20話 知られざる楽園/Undiscovered Paradise
春夏秋冬カルテット本格始動!
午後二時半。
謎の嘘つき女の策略に屈することなく異世界に挑戦することを決意した四人は、必要な準備を整えるために一旦解散し、再びこの廃工場跡の空き地に集まることに。
最低限必要な飲食物の携行や、家族への説明。
昨日異世界に転移した際は、下校中に着の身着のまま飛ばされて飲食もままならず、その日のうちに帰ってこれたことは奇跡だった。
今日は土曜日。土曜と日曜を使って異世界に行くのだが、当然というべきか、異世界や魔剣のことは家族には言えない。魔剣の実物や異世界転移の光景を見せれば信じるだろうが、余計な心配をさせるだけでそれをする意味もない。
よって自然なアリバイを作るため、ハル以外の三人は一人暮らしのハルの家に外泊し、家に帰らない話を家族に伝えることになった。これで異世界で万が一帰れない事情があったとしても、少なくとも二日間は『失踪者』扱いにはならないだろう。
解散から約一時間後、一番乗りしたハルに続き、アキ、ナツ、そして最後に少し遅れてフユが、それぞれリュックを背負って空き地に集合した。
「うっし、みんな戻ったな! 家族の説得は大丈夫だったか?」
「うん! ハルが信用されてて助かったよー。『みんなでハルん家でお泊りする』って言ったら、すんなりOKもらえたもん」
「今日と明日は休みだからな。ひとまず二日間でどれくらい探索できるかだ」
「あ、ねえねえ、そう言えば夜はどうするの? あっちで寝泊まりする?」
「いや流石に帰ってこようぜ。魔剣使ってこっちとあっちを行ったり来たりできるんだろ? ハルん家に泊まるってことになってるから、家じゃなくてハルん家にだけどな」
「ああ、向こうでの状況次第になるが、出来ればキリのいいタイミングで撤収したい。一応、帰って来るのが難しい場合も考慮したアリバイを作ったとはいえな。それより──」
ハル、ナツ、アキの三人は、一番最後にへとへとになって戻ってきたフユに視線を向けた。魔剣のもたらす超人補正がなければ体力や運動神経はからっきしな彼女だが、そうでなくてもこうなるのは当たり前である。その理由は一目瞭然だ。
「フユ⋯⋯いくら何でも荷物大き過ぎだろう」
「それ登山用のリュックじゃね? 富士山のテッペンでも目指すのかって感じだな」
「だ、だって⋯⋯異世界だよ? 昨日も、無事に戻れたからよかったけど⋯⋯何があるかわからないもん⋯⋯!」
「気合スゴイねフユ⋯⋯大っきいリュックパンパンだし。なに入れてきたの?」
「えっと⋯⋯三日分の食料に、水に、救急セット⋯⋯。あと、うちにあったキャンプ用品と、筆記具と、着替えと、モバイルバッテリーに、あとは⋯⋯」
「おいおい⋯⋯さすがにそりゃ⋯⋯」
「あれ? 向こうでスマホの充電って、意味あるのかな?」
「電波もネットも圏外だからな。使えるのはオフラインのアプリだけだ。ただ日本時間の確認と、写メの機能は利用できる」
「つーかオレらってさ、基本的にこっちとあっちを行き来すんだろ? ならそのアドバンテージ的に、大荷物って逆にデメリットになんねえか? 向こうでなんか必要になったら、その都度取りに帰ってくりゃいいんだし」
「そうだな。今日の異世界探索は、そのやり方がどこまで通用するか検証するためでもある」
「うん⋯⋯。次からは⋯⋯もうちょっと、考えるね」
昨日の突然の転移はともかく、今日からは自分の意思でこちらの世界とあちらの異世界を往復することになる。ともすれば肝となるのは手荷物だ。
RPGゲームのように、アイテムや装備品を大量に所持しているのにビジュアル面に反映されなかったり、異次元に大量に収納できるアイテムボックス等といった都合のいい要素はない。
ただ幸いにも、自分たちは異世界モノのように何者かに召喚させられる一方通行の異世界転移・異世界転生の立場ではなく、任意の発動で互いの世界を行き来する自由度の高い身だ。
つまり一日で何がどれくらい必要となるか、一日で帰れないならどうなのか等々、まだまだこれから手探りで見極めていく必要があった。
「あ、そうそう。みんな、あたしからもちょっといい?」
まだ出発前だというのに既に疲労困憊になっているインドア少女のフユの張り切り具合に呆れていると、唐突にナツが話題を変える。
