14話 方程式の求解/Solve the Equation
ワニ頭のクマあるいはクマの体のワニの怪物。その群れのボスが落とした巨大な藍色石は放置し、再び先ほどの森の開けた場に戻ってきたハル、ナツ、アキ、フユ。
四人で円陣のまま、しかし立ったまま、ハルは口を開いた。
「この異世界と、元の世界を繋ぐ鍵⋯⋯やっぱり例の『魔剣』だろうな」
「うんうん! もうそれしかないよね。あの工場で剣に触って、ここに来たんだもん!」
「私も⋯⋯そう、思う⋯⋯。でも」
ハルに同意しつつも、どこか納得がいかない様子で、フユは顔をしかめる。
「あの魔剣⋯⋯凄い力だった⋯⋯よね。自分が、超人になったみたいに⋯⋯。でも、『超人化』と『異世界転移』⋯⋯この二つが、どう関わってるかまでは⋯⋯」
「言いたいことわかるぜ、フユ。オレも魔剣が関係あんのはわかんだけどよ、なんかこう⋯⋯ピンとこねえんだよなー」
うーん、とアキは腕を組んで唸る。
それについては全員が最初から思っていた感想だ。
魔剣──主に魔剣士としての覚悟と意志を求め、認めれば理外の力を授けてくれる、気高く、誇り高きアイテム。
その魔剣を召喚することで、ただの高校生でしかない四人を、まるで英雄譚の魔剣士のような次元の強さへと引き上げる逸品。
だが、それと『異世界への転移』がどう繋がるのか──?
例の廃工場で魔剣に触れて異世界転移が起きたことから、関係があるのは間違いないと思いながらも、点と点が結びつかないもどかしさがあった。
「⋯⋯この異世界に飛ばされてから、怪物との悶着でそれどころじゃなかったからな。余裕ができた今、改めて調べるべきか」
ハルは皆の位置から後ろに数歩下がると、右手を前に突き出し、その固有名を呼びかける。
「──出てこい。Elvandhar」
カッ! と主の詠唱と共に右手を中心に紫色の光が薄暗い森林を迸る。
光の収束とともに具現化したのは、黒い刃の大振りの両刃剣、《楽園と冥府の剣》。闇夜を映す黒き魔刃には、相変わらず美しくも妖しい暗紫色のオーラが帯びている。
「って、おいハル! お前、大丈夫なんかよ!? 魔剣パワーの使い過ぎでぶっ倒れたんだぜ!?」
「魔剣を出さずにどうやって魔剣を調べるんだ? それに、体調は少しダルいが、おそらく問題はない」
魔剣士にとって魔剣とは、どう扱い、そしてどう向き合うかこそが肝要。
ハルもまた、先ほど遅れて覚醒した三人のように不思議な確信があった。こいつは恐ろしい力を持っていても、決して悪意をもって害を成す代物ではないということを。
漆黒の刀身を見つめて観察するハルに、アキ、ナツ、フユの三人は自然と顔を見合わせ、言葉なく頷いた。
「ま、だったらオレもお披露目と行くかな! Bhelstyleg!」
「あたしもっ! ハル見ててね! Manastherious!」
「じゃ⋯⋯わ、私も⋯⋯っ。Trinsrayme!」
三者がそれぞれ固有の言霊を口にし、緑色、橙色、蒼色の色鮮やかな極光がそれぞれの手から放たれる。そして──
「ふ⋯⋯揃い踏みか」
最初は自分が幼馴染たちを護り、そして今度は意識なき自分を護ってくれた幼馴染たちの威容に、ハルは口元を綻ばせた。
アキの右手には《繁栄と衰微の剣》──。
ナツの右手には《福音と呪詛の剣》──。
フユの左手には《真実と欺瞞の剣》──。
そして、ハルの右手に握られる《楽園と冥府の剣》──。
数時間前に四人が運命の出会いを果たした魔剣達が、この異界の森にて再び集結した。
「ハル! ハル! 見て見て! あたしかっこいい!?」
「ああ、最高だ。ナツ」
「へへ、お前にも見せてやりたかったぜ。オレらが魔剣でバケモン相手に無双する姿をよ!」
「ああ、見たかったな。アキの活躍ぶり」
「⋯⋯ハル。私も⋯⋯その⋯⋯」
「俺を守るために頑張ってくれたんだろ。ありがとな、フユ」
自慢のオモチャを見せびらかすように反応を求める三人達に、ハルは兄のように優しく微笑んだ。
そうして一通りのお披露目が完了した後、皆は引き締まった表情で輪を作って互いに向き合う。
「──で、本題はこっからだよな。どうよ? なんかわかったことはあるか? みんな」
「あたしはまだ⋯⋯。覚醒時間には限りがあるんだよね。なんとか今のうちにヒント見つけたいな」
「この魔剣は異世界の転移に間違いなく関わってるはずだ。魔剣の召喚に発生する光は、あの工場で見た光と同じもの。⋯⋯のはずなんだが、どうにもそれだけだと⋯⋯」
