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(1)
サンチェス伯爵にカードを見せてジゼル・オルコットの親戚を名乗ると、先程までの門前払いが嘘のように屋敷の中へと通された。
そして今、目の前にはサンチェス伯爵その人が座っている。
「あの……」
「君の名前は?」
「あっ、名乗りもせずに失礼しました。僕の名前はジ……ジェフです」
私は偽名を名乗ると、深々とお辞儀をした。
サンチェス伯爵は私の偽名を疑うことはしなかった。その代わりに私のことを上から下までじっと眺めた。
反射的に緊張をしたものの、今の私は完全に男だ。性別を疑われても、服を脱げば男であることを証明できる。
「そうか、ジェフ君。君はジゼル嬢の何なのかな? どうしてここへ?」
「あ、えっと、僕はジゼルの遠縁で、ここへは使用人として雇ってもらえないか交渉をしに来ました」
サンチェス伯爵は何かを考えるような仕草をしてから、僕の目をまっすぐに見つめた。
「使用人として雇ってほしい……他には? ジゼル嬢から何かを頼まれたりは?」
「えっ? いえ、特には」
「……そうか」
サンチェス伯爵はまた何かを考えているのか、あごに手を当てて黙り込んでしまった。
サンチェス伯爵が黙ってしまったため、どうしたものかと思いつつ、恐る恐る声をかけてみる。
「働き口が見つからなくて困っていたら、ジゼルがこの屋敷のことを教えてくれたのです。それにこのカードが身元証明になるとも言っていました」
「ジゼル嬢からは、そんな話は聞いていないけれど?」
「あっ、えっと、たぶんバタバタしていて忘れたのだと思います。ジゼルはうっかりしているところがありますから」
考えてみたら、サンチェス伯爵への連絡も無しに、勝手にサンチェス伯爵から貰ったカードを他人に渡して伯爵邸を紹介することは褒められた行為ではない。この一件でジゼルが嫌われた可能性すらある。
「ジゼル嬢は」
「へっ!?」
一瞬、自分が呼ばれたのかと思って焦ってしまった。
しかし私の間抜けな声を気にもせず、サンチェス伯爵は話を続けた。
「ジゼル嬢はアレクシス・ラミレス伯爵と離婚をしたと聞いたのだけれど、その後どこで何をしているのか知っているかな」
「りこっ!?」
うわさが回るのがあまりにも早い。離婚の話をアレクシス様がどこかで公表したか、ヴィヴィアン嬢がお茶会などで話を広めているのかもしれない。そうでなければ、この早さでうわさが回ることは考えにくい。
……いや、それにしたって早すぎる気がする。サンチェス伯爵には独自の情報網でもあるのかもしれない。
「ジゼル嬢から何か聞いていないかな?」
「ええと、現在のジゼルの居場所は聞いていません。実家に戻っているのではないでしょうか」
「……そうか。そうだよね」
実家に連絡をされたらすぐにジゼルが実家にいないことがバレてしまうだろうけれど、こう言う他になかった。実家以外にジゼルが行きそうな場所は無いのだから。
「あの、ジゼルがどうかしたのですか?」
「いや、何でもない。元気ならそれで良いんだ」
「……? 元気かは分かりませんが、確実に生きてはいます」
どうやらサンチェス伯爵は、ジゼルを嫌うどころかジゼルのことを気にかけているようだ。これを利用しない手は無い。もしかするとジゼルの親戚ということを押し出したら、この屋敷で雇ってもらえるかもしれない。
「サンチェス伯爵。ジゼルの親戚である僕のこれからの話もしたいのですが……」
試しに「ジゼルの親戚」の部分を強調して言ってみた。
ジゼルの名前が上手く働いてくれることを願って……正直なところ、どうしてサンチェス伯爵がジゼルのことをここまで気にしているのかは分からない。エマの友人というポジションは、ここまで大事にされる存在だったのだろうか。
そんなよこしまな気持ちでエマと友人になったわけではないけれど、今は、使えるものはすべて使いたい。この屋敷で雇ってもらえなかったら、いよいよあとが無いのだから。
