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「そうだ。実は私の妹がお茶会好きでしてね。最近、いろいろなお茶会に顔を出しているのです」
しばらく待ってもアレクシス様の動きが無かったため、アレクシス様の代わりにルーカス様が会話を繋いだ。
「エマ・サンチェス嬢ですわね。最近お喋りをする機会が無かったのですけれど、お元気かしら」
エマの名前を聞いたヴィヴィアン嬢が反応を返した。
ヴィヴィアン嬢がジゼルに何をしたのかを知ってから、エマはヴィヴィアン嬢とは関わろうとしなくなった。サンチェス伯爵邸で開かれるお茶会にはもちろん呼ばないし、他の屋敷のお茶会へ行ってもヴィヴィアン嬢には近付かないようにしているのだと、エマ自身が言っていた。
「おかげさまで。元気すぎて困っているくらいですよ」
「それは良かったですわ。でも、どうしていきなりエマ嬢の話をなさるのです?」
ヴィヴィアン嬢がエマと仲良くしているならまだしも、あからさまに避けられている状況でエマの話を出されるのは不思議に感じることだろう。正確にはルーカス様がしたかったのはエマの話ではなく、アレクシス様とヴィヴィアン嬢の現状の話だ。
「いえね、あなたたちのことが令嬢たちの間でうわさになっている事実を、本人たちは知っているのかなと思いまして」
ルーカス様が何でもないことのように言った。
すると、やっと感情に頭が追い付いた様子のアレクシス様がルーカス様に向かって怒鳴った。
「はあ!? うわさって何だよ!?」
前は気付かなかったけれど、アレクシス様は本当に余裕の無い人だ。すぐに怒りによって他人よりも優位に立とうとする。冷静なルーカス様の近くにいるとその余裕の無さが一層顕著で、アレクシス様が一方的に噛みついているだけだということがよく分かる。
「私が聞いたわけではありませんが……ラミレス伯爵は、他の男への嫉妬で彼の愛する令嬢と結婚をするという嫌がらせ行為をしてしまう器の小さい男だ。と、令嬢たちの間で非難されている……と、妹が言っていましたね」
ルーカス様の言葉を聞いたアレクシス様は、全身の毛が逆立っているように見えるほどの怒りを込めてルーカス様をにらんだ。
「お前の妹がうわさの発生源だな!?」
「さあ、どうでしょう。うわさというのは思わぬ形で伝わっていくものです。私が妹に漏らした愚痴を、妹が友人に兄の悩みごととして打ち明け、その友人がお茶会のネタとして面白おかしく吹聴したのではないでしょうか」
ルーカス様はアレクシス様の怒りを前にしても少しも動じない。アレクシス様の激情に慣れているのかもしれないけれど、動じなさすぎて少し怖いくらいだ。仕事中のルーカス様を垣間見たような気がする。
「ルーカス・サンチェス! お前がわざとそうなるように仕組んだんだろ!?」
「まさか。それにもとを辿っていくと、ラミレス伯爵夫人が言い出した話だと聞いていますよ。ああ、あのときのお茶会でラミレス伯爵夫人の会話をどこかの令嬢が聞いていたのかもしれませんね。その場合、私はまったく関係の無いうわさですね」
ルーカス様の言葉を聞いたアレクシス様が、ぐりんとヴィヴィアン嬢に顔を向けた。
「ヴィヴィ、今の話は本当なのか!? よりにもよって大勢がいる茶会の場で、そんなことを言ったのか!?」
「ええと……そんなこともあったような、なかったような?」
ヴィヴィアン嬢が気まずそうに視線を泳がせた。
「おい!」
「ジゼル嬢に似た使用人がいたから、つい」
アレクシス様に怒鳴られたヴィヴィアン嬢が、小さな声でそう言った。
すぐにアレクシス様が額に手を当てて大きな溜息を吐く。
衝撃的な事実を告げられて憔悴する二人に、ルーカス様がさらなる爆弾を落とす。
「ひとたび令嬢たちの間でうわさになってしまったら、その夫や父親にも話が伝わります。ラミレス伯爵は最近、仕事が減っているのでは?」
「なっ!?」
