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【完結】捨てられ令嬢と魔女の薬屋  作者: 竹間単


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●4


 閑話休題。

 とにかく今私の手の中にあるカードは、舞踏会の日にサンチェス伯爵から貰ったものだ。


「もし何か困ったことがあったら頼ってくれていい……」


 ただの社交辞令だとは思う。もしくはエマとの文通をさせるための方便。

 それでも今の私にとっては、希望に満ちた言葉に思える。


「このカードを見せたら、サンチェス伯爵の屋敷で働けるかも?」


 きっとサンチェス伯爵なら、私を助けてくれる……!

 そう考えたところで、我に返った。


「アレクシス様と離婚したばかりの私がサンチェス伯爵の屋敷で働き始めたら、良からぬうわさを立てられるかもしれない。実際には何も無かったとしても、うわさとはそういうものだから。サンチェス伯爵とエマには嫌な思いをさせたくない」


 サンチェス伯爵の屋敷で働くことが出来るのならこれ以上のことはないけれど、状況的にそれは出来ないと気付いた私は肩を落とした。

 すると私の様子を見た薬屋の店主が、口角を上げて怪しく笑った。


「ヒッヒッヒ。こんなときのための魔女の薬屋だよ。お前さんの願いをまるっと叶える秘薬がある」


 私は目をぱちくりとさせながら、店主を見つめた。


「女のままでは使用人になれないのだろう? それなら簡単さ」


 そう言って店主が一本の小瓶を私に手渡した。小瓶は少し汚れていて、年代物のように見える。


「これは……?」


 店主から手渡された小瓶をまじまじと眺める。小瓶の中にはどろりとした紫色の液体が入っているようだ。


「性転換薬だよ。これはわしが長年かけて開発したとっておきでねえ。他の店では売っていない代物だよ」


「そりゃあ売っていないと思います。そんな嘘みたいな怪しい薬は……」


 もう一度小瓶に視線を落とす。しかしいくら眺めても、小瓶の中に紫色の液体が入っていることが分かるだけで、どんな効果のある薬なのかは素人の私が見ただけでは分からない。


「それを飲めばお前さんは男になることができる。男の姿でなら、使用人として働きに行けるだろう?」


「それはそうですが、これを飲めと?」


 恐る恐る店主を見ると、フードの下から見える店主の口元が怪しげに弧を描いている。


「飲まない選択肢は無いだろう?」


「さすがに初めて入った怪しげな店で貰ったよく分からない薬を飲むのはちょっと。毒の可能性もありますし」


「おや、意外と言うねえ。怪しげな店のよく分からない毒かもしれない薬ねえ」


「すみません。つい本音が、あっ」


 うっかり失言を重ねてしまった。

 しかし店主は気を悪くした様子もなく、変わらずに口元が弧を描き続けている。


「別に薬を飲まなくてもいいが、飲まないとお前さんは詰んでいる状況だろう?」


「それは……そうですが……」


 女のままではこの先行く場所がない。男になったからと言って必ずしもサンチェス伯爵の屋敷で働けると決まったわけではないけれど、サンチェス伯爵のところがダメでも、男ならいくらでも働き口がある。


「ここは覚悟を決めるべきかしら……ちなみにこの薬はおいくらですか?」


「無料でいいさ。その代わりこの場で飲んでおくれ。薬の効き目を確認したいからねえ」


「治験に協力する代わりに無料で薬をくれると言うわけですか」


「ヒッヒッヒッ。そうとも言うねえ」


 治験だなんて、なおさら危険だ。

 絶対にこの薬は飲まない方が良い…………平常時なら。


「今の私には、薬を飲む以外の選択肢は無いのよね」


 他に生きていく方法があるのなら、絶対に他の方法を選ぶ。

 しかし女のままでは、詰んでいるも同然なのだ。

 サンチェス伯爵とエマに迷惑をかけて生き残る方法もあるにはあるけれど、友人とその兄に迷惑をかけるのは気が引ける。

 友人に迷惑をかけて生き残るか、怪しい薬を飲んで生き残るか……この怪しい薬を飲んで生きていられる保証も無いけれど。

 とにかく決断をしなければならない。

 薬を飲むか、薬を飲むか。


「ああもう。決断って、覚悟を決めるだけじゃない!」


 私は勢いに任せて薬を一気に喉へと流し込んだ。どろりとした液体が喉を通っていく。多少の苦みがあったものの飲めないほどの味ではなかったため吐き出さずに済んだ。

 薬がどろりとしているからか、それとも薬の効果なのか、流し込んだ薬が今どこを通っているのか分かる気がした。そして薬の通った箇所がカッと熱を帯びる。その熱が周りへと広がっていき、すぐに身体中が火照ってきた。


「そうだ、その薬には注意事項があってねえ。それゆえにその薬を完成品には出来なかったのだが……」


 薬の影響が出始めてから、店主が呑気にそんな台詞を吐いた。




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