25話 劇的な入場/Dramatic Entrance
広漠な異界の森の一帯を包む、暴圧的な空気。
高密度な空気圧にも似た空間を支配するプレッシャーは、四本の『魔剣』と、それを駆る四人の『魔剣士』の放つ凶悪さと神秘さを織り交ぜた圧気をも容易に押し返す。
夜永春斗、牧夏海、和泉秋大、小山内冬華は、不意に森の奥から現れた『それ』に、反射的に召喚した魔剣を向けた。
それが一同の視界に映った際の第一印象──それは光をも反射する混じり気のない、清純なる「白銀」だった。
穢れなき銀雪の体毛に覆われたそれは、四足獣のイヌ科動物に見える。ただし体長は五メートルをも超える、特大の大型犬すら比肩しない圧倒的な威容。
この世界に来てから、およそ地球上に存在しない怪物は今日と昨日で二種類目の当たりにしたが、今回現れたそれは、文字通り次元の違い、位階の高さを感じずにはいられない。
「神獣」「聖獣」「霊獣」──そんな神話の世界から具現化した神秘的概念生物といった印象を、見る者に強く刻んだ。
「⋯⋯い、ぬ⋯⋯? オオ、カミ?」
「綺麗⋯⋯」
「おう⋯⋯モンスター? っぽく⋯⋯ねえな?」
「見とれてる場合か⋯⋯かなり、マズイかもしれないぞ」
本能が警鐘を鳴らす中、ハル、ナツ、アキ、フユは、肌が総毛立ちながらもその美しさに思わず見惚れ、呆けた声を出してしまう。ハルですら呑気な感想を漏らす三人を諌めつつ頭が上手く回らない。
『────』
空気が凍る沈黙が破られる。
その「銀狼」の射殺すような金色の眼光が、四人の近くの地面に横たわる少女に向けられた。
「! ダメっ!」
横一列で並びながら固まる四人で、それに気づいて真っ先に動いたのはナツだった。
ナツは《福音と呪詛の剣》の燃えるようなオーラを帯びた剣先を白銀の怪物に向けつつ、瞬間移動を思わせる速さで、眠る少女の側に立ち塞がった。
「ねえ! 狙いはこの子なの? でも絶対手は出させないよ! もし用がないならこのまま帰って! じゃないと斬るから!!」
魔剣の切っ先と共に、ナツは前方を睨み据えて叫ぶ。昨日ハルが仲間を守るため、ワニ頭のクマの群れを牽制していたように、魔剣の輝きが増す。
獣の射刺す視線と、勇気ある魔剣士の威迫がぶつかり合う。
だが獣は魔剣を前にしても恐れる素振りを見せず、神威的なプレッシャーが一層強くなった。
そしてついに白銀の獣も動き出す。少女の傍らに立つナツへと向かって、銀色の煌めく軌跡で飛び掛かった。
「⋯⋯⋯⋯っ!」
「──アキ! フユ!」
「おうっ!」
「うん⋯⋯っ!」
合図も程々にハル、アキ、フユは、跳躍した白銀の獣に疾風の如く肉薄し、魔剣をそれぞれ滑り込ませる。
縦斬りに振り下ろすハル。逆袈裟に斬り上げるアキ。刺突を繰り出すフユ。
だが──。
「なっ⋯⋯!」
今までがそうであったように、普通であればそれで勝負ありのはずだった。
魔剣顕現時の身体能力の超越化と技術の補正。まだ戦闘経験が少ないとはいえ、凶悪な怪物をも容易く屠り去ることが出来る、謂わば『魔剣士モード』状態なのだ。
昨日倒したワニ頭のクマや、先程の異形の怪鳥といった化物共も、敵対すればその凶刃の餌食となって散った。
ところが今回は違った。
胴体を真っ二つに叩き斬るつもりで振るわれたハルの《楽園と冥府の剣》とアキの《繁栄と衰微の剣》は、白銀の体毛に刃が触れた途端、つるりと滑るように毛の流れる方向に軌道が変わった。