「あー、君はこの屋敷の使用人になりたいんだったか」
「はい!」
「いいよ」
「え?」
あまりにも簡単に良い返事をもらえたことで、私は目をぱちくりとさせた。
「君を使用人として雇おう」
「いいのですか!?」
サンチェス伯爵は部屋の隅に控えていた執事を呼ぶと、私を指し示しながら命令を出した。
「この子に使用人の仕事を教えてあげて。今日から雇うから」
「かしこまりました」
どれだけ断られようとも絶対に雇ってもらわなければと意気込んでいたのに、あまりにもあっさりと雇用が決まり、私は呆気に取られてしまった。
* * *
執事に連れられて向かった先には、一人の使用人がいた。体格がよく兄貴分を思わせる男性だ。
「リッキー、あなたに彼の新人教育を任せます」
「よ、よろしくお願いします!」
ここまで案内をしてくれた執事の言葉を受けて、私はリッキーと呼ばれた使用人に頭を下げた。
すると使用人は怪訝そうな顔で私のことを眺めた。
「こんな時期に新人? 使用人は足りてるはずだが?」
「彼はルーカス様の知り合いらしいです」
「ルーカス様の? もしかしてお前、貴族なのか?」
「ええと、その……誰も知らないような田舎貴族です」
ジェフという人間は存在しないけれど、田舎貴族と言っておけば、いないことを確認まではしないだろう。そんなことを確認するためだけに何日も馬車を走らせるわけがないのだから。
「はあ!? お貴族様がどうして使用人に!?」
貴族という単語を聞いた使用人は、途端に機嫌を悪くした。きっと過去に、貴族に嫌な目に遭わされた経験があるのだろう。
平民相手に嫌がらせをする貴族に心当たりがあるため、同じ貴族として申し訳ないとは思う。
しかし同じ貴族だからと私をいじめないでもらえるとありがたいのだけれど……彼に優しく指導をしてもらえるだろうか。
「貴族の道楽で使用人体験でもするつもりなのか!?」
「いえ、僕は貴族と言っても名ばかりの貴族で、あの……働かなくては食べていけないような状況でして……」
私の言葉を聞いた使用人は、鋭かった視線をスッと軟化させた。
「へえ。よく分からねえが、貴族にも色々あるんだな」
これだけで判断をするのは早計かもしれないけれど、彼は悪い人ではなさそうだ。
教育係が貴族の一点で人を差別するような人ではなくて安心した。
「と言うことなので、あまり新人を虐めないように。先程も伝えましたが、彼はルーカス様の知り合いですからね」
「俺がすぐに新人を虐めるかのような言い方をするなよな!?」
執事は口元だけで軽く微笑むと、使用人に私を任せて去っていった。
「まったく。じゃあ仕事を教えるから着いて来いよ」
「はい!」
残された使用人は、私に合図を出すと大股でスタスタと歩き始めた。
慌てて使用人のあとを追う。
「俺の名はリッキーだ。堅苦しいのは嫌いだから気軽にリッキー先輩と呼んでくれ」
「分かりました、リッキー先輩。僕はジェフです。これからよろしくお願いします」
「ああ、よろしくな」
歩きながら自己紹介を済ませる。その間も歩くスピードは落ちない。
屋敷の外に出たところで、リッキー先輩がくるりと振り返って私のことを見た。
「さっきから気になってたんだが」
「な、何ですか?」
急に振り返られて驚く私の手首を、リッキー先輩が掴んだ。リッキー先輩の手は私の手首をくるりと一周している。
「やっぱり細いなあ。こんなんで仕事が出来るのかよ」
「が、頑張ります」
しかし私にリッキー先輩と同じ量の荷物が持てるとはとても思えない。身体の大きさが倍ほども違うのだから。今さらだけれど、私に使用人の仕事が務まるのだろうか。
私が不安と緊張でドキドキしていると、リッキー先輩の手が私の手首から離れ、今度は背中をバシッと叩いた。
「元貴族に期待はしてねえから、そう気負うなよ!」
「えっと、ありがとうございます……?」
言葉選びはあまり上手くないけれど、今のは彼なりの励ましなのかもしれない。
やはりリッキー先輩は悪い人ではなさそうだ。