「あの⋯⋯みんな、異世界の転移の話⋯⋯とは違うんだけど、気付いたことが⋯⋯あるの。いい?」
皆が早くも行き詰まる中、フユが口を開いた。
「フユ、何に気付いた?」
「さっき⋯⋯ハルが倒れた、でしょ? それで、私も⋯⋯魔剣の力を使うようになって⋯⋯気付いたの」
「ああ、あの三匹同時にふっ飛ばした、黒い衝撃波だろ? オレあんなんできる気しねぇ⋯⋯」
「それもだけど⋯⋯そうじゃなくて⋯⋯ね? その前からハル、かなりバテてた⋯⋯よね?」
あの時の一幕を思い出す一同。
子供を殺された大人による、復讐鬼と化した異形の化物たち。
五頭もの凶暴な軍勢を前に唯一魔剣に覚醒済みだったハルは、幼馴染を背に、魔剣の威圧を怪物たちに送り続けた。
それ自体は功を奏し抑止力として機能したが、結果、怪物たちの動きは慎重になってしまうことで戦局はジリ貧となり、早々にハルは限界を迎えてしまった。
ハル一人だけに守られていることに、悔しさと情けなさ、申し訳なさを噛み締めていた三人にとって、苦い思い出だ。
「⋯⋯あん時は、悪かったな、ハル。お前を助けなきゃなんねえって時によ。『魔剣さえあれば』って思っても、召喚ワードが頭から出てこなかった。お前はナツを助ける時、あっさり覚醒しちまったってのに」
「うん⋯⋯今ならわかるよ。頭と腕はずっとジンジンするのに、魔剣は全然それを教えてくれなかった。あれは、あたしの中にいる魔剣に叱られてたんだね。『さっさと腹をくくれ』って」
「⋯⋯ほんとは、ハルと戦いたかった。でも怖くて、助かりたいって⋯⋯思いが先に、来ちゃったから⋯⋯ごめん、なさい⋯⋯」
「自慢したり反省したり、忙しいなお前らは⋯⋯」
化物をも瞬殺する圧倒的な魔剣を手に持ちながらしょぼくれる三人に、ハルは苦笑した。
「今は無事に乗り越えたんだ。もういいだろ。それよりフユ、さっきの続きは? 俺が早々にダウンしたって話だ」
「あ、うん⋯⋯。ハルが早く限界が来ちゃって、でも⋯⋯私たちが魔剣で戦ってた時は⋯⋯そんなに早く、時間切れは⋯⋯来なかったなって」
「そうなのか? 魔剣のそれぞれの使い心地は、個人個人にしかわからないからな。体感的にどうなんだ?」
「言われてみりゃフユの言うとおりかもな。⋯⋯でもよ、あれはハルが倒れたのを見たから、自然と気をつけられたってのもあるんじゃね? ほら、オレがハルを木の上に避難させた後に言ったろ? この力は長い時間は使えなさそうだって」
あの時に、小っ恥ずかしい男の友情を炸裂させていたのは内緒にするアキだった。
「そう、だね⋯⋯。ハルの『前例』があるから、私達は⋯⋯無理せず魔剣の力を、適切に目一杯使えた⋯⋯と思う。だから、確信⋯⋯できたの」
「んー、確かにハルが倒れたのを見たから、タイムリミットに気を付けようとは思ったけど。えっと⋯⋯それってつまり?」
「⋯⋯『使用エネルギー』と、『消費エネルギー』の乖離⋯⋯。ハルがすぐに倒れちゃったのは、これを無視したから⋯⋯じゃないかって」
フユがハルの身に起きた事象を推理して言うと、疑問符を浮かべていたナツが合点がいったように声を弾ませた。
「あーっ、はいっ! あたしわかったよ! 確かあの時のハル、メチャクチャ剣にプレッシャー? みたいなの込めてバケモノたちに向けてたよね!? そのおかげで、バケモノたちは怖がって全然近寄ってこなかったもん!」
ハル一人で群れと対峙していた時、確かにハルは《楽園と冥府の剣》に力や意識を込めて刃を敵に向けていた。無防備な仲間を守れるのは自分しかいない──その過剰なまでの意志を込めて。
「つーことはあれか。車を走らせるのに、ガソリンをタンクから垂れ流しまくって走らせてたから、速攻エンスト起こしちまったとか⋯⋯そういう話か?」
「うん⋯⋯消費した『力』は不可逆。百円の商品を千円で買えば、差額の⋯⋯お釣りが発生する。買い物なら、お釣りの九百円を返してもらって、終わりだけど⋯⋯使用するために消費した力の場合は⋯⋯」
「なるほどな。あの時の俺は、まんまと百円の商品を千円で買い続けてた状態だったってわけか。釣り銭の九百円を受け取れないことを知らないままずーっとな⋯⋯。そりゃ破産もする」
「でも⋯⋯それは仕方ない、と思う。あの時は、ハルしか魔剣に覚醒⋯⋯してなかったし。いくら身体能力とか技術に、補正がかかるって言っても⋯⋯手探りで使ってたでしょ⋯⋯?」
「あー⋯⋯だから『使用エネルギー』と『消費エネルギー』が大きくズレて力を垂れ流しまくったせいで、ハルは早々にダウンしちまったんだな」