「ほら、ここにあった『幽霊が出る工場』の話。学校でもそれなりに有名だったじゃん? あたしここに集合する前、話をしてた友達に連絡してみたの」
「そういやお前はそのウワサ、学校のダチから聞いたっつってたな。そんで?」
スマホを取り出したナツは、眉をひそめながら首を横に降る。
「それがね⋯⋯あたしがその話題を振ったらさ、『なにそれ?』って言われた。前にそんな話しなかったー? ってかるーく聞いてみても、そんな覚えはないって。結構最近の話なのに」
「それ⋯⋯さっき、ハルが電話した、不動産の反応と同じだね。ここにあった、工場の記憶がなくなってる⋯⋯。ううん。物事の認識が、変わっちゃってる⋯⋯」
「工場をまるまる消しちまったことといい、オレらのことお見通しといいとんでもねえな。マジで神かなんかじゃねえか? オレらが追う女って」
「でも、あたしたちは今でもちゃんと覚えてるよね? なんでだろ? やっぱり魔剣パワー?」
ただでさえ処理しきれないほどの不可解な現象が数々起きている。三人が頭を悩ませる中、口元に指を当てて思案していたハルが口を開いた。
「認識の改変か⋯⋯。確かに俺たちは今でも覚えてはいるが、周りの人間だけじゃなく、俺たちも『それ』を含めて術中にハマってたのかもな」
「ん? 『それ』っつーと?」
「どんな魔法を使ったとしても、やっぱり工場そのものを完全に跡形もなく消し去れるとは思えない。⋯⋯それがさっき解散前に話題になった、この土地が『外部の認識と遮断されてる』って話とも関連するかもしれない」
「空き地の外側からは、あたしたちの姿も見えなくて、声も聞こえないって話だっけ? でも工場が消えたのと関係あるの?」
ナツの問いかけに、ハルは「おそらくな」と頷いた。
「俺の想像が正しければ、その理由は本当に『工場は最初からなかった』からだ。むしろ俺たち以外の周りの反応の方が正しいんだ」
ハルのまさかの結論に「はあ!?」と驚きの反応を示すアキとナツ。フユだけは「そっか⋯⋯っ!」と少し遅れてその意味を理解した。
「昨日の時点で私達も、その認識改竄を受けてたんだ⋯⋯っ! 物理的に、工場が存在してたんじゃなくて⋯⋯『工場がある』って認識してただけ⋯⋯! それなら一日足らずで消えたり、取り潰したりした跡が残ってないって、説明はつくよ⋯⋯っ!」
「そう。昨日の夕方に工場のあるこの場所に来て、異世界に飛ばされた数時間後に、再び工場に帰ってきて例の嘘つき女に出くわした。その時点ではまだ俺たちは『工場がある』と認識してたんだ。タイミング的に、解除したのは俺たちが劇団員の設定で逃げおおせたすぐ後だろう」
「じゃ、じゃあ昨日のオレらは、工場の幻覚を見せられてたってことか!? ホントは工場なんてないのに、工場を探検して魔剣を見つけたと思わせて、ただ空き地にポツンと置かれてた魔剣を拾ったってことなのかよ!?」
「えー、ウソでしょ!? だってあたし工場のニオイとか鉄臭い空気感? とかフツーに覚えてるよ! あれが幻覚なの!?」
「厳密には幻覚じゃなくて認識の改変だ。SFのバーチャルリアリティみたいに、『ないものをある』と思わせるなら、一般的な幻覚よりも実感があっておかしくはない。この場所が外部の認識から遮断されているっていうのも、その一端だろう」
「マトリックス的なアレか。リアル以上の虚構⋯⋯っつーの? ハンパねえ話だな」
ハルの提示した考察は、まだまだ仮説の域を出ないが、まさしくコペルニクス的転回とも言えるものだった。
あったのではなく、あったと思わされていた。そう考えることで、他の不可解な謎に対する線が繋がるからだ。
そしてフユもまたハルの説に補足を加える。
「⋯⋯しかも、あの作業着の女の人⋯⋯『複数』の認識改変を、使い分けてるよね。『工場そのもの』『幽霊が出る工場の噂』⋯⋯それと『この土地の外部からの遮断』の、少なくとも三つの要素⋯⋯。このうちの一つ目が消えたのは」
「単純に不要になったからだな。俺たちを最初から狙ってたのかどうかはわからないが、『侵入者に魔剣を拾わせる』っていう目的が達成されたから消したと思われる。維持するだけ無駄だからな」
