27話 共に逃走/Run Away Together
天を突き、地を震わせる、超獣による怒声一合。
広大な森全てに叩き付けられるような、特大の圧気が伴う災害めいた咆哮。
いかに熟睡していようとも、こんな特大音声を耳に受けて夢の中でぐっすりな者などいない。
「あーっ! 昨日の『消えた人達』だー!」
少女は薄い緑髪を揺らしながら飛び起きると、四人を見回しながら声を上げた。
先の獣の咆哮を叩きつけられ、地面にしゃがみ込むハル、尻餅をつくナツ、顔面を地に打ちつけたアキ、両膝をつくフユは、今までずっと眠り続けていた少女が覚醒した様を呆然と見つめていた。
「起きたね⋯⋯」
「いっつつ⋯⋯なんかフツーに起きたな⋯⋯」
「あんな大ボリュームの雄叫びを聞けばそりゃ起きる」
「待って⋯⋯っ、あの子の、言ってる言葉⋯⋯!」
フユが少女の違和感を指摘しようとした、その時──。
『────、────!!』
一喝の元、自身に押し寄せた四人の魔剣使いを蹴散らした白銀の大狼は、少女に向かって駆け出す。
「え? え?」
『────!』
状況を飲み込めず地面にへたり込む少女に対し、銀狼はぎらついた鋭い牙が覗く大口をガパリと開く。
「やめろテメエ!」
ガキィンッ! と硬質音が響き渡る。倒れた体勢から猛ダッシュで追い付いたアキが、《繁栄と衰微の剣》で獣の開かれた顎へと一閃を放ち、攻防を兼ねた斬撃は上下の牙によって防がれた。
「っく⋯⋯!」
アキの魔剣と、その刃をがっちり噛み締める獣。両者とも尋常ならぬ膂力を込め合う、刃と歯の鍔迫り合い。
ハル、ナツ、フユも体勢を整え獣に向かって駆け出すと、獣が口を離して後方へと飛び退いた。
それからの流れはずっと同じだった。
銀狼が少女に向かって駆け、その鋭い爪や牙が少女に届く前に、四人の魔剣使いが阻止にかかる。
斬りつけ、防がれ、突き刺し、避けられ、薙ぎ払い、躱され、一旦距離をとっての繰り返し──ひたすら続く、決定打のない攻防。
勝てはしないが負けもしない。それが魔剣使いと白銀の大狼の実力を表す状況だった。しかし4対1という数の利となりうる要素は明確な有利にならず、しかも魔剣の力はタイムリミット付き。泥沼の千日手ではなく、先に限界を迎えるのはこちらだ。
「はぁ、はぁ⋯⋯。なあ、流石にヤバくね?」
「ああ⋯⋯このままだと、昨日の俺の二の舞だ」
「どうして⋯⋯? なんで、この子ばっかり狙うの?」
皆の気力が尽きかける中、最も消耗が激しいナツは、《福音と呪詛の剣》の切っ先を地面に突き立てて片膝をついた。
実のところ、獣の狙いが少女かどうかは判断がつかない。何度も少女に向かって飛びかかろうとするも、それが「攻撃」の意志なのかはわからなかった。
それでも、わからないからこそ、成り行きを見守った結果、取り返しのつかない結果になったら目も当てられない。コミュニケーションすら取れぬまま問答無用で向かって来られては、それを食い止める他なかった。
「いよいよ⋯⋯時間切れ⋯⋯近いね。こうなったら⋯⋯」
肩で息を切るフユは、魔剣使い達と銀の獣が繰り広げる戦いを呆然と見守っていた少女の方に振り返る。
「ねえ⋯⋯」
「⋯⋯!」
「私たちの、言葉⋯⋯わかる⋯⋯?」
「え、うんっ!」
緑髪の少女は大きく見開いた双眸をフユに向けると、こくこくと頷いた。
この森で眠っていた少女を見つけた時、異世界人に日本語が通じるわけがないという話題になった。そしてフユが言語に関する『ある点』について言及しようとしていたが、その直後に白銀の狼が現れたことで有耶無耶になってしまっていた。
それについても詳しく話したいところだが、今はそれどころではない。
フユは《真実と欺瞞の剣》の先端を、銀狼に向けて問う。
「聞きたいこと、いっぱいあるけど⋯⋯時間がないの。あなた、『アレ』に狙われてるの?」
「⋯⋯。えと、わかんない。起きたら、こんなことになってて、なにがなんだか⋯⋯」
「じゃあ、アレが何者かとかは、わかる? そんじょそこらの⋯⋯バケモノじゃ、ないよね?」
「エオルギス⋯⋯」
「エオルギス? それがあのオオカミの名前──?」
「おい、また来るぞ!」
ハルが遮るように叫ぶ。銀狼がこちらを鋭く見据え、再び助走をつけようとしていた。
やられはしないまでも、あとどれほどの時間と体力のリソース面が持つだろうか。
こうなったらやむを得ない──そう口元をきゅっと噛むと、フユはリュックのハーネスを肩に掛け、少女の近くに置いていた他の荷物もかき集める。
そして緑髪の少女を右腕で抱きしめた。
「わっ⋯⋯!?」
「みんな⋯⋯! イチかバチか、あっちに跳ぼう⋯⋯っ! 撤収しかないよ⋯⋯っ!」
そう叫び、蒼色の光を帯びる《真実と欺瞞の剣》を空に向かって掲げた。
魔剣を使った行動全てが、魔剣使い自身のエネルギーを消費して行われる。数値化されているわけではないので体感での話になるが、最も消耗しているナツを始め、もはや残量の余裕がない。
つまり、それなりの消費を強いられる異世界転移を能動的に発動するなら、これ以上状況を引っ張ることはできない。
なおかつ、この少女も捨て置かずに──。
『────ッッ!!』
銀狼の表情が一層険しくなり、こちらに向かって勢いよく駆け出す。何か目論見があることに察しが付いたようだ。
「みんな! あの『空き地』を思い浮かべろ!」
「おうっ!」
「フユっ! しっかりその子掴まえててよ!」
「うん⋯⋯! みんな、力と意志をシンクロ⋯⋯っ!」
ハル、ナツ、アキが、それぞれの魔剣の刃をフユの魔剣に押し当てる。
キンッ! と刃達が重なり合う音とともに、紫、橙、翠、蒼の極光が、四人と一人を包みこんだ──。




