28話 家路/Homeward Path
日本時間、午後五時──。
静寂の虚空に突如、爆発的な光の洪水が沸き起こる。
音ならぬ音を反響させ、紫、橙、翠、蒼の四色が織り成す渦巻く極光。
人々が行き交う町中でこんな不審な光が起これば、普通であれば間違いなく騒ぎになるところだが、不思議と「この場所」であればその心配はないらしい。
「ぶはぁっ⋯⋯! おいっ! みんなちゃんといるか!? 取り残されたヤツはいねえだろうな!?」
次元転移に発生する極光が晴れるや否や、目を開けるより先にアキが叫んだ。
「ああ⋯⋯!」
「うん!」
「いるよ⋯⋯! それに、『この子』も⋯⋯!」
アキの呼びかけに、ハル、ナツ、フユが目を慣らしつつ応えた。
件の「幽霊が出る」と噂された廃工場の跡地──敷地の境界線の内外で空間が異なっている疑惑の「空き地」に、四人の魔剣使いが一人の異界の連れ合いを伴って帰還した。
「よ、よかったぁ〜⋯⋯無事に帰って来れたね⋯⋯」
「イチかバチかのギャンブルは成功したみたいだな⋯⋯。流石に肝が冷えた」
皆それぞれ魔剣を虚空に消し、魔剣士モードを解除する。体力的にも限界寸前だったので、安堵と疲労と緊張が遅れてずしりと心身にのしかかった。
ハルの言う、あの土壇場での賭けの要素は二つ。
一つは森で眠り続ける少女を発見した際に四人で議論した、異世界転移において、転移者が物理的に所持する『物』は転移することが判明したが、『人』や生物についてはどうかという件だ。
ハル、ナツ、アキ、フユの四人が異世界転移できるのは、魔剣の力によるもの。
つまり、魔剣とは関係ない一般人を始めとした生き物は、転移自体が可能なのかどうか、あるいは転移して無事で済むかどうか等、完全に未知数だった。
何も知らない異世界人を使って勝手に実験するわけにはいかないという倫理で棚上げになっていたが、火急の事態で試す羽目になってしまった。
その結果は──。
「ん⋯⋯んぅぅ⋯⋯」
フユの腕の中で、異世界での第一遭遇者である「緑髪の少女」が、小さく呻き声を漏らして意識を失っていた。
物だけでなく、『人』も伴って異世界転移は可能だという証明は、一応された形だ。
「ねえ、その子、大丈夫? もしかして異世界転移って、すっごい体に負担かかったりしない?」
「オレらが転移する時は、ハルが言ってたみてえに魔剣パワー使うからわかるけどよ」
心配そうに覗き込むナツとアキに、フユは左手でさらりと少女の髪を撫でて頷く。
「うん⋯⋯気を失っちゃったみたい⋯⋯。だけど、異世界転移の影響で⋯⋯なのかな? そのあたり、よくわからないね⋯⋯」
「起きたばかりなのにまたお寝んねか。俺たちの都合に巻き込んだ形になったのは悪いことをしたな」
「そうだね⋯⋯仕方なかったけどさ、あのオオカミが出てくる前にあたしたちがしてた話、ホントになっちゃったもん」
ハルの言葉に同意したナツも、申し訳なさそうな表情で、眠る少女の顔を見つめる。
「安全確保のためって言って、ホントに異世界から日本に連れてきちゃった。起きたら知らない世界にいたなんて、ビックリするよね」
「お、『気付いたら何者かに連れ去られて未知の異世界(日本)にいたので八王子で自由気ままにまったりスローライフします』的な物語始まっちゃう? あん時に言ってた」
「アホ。時間を置いたら異世界に戻すに決まってるだろ。そんなに異世界人を主人公にするための誘拐犯になりたいのか」
「わーってるっての。ま、それはエネルギーやら何やらが回復してからな。それと──」
冗談へのツッコミにアキが笑うと、物寂しい空き地をぐるりと見渡し、改めて安心したように深く息を吐く。
「あのオオカミ野郎まで一緒に来てなくて助かったぜ。もし日本にまで付いてこられてちゃ、異世界転移を脱出手段に使った意味ねえからな!」
「そうだな。あのまま続けていれば、倒し切る前に全滅してた。魔剣のМPリソースという制約は思った以上にキツイようだ」
「四人がかりなら強さ的に負けてはなかったっぽいんだけどね。昨日ハルが倒れちゃったこともあるし」
「今日は、ナツが危なかったね⋯⋯。やっぱりもっと、実戦経験を積んだり、魔剣をいっぱい使ったりとか⋯⋯レベルアップ、しなきゃね⋯⋯?」
三人もアキの言葉に心から同意した。
魔剣の力を無限にブッパできない以上、リミット以内で倒せないのならば、完全に力が尽きる前に助かるために行動しなければならない。
