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「あっははは! 『さようなら、過去の男』だって!」
馬車に揺られながら、ルーカス様が腹を抱えて笑った。
こんなに大笑いをするルーカス様は初めて見た。
「そんなに笑わなくても良いじゃないですか」
「だってあまりにも爽快だったから。くくっ!」
確かに私も爽快な気分だった。
やっと言いたかったことを言えたのだ。
もうアレクシス・ラミレスが私を縮こまらせることは、二度と無い。
「私も言いたいことを言ったらスッキリしました。憑き物が落ちたといいますか、アレクシス・ラミレスと結婚してからずっと肩に乗っていた重い物が霧散したような気分です」
「本当の私」を押さえつけるものから、私はやっと解放されたのだ。
身体的には屋敷を追い出された時点でアレクシス・ラミレスから解放されていたものの、心の方はずっとあの頃の憂鬱から抜け出せていなかった。
それが優しい人たちとの出会いでゆっくりとほぐされていき、ついに今日、完全にアレクシス・ラミレスから解放された。
……いいや、こちらから捨てたのだ。
捨てられたのは、私ではなく、あの男の方なのだ!
「ねえ、ジゼル嬢?」
やっと笑い終わった様子のルーカス様が、私の髪を撫でた。
「君を押さえつけていた邪魔なものが消えたから、君は元の自分を取り戻せたんだよね?」
「はい。今日明日で劇的な変化は無いかもしれません。それでも、私は私を取り戻しました。ルーカス様のおかげです」
「あくまでも私はサポートをしただけだよ。きちんとアレクシス・ラミレスと決着をつけて、自分を取り戻したのは君自身だよ。君が自分に関わるうわさを流す決断をしていなかったら、この結果にはならなかった」
「上手くいくかは賭けでしたが、賭けに勝てて良かったです」
私は、藻掻いて足掻いて、本当の私を、自分の運命を、取り戻したのだ。
自分の運命を取り戻すことがこんなにも幸せだったなんて知らなかった。
これからは自分の思うまま、偽りの無い私のまま、人生を歩いて行こう。
「お給金をもらったら、まずは住むところを探さないとですね」
「ジゼル嬢は何を言っているのかな。ジゼル嬢の住む場所は、明日からもずっとうちの屋敷だよ」
「さすがにいつまでもお世話になるわけにはいきませんよ。部屋を一つ頂いている状況は心苦しいですから」
私がジゼルだと判明してから、リッキーと同室はマズいということで、一人部屋を手配してもらう流れになった。
さすがにジェフがジゼルだったという荒唐無稽な話を全員にするわけにもいかないので、ジェフは親が病気になったため実家に帰ることになり、代わりにジゼルが働きに来たことにした。
その説明をした結果、ジゼルの来訪に誰よりも喜んだのはエマだった。そして私は屋敷に置いてもらう代わりにエマのマナー講師としての仕事を請け負うことになった。
長年ベッドで寝ていたエマは、とてもマナーが完璧とは言い難かったためマナー講師を雇っていたのだけれど、どうにもこれまでのマナー講師とは反りが合わなかったらしい。だからこの機会にマナー講師を私に変更してしまおうという話になったのだ。
ちなみに最初は使用人として働き続けようとしたのだけれど、それはルーカス様とエマに断固拒否された。それどころか仕事をしなくても屋敷に滞在していていいと言ってくれた。しかしジェフの代わりに働きに来たのに仕事をしないのは変だということで、マナー講師の仕事をすることで話が決着したのだ。
「ジゼル嬢が使っているのは余っていた部屋だから気にしなくていいんだよ」
「あれはとても使用人が使用するべき部屋ではないと思います」
私のために用意された部屋は、まるで貴族が使う部屋だった。
確かにジゼルは一応貴族だけれど、申し訳程度の仕事をするだけの居候の分際であんな部屋を与えてもらうのはおかしい。
「あの部屋で良いんだよ。ジゼル嬢のことは、使用人として扱っているわけではないから」
ルーカス様が爽やかに笑いながら私の手を握ってきた。
「それとも私の寝室で一緒に寝たいという意味かな?」
「ちちち、違います!」
慌てる私のことを、ルーカス様は微笑みながら見つめている。
「あの、ルーカス様と一緒に寝たいという意味ではなく……優しい人たちに甘えてばかりなのはよくありません。私は自立しないといけないのです」
「私は別に優しいわけではないよ。ジゼル嬢を逃がさないように必死なだけ。ほら、小鳥を手に入れたかったら、毎日美味しいご飯をあげて自分のそばに来てくれるようにするのが一番だろう?」
「うっ。私はまんまとルーカス様に手懐けられているわけですね」
やっぱり私はルーカス様から離れて自立をしないといけないかもしれない。このままだと甘ったれたままあの屋敷で暮らし続けてしまいそうだ。
「……逃げないよう鳥の羽を切るように足の腱を切る方法もあるけれど、ジゼル嬢のことを傷付けたくはないからね。自ら落ちてきてくれると嬉しいな」
えっ。これはルーカス様のブラックジョーク……よね!? ジョークよね!?