そして獣の顔面を捉えたフユの《真実と欺瞞の剣》による刺突は、刃が触れる直前に顔を下方に向けていなされる。
必殺である魔剣の刃が通らない──初めての経験に三人が戸惑う中、ナツが魔剣を振りかざしながら獣に距離を詰めた。
「やあああっ!」
『────!?』
ナツの《福音と呪詛の剣》が獣の顔面を捉える。
獣は襲い掛かるはずが逆に反撃を受ける形に一瞬驚愕の色を浮かべるも、空中で巨体をロールさせ襲い来る刃を躱す。
「ふっ⋯⋯!」
だがナツの不意打ちが決まらないことをいち早く予期していたハルが、気合と共に初撃で振り抜かれた魔剣を、横腹を狙って振り上げる。
ブォン! と重い風切り音を鳴らし跳ね上がる《楽園と冥府の剣》は、しかし、そこから更に空中で身体をよじることでやり過ごされ、地面に着地すると同時に、来たルートを引き返すように飛び退いた。
再び十メートル程の距離を隔て、両者睨み合いになる。
ほんの一瞬の攻防だったが、超人化した魔剣使いを複数相手取ってもまだ余裕がある様子に、今までのどのモンスターとも桁の違うレベルを否応なしに感じていた。
アキが困惑気味に魔剣と獣を交互に見やり口を開く。
「⋯⋯どうなってんだ。あいつ斬れなかったぞ。当たった瞬間、ドンピシャでブッた斬れるって確信があったのによ」
「ああ。あの全身の毛皮、どういう理屈かはわからないが、物理的な接触を受け流すようだな。今までのように、ただ斬れ味に物を言わせて斬りかかるだけじゃ駄目らしい」
「うん⋯⋯でも多分、『絶対防御』⋯⋯ほどじゃない、と思う」
前方に警戒しながら四人で列を成しつつ、フユが持ち前の観察眼を発揮して言う。
「どんな攻撃でも、ノーダメで済むなら⋯⋯避ける必要なんか、ない。私とナツの、顔を狙った攻撃には⋯⋯回避行動を取ったよね? それに⋯⋯」
フユの言葉を、ハルも頷いて引き継ぐ。
「最後の腹を斬ろうとした俺の攻撃もわざわざ避けたな。あれほどジャンプ中に色々と体勢を変えられるなら、毛皮の厚い部分でガードすることも出来たろうに」
「ノーダメなんじゃなくて、防御力が高えっつーことか。それかノーダメで済ますには条件があるか。だったらよ、数撃ちゃ当たる戦法なら、いつかヒットすんのかね」
「! じゃあ、四人で頑張って攻め続ければ、なんとか勝ち目はありそう?」
「それは多分、無理⋯⋯だよ」
勝機を見出したアキとナツの言葉に、隣に立つフユは髪を揺らしながら否定した。
「魔剣のタイムリミットは⋯⋯そんな長く、ないんだよ⋯⋯? それに、ただ動くだけでも⋯⋯どんどん減ってく。⋯⋯時間が足りないよ」
「しかも、さっきの鳥モンスターとの戦闘に異世界転移の発動。今日既に何度も魔剣の力を使ってる状態だ。ダラダラと戦ってたら、昨日の俺の二の舞いになるぞ」
非覚醒の無力な仲間を守るため、魔剣の力の過剰浪費によって昏睡した経験のあるハルも、その懸念を指摘した。
それだけでなく、無防備な少女を守ることも視野に入れなければならないのだ。
残された時間はそう長くはない。焦燥が募るのがわかる。
魔剣使い四人の近くで、相変わらず眠り続ける少女は、寝言なのかどうか、掠れる声を漏らした。
「おとう⋯⋯さん⋯⋯」
RPGでよくある「その時点ではまず倒せないモンスター」という初見殺しインチキギミック、結構好きです。
某ガルキマセラとか。




