26話 怒鳴りつけ/Browbeat
突如出現した、この鬱蒼とした森に似つかわしくない神々しいまでの威容を誇る白銀の獣は、同じくこの世界にとって『異物』である四人の魔剣使いたちと、激しい睨み合いを続けていた。
森の既存の食物連鎖など、いとも容易く書き換えるであろう、理不尽の体現者たち。
飛び掛かった銀狼に魔剣使いたちが応戦すること一瞬──そのたった一瞬の攻防でありながら、両者の実力差が大きいことを感じ取れた。
ハル、ナツ、アキ、フユの四人は、自然と横一列かつ等間隔に並び立つ。その様はRPGにおける四人パーティーの戦闘シーンのようだが、今ばかりはそれをネタに笑い合う余裕はない。
『────』
そしてふと、白銀狼の様子が少しばかり変わった。
四人に対する威厳溢れる圧気はそのままに、自身がいる位置で後ろ足を折り曲げ、すっと地面に尻をつく。
「⋯⋯なんだ? お座りか?」
どういうことかわからず、アキは片眉を顰める。
こちらへの射刺すような眼光は変わらないものの、再び仕掛けてくる気配がない。
まるで静観を決め込むかのような様子ではあるが、敵意がなくなったというわけでもなく、他の三人も怪訝な表情を浮かべる。
「⋯⋯なんかじ~っとこっち睨んでるよ。来ないからといって、魔剣⋯⋯まだ仕舞うわけにはいかないよね?」
「当然だ。魔剣を解除したら超人化は切れる。そうなった途端、ガブリといかれるかもしれないぞ」
「だな。魔剣パワーもなしであんなバケモン相手すんのは無理だぜ。⋯⋯でも、向こうからまた来る感じはしねえな?」
「っ! あっ⋯⋯!」
三人の会話と敵の行動に、フユが「そっか⋯⋯っ!」と、より声のトーンを落として三人に身を寄せた。
「たぶん⋯⋯バレてるんだよ⋯⋯っ! 私たちに、タイムリミットがあること⋯⋯!」
「はァ⋯⋯!?」
「だから、『待ち』に切り替えたの⋯⋯っ! わざわざ戦わなくても、ただ待ってるだけで、先にゲームオーバーになるのは、こっち⋯⋯っ!」
「ウソ⋯⋯!? じゃあさっきの会話を聞いて⋯⋯!?」
「どうだろうな⋯⋯。もしくは俺たちの魔剣の仕様を観察した上で、その対処法の最適解を導けるだけの、高度な知性を持っている⋯⋯むしろ今はそっちの可能性を考慮すべきか」
「ってことはよ、まさかさっきの小手調べでそれを『知った』ってのか⋯⋯!? あの一瞬で⋯⋯!?」
「もしそうだとしたら、今の俺たちが置かれた状況は、奴が仕掛けた『選択肢の強要と誘導』だ。しかも、不利な選択を取らざるを得ないパターンのな」
睨み合いを続けながら、ハルはその意味を説明した。
「じっくり時間をかけて機を窺う、速攻で短期決戦に持ち込む、撤退する。この三つの選択肢で、言うまでもなく一つ目は選べない。そして逃げる選択も同じだ」
そう言うとハルはちらりと背後の地面を見やる。
先程ここを訪れてからずっと眠り続けている、異世界で初めて遭遇した幼い少女。なぜこんな森の中で眠っているのか。なぜ一人でこんな場所にいるのかは依然として不明だ。
白銀の神獣がこの少女を狙っているのかどうかもまだわからない。四人が逃げて追ってくるかどうかも。ただ、この少女を置いて逃げるにしろ、連れて逃げるにしろ、魔剣の超人なしで振り切ることは不可能だということは確かだ。
「持久戦は無理で、この子は置いていけないし、逃げ切れるかもわかんない。あたしたちがやれるのは一個だけ⋯⋯」
ナツも覚悟を決めて頷く。
