13話 綿密な分析/Deep Analysis
「さて、これからどうするかだな⋯⋯」
自分たちの今いるこの森が、『未知の異世界』だと再認識した、夜永春斗、牧夏海、和泉秋大、小山内冬華の四人は、付かず離れずの円陣になって、森の開けた地面に座り込んでいた。
「帰る方法がわかんねえってか。マジでどうすんだこれ⋯⋯」
「お母さんと、お父さん⋯⋯きっと心配⋯⋯してるよね? 完全に⋯⋯圏外だし⋯⋯」
「あー、当分帰れるかすらわかんねえのか⋯⋯。やべえな。もう日本時間で夜の八時半か。腹も減るわけだぜ」
自分たちの置かれた状況を確認し、皆の表情が沈む。
「⋯⋯でもさ、よかった⋯⋯。みんなが一緒で」
そんな中、三角座りのままナツは、顔を上げて三人それぞれをぐるりと見渡す。不安こそ残すものの、少し微笑みを携えて口を開いた。
「ほら、異世界モノってさ⋯⋯異世界に飛ばされてから大冒険が始まったり、貴族の領主に拾われたりとかっていう展開だったりじゃん? ⋯⋯でも、あたしにはそういうの無理かなーって。あたしのことを誰も知らない世界で、一人ぼっちなんてさ⋯⋯」
「ナツ⋯⋯。ああ、そうだな。『みんな』が一緒だから、何とか正気でいられるのは確かだ。異世界転移だ異世界転生の主人公に感情輸入や自己投影をしたところで、現実では何の意味もない。そういうのは所詮、作者の都合のいい箱庭と人形だ」
「私も⋯⋯。一人ぼっちで⋯⋯異世界生活? なんて、できない⋯⋯みんなが、一緒だから⋯⋯」
「ま、人生ってやつは『なにをするか』でも『どこにいるか』でもなく、『誰といるか』が一番大事ってこったな。オレら四人組は運命共同体で中央分離帯。どんな危険地帯でも、オレら四人自体が、オレらにとって日常の自然体なんだよ」
「「「⋯⋯⋯⋯」」」
「⋯⋯ん? なんだよ」
「アキ⋯⋯酔ってる、の?」
「そういうキメたセリフって、どっちかっていうと似合うのハルじゃん。アキじゃ全然格好つかない」
「哲学的な詩人だな、アキ。ポエム集でも出すか? あと中央を分離してどうする」
「だぁーっ!! うっせえな! オレが格好つけたってええやろがい!」
「あ⋯⋯。運命共同体、中央分離帯、危険地帯、四人自体、自然体⋯⋯。末尾の『たい』で、韻を踏んでるんだね。ラップみたいに⋯⋯」
「意味不明なのが一個混じってるせいで台無しだけどな。明らかに中央分離帯だけ要らなかった」
「あっははははは! DJ AKI! YO! YO!」
「ご丁寧に分析すなっ! あと乗んな! フォローに見せかけたトドメやないか!」
騒がしく声を上げるアキに、三人はけらけらと笑った。
生きて帰れるかもわからない異世界サバイバル。だが、たとえどのような状況であっても、四人にとっては四人そのものこそが日常。その事実を深く噛み締めることで、皆の顔色が良くなった。
「あー、そうだ! 異世界モノって言やぁさ」
「ん?」
思い出したかのようにアキがニヤリとフユの顔を見た。今しがたの仕返しとばかりに意地の悪さたっぷりで。
「さっきハルが起きる前、フユが『ステータスオープン!』とかやってたっけか。へへ、ムービー撮り損ねたのが悔やまれるぜ」
「っ!? き、聞いてたの⋯⋯!? あうぅ⋯⋯」
本人としては離れた位置でこっそりやったつもりなのだろう。フユは恥ずかしそうに、体育座りのまま顔を膝に埋めた。
「はは、『異世界あるある』だな。それでステータスウィンドウは出たのか? フユ」
「うう⋯⋯出て、ないよ⋯⋯そういう、世界じゃ⋯⋯ない⋯⋯」
