31話 文化交流/Cultural Exchange
「えーっと、これどういう状況?」
「あの子⋯⋯寝てたんじゃ⋯⋯?」
一度フユの自宅に足を運んだ後、再びハルのマンションに戻ってきたナツとフユは、リビングのソファーの前で立つハルとアキに奇妙なものを見る目を向けた。
ソファーには、二人がマンションを出る前にはまだ眠っていたはずの「異世界の少女」がいない。
「いや、あいつちょうど今起きたばっかなんだけどよ、ソファーの裏に隠れちまって」
まさか女子が席を外している間に、あんな小さな子供に変なことをしたのではないか──そんな要らぬ誤解を抱かれる前にアキが慌てて弁明し、ハルも肯定する。
「起きたら変な場所にいて、知らない男がいきなり話しかけてきたんだ。普通に考えたら混乱するのも無理もない。ただ──」
ハルは顎に指を当てて言葉を続けた。
「偶然かどうかはともかく、この子にとって俺たちは『今日知ったばかりの人間』じゃないはずだ」
「え? 初対面じゃないってこと?」
「さっきあのエオルギスと戦ってる最中、一度起きただろう? その時に俺たちを見た第一声を思い出してみろ」
そう言ってエオルギスとの戦闘を振り返る。
負けることはないが、勝つこともできないという、膠着状態に陥っていた四人。
それでもエオルギスが眠る少女に向かってくる以上、みすみす見逃すわけにもいかずそれを連携して阻止していた。
そんな中、追い詰められてか、あるいは苛立ちか。エオルギスは森を揺さぶるほどの大咆哮を放ち、それによってずっと眠り続けていた少女は一度目を覚ました。
その時の第一声は──。
──あーっ! 昨日の『消えた人達』だー!
「あっ! そう言えばそうだよ! 昨日の⋯⋯っていうことは、昨日からあたしたちを知ってたの!?」
驚くナツとは対象的に、その理由について行き着いていたフユは冷静に口を開く。
「知ってた⋯⋯というか、『あれ』を見てたんだと思う。昨日の異世界で、私たちが消えた場面は⋯⋯ひとつしか、ないよね?」
「あの魔剣使った『勝利のポーズ』ん時か! フユが熱血監督化したTake2の!」
昨日の異世界での夜、魔剣や異世界について考察していたが、元の世界に帰る方法がわからず困り果てていた四人。
そんな時、検証や確認のために具現化した魔剣を消す前、幼き日の思い出を再現したいとフユが言い出し、三人も仕方なく付き合う流れになった。
細かいディテールにこだわるフユに付き合わされるも、最後、ポーズや意志といった色々がシンクロした結果、力の共鳴反応による異世界転移の誘発効果が偶発的に発生し、無事日本への帰還を成功させたのだった。
「あの時、他の人がいる気配はなかったし、当たり前だが転移した後の場の状況を、その場から消え失せた俺たちが知りようもない。だから目撃したタイミングを考えると、転移の光が発生した直前あたりだろうな」
「だから『昨日の消えた人達』っつーわけか。それがまさか次の日にすぐ再会とはな」
「じゃあこの子目線だと、昨日森で人間を見つけたと思ったら、いきなり消えちゃって、今日また出会ったって形かな?」
「何も知らない人からしたら⋯⋯意味不明な、状況だよね⋯⋯。しかも、今いるの⋯⋯あの森じゃないし⋯⋯」
「うん、そうだよね。しかも緊急事態だからって、あたしたちが勝手にこっちに連れてきちゃったわけだから」
緊急時では他にやりようがなかったとはいえ、ナツは申し訳なさそうに言った。
自分たちがこの少女についてわからないことだらけなのと同じく、この少女もまた、自分たちが得体の知れない連中というお互い様な立場なのだ。
このような状況で警戒と不安になるのは無理はないと、ナツはソファーの裏側に隠れ潜む少女に向かって話しかける。
「ねえ、あたしの言葉、わかるんだよね? 急に連れてきちゃってごめん。ここは異世界──って言って伝わるのかな? とにかく、ここってあの森からすっっっごく遠いトコなの。でも、安全な場所だから安心して?」
「⋯⋯⋯⋯」
「あなたに何もしないって約束するし、ちゃんとお家に帰れるから。出てきてくれないかな? あ、どうしても嫌だったら、そのままでもいいよ? お話だけしたいな。ほら、まだお互い名前もわからないままでしょ?」
「⋯⋯⋯⋯」
「あ、そうだ。食べ物と服もあるよ。お腹空いてない? お口に合うかはわからないけど、美味しいの色々あるよ。よかったらちょっとだけ食べてみない?」
「⋯⋯なんか立てこもり犯を説得する警察みたいだぜ」
「人質を取られてるわけじゃないから緊迫感ゼロだがな」
「シッ、ちょっと黙ってて⋯⋯」
特に切羽詰まっているわけでもないので、ナツの後ろでヒソヒソと呑気に話すハルとアキに、それを諌めるフユ。
少女は建物に籠城を決め込んでいるわけではなく、ソファー裏に隠れているだけ。
つまり、ソファーを退かすなり上から引っ張り出すなり、ただ少女を表に出すだけなら別にどうとでもなる。
しかしそれは、物理的には可能でも心情的にはできなかった。
異世界人である少女と話すことで、異世界に関する情報を得たい。その情報の量と精度を少しでも上げるには、警戒と不安を解いた上で話してもらった方がいいという打算めいた理由もある。
だが一番の理由は、『この世界』であらゆるものに一切の繋がりがない本当の意味で「孤立」した状態の幼い少女を、これ以上怖がらせたくないからだ。
そのためには無理やり引きずり出すより、自らの意思で歩み寄ってもらわなければならない。
ハルとアキが女子二人が帰ってくるまで、男子のふざけたノリを見せつつ様子見に徹していたのも同じ理由だった。
そんなナツの無理強いしない語りかけに対し、隠れる迷い猫はついに動きを見せた。
「⋯⋯⋯⋯。美味しい食べ物」
ソファーの背もたれからひょこっと緑髪が現れ、とうとう少女は顔を四人に見せた。
まるで晒し首のように首上だけを覗かせ、じーっと金色の眼で四人を見つめる。
「⋯⋯食べたい?」
「うんっ! 食べたーい!」
ナツの言葉に、元気にソファー裏から飛び出して応える。
そこに怯えや恐れはなく、子供としての年相応の無邪気な笑顔があった。




