24話 運命的不在 / Fateful Absence
実は24話までたった4人(+1人)しかキャラクターがいなかった事実。
一個ずつ、あるいは一歩ずつ前進し広がっていく世界。見知らぬ何かを知っていき少しずつ見聞を広める感覚。まだ僅か二日目の異世界体験ではあるが、四人はそんな実感を噛み締めていた。
──それも無理はない。
「は、初めての、異世界人⋯⋯だね?」
「ああ、そうらしい。外見的な特徴も、明らかに日本人っぽくはないからな。かと言って外国人的なものとも違う」
「緑の髪の女の子か⋯⋯なんつーかオレ、今めっちゃ感動してるわ。マジでファンタジーの世界に来てるっつーか⋯⋯」
「かわいいよねー。緑色の髪なのに、よくあるコスプレ感とかは全然ないもん。ホントに自然なファンタジーの女の子だよ」
深い森の地面で眠る少女を、ハル、ナツ、アキ、フユの四人は見下ろしながらそれぞれ感想を口にする。
人生で初めての、異世界の住人の発見。
そもそも異世界に来ていたり、未知の怪物と戦ったりしている時点で今更ではあるのだが、それでも歴史的パラダイムシフトを人知れず担っているという、名状しがたい感慨は計り知れないものがあった。
その年端もいかないであろう「少女」は、どういうわけかこの森の地面に横たわって眠りについていた。歳は十歳前後か幼く、この世界特有のものなのか、簡素かつ特徴的な衣服に、長いスカートから覗く、踝の高い茶色のブーツ。
長めの緑の髪といい顔立ちといい、現代人っぽさがない衣服といい、まさしく「異世界の女の子」を目の当たりにした瞬間と言えた。
味わうに味わえないであろう気分に浸るのもほどほどに、四人は視線を少女から仲間同士でお互いに交わせ合う。
「⋯⋯なあ、つーかよ、こいつなんでこんなとこで寝てんだ? まさかのんきにピクニック中ってわけでもねえだろ?」
「んー、お外でお昼寝タイム⋯⋯っていうには、こんな森の中で地面にテキトーに寝転がってっていうのも変だし。あーあ、可愛い顔と服、結構汚れちゃってるよー」
「モンスターが出る⋯⋯こんな森で⋯⋯? この子⋯⋯荷物とかも、何も持ってなさそう⋯⋯だよ?」
「──そもそも本当に寝てるのか?」
危険な森に幼い少女が一人、しかも地面で睡眠中という明らかに不自然な状況に顔を見合わせる中、ハルが胡乱げに地面の少女へと視線を落とす。
「寝息を立てている以上、人里離れた場所で遭難者が死んでるとかの線はない。ただ森の中というシチュエーション的に、何らかのアクシデントが発生した結果、こうなったって可能性はある」
「アクシデントって⋯⋯気絶とか⋯⋯? ──あっ!?」
何やら思い当たる節のあるフユは、そこから少し離れた位置に落ちている、本来の目的のものを少女の顔と交互に見やる。
「ま、まさか⋯⋯私のリュック⋯⋯この子に⋯⋯!?」
「げっ!? マジかよ!? じゃああの鳥野郎が放ったリュックが、空から降ってきて当たっちまったってことか!?」
リュックの持ち主のフユだけでなく、荷物を奪った鳥型モンスターを撃墜し、リュックがこの近辺に落下するきっかけを担ったアキもまた、青ざめた顔を浮かべた。
空からの隕石ならぬ、異世界から持ち込まれたリュックに直撃という可能性。この広大な森の中で、無造作、無作為に放られた物体がピンポイントに人に当たるなど、一体どれほどの確率でそうなるというのか。
「とりあえず確かめてみるか。⋯⋯ちょっと失礼」
そう言うとハルは前に一歩踏み出すと、少女の傍らにしゃがみ込み、薄い色素の緑髪をさらりと右手で撫で、そして細い手首に三本の指を軽く押し当てる。
「⋯⋯頭にコブはない。リュックとはいえ、デカくて重い物体だからな。かなり高い場所から降ってきた物に直撃したのだとしたら、無傷なのはおかしい。これといった怪我も見当たらないし、脈も正常みたいだ」
「それじゃあ、たまたま落ちてきたリュックにズゴーン! って当たったってことはないんだね!」
「おそらくな。身体の打撲痕とかは服をひん剥かないとわからないが、そこまでする必要はないだろう。衝撃を受けての失神なら、普通の睡眠より呼吸と脈拍はかなり低下するからな」
「そ、そっか⋯⋯よかった⋯⋯。私が持ち込んだもののせいで、異世界の小さな子を傷付けたら⋯⋯あんまりだもん⋯⋯」
「ま、さすがに都合よくクリーンヒットってのはねえか! よかったよかった! こんなとこでグースカ寝てる理由はナゾのままだけどよ」
四人はひとまず目覚めが悪い展開の可能性はなかったことに、安堵の表情を浮かべた。
そして相変わらず呑気な寝顔をさらす少女をそのままに、再び四人は顔を見合わせる。
「⋯⋯んで、フユの荷物は回収できたことだし、これからどうすっかだよな。異世界に関することを色んなアプローチで調べていくんだろ? 第一村人発見っつー胸熱イベントだぜ?」
「どうするにしてもこの子、放っておくわけにはいかないよ。なんでこんなところで寝てるのかはサッパリだけどさ、いつバケモノと出くわすかもわかんないんだし」
ナツは少女の寝顔を見つめながら、次の方針についての言葉を続ける。
「だからまず、この子が起きるまで待つか、安全な場所に連れてくかを決めようよ」
見捨てる選択など最初からないお人好しのナツは、少女の寝顔を優しい表情で見つめて言う。ナツのその気持ちは三人も同じなものの、そう簡単な話でもない。