色白の顔を赤くして、フユはもごもごと答えた。
木々の間からの月明かりと星空の光は、和やかに過ごす四人をいつまでも優しく照らしていた。
「で、でも⋯⋯大事なっ、確認だもん! あのモンスター? みたいなの⋯⋯死んだら、光になって消えたっ! 明らかに、普通じゃないもんっ!」
フユは珍しくプリプリとムキになり、懐からハンカチの包みを取り出す。
包みを広げると、そこにはハルが魔剣に覚醒後、ワニ頭の怪物を斬り捨てた時に見つけた、濃紺の藍色の石が顔を見せた。
「ほら! これ! これも、多分だけど⋯⋯地球上には存在しない、未知の物質だよ⋯⋯っ! しかも、バケモノから⋯⋯出てきたっていうのも⋯⋯無関係じゃない、はずっ!」
「なんだフユ、お前それちゃっかり拾ってたんかよ。最初にナツを襲ってたワニ野郎が落としたヤツだよな」
「おいフユ、迂闊に触るなって言っただろ。人体に害がある物質って可能性はゼロじゃないんだぞ」
「だ、だって⋯⋯どうしても、気になったんだもん⋯⋯っ」
「──! あ⋯⋯そうだっ! みんな、ちょっといいかな?」
フユの手にハンカチに包まれて収まる鉱石を見て、ナツは大事なことを思い出すと、体育座りを正座に変えておずおずと切り出した。
この異世界転移の一件で、ナツはまだ皆に明かしていない事実があった。
「あの⋯⋯さ。異世界に来たばっかのときの話なんだけど、みんなには⋯⋯その、特にハルには、謝らなきゃいけないことがあっ──」
「異世界転移直後に、最初に目覚めたお前が単独行動を取ってたって件か?」
「──って⋯⋯はへ?」
「あん? なんの話だ? そりゃ」
ナツの言葉を最後まで言わせることなく、ハルは答えを断言してしまった。話についていけていないアキに、そのまま補足説明をする。
「俺とアキとフユは、この森で一箇所に固まって気を失ってただろ? だけど『ナツだけ』が離れた場所でバケモノに襲われてた。あの工場で四人同時に転移したはずなのに⋯⋯だ。ナツが異世界に来たばかりの話って前置きを置いた時点で、答えは一つしかない」
一拍置いて、ハルは結論を述べる。
「異世界転移してから、四人で一番最初に目を覚ましたのは、俺じゃなくてナツだったってことだ」
異世界転移という完全に未知の現象であるため、一人だけ転移地点がズレたという可能性もあったが、ナツが申し訳なさそうにその件を自分から話し出したため、ハルの説が濃厚になった。
「あ、やっぱり⋯⋯そう、なんだ。異世界転移なんて⋯⋯常識外れの現象だから⋯⋯常識に当てはめても、無意味と思ったけど。違和感の正体⋯⋯それ、だったんだね⋯⋯」
ハルとフユ、頭脳明晰二人の指摘にポカンとしていたナツは、丸くした目を垂れ下げて頷いた。
「う、うん⋯⋯最初に起きた時さ、変な森の中にいて、三人が倒れてて、もう訳わかんなくなっちゃって。でも、なんとか出口とか、人がいないかとか思って、みんなを置いてうろついてたんだ⋯⋯」
「で、ある日〜森の中〜クマさんに〜出会った〜♪ てワケか。お前もツイてねえよなぁ。クマよりヤベぇバケモンだったし」
空気が重くなり過ぎないよう歌いながら茶化すアキだが、ナツはさっき悪ノリでアキを弄った時と違い、ウケて笑うこともなくこくりと頷く。
「⋯⋯でも一番の問題って、あたしを襲ってたバケモノをハルがやっつけて、そこから事態がややこしくなっちゃったこと⋯⋯なんだよね。ほら、さっき言ってた、子供を殺された親の復讐ってやつ」
「──ナツ、一つ言っておくぞ」
