり得ねえよな?」
「そりゃそうでしょ。だって異世界転移する機能もそうだけど、それしか不思議パワー思いつかないもん」
「正確にはもうひとつ心当たりがなくもないが⋯⋯今はいいか。魔剣にそういった『自動翻訳機能』的なシステムがあるのかどうか、確かめることは一応できなくもない。あくまで可能かどうかって話でな」
「マジかよ、どうすんだ?」
「私たち以外の誰かと、フレンを会話させてみる⋯⋯でしょ?」
「正解だ。それでお互い言葉が全く『理解』できないなら、魔剣にそういう機能がある裏付けになる。基本的に俺たちとそれ以外の人間の決定的な違いは、魔剣のあるなしだけだ」
「あーなるほどー。でも⋯⋯」
「異世界のことをカンペキにナイショにした上で誰かに協力してもらう⋯⋯フツーにムリだなそりゃ」
先程の異世界探索時、異世界や魔剣といった地球上の全人類にとって未知の神秘的概念。その存在や、自分たちがそれに関わる事実を秘密にすると誓った四人。
そんな世間が認知すればバズり確実なパラダイムシフト的真実を徹底的に隠さねばならないのは、「特別な立場や概念」を自分たちが独占して悦に浸るためではない。
そうなれば自分たちは、社会、国、世界から世界的重要人物としてマークされ、『日常』は永遠に失われてしまうからだ。
人権の実質的剥奪など冗談ではない。故に隠し通す。
フレンのケースで言うと、緑髪の明らかに日本人でない未知の言語を口にする少女を、家族なり知人なりに邂逅させること。
──どういった理由で? 彼女は何者でどこから来た? 何語を喋っている? 四人との関係は?
これらに対する説明を、事実をぼかしたままできるのか。
煩雑とはいえ可能といえば可能。しかしそこまで無駄なリスクを負ってまでやらねばならない理由もないと四人は結論付けた。
「ていうか、別にどうでもいいよね? なんで異世界人と言葉が通じるかなんて」
ポテトをぱくりと咥えてナツはそう言った。だがそれは彼女がアバウトな性格だからではない。
「だって何もないトコから魔剣がカタチになったり、魔剣を出してる時は『魔剣士モード』で超人化したりとかさ、仕組みなんて全然わかんないまま『そういうもの』って使ってるじゃん。今更じゃない?」
ナツの言葉に、アキもうんうんと頷いて自身のスマホを手に取る。
「ま、だよな。言われてみりゃどうでもいいわ。こういうスマホやら何やらの色んなツールだって、『仕組み』なんざ知らないまま当たり前に使ってんだしよ」
「魔剣のメカニズム⋯⋯興味はあるけど⋯⋯。地球上にはない、魔法的? 技術なら、既存の知識で考えても、無駄⋯⋯だね?」
「ああ、そうだな。で、そろそろ本題に入りたいんだが──」
「んむ、んむ⋯⋯。ほえ?」
四人の見つめる視線が集まり、甘いものから塩っぱいものまで夢中で貪っていたフレンが、ようやく意識を四人に向けた。
先ほどハルのナチュラルスパダリムーブにときめいてフリーズし、それが解けた際にひとまず食べ物で平常心になってもらおうと食事させていたのだが、思いのほか夢中になっていたようだ。
「割と重要な話してたハズだけどよ、こりゃ食うのに夢中で全然聞いてねえな」
「おいしいもん。全然きいてない。『まけん』は何回かきこえた」
「あ、そこはちゃんと聞こえてたんだね」
「まけんって、さっきみんなが持ってた剣? なんかいっぱい光ってたコワい剣」
「そうだよ⋯⋯。見てて、Trinsrayme」
カッ、とリビングに蒼白い光が眩く爆ぜ、フユの左手に魔剣、《真実と欺瞞の剣》が主の呼びかけに応じて顕現した。
「ひゃっ!」
「ってビックリした! いきなり魔剣出すなフユ! 目ぇ痛えっつーのっ!」
「ジュースちょっと溢しちゃった。ティッシュティッシュ」
「フユ、せめて先に言ってからにしろ」
「あ⋯⋯ごめん⋯⋯」
今朝も自室で興味本位を抑えられず魔剣を顕現させ、その光で家族にバレかけたばかりのフユ。たまにドジをやらかすのが彼女だった。
「と、どう⋯⋯かな⋯⋯? フレン、この剣について、何なのかとか、わかる⋯⋯?」