「安全なとこっつってもなあ⋯⋯。オレらだってこのデッカい森の、どこになにがあんのかもまだわかってねえんだぞ?」
「そうだな。日本と異世界を好きなタイミングで交互に行き来できるから、俺たちはかろうじて『遭難者』になってないだけだ」
「うん⋯⋯私たちが、特殊な立場なだけ。普通なら、森で迷った時点で、結構、詰んでるから⋯⋯」
「だよねえ⋯⋯。うーん⋯⋯あ、じゃあ一旦あたしたち、日本に戻ってみる? この子も連れてさ」
「新ジャンルの異世界召喚モノかよ。『気付いたら何者かに連れ去られて未知の異世界(日本)にいたので八王子で自由気ままにまったりスローライフします』的な。主人公この女の子の」
「クソなろう系の、異世界召喚というか⋯⋯ただの拉致⋯⋯だよね? それ」
「しかも寝てる隙に誘拐っていうのが、ガチの事案っぽいな」
「誘拐じゃないっ! 安全の確保って言ってるじゃん!」
幼馴染たちからの弄り混じりの指摘に、ナツは睡眠中の人間の近くにもお構いなしに騒ぎ立てた。
憤慨するナツを宥めつつ、ハルは真面目に本質的な部分を口にする。
「そもそも異世界転移のあれこれがまだまだ未知数だろう。転移の際に身につけていた荷物が一緒に転移されるのは確認できたとはいえ、それが『生物』にも適用されるかは分からない。俺たちが二つの世界を行き来できるのは、魔剣の力ありきだ」
「うん⋯⋯。『物』は大丈夫でも、『人』はいける保証⋯⋯ないからね。なにも知らないこの子を使って⋯⋯実験するわけには、いかないもん⋯⋯」
「でもこうして見つけちゃった以上、この子を置いてあたしたちだけどっか行くのもね⋯⋯。やっぱりこの子に起きてもらって、色々と話してみよっか?」
無難な提案を出すナツに、三人も頷いた。
「右も左もわからない⋯⋯手探りの、異世界探索だったけど⋯⋯やっとまともに、情報を得られる、絶好のチャンス⋯⋯かも」
「おお、ハイジャンプで情報収集ってスタートから一気に進展したよな! やっぱ現地の人間から、チョクで話聞くってのが一番確実だぜ!」
「そうだな。⋯⋯ただ、一番肝心な問題が残ってるぞ」
浮き足立つ三人に対してハルはそう前置くと、その本質について言及する。
「俺たちが『異世界人』とコミュニケーションが取れるのかどうかだ。外国人ですらないこの未知の世界の住人相手に、通じるかどうかも分からない言語で、どうやり取りする?」
ハルから最大の問題点を指摘され、三人はハッとなり、現実的な観点から途端に表情を暗くした。
数値化・可視化されたステータスオープン。異次元に道具を収納できるインベントリ。便利な鑑定スキル。親切なシステムメッセージ。そして、異世界なのになぜか日本語が通じる謎や、言語の自動翻訳システム──。
いわゆる「異世界モノ」ジャンルで散々使い擦られまくっているご都合主義要素の数々だが、残念ながら現実の異世界体験をしている自分たちに「そんなもの」は期待できない。
魔剣の使用における、体感的なエネルギーのリソース管理などを始めとした、未知の異世界要素に関する考察、検証、擦り合わせ、シミュレート──それら一つ一つに対して四苦八苦している春夏秋冬カルテットにとって、創作物における異世界モノあるあるのお気楽異世界チート無双など夢のまた夢だった。
そんな益体もないことを考え、なんとも居た堪れない気持ちになりため息をつく一同。気を取り直してナツが話を再開する。
「ここ日本じゃないし、この子に日本語通じるかわかんない、っていうか普通に考えて通じるわけないよね? どうすればいいのかな?」
「今の内にコミュニケーションの方法を考えるべきだが⋯⋯。言葉や文字が無理なら、せいぜい身ぶり手ぶりのジェスチャーくらいしかない。といっても、こんなやり方で重要な情報を引き出すのはほぼ無理だ」
「あ、そういやオレよ、前に吉祥寺で日本語わからない外国人観光客に絡まれてよ、そん時は割と上手くいったわ」
異文化コミュニケーションの経験に思い当たるアキは、やたらとオーバーな身ぶり手ぶりを交えて過去を振り返る。
「オーウ、スシ? テンプーラ? サムラーイ? ニンジャ? ドゥーユーラーイク? オーイエーみてえに、陽キャ感出しまくって、最後は謎にハイタッチして別れたな。あん時は案外ゴリ押しでどうにかなったっけ。こういう感じでイケるか?」
「逆に何でそれでイケると思うんだ。スシもテンプラもサムライもこの異世界にあると思うか? どんな世界観だよ。しかも、俺たちが知りたい情報が引き出せないっていう、一番の問題が何も解決してないだろ」
「それ⋯⋯外国人ウケのいい、日本文化を⋯⋯テキトーに並べただけ⋯⋯。異世界では無理そう⋯⋯。それより、『言語』のことで私、気になることが⋯⋯」
異世界にいるという非日常時でも、この四人の和やかな空気は崩れない。
──そんな時間は、唐突に終わりを迎えた。
「──!! Elvandhar!!」
「Manastherious!!」
「Bhelstyleg!!」
「Trinsrayme──!!」
本能的な勘か。あるいは魔剣士としての勘か。いや、そんなセンサーすら必要がない次元の、圧倒的かつ致命的なまでの、高密度の気配の感知──。
もはや脊髄反射にも等しい直感的反応で、ハル、ナツ、アキ、フユの四人は、自身の力を起動するコードを叫んでいた。