「で、あたしたちは『それ』を見てたからこそ、自然と魔剣の力を省エネで運転できたんだね! ⋯⋯あれ? それじゃあ」
ナツは襲い来る三体の化物をまとめて蹴散らした、ハルの限界を超えた渾身のフルスイングのことを思い出す。
「ハルが最後に撃った、あの凄い衝撃波⋯⋯あれも?」
「うん⋯⋯。魔剣を具現化してる、今の私達⋯⋯何を、どこまでできるか⋯⋯何となくわかる状態でしょ? 身体が⋯⋯一時的に凄い『魔剣士』になってるの。ねえ、ハル?」
「なんだ?」
「さっきの黒い衝撃波⋯⋯もう一回撃てそう? あ、ほんとに撃ってって⋯⋯話じゃないよ? 可能かどうかだけ⋯⋯」
「いや、無理だな。あの時は俺も無我夢中で、なにをどうしたのかもあまり覚えてない。直後に気を失ったしな。ただ、さっきの買い物の例で言うと、あれは『借金』ってところか?」
「たぶん⋯⋯。この先、レベルが上がれば⋯⋯使えるように、なるんじゃないかな? でも、本来⋯⋯レベル20で覚える技を、レベル1の時に、無理やり引き出したら⋯⋯」
「そうか⋯⋯。あれは一万円の商品を千円で買おうとしての限界突破ということか。これは正しい意味で借金だな。倒れて当たり前だ」
「消費MPがやたらデカいとやべえって話だろ? これがゲームとかだと『МPが足りない!』って出て不発になっけど、実際はタダでさえ垂れ流し状態でカツカツになってんのに、執念で発動出来ちまったってことか」
「無理に無理を重ねれば、そりゃ倒れちゃうよね。ハル、あたしたちを守ってくれてホントにありがと。それと無理させちゃってごめんね?」
「お前たちこそ、くたばった俺をちゃんと守ってくれたんだろ? ならそれで十分だ」
また申し訳なさそうに目を伏せようとするナツの頭を、ハルはさっきのように撫でてやる。
エネルギー不可逆の消費と消耗の仮説。ステータスウィンドウといったご都合システムなど存在しない現実では明確な数字は分からないが、四人は感覚上では大まかに理解していた。
自分が今、魔剣の超越化によって、有限のリソースの中、何が出来て何が出来ないか──。
ハルは当初、エネルギーの消費など一切気にせず力を捻出し続けていた。
最初が1000と仮定して、これは時間と共に減少していき、魔剣の力を使って、斬る、踏み込む、動くと、あれこれ使ってもどんどん減っていく。
そしてハルは怪物の前進を食い止めるための抑止力として、エネルギーを過剰に消費──浪費してしまっていたのだ。
確かに出力を込めれば込めるほどパワー自体は増す。しかし、それはあくまでただの「足し算」の理論だ。その上キャパシティを省みることなくハイペースで力を消費させてしまい、そこへ更にダメ押しであるキャパシティオーバーの大技がトドメとなった。
それによって早々にハルはダウンしてしまったが、後になって覚醒したナツ、アキ、フユは違った。
パイオニアとして、そして人柱として、一番最初に魔剣に覚醒し、魔剣の使い方に無理が生じたハルの戦闘不能。先駆者のその様を「見ていた」からこそ、後発の三人は自然と正しい用法、正しい消費が出来たのである。
「ま、これからは大丈夫だろ! 要するにパワーを垂れ流さないように、無駄に倍プッシュしなきゃいいってだけだ」
ハルに向かってアキは快活に笑いかける。
残念ながら異世界の転移についての考察、推論ではなかったが、ハルの早々の戦闘不能についての有力な仮説にはなり得た。
事象・物事には必ず理由がある。魔剣の超常的な力に、異世界転移の超常現象──そういった神秘的概念を科学知識で解く術はなくとも、「なぜそうなるのか?」を論理的に紐解くことはできるのだ。
この調子なら、きっとこの先も何とかなる。そう確信するのには十分だった。
「──あとアキ。何度も『垂れ流し』ってワードを連呼するのはやめろ。俺が下痢みたいだろうが」
「ぶはっ⋯⋯! お、お前なあ!」
「げ、下痢って、あはははは!」
「ぷひゅっ、ふふっ⋯⋯!」
異世界サバイバルの真っ只中にも関わらず、幼馴染たちは和やかに笑い合う。
やはり理外の超越者と化しても、四人はいつもの四人だった。
※読み飛ばしOKのおまけ
タイトル名《方程式の求解》は、ライブラリーからソーサリーかインスタントを1枚手札に加える、青の3マナソーサリーカード。
文字通り情報の整理と推理によって問題点の「答え」を探し当てるというカード名とプロットの噛み合わせ。