気を取り直して、フユは《真実と欺瞞の剣》をフレンに見せるも、フレンは首を横に振る。
「わかんない。でもこの剣、すごくキレイで、コワい」
「コワいって、さっきもそう言ってたね。確かに見た目もそうだけど、すっごい存在感みたいなのあるし」
「今まではそんな意識してなかったけどな。なんつーか、結構広い範囲で異様な気配みたいなモンがあるぜ」
「上手く説明しづらい異様な気配か。確かにな⋯⋯」
ハルはグラスの飲み物を口に含みながら思案し、考えを纏めてグラスを静かに置いた。
「今のでわかったことは二つ。まずフレンの発言で、異世界にも『剣』という概念があることがわかったことだ。地味にこれは大きいな」
「いや、そりゃ当たり前じゃね? 魔剣ってどう考えても異世界サイドから持ち込まれたモンだろ? 魔法的な技術で作られた、魔法的な剣っていう」
アキの一見もっともと思われるツッコミに、ハルは「違う」と冷徹に否定した。
「そんな事実は今まで一度も確定してなかった。それは異世界が『剣と魔法のファンタジー』っていう、王道的かつ一般的なイメージが先行しただけの考えだ。ゲームやライトノベルでよくあるパターンのな」
「そうだね⋯⋯。だって、現時点で『異世界関連』で、確定してる事実って、あの大きな森と、地球上に存在しない、バケモノの存在。それとフレン。この三つだけ⋯⋯だよ? たった」
「あー言われてみればそうだよね! なんか勝手に『こういうのあるかも』とか想像してただけで、全然知らないことばっかり」
人間は皆、『印象』という呪縛にも似た概念に囚われて生きている。
大多数の民衆は自分たちも含め『異世界』と聞くと、剣と魔法のファンタジー、中世ヨーロッパ風世界、冒険者ギルド、王都、魔法、ゴブリンやオークなどのモンスターといった、おなじみの『記号』を勝手に脳内で連想してしまう。
しかし、それはどこまでいっても生の事実・情報ではない。
ハル、ナツ、アキ、フユは、異世界では全くと言っていいほど文明に触れておらず、一般的に普及されている剣や、それを使う人物などを、この目で確かめてはいない。
だが、魔剣については分からないとはいえ、異世界に『剣』の概念が存在する事実は、フレンの発言によってもたらされた。
その事実が確定することで、ようやく魔剣も異世界産である可能性が高いと裏付けされるのだから。
「そんで、ハールック・ホームズ。わかったことが二つっていうの。もうひとつは何なんだよ?」
アキはハールック・ホームズの推理の続きを促すと、そのハルはフユの左手に収まる剣に視線を向ける。
「もうひとつは、魔剣が放つ『異様な気配』とやらだ。俺たちは魔剣を使う側だから、アキがさっき言った通り、あまり意識していなかった点だな」
「悪臭をまき散らす本人は悪臭に気付かないってパターンか? 体臭キッツいヤツによくある」
「もうアキ! イヤな例えで言わないでよ!」
「私は⋯⋯今はそんな気にならないけど。でも⋯⋯わかる気がする⋯⋯。最初に覚醒した、ハルがそうだった⋯⋯」
フユは蒼白い光を帯びた魔剣の刃を見つめながら、昨日の異世界で、一番最初に覚醒し、ワニ頭のクマをハルが魔剣で瞬殺した場面を思い出す。
「その後のことだ。ナツを襲ってた『はぐれた子供の個体』を俺が倒して間もなく、バケモノの軍勢が怨み骨髄でやって来たよな?」
「おう、子供を殺された親の復讐な。お前が孤軍奮闘してパワー垂れ流しでぶっ倒れて、そのあとオレらみんな魔剣に覚醒したんだ。ありゃ運命の──」
「なぜだ?」
「は?」
「なぜバケモノの軍勢は、はぐれた子供が死んだこと、それを俺が殺ったこと、仇が俺であること、そして俺たちのいる『位置』を、正確に知ることができた?」
「⋯⋯! 魔剣の圧倒的な、気配⋯⋯!」
フユが確信を持って息を呑む。
とっくに終わったはずの、異世界での魔剣覚醒後の初戦闘。そこにはまだ未解決の謎が残されていたのだった。
異世界ファンタジーとミステリーサスペンス、後者の方が割合が強いかも。
両方とも好きな方⋯⋯焼肉と寿司を両方食べたい人向け?