自分を責めるナツに対し、ハルはしっかりとした口調で、しかし叱責の意は込めることなく告げる。
「お前が動き回ったせいで、バケモノと遭遇したって話はナンセンスだ。距離はそんなに遠く離れてなかった以上、どのみち遭遇は避けられなかっただろうからな」
「で、でも⋯⋯」
「仮にあの一件がなかったとしても、今度は『魔剣』っていう力を得るきっかけは訪れなかった。お前はお前なりのやり方で、ちゃんとできることをやろうとした結果だ。何も悪いことはない」
ハルは腰を上げてナツに歩み寄ると、頭を乱暴に撫でてやる。
「うぅぅ⋯⋯ハルぅ⋯⋯」
「あー、だから自分でボスとの決着をつけるのにこだわってたんか。なんかやたら覚悟きまってんなーって思ったぜ」
「うん⋯⋯。でも、ナツらしい⋯⋯よね」
ようやく納得がいったと、アキとフユも笑う。
最後の一頭となったボスが突撃してきた時、ナツが自分に任せるよう申し出たり、復讐劇に決着をつける介錯人を希望していた理由を、二人はようやく悟った。
「もう終わったことだ。切り替えろ。今はそんなことよりも、『これから』どうすればいいか、みんなで考えるぞ」
ハルは力強く仲間たちにそう言うと、再び元の位置に戻って座り直した。
◇
「──よし、なら一つずつ詰めていくぞ。フユ、俺が最初のワニ頭を倒した時に見つけたその石⋯⋯。確か『ゲームのモンスターのドロップみたい』って話をしたよな? 覚えてるか?」
ハルから話を振られたフユは「あ、うん⋯⋯」と頷くと、視線を手元に収まった石に落とす。
「ハルが、あのワニ頭を⋯⋯首チョンパ、したとこに転がってて⋯⋯死体が消えたところにあったから、ゲームみたいって⋯⋯」
「あれが異世界でのファーストバトルだもんな。忘れるわけねえぜ。モンスターを倒してアイテムドロップって、マジでゲームっぽいよな」
「その後のことだ。あの後すぐにバケモノの群れが復讐にやってきて、その内の一匹も俺が倒したろ? 俺の挑発にキレて真っ二つにしてやった奴だ。その時にそいつは何か落とさなかったか?」
時系列順に話を進行していくと、ナツが答える。
「えーっと⋯⋯あの時は生きるか死ぬかでそれどころじゃなかったし、はっきりとは言えないけど⋯⋯。うん、あたしが見る限り、死体が消えたところには何も残らなかったよ?」
「んで、ハルが倒れた後、オレら三人も魔剣に覚醒して、三匹まとめてぶった斬ってやったんだよな。そん時も死体が光になって消えただけで、『石』は落とさなかったぜ」
「どうして他のやつらは落とさなかったんだろうね? 五匹もいたのに。あの最初のバケモノだけ特別だった、とか?」
「ううん⋯⋯もうひとつ、あるよ。みんな、着いてきて」
頭を悩ませる面々にフユはそう言うと立ち上がり、とことこと歩き出す。三人は一瞬顔を見合わせ、フユの後を追った。
そして全員が見覚えのある大木の元にたどり着くなり、アキが声を上げた。
「あー、ここかー。あの後すぐに寝てるハルを迎えに行って、ちゃんと確認してなかったっけか。この茂みの裏だったか。ナツがボスの首斬ったの」
「うん⋯⋯。私⋯⋯念の為に確認、しといたの。みんなが休んでる時に⋯⋯」
「ああ、『ステータスオープン!』のタイミングな」
「! もうっ⋯⋯!」
またしてもプリプリと怒るフユをナツが笑顔で宥める。
「あはは! まあまあ、フユ。あたしもあの後、木の上のハルが心配で気にしてなかったけど、もしかして⋯⋯」
「うん⋯⋯ほら、見て?」