ルーカス様の顔を見ると、相変わらず微笑んでいる。ポーカーフェイス過ぎて本気か冗談か分からない。
「ルーカス様は私が屋敷から出て行くことに反対なのですか?」
「もちろん。初恋相手の君が戻ってきたというのに、簡単に手放すわけがないだろう?」
「はつこっ……もう! すぐにそういうことを言うのはどうかと思います」
「だって、またとない機会がやってきたからね。今度は後悔しないように動かないと」
ルーカス様は、両親が亡くなって家がバタバタしている間にアレクシス・ラミレスに私を奪われたことを根に持っているのだろう。
そんなに頑張らなくても、今の私に結婚を申し込む人はいないというのに。
それにもし結婚を申し込まれても、今度はぽっと出の人と結婚なんかしない。絶対に。私が私でいるために。
「初恋の君が戻ってきたからには、全力で口説くからね。覚悟してね?」
「すでに毎日口説いてるじゃないですか!」
「これからはただ口説くのではなくて、全力で口説くんだよ」
ルーカス様の全力は、一体どのようなものなのだろう。
今でさえ毎日、好きだの愛しているだの美しいだの天使のようだの、ありとあらゆる愛の言葉と褒め言葉を並べられているのに。
これ以上のことを言われたら、さすがに私は倒れてしまうかもしれない。
もちろん嬉しくないわけではない。ただあまりにも供給過多で、ルーカス様のキラキラした感情を私一人では抱えきれないのだ。
「あの。私はそっち方面に免疫が無いので……お手柔らかにお願いします」
私が困ったようにそう言うと、ルーカス様は白い歯を見せながら楽しそうに笑った。
「ジゼル嬢も言いたいことがあったら、どんどん言ってくれて構わないからね。ジゼル嬢の口説き文句も気になるから」
「女性から男性は口説かないかと」
「そうかな。君なら常識なんか気にせずに、やりたいと思ったことはやりそうな気がするけれど」
やりたいと思ったことは周りの目を気にせずにやる……そうだ。そういえば、元の私にはそういうところがあった。そのせいでトラブルに巻き込まれたことは一度や二度ではないけれど。
「ルーカス様の思う私って、そんな印象なんですね」
当たってはいるけれど、なんだかあまり良い印象の気がしない。
やりたいと思ったことをやるというのは、ワガママとも受け取られてしまうからだ。
「もちろん悪い意味で言ったわけではないよ。私は、そんな自由な君が好きなんだ」
またそうやって気軽に好きと言う。こんな攻撃を毎日受けて、恋に落ちない女性がいるだろうか。いや、いない。
「……やっぱりルーカス様は最初の印象とずいぶん違います」
「どう違うのかな?」
「グイグイ来すぎです」
私が真顔でそう言うと、ルーカス様はまた腹を抱えて笑い始めた。今日のルーカス様は、この上なくご機嫌だ。
「グイグイ来る、ね。それはそうだよ。初恋相手を落とせるかどうかが掛かっているのだから」
「またそんなことを言って」
「それに私の想いを押し付けるだけではなくて、君の願いを叶えたいとも思っているんだよ。君が幸せだと、私も幸せだからね。まあ屋敷を出て行く願いだけは叶えたくないけれど」
私の願い……。
もしあの頼みごとをルーカス様に話したら、ルーカス様は受け入れてくれるのだろうか。試しに言うだけ言ってみるのはアリかもしれない。
「実はルーカス様に一つ頼みごとがあるのですが、聞いてもらえるでしょうか?」
「ジゼル嬢のお願い? 何かな?」
「それは…………」