土壇場での「賭け」のもう一つは、あの白銀の大狼から何とか逃げ果せるために使った異世界転移に、白銀の大狼が巻き込まれて同行しなかったことだ。
転移の光に呑まれなかったのか、転移自体が不可能なのかの判断はつかないが、異世界から別の異世界へ──という絶対的安全領域への脱出は無事成功となった。
少女と自分達の脱出のための異世界転移ができたこと。
白銀の大狼という絶対強者を異世界転移から弾けたこと。
魔剣というチートパワーを持ちながらも運任せもいいところだが、この二つのギャンブル要素をどうにかクリアすることができた。
フユは転移直前の、少女との短いやり取りを振り返る。
「あのオオカミ⋯⋯『エオルギス』って、言ってた⋯⋯」
「何気に初だよな、異世界サイドのそういうネームド。ワニ頭のクマ野郎とか鳥野郎とか、モンスターの名前なんざ知る機会なかったから、当たり前なんだけどよ」
「あはは⋯⋯この子の名前もまだ知らないのに、あんなオオカミの名前を先に知るとか、なんか順序メチャクチャだね⋯⋯」
「これもステータスオープンとか、システムメッセージとか、いわゆる異世界モノの便利要素ナシのせいか⋯⋯ハァ〜」
改めて自分達が行う「リアルな異世界探索」がどこまでも煩雑な挑戦であることを思い知った。
そんな中、ハルは「ちょっといいか」とフユを向く。
「あのオオカミ⋯⋯エオルギスが現れる直前に、言語について気になることがあると言ってたな? フユ」
「え? あ⋯⋯うん」
フユは少女の寝顔を見つめながら説明する。
「ほら⋯⋯異世界人に、日本語が⋯⋯通じるわけがないって話、したよね? でも⋯⋯」
「⋯⋯ってそうだよ! なんかフツーに通じてたよな! オレたちの言葉⋯⋯ってあれ?」
「んー? この子、日本語喋ってたっけ? あたしも言葉は理解できたし、日本語が通じてるようには感じたけど」
アキとナツもあの短いやり取りについて思い返すも、それはそれで疑問点が浮かび上がる。
白銀の大狼『エオルギス』が手に負えないと判断し、止むを得ず異世界人を連れての日本への異世界転移。
その直前にフユは目を覚ましたばかりの少女に話しかけ、銀狼の名がエオルギスであること、少女自身も何が起こっているのかわからないことなどを『日本語で』やり取りして知った。
──ただし、それはあくまで日本語を使用していたのがフユであり、少女が本当に日本語を使用していたか? という問いに対して深掘りすると話は別だ。
本来わからないことが何故かわかる。出来ないことが出来る。
真っ先に思い当たるのは、やはり『魔剣』だが──。
「──っと、こんなしみったれた場所で長々と話し込むのもあれか。詳しい話は俺の家に着いてからにしよう」
そう言うとハルはポケットからスマートフォンを取り出して、画面を確認する。
現在時刻は午後五時過ぎ。午後三時に異世界に出発してからまだ二時間しか経っておらず、土日の休日を利用しての探索というには短い初日スタートだった。
空は夕暮れ時。地球時間や日本時間と、異世界の時間差を当て嵌める意味はないが、幸いにも日本時間と「あの場所」に関しては、あまり差はないらしいことは、昨日異世界で夜を過ごそうとした時にわかっていた。
「時間的にも体力的にも、今日また再突入は無理がある。明日は日曜だし、今日はゆっくり休んで、明日また再挑戦と行こう」
「ん、そうしよ⋯⋯? この子、異世界に帰さないとだし⋯⋯。準備は、万端にしないと⋯⋯ね?」
「そうだねー。そんじゃ、帰ろっか!」
「おう! ハルん家にな!」
ハルはアキに自分の荷物を任せると、フユから渡された少女をそっと背中に負う。
彼女にまつわる事柄はまだまだ知れないが、できれば詳しい話を聞いて、また異世界に帰してあげないといけない。
「あー、山場越えたら腹減ったなー」
「残念だがウチにはもう何も残ってないぞ」
「お昼に⋯⋯ナツが、食べ尽くしたもんね⋯⋯」
「一回おかわりしただけだよ!?」
「何か買って帰るか。いや、『客人』をウチに置いてからだな」
蓋を開けてみれば、たった二時間程度の異世界再挑戦だったが、異世界人との初コンタクトというそこそこ幸先のいいスタートは切れたのかもしれない──と、四人はハルのマンションへと帰路についたのだった。
異世界モノで日本人サイドが能動的に異世界人を日本に連れてくる展開、ほぼ皆無だったりしません?
向こうからやって来るパターンは度々ありますが。