アレクシス様のこの反応を見るに、実際に仕事が減っているのだろう。そのこともあって、余計にアレクシス様には余裕が無いのだろうか。
「俺の仕事とうわさに何の関係があるんだよ!」
「あんなうわさが流れていたら、あなたの仕事が無くなるのは当然の成り行きでしょうね。自分への嫌がらせで妻を寝取られたりしたら、たまりませんから。あなたと距離を置きたいと考える貴族は多いでしょう」
そう、アレクシス様は無駄に顔が良いのだ。それもあって危機感を持った貴族が多かったのだろう。
そしてアレクシス様離れの風潮が出来てしまえば、元からアレクシス様のことを嫌っていたものの報復が怖くて離れることが出来なかった貴族たちも、どさくさに紛れてアレクシス様から離れていく。
その連鎖でアレクシス様の周りからどんどん人が離れ、仕事がもらえなくなってしまったのだろう。完全に自業自得だ。
「ルーカス・サンチェス! お前、よくも……!」
「私は何もしていませんよ。あなたたちが勝手に自分たちの評判を落として、勝手に仕事を無くしているだけです」
今にもルーカス様に掴みかかりそうなアレクシス様だったけれど、掴みかかるよりも先に腕を掴まれた。
「アレク、仕事が減っているって何!? わたくしはそんな話聞いていないわよ!?」
ヴィヴィアン嬢は本当に何も知らなかったのだろう。もし知っていたら今着ているような高価なドレスは購入を控えていたはずだからだ。だってこの先、二人の生活は厳しくなることが目に見えているのだから。
「ヴィヴィは黙っていろ!」
「黙っていられる状況じゃないわ! 仕事が無くなったら贅沢が出来なくなるじゃない!」
ヴィヴィアン嬢が自身の首元を飾るネックレスを触りながら言った。大きなダイヤの埋め込まれたネックレスは相当の値段がしたはずだ。これからはもうそのレベルのネックレスは買えないだろう。むしろ生活資金を得るために売ることになるはずだ。
「うるさい! もとはと言えばヴィヴィが口を滑らせるからだろ!」
「わたくしがうわさの発生源とは限らないじゃない! 彼らが悪意を持ってうわさを流したのかもしれないわ!」
「どっちにしたって、もううわさは流れているんだ。どうするんだよ、これ!」
「わたくしに言われても困るわよ!」
アレクシス様とヴィヴィアン嬢が仲違いをして激しい言い合いを始めた。
二人があまりにも大声で喧嘩をするものだから、周囲の視線が集まっている。
「そろそろ行こうか。二人は喧嘩で忙しいみたいだから」
ルーカス様が私の腰に手を回した。
「そうですね。途中から私は空気になっちゃっていましたよ」
「空気で良いと思うよ。彼らと関わっても損しかしないから」
「それもそうですね」
きっと今後はもうアレクシス様ともヴィヴィアン嬢とも関わることはないだろう。だから今この瞬間が、私の見る彼らの最後の姿になるはずだ。
二人には思うところがたくさんあったけれど、今の二人の様子を思い出すことで、笑い話に出来そうだ。二人はあんなことをして私を馬鹿にしていたのに、最後には落ちぶれて顔を真っ赤にしながら仲違いをしていた、と。
私たちがその場から立ち去ろうとすると、そのことに気付いたアレクシス様が私に声をかけた。
「ジゼル。これは、俺への復讐のつもりか?」
くるりと振り返って、アレクシス様に告げる。
「別に。私はあなたへの復讐なんてどうでもいいのです」
「嘘を吐くなよ」
「本当のことですよ。だって私は今、最高に幸せですから。あなたのために使う時間なんか無いのです」
それだけを言うと、ルーカス様に視線を移す。
「行きましょう、ルーカス様」
「そうだね、ジゼル嬢」
歩き出した私たちに向かってアレクシス様が怒鳴る。
「おい、待てよ!」
「さようなら、過去の男」
しかし私は振り返らなかった。
アレクシス様……アレクシス・ラミレスとの暗い日々とは、今日で完全に決別だ。
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