真っ先に少女を守る意志を見せたナツはもちろん、ハルもアキもフユも、少女を捨て置く目覚めの悪い選択を取る気はさらさらない。
つまりこの状況、取れる選択──いや、取らされる選択は一つだけ。
「速攻で決める!」
ナツは自身の魔剣を強く握りしめ、地を蹴って神速で駆ける。それにアキ、ハル、フユも続いた。
色とりどりの流星のように押し寄せる四人の魔剣使い。
しかしそれでも尚、白銀の大狼に動揺や恐怖もない。
のっそりと腰を上げ、第一陣のナツの横薙ぎ一閃を軽く跳躍して避ける。
「! そこだ!」
アキもまた追撃のため跳躍した。
先程見せた凄まじい空中曲芸で追撃や不意打ちも躱してみせた白銀狼だが、それでも地上戦よりは被弾率を上げられる。
そう目論んで顔面めがけての縦斬りを振るうも、空中で強引に体勢をぐりんと変えられ、初撃の時と同じく白銀の体毛に刃を防がれた。
「クソっ! また⋯⋯!」
美しい銀毛による高い防御だが、魔剣の斬撃を滑らされたアキはニヤリと笑う。
自分が斬れれば善し、斬れずとも次への布石になる──と。
『────!!』
獣が巨体に似つかわしくない流麗な動作で足を地面につけようとした時、まさにその着地の寸前を狙って、ハルとフユが上半身を深く引き絞ったポーズで待ち構えていた。
「殺った⋯⋯ッ!」
空中で何度も体勢を変えられるほど慣性に逆らうことが出来る尋常ならぬ身体能力。
だが、跳躍を終えて着地する瞬間という、最も無防備となりえるタイミングが狙い目だった。
ハルとフユの居合い抜きにも似た所作から放たれる超速の魔剣二閃が、白銀の大狼の横腹と顔面を捉えた。
────調子に乗るな。
斬撃が迫る顔面の形貌が、明確な『怒り』に変化した。
その肉を切り、命を絶つ刃が届く寸前──。
『ォオオオオオオ─────────ッッ!!!!!!』
突如上下に大きく開かれた口から発せられた、神獣の咆哮。
木々や大気をも震わせる、明確な破壊的圧力を伴う巨大な号声が森に響き渡った。
「うぉわああ!?」
「ひゃあ!?」
「っぐ⋯⋯!」
ビリビリと全身に稲妻が走る硬直と、強大な圧力による押し返しが同時に発生し、四人は密集地から後方へと吹き飛ばされた。
その感覚は、まるで度の過ぎた悪戯をした子供を厳しく叱りつける怒号のようでもあった。
実際、威厳と神々しさのある「モンスター」らしからぬ圧倒的雰囲気から、位階の高い存在なのは想像に難くない。
そんな人外達による超越的な戦闘を繰り広げていた時、今までひたすら眠り続けていた少女に、ようやく変化が起きた。
「んぅっ⋯⋯?」
眠れる少女は両瞼をゆっくりと空けると、何度かぱちぱちと瞬きをした後、上体を起こした。
「んんんーっ!」
よく寝たと言わんばかりに両手を組んで上に向かって伸びをする。
人外の争いがすぐ側で起こっていたことなど微塵も気付いていない様子だ。
「ほえ?」
だが流石に眠っていた間に何事か起こっていたのだろうと察し、森の光景をぐるりと大目を開いて見渡す。
神々しいまでの存在感ある威容を放つ白銀の大狼。
見慣れぬ衣服を身に纏う、自身より歳上らしい少年少女の男女四人。なぜか地面に尻餅をついている。
そんな彼らの手には、恐ろしさと美しさが同居した光や意匠を誇る、これまた存在感ある魔剣。
そして──。
「あーっ! 昨日の『消えた人達』だー!」
やっぱり「チートパワーを手に入れた」ことと「チートパワーで無双する」ことは、同じのようで全く違いますね。
無双したいけど無双できない等身大のもどかしさ。