「無駄? これって、あの女の『演出』じゃねえのか? あったはずの工場が消えてるっつートンデモパフォーマンスを見せつけてメッセージを送れば、すげえ力を持った相手に逆らえないってなるだろ?」
「もちろんそれもあるだろうな。実際、俺たちに対する脅迫としては効果抜群だった。それ以外に考えられる理由としては⋯⋯昨日異世界で力の消耗について話したよな? オレが魔剣の力をやたらと使い過ぎてダウンしたあの話だ」
「あっ、『垂れ流し』のあの話な! あーそういうことか! 工場があるって認識を維持すんのにもパワー消費すんだな! んで、もう必要なくなったから消したっつーわけか!」
「うん、きっとそう⋯⋯。それともうひとつ⋯⋯幽霊が出る工場の噂までパタリと消えた⋯⋯ううん、誰からも、認識されなくなったのも⋯⋯もういらなくなったから、解除した⋯⋯!」
「そっか! ウワサ話してたはずの友達が全然覚えてないのも、それが理由なんだね。じゃああの人、神様みたいな力を持っていたとしても、『神様そのもの』ってわけじゃないよね!」
「ああ。魔法的なカラクリは科学的に証明できないとしても、多くの『なぜか?』に対してはそれで説明がつく。⋯⋯そんな薄気味悪い女が、どういう腹積もりなのか脅迫してまで俺たちを異世界に巻き込みたがってるってことだ」
なぜ工場が一夜にして跡形もなく消え去ったのか──それはここに工場など最初から物理的に存在しないから。
なぜ工場の名前がわからなかったのか──それはここに工場など最初から概念的に存在しないから。
なぜMAP検索でここがヒットしなかったのか──それはここに工場など最初から記録的に存在しないから。
なぜここが工場だと思ったのか──それは『工場』だと神秘的要因によってそう認識させられていたから。
なぜ人々から、以前から噂されていた『幽霊が出る工場』に関する記憶が消えたのか──それは噂に関する認識そのものが書き換わったから。
改めて例の嘘つき女が、あまりにもとんでもない規模の力の持ち主であることを実感せざるを得なかった。
もちろん、これらの推理は全て憶測の範疇を出ず、まだまだ物証に乏しい。
それでも、自分たちが関わる数々の現象は自然に発生したものではなく、原理や方法はともかく意図的に起こされたものだということは確実だ。その上まだまだ謎は沢山残されたままである。
しかし──
「だからといって引くつもりはない。どのみち引くことはできないなら、それを上回る力と知恵で勝つしかない⋯⋯!」
「うん! 絶っ対に負けないから! むしろワクワクしてるよ、あたし!」
「ゲーム始めていきなりラスボスに勝てるわけねえもんな! だったら経験値稼ぎまくって、勝てるレベルまでレベルアップすりゃいいんだよ! 当たり前だよなあ!?」
「きっと、昨日のワニのクマみたいなモンスター⋯⋯まだまだいるよね⋯⋯! 絶滅するまで、狩りつくそっか⋯⋯っ!」
一介の高校生から不屈の追跡者と化した四人は、強い決意と不敵な笑いと共に、力強く相棒の魔剣を同時に召喚した。
今度はなし崩しではなく、自らの意思と意志で、再びあの場所に向かうために──
「Elvandhar!!」
「Manastherious!!」
「Bhelstyleg!!」
「Trinsrayme!!」
暗紫、橙、翠、蒼の巨大な極光が逆巻き、四本の剣の出現と共に四人の魔剣使い達を包み、遥か彼方の地へと誘う。
日本での高校生活と異世界探索のダブルライフ──少年少女が日常と非日常を行き来し、魔剣を武器に、異世界での見聞と見識を広める「異世界剣聞録」の幕開けだった。
※読み飛ばしOKのおまけ
タイトル名《知られざる楽園》は、好きなマナを生み出せる代わりに、マナを出した次の自分のアンタップ・フェイズに手札に戻ってしまう土地カード。
土地を並べる上では基本的にデメリットだが、土地をセットすると誘発する能力と組み合わせたり、土地破壊の標的になりづらい等のメリットにもなる。前話の《不屈の追跡者》ともシナジーがある。
手札と場を行ったり来たりする=魔剣使い達が異世界と日本を行ったり来たりして物語を進めること、この地は誰にも認知されていないこと、異世界ジャンルに憧れる者にとって異世界は文字通り憧れの楽園である等の、カード名とカード効果とプロットの噛み合わせ。




