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屋敷の外に出た私たちは、かなりの敷地を誇る庭へとやってきた。
「基本的に新入りがやるのは、庭の掃き掃除と草むしりだな。あとはテラスに置かれたテーブルと椅子を磨くことも仕事だ」
「植物に関することは庭師の仕事ではないのですか?」
「ああん? 仕事内容に文句があるってことか!?」
思わず疑問を口にすると、リッキー先輩の目がギロリと光った。
しかしこれはいじめ的なものではなく、新人が仕事を嫌がったと思ったから、にらんだだけだろう。だから新人の教育係として当然の行為とも言える。
「いえ、草むしりが嫌なわけではありません。単純に気になったものですから」
その証拠に、私が仕事を嫌がったわけではないと分かると、リッキー先輩はすぐに視線を柔らかいものへと変化させた。
「この屋敷の庭は広い。庭師は観賞用の木々や花の手入れをするだけで手一杯なんだ。だから雑草を抜くのは下っ端の仕事だ」
「なるほど。じゃあ僕は毎日屋敷の外で仕事をするのですね?」
「よく分からねえ新入りに屋敷内をウロウロされたくはねえからな」
新人の使用人が、別の貴族のスパイだったり刺客だったりという話はたまに聞く。新人に屋敷の外の仕事を与えるのは、そういった者に屋敷の中を探らせない目的もあるのだろう。
「当然の措置だと思います。よく分からない新入りを軽率に屋敷内に放ったら、何をされるか分かりませんからね」
「……お前、自分がよく分からねえ新入りって言われてることを理解してるか?」
そうだった。今は私こそがスパイや刺客の可能性がある新人なのだ。怪しい行動は避けるように心がけよう。
「まあいい。とにかくお前の主な仕事は庭の掃除だ。これなら力のねえお前にも出来るだろ」
「分かりました。頑張ります!」
「じゃあ雑草とそうじゃねえものを教えるぞ。前に新人が花の苗を抜いて庭師のフレッドにこっぴどく叱られたからな」
庭を歩き回りながら、リッキー先輩に雑草とそうではない植物を教えてもらう。大きく育った木と雑草は簡単に見分けがつくけれど、まだ小さな苗は注意をしないとうっかり抜いてしまいそうだ。紛らわしい苗はよく覚えておこう。
「お前って、貴族にしては素直なやつだな」
真剣に苗と雑草を覚えようとする私を見たリッキー先輩が、驚いたように漏らした。
「リッキー先輩は貴族が嫌いなのですか? もしかしてサンチェス伯爵が意地悪をするのですか?」
「馬鹿を言うな。ルーカス様ほど人間の出来た人はそうそういねえよ。だが、他の貴族はクソだと思ってる」
サンチェス伯爵が意地悪をしているのでは?という私の予想を聞いたリッキー先輩は、とんでもないことだと大きく首を横に振った。どうやらリッキー先輩は、サンチェス伯爵のことを敬愛しているらしい。
「ルーカス様は下っ端の使用人の名前まで覚えて下さるんだ。そんな貴族はそうそういねえよ」
「大きな屋敷だから使用人の人数も多そうなのに。サンチェス伯爵はすごいですね」
「そうなんだよ。あと、サンチェス伯爵じゃなくてルーカス様、な。この屋敷で働くのにサンチェス伯爵呼びは良くねえ。それとルーカス様はご当主様や旦那様呼びもあまり好まねえ。両親が亡くなってこの屋敷の主人が自分になったことを思い出すのが嫌なのかもな」
サンチェス伯爵にもいろいろと事情があるようだ。しかし詮索をするとスパイ疑惑を持たれる可能性があるため、ただ頷くに留める。
「分かりました。ルーカス様ですね」
なんだかむず痒い。これまで元夫であるアレクシス様以外の男性は、下の名前で呼んだことが無かったから。
「話を戻すが、ルーカス様はその辺のクソ貴族とは違えんだよ」
リッキー先輩がルーカス様を持ち上げつつ、また他の貴族をクソ呼ばわりし始めた。
でも……クソ貴族、か。
アレクシス様も、クソ貴族側の人間だったのかもしれない。使用人の名前を覚えている様子は無かったし、妻である私のことも簡単に捨てた。
クソ貴族というか、貴族として生まれたクソというか。
「確かにクソな貴族はいますね。僕も、自分勝手で他人を不幸にするような貴族を知っています」
「だろ!?」
私が同意をしたことで気を良くしたらしいリッキー先輩が、私の耳元で囁いた。
「お前は主に屋敷の外で働くから会うことは無いと思うが、一つだけ忠告してやる。エマお嬢様には気を付けろ」
「エマお嬢様って、ルーカス様の妹の、ですか?」
ジェフがエマのことを知っているのはおかしいと気付いたときにはもう言葉が口を出ていた。
しかし幸いなことにリッキー先輩は私の口からエマの名前が出たことを不思議には思わなかったようだ。私がリッキー先輩と会う前に、どこかでエマの話を聞いていたと思ったのかもしれない。
「ああ、そうだ。クソ貴族とはまた種類の違う厄介さだが、機嫌を損ねるととんでもねえことになる。必要が無い限り、関わらねえようにしろよ。お前のせいでエマお嬢様の機嫌が悪くなったら、彼女の侍女が大変な思いをするからな」
「肝に銘じます」
使用人にここまで言わせるなんて、エマは私に見せていたワガママよりももっとすごいワガママを使用人相手に発揮しているのかもしれない。覚悟をしておこう。
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