フユが一歩踏み出して茂みをめくると、そこには小型の隕石が地表に墜落でもしたのかというくらいの藍色の石──というよりもはや岩が鎮座していた。
その規模は手の平に収まる最初の戦利品の、ざっと十倍といったところで、三人は驚愕に目を見開いた。
「デカっ!? これがボスのドロップかよ!?」
「そう、みたい⋯⋯。みんなに教えようとした時に⋯⋯丁度ハルが起きたから、言うタイミング⋯⋯逃してたの」
「とんでもないサイズだな。⋯⋯だけどそうか。『全六匹』中、ドロップが確認できたのは、『二匹』だけか」
「ボスとその子供だよね。この二匹だけ特別だったのかなぁ?」
ナツが首を傾げてそう言うが、ハルが待ったをかけた。
「まだ何とも言えないが、『ゲームのモンスターのドロップみたい』って点に着目して考えると⋯⋯例えばこういうのはどうだ?」
論理的な推理とは少し異なり、あくまで既存の概念を元に想像力を働かせた仮説。それをハルは口にする。
「大抵のRPGって、モンスターを倒すとアイテムをドロップするが、100%確定ドロップのパターンを除くと、基本的に確率によるものだろ? 通常ドロップとは別枠のレアドロップの場合もだ。つまりこれは、そういうパターンも考えられないか?」
「⋯⋯あ、なるほど⋯⋯。それなら⋯⋯群れの仲間たちが⋯⋯落とさなかったのも、納得できるかも⋯⋯!」
「えっ、じゃあやっぱりここって、『ゲームの世界』なのぉ!?」
安直に結論づけるナツに対し、ハルは首を横に振る。
「ナツ、そういうことじゃない。あくまで俺たちのいた世界とは違う、独自の法則やルールがあるって話だ」
「ま、ゲームの世界だか異世界だかはどっちでもいいわ。オレらがわけわかんねえ世界にいるってことに変わんねえし」
アキはつま先でコンコンと藍色の巨物を突っつく。
「んでよ、この変な石⋯⋯てかもう岩かこれ。こいつが元の世界に戻るためのカギか?」
「貴重品ではありそう⋯⋯だけど。なんだか⋯⋯それとは、関係なさそうな⋯⋯」
「なんだよー、やっぱそうかよー⋯⋯。じゃあどうすんだこれ? 持って行くにしても、それこそ魔剣パワーでも使わないと無理そうだぜ。この隕石もどき」
四人いるとはいえ、持ち運びに難儀しそうな上に用途不明の謎の巨大アイテムの扱いに悩んでいると、ナツは思いついたように提案する。
「あ、そうだ魔剣! いっそ魔剣でバラバラに斬り刻んじゃう? 持ち運びやすいサイズにカットするの!」
「やめとけ。地球上に存在しない未知の物質ってことは、宇宙から来た隕石みたいに、人体に害のある放射能やら毒性があるとも限らない。こいつはこのままにしておこう」
「ちょっ!? おまっ、怖えこと言うなよな!」
靴のつま先で藍岩を突っついていたアキが、ハルの指摘に慌ててピョーンと後方へと飛び退いた。
「残された手がかりは、『魔剣』⋯⋯やっぱりこいつしかなさそう⋯⋯か」
例の廃工場で魔剣に触れた瞬間、今いる世界は塗り変わったのだ。様々な可能性を考慮しつつも、それを本命として着目するのは自然の流れだ。
ハルは自身の右手の平に視線をやると、一人小さく呟いた。
※読み飛ばしOKのおまけ
タイトル名の《綿密な分析》は、青の4マナソーサリーで2枚ドローと、フラッシュバックで2マナとライフ3点を払ってもう一度唱えられるカード。
ドロー=知識の獲得なので、四人でどんどん知恵を使って知識を得ることと、所々を文字通りの意味で「綿密な分析」でツッコミやフォローをするというカード名とプロットの噛み合わせ。




