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「そんなことより、どうして私が屋敷に忍び込んだのか聞かないのですか?」
「男になってこの屋敷で使用人として働きたかったと、先程自分で言っていたよね?」
ルーカス様が即答した。
実際はその通りなのだけれど、しかしそうではなかった可能性もある。
「先程の発言はすべて嘘で、本当は誰かの指示で男になってルーカス様の屋敷に潜り込んでスパイ活動をしているのかもしれませんよ」
「私の情報網を舐めないでほしいな。ジェフが誰とも繋がっていないことは把握している。ジゼル嬢に関してもね」
「……どこかの貴族がスパイにするために私を隠していた可能性もあると思います」
「そんな企みがあったとして、それに私が気付かないとでも?」
前にも思ったことがあるけれど、ルーカス様は情報を扱うことに長けているのかもしれない。
だけどこのまま引き下がるのは、なんか悔しい。
「ええと……私が個人的に屋敷内にある金目の物を盗もうとして潜り込んだ可能性もありますよ。金品ではなく情報を盗もうとした可能性もあります。情報は高く売れるそうですから」
「私のことを心配してくれるのはありがたいけれど、君はもっと自分の心配をするべきだ。もし君がスパイだという話になったら、拷問を受けるのは君自身だよ?」
「拷問!?」
サーッと血の気が引いていく。
そして顔を蒼くした私を見たルーカス様が、追い打ちをかける。
「スパイなら拷問は避けられないだろうね。君がどこのスパイか白状するまで、こうやって指を一本ずつ折って……」
ルーカス様が自身の指を手の甲に向けて引っ張る様子を見た私は、すぐに両手を上に挙げた。
「ス、スパイじゃありません! 私はどこの貴族とも繋がっていません! 衣食住が欲しくてこの屋敷にやって来ました!」
「それでよろしい」
私が慌ててスパイ疑惑を否定すると、ルーカス様が満足げな顔をした。
なんだか先程からずっとルーカス様の手のひらの上で転がされている気がする。
「……今のルーカス様は、昔の印象と違います」
「どう違うのかな?」
「ちょっと意地悪です」
私の言葉を聞いたルーカス様は、それはそれは楽しそうに笑った。
「あははっ。意地悪だなんて初めて言われたよ」
「絶対嘘です」
「ごめんね。あまりにも君が可愛い……おっと。君が天使みたいだったから」
ルーカス様は私のことを可愛いと言わないようにしてくれたようだけれど、天使みたいは可愛いよりも破壊力が増しているような気がする。
「やっぱり今のルーカス様は意地悪です」
「うーん。本当に私は今も昔も変わっていないつもりだけれど……君は、昔とずいぶん変わってしまったね」
ルーカス様がそれまでの笑みを消して、真面目な顔でそう言った。
「私は魔法で男になっていましたから」
「そのことではないよ」
私が性転換の話を出すと、ルーカス様が静かに首を横に振った。
「アレクシス・ラミレスと結婚した頃から、君は変わってしまった」
ヒュッと喉が鳴った。
それは私自身、前にも考えていたことだ。
今の私は本当の私なのか、と。
「私は……」
「昔は誘拐犯を罵倒するくらい気が強かったのにね。アレクシス・ラミレスの屋敷でどれだけ肩身の狭い思いをしてきたのだか」
アレクシス様の屋敷での私は、愛されるためにアレクシス様の好みに合わせようと努力をしてきた。気を遣ってきた。彼の目を気にしてきた。
その結果、愛を得られないどころか住む場所さえ失ったのだから目も当てられない。
私に残ったのは、ひしゃげて捻じ曲がってしまった自我だけだ。
「本当は君自身も、自分が変わってしまったと思っているのだろう?」
ルーカス様は何もかもがお見通しのように見える。きっとこの人の前では、隠し事など不可能なのだろう。魔法が解けなかったとしても、ジェフの正体がジゼルだと知られるのは時間の問題だったのかもしれない。
「……そう、ですね。今の私が誘拐犯と出会ったら、私は誘拐犯を罵倒するどころか叫ぶことすら出来ないかもしれません」
「もう元の性格に戻ることは難しそうかな?」
どうだろう。ひしゃげて捻じ曲がってしまった自我は、元に戻るものなのだろうか。
そう考えたとき、頭の中に先日の馬車での出来事が浮かんできた。
あのときの私は、アレクシス様の屋敷にいた頃は決して言えなかっただろう言葉を口にしていた。
「……最近の私は、ラミレス伯爵邸にいた頃よりも、自分の意見をはっきりと言えるようになったかもしれません」
「それならきっと、アレクシス・ラミレスと彼の住処から離れたことが良かったのだろうね」
それもあるだろうけれど、たぶんそれだけではない。この屋敷の人たちが私に優しくしてくれたからだ。彼らのおかげで、私は失った自己肯定感を取り戻しつつあるのだろう。
「ですが、元通りかと聞かれると……」
元通りになるまでの道は長い気がする。それどころか、時間をかけても元通りになるかは分からない。
ラミレス伯爵邸での日々は、今もなお抜けない棘として私の心に突き刺さっているのだ。
「ジゼル嬢は、元の自分を取り戻したい?」
取り戻したい。元の自分に戻りたい。
だけど時間が解決するよりほかに、突き刺さった棘を抜く方法は思いつかない。
「……今さら無理ですよ。魔法でも使わないと」
「魔法なんか使わなくても、運命を掴み取ることは出来る。人間にはその力が備わっているのだから」
魔女の薬屋の店主が、同じようなことを言っていた。
「自分で運命を掴み取ろうと藻掻かなければ、運命は掴み取れないもの」
私がそう呟くと、ルーカス様が肯定するように頷いてくれた。
「そう。そして運命は、掴み取ろうと藻掻く人間のことが好き。母がよく言っていた言葉だよ」
そうか。私は今、運命を掴み取るために藻掻くべきときなのかもしれない。
「君にその気があるのなら、私が全力でサポートをするよ」
そう言って、ルーカス様が私に向かって手を伸ばした